番外編 ルティアのとある1日 下
大量の洗濯物を庭に干し終えた後、キッチンでアイラと2人で昼食の支度を始めるルティア。
用意するのはアイラとルティア、後はヒサメとグロリアの4人分の昼食。
「アイラさん。シャティさんはどちらへ行かれたんですか?」
ルティアが目を覚ましてすぐに彼女が外出するのを見かけたが、どこへ行ったかは知らない。
「あの娘は街の方のお店にバイトに出ています」
「シャティさんってアルバイトしてるんですか?」
「そうなんですよ。あの娘は家で大人しくしてるタイプではないので分からないでもないのですがね」
呆れた様子でそんな言葉を漏らした後、アイラは苦笑いを浮かべる。
明るいシャティらしいと思いつつ、彼女がどんな仕事をしているのか少し興味が湧く。
「シャティさんはどんなアルバイトをしてるんですか?」
「えっと・・・確かケーキ屋の売り子だったかしら?」
「違うわよ。それは一つ前で、今はレストランのウェイトレスよ」
突如2人の会話に割り込んできた声にルティアが振り返ると、リビングの入り口で柱に寄りかかり、細いキセルを手に煙をふかすグロリアの姿があった。
「あら、もう起きてたのね」
「さっき起きた所よ」
まだ少し眠そうな表情のグロリアは、そう言って欠伸を噛み殺す。
普段通りといった様子で会話を続ける2人、その横でルティア顔を真っ赤にして硬まっていた。
「どうかしましたかルティアさん?」
「いっ、いえ、グロリアさんの恰好があまりに刺激的だったもので・・・」
そう言ってグロリアの方をチラチラと見るルティア。
彼女の視線の先のグロリアは、布の面積少な目で生地もかなり薄い黒のキャミソールと黒のショーツ姿という何とも際どい恰好をしていた。
「あら、お嬢ちゃんには少し刺激が強かったかしら?」
「はわわわわ、大胆すぎますぅ」
妖艶な笑みを浮かべ、グロリアが艶めかしく体をくねらせる。
同性であるルティアから見ても艶っぽい仕草に、ますます赤面するルティア。
そんなルティアの様子を見兼ねてアイラがグロリアを注意する。
「からかってないで早く着替えてきなさい。お昼ご飯が出来ますよ」
「はいはい。分かったわよ」
割と素直にアイラの言う事を聞いたグロリアが自室へと戻っていく。
それと入れ替わる様にヒサメがリビングへと入ってくる。
「お風呂掃除・・・終わった」
「ありがとうヒサメ。もうすぐでお昼ご飯も出来ますから少し待っていてください」
「分かっ・・・・た」
無表情に頷くと、ヒサメはテーブルに向かい自分の席に着く。
「今日のお昼は・・・何?」
「トマトとチキンのパスタ、後はコーンスープとサラダです」
「それは・・・すごく・・・おいしそう」
これから出てくるであろう料理を想像して、口の端から涎を垂らすヒサメ。
無表情なのにどことなく締まりのない顔をしている様に見える。
「ヒサメさんってあまり感情が動かない人だと思ったんですけど・・・」
「ウフフ、あの娘は結構分かりやすい性格をしてるんですよ」
「何か・・・失礼な事を言われた・・・気がする」
「それはきっと気のせいよ」
「そ、そうです。そんな事無いですよ」
「本当・・・に?」
ジト目を向けてくるヒサメから目を逸らし、2人は昼食の準備を進める。
こんな他愛もないやりとりをするのも随分と久しぶりだとルティアは思う。
(なんだか楽しい。こんなに楽しいのはいつ以来だろう)
少なくとも、王国の魔術師団に居た頃にこんな風に思った事はない。
当時はほとんどの時間を殺伐とした空気の戦場で過ごした。
いつ命を落とすとも知れない張り詰めた緊張感の中にあって、友達と呼べる相手もほとんどいない環境だった。
唯一の話し相手だったのが契約精霊のアルマだったが、そんな彼も邪霊に憑りつかれてしまい、その後はもう笑う余裕なんてなかった。
そう考えると、今こうして居られることが凄く幸せな事の様に思えてくる。
「これもクロードさんのおかげです」
「何か言いましたかルティアさん?」
「いえ、何でもないです」
アイラの問いに笑顔で答えたルティアは、しばしの時間、アイラやヒサメと他愛もないやりとりをしながら料理を続ける。
料理が出来上がる頃、着替えを終えたグロリアもリビングに戻って4人でテーブルに囲む。
「おい・・・しい」
「流石はアイラ。料理だけは大したものよね」
「そう思うなら料理を覚えなさいグロリア。後"だけ"は余計です」
マイペースに食事を頬張るヒサメと、料理を作った相手を褒めつつ嫌味を混じえるグロリアに嫌味で返すアイラ。
彼女達にしてみれば普段と変わらないいつも通りの風景だが、今日からその輪の中に加わったルティアにとってはかなり新鮮な気分だ。
「なんだか皆さん本当の家族みたいですね」
思わずルティアの口をついて出た言葉に、3人の動いていた食事を摂る手が止まる。
「ふ~ん、私達が家族ねえ」
「確かにそう言えなくもないかもしれませんが・・・」
「みんな・・・・クロの家族」
どこか嬉しいような気恥ずかしい様な曖昧な笑顔を浮かべる3人。
そんな3人の前でルティアは、自分の目から見たこの家の面々の関係性を言葉にする。
「アイラさんがお母さんで、グロリアさんが長女、シャティさんが次女で、ヒサメさんが三女って感じがします」
