第60話 VSレオ

 僕の命令に従って、氷狼が飛び出す。

 レオを守るように立ちふさがった火蜥蜴と、正面から衝突した。


 耐久度は火蜥蜴の方が高いようで、氷狼の表面に小さな亀裂が走り、空気を震わせる重たい振動が地下室に響き渡る。


 人であれば痛みで動きが鈍るけど、ゴーレムは違う。傷がついた程度では性能に影響はない。


 距離を置いてから再び両者が攻撃する。

 赤い鱗に覆われた尻尾と氷の爪が衝突し、部屋が崩れるんじゃないかと思うほど、大きな振動がおきた。それは一度だけではなく、何度も繰り返される。


 再び火蜥蜴の尻尾が鞭のようにしなり、氷狼に向かう。回避しようと後ろに飛ぶけど、間に合わなかった。横っ腹に当たると吹き飛び、壁に衝突。


 すぐに立ち上がったけど、氷狼の体にできた亀裂が大きくなり、他にも