第59話 アーティファクト2

「――生存競争?」

「そう。個人や国家単位ではなく、種族の存亡を賭けた戦い。過去、アーティファクトを使っても勝てなかった敵が、存在していたんです。いや、正確には、引き分けと言った方が正確かもしれませんね」

「別種の種族? 人を追い詰めるほどの? そんな存在が……いや、強力な魔物であればあるいは……」


 古代の人にとって魔物はペット扱いだったらしいから、生存競争といった激しい戦いがあったとは思えない。けど、何事にも例外はある。


 放射能といった、そこにいるだけで人体に悪影響を及ぼすような魔物が、過去に存在していた可能性は否定できない。もしくは強力な魔術を扱う魔物とか? 兄さんたちと戦ったオーガみたいに、魔物が魔術を扱うのが一般的だったとか? そう考えれば、生存競争といえるほどの激しい戦いになったのは想像に難くない。


「私も最初はそう考えていましたが、実際には違います」


 レオは首を横に振って僕の予想を否定し、言葉を続ける。


「魔物より強靱な肉体を持ち、魔力は尽きず、四肢の欠損ですら再生する治癒能力がある。一体で数百人分の戦力と言われ、毎日のように都市を落とし、悪夢ではないかと疑ってしまうほど戦闘に長けた種族――悪魔です」


 前世ではゲームや漫画で聞きなれた単語だけど、現世では始めて耳にした。


「彼らはいくつかの階級に分かれていたようで、最上位は、たった一人だったと言われています。その存在はこう呼ばれていたそうです。悪魔を統べる者、魔王と」

「……魔王」


 レオが嘘を言っているようには思えなかった。今回の事件は大掛かり過ぎるし、何より覚悟を決めた彼の眼差しが、疑うことを許さなかった。


 先ほど語られたとおりの力を悪魔が持っているのであれば、人が何人集まっても勝率は低いままだっただろう。その上、魔王ときた。当時は、絶望的な戦いをしていたのは間違いない。よく引き分けに持ち込めたと、今は亡き古代の人々に手放して賞賛したいほどだ。


 ただそれは過去の出来事。すでに終わった脅威だ。僕らには関係ないはずなんだけど、レオの考え方は違うようだ。


「悪魔は魔物や人に比べて強い。戦力としては申し分ないですね」


 ここまで言われれば、何をしたいのか分かる。悪魔を召喚して、戦略にしようと企んでいるのだ。


 御使ね。彼らにとって見れば危うい公国を助けてくれる、神の使いにでも見えるのだろうか。実際は人類の敵だったはずなのに、なぜそんな存在に頼らなければいけないのだ。リスクが大きすぎる! 終戦した公国に必要のない存在だ!


「彼らを使役できたら、それは強い味方になると思いませんか?」


 戦争は終わって、これからずっと平和が続くはずなのに、なぜ使役しようと考えるっ! その薄笑いをやめるんだ!


 火薬庫で火遊びをする子供を見ているようで、焦燥感が強まっていく。


「過去に、悪魔や魔王がいたと信じてもいい。けど、上手くいくはずがない!」


 レオが言った通りの実力を持っているのであれば、戦力としては申し分ないと思う。古代文明を滅ぼしたぐらいなんだから、現代に敵はいないかもしれない。


 僕は、その実力を信じるからこそ、人類ごときが使役できるとは思わないし、仮にできたとしても、いつかは裏切られてしまうのは間違いない。


 これは前世で創作物をたくさん見てきた僕だからできる発想というわけではない。この世界においても、手に余る存在を扱おうとして、失敗する話は腐るほどあるんだ。レオだって、分かっているはず。正常な判断ができるなら決して手を出すことはない。


「過ぎた力は、現代に不要なはずだ! わざわざ召喚する必要なんてないっ!」


 だから僕は、思い直してくれと、叫ぶ。

 君だって分かっているはずだろ。悪魔を召喚するリスクなんてと。


「気づいていない君が心底羨ましい」


 けど、そんな願いは当然のように届かない。

 レオは、わざとらしく大きく息を吐き、見下すような視線を向けると、子供に言い聞かすような優しい声で語り出す。


「戦力は私たちが圧倒的に劣っていましたが、前回の戦争は運よく勝てました。そのぐらいは分かりますよね?」


 僕は無言で頷く。

 悔しいけど、戦争に勝てたのは敵の本国が魔物に襲撃されて、侵略する余裕がなくなったからだ……。なるほど、逆に考えると、暴れている魔物さえ排除してしまえば、戦争が再開する可能性はあるのか。


 敵国はドングール王国。奪われた領土を取り戻すという大義名分がある。国民を煽るのは簡単で、止めることは出来ないだろう。


「近いうちに必ずもう一度攻めてきます。ヴィクタール公国には、それを退ける力は残っていません」


 復興が終わらない首都、魔物に怯える日々の村、恨みだけが残った生き延びた人々。戦意はどん底に近く、出会った人々を振り返ってみれば、勝てるかどうかなんて考えるまでもない。


 レオが焦り、強引な手を使う理由が分かった。彼の行動原理は溢れんばかりの愛国心、もしくは英雄願望だろう。


 だから、公爵家に連なるアミーユお嬢様を犠牲にしてまでも、力を手に入れたいのか。


「だが、悪魔が一体いるだけで状況は大きく変わります! ドングール王国の都市に放てば、会戦を遅らせるどころか、一方的に蹂躙すことだって夢ではありません! どうです? 私に協力したいと、思ってきませんか」


 興奮によって高まった声を聞きながら、僕は思考を続ける。


 レオの理屈は理解した。既存の戦力ではどうしても勝てない相手がいるから、別の所から補充する。至極まっとうな考え方だ。頼る相手が悪魔でなければね。


 人類と敵対していた種族を召喚するなんて、ドングール王国と戦うのと同じぐらい無茶な話だ。そもそも伝承にしか残っていないのだから、召喚しても何も出てきませんでした、といった結果すらありえる。リスクに見合うリターンが感じられなかった。


「そもそも戦争を回避するために外交を頑張った方が現実的なのでは?」

「その通りですね。もちろん、公爵家は外交に力を入れています。ですが、上手くいっていません。むしろほぼ失敗していると、断定しても問題のない状況です。一年以内に戦争は再開されるでしょう。そうなったら、蹂躙されて終わりですよ? 築き上げてきたものが全て無に帰すなんて、私は、そんな未来を否定する!!」


 外交が失敗したときの手段を用意しておくのは良い判断だと思うよ。国家の命運がかかっているのであれば、なおさらだ。そこは同意する。


 でも、レオの考えは飛躍しすぎている。ドングール王国だって一枚岩じゃないだろうし、今からだって中から切り崩す方法だってあるだろうし、他国と同盟を組む方法だってある。


 人事を尽くしていないのに、神、いや、悪魔に頼ろうなんて、なんて愚かなんだろう。


「さて、事情は話しました。私の志に賛同してくれませんか?」


 もう少し情報を集めたかったけど、時間切れか。

 レオの体内から魔力が高まるのを感じる。


 第二の故郷には大切な人たちが、たくさん暮らしている。国を思う気持ちは一緒だ。手を組んでいた可能性だって捨てきれない。


 けど、腕から伝わってくるアミーユお嬢様の温もりを失うわけにはいかないんだ。


 それにね、僕は生贄という行為が許せそうにない。想像するだけで反吐が出そうだよ。甘い考えかもしれないけど、前世の価値観が残っていて、無抵抗な人を殺す覚悟がないんだ。


 レオと戦うのは避けれそうにない。

 なら、この質問を最後にして、僕も覚悟を決めよう。


「公爵家はレオの所業を知っている?」

「独断ですよ。彼らは何も知りません。愚かなほどにね」


 安心した。親が子を生贄にすることは、なかったんだね。


「そう。なら、レオを倒せば、全てが終わるね」

「ここまで話しても理解してもらえないとは……残念、本当に残念ですね」


 前みたいに腕を競い合うわけではない。

 ここから先は、殺し合いだ。


 明確な殺意に心を委ねて、君を殺そう。

 それが犠牲者たちの弔いになる。


「《氷狼》、レオを食い破れ!」

「《火蜥蜴》、私を守れ!」


 ゴーレムへ下した命令によって、僕たちの状況は大きく動き出した。

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