「私、お母さんですか・・・」
ルティアに母親と言われたアイラは複雑な表情を浮かべる。
クロードの妻に見えているというのは嬉しいが、いくら年長者だからといって他の3人の母親という対等でない位置づけは素直に喜べない。
「すっ、すいません。アイラさん」
「いえ、いいんですよ気にしないでください」
そう言ってルティアに気を遣わせないよう取り繕うアイラだが、その表情はかなり落ちこんでいる様に見える。
落ち込むアイラを余所にグロリアとヒサメは可笑しそうに笑う。
「フフッ、誰がクロードの嫁かはさて置くとして、言いたい事は分からないではないわね」
「結構的を・・・射てるとは・・・思う」
「旦那様と出会った順番という意味では符合していますけど・・・」
「そうなんですか?」
そうじゃないかという気はしていたが、まさか本当にその通りだったとは思わなかった。
興味深そうにするルティアにアイラは微笑を浮かべながら答える。
「ええ、確かに今、家にいるのだと旦那様と出会ったのは私、グロリア、シャティ、ヒサメの順になりますね」
「そうなんですね・・・・ん?今、家にいるのだと?」
アイラの言葉の中に聞き流せない言葉を拾ったルティアがアイラ達を窺う。
彼女の視線を受けたアイラが話の続きを語りだす。
「はい。実は他にも何人かこの家に住んでいた人がいるんですよ。それぞれの事情で皆家を出て行ったり離れたりしてはいますけど」
「えっ!他にもいるんですか!」
あのクロードという人物は一体どれだけの女性を虜にしているのだろう。
聞くのが恐いような、でも聞いてみたい様な複雑な心境のルティア。
結局は興味が勝って、アイラに尋ねる。
「ちなみにどんな人がいるんですか?」
「そうですね。街外れの施設で研究者をしている
「男の人も居たんですね」
「ええ、旦那様の古いお知り合いでヒロシさんっていうとても手の掛かる方が」
ヒロシの居た時の事を思い出したアイラの表情に一瞬だけ影が差す。
一体何があったというのか聞いてみたいが、アイラの表情から流石にこれは聞いてはいけない気がする。
「そういえばヒロシも一時期住んでたわね。随分手を焼かされた記憶しかないけど」
「まっまあ、今はきちんと仕事もしてるようで心配ないと思いますが・・・」
「そうね。奥さんも出来て落ち着いたみたいだし、もう昔みたいな事にはならないんじゃない」
「へぇ~、その方結婚してるんですね」
「ええ、先月結婚したばかりの新婚さんですね」
「まあ昔の縁で式には私達も呼んで貰ったんだけど、中々悪くない結婚式だったわね」
そう言って食事を摂り終えたグロリアがキセルを咥える。
「でもまさか、あのヒロシの結婚式に自分が参加する日が来るとは思わなかったわ」
「本当に、あのヒロシさんが私達より先に結婚するなんてね」
「ほんと、こんなはずじゃ・・・」
そう言って暗い顔をする320歳と293歳。
2人の種族にとっては今の年齢が丁度が結婚適齢期終盤にあたる。
そうでなくても自分達よりも後から来た家の住人が籍を入れているというだけに結婚に対する焦りは他の者の比ではない。
そんな2人の気持ちを煽る様にヒサメが言わなくていい言葉を投げ込む。
「2人は・・このままだと・・・・行き遅れる」
『お黙りなさいヒサメ』
「・・・はい」
鋭い眼光を向けてくる2人の迫力に押されて流石のヒサメも黙り込む。
隣で聞いていたルティアでさえ、思わず声が出なくなるほど恐ろしかった。。
この2人だけは絶対に怒らせちゃいけない。怒らせたらきっと命はない気がする。
「やっぱり今夜中にクロードとの仲を進展させて・・・」
「何か言ったグロリア?」
「何でもないわよ」
小声で何かつぶやいたグロリアはアイラにそっけない言葉を返すと席を立つ。
「ごちそうさま。それじゃ私もお店の方に行くからそろそろ出るわね」
キセルを片手にリビングを出て行こうとするグロリアの背に向かって、残った3人が声を掛ける。
「分かったわ。気を付けていってらっしゃいね」
「いってらっ・・・・しゃ~い」
「いってらっしゃいです。グロリアさん」
あまりにいつも通りに見送りの言葉を掛けてくるアイラ達に、1人策略を巡らせるグロリアは調子を崩される思いだ。
「ほんとにお人好しよねアンタ達は・・・。まあ、だから嫌いじゃないんだけど」
呆れた様な笑みをつくったグロリアは手をひらひらとふって部屋を出る。
グロリアを見送った後、残された3人は止めていた食事の手を動かし始める。
「食事が終わったら、私達も今夜の夕飯の買い出しに出かけますか」
「分かりましたアイラさん」
「今夜の・・・夕飯は?」
「今日はオムライスにしようと思ってます」
「それは凄く・・・楽しみ」
ヒサメの無表情が心なしか喜んでいるように見える。
アイラの言った通り意外と彼女の感情は読みやすいかもしれない。
そんな事を考えている合間に食事の時間は過ぎていく。
ルティアはこの時ある予感を感じていた。
これからこの楽し気な面々と長く付き合っていく事になるそんな予感を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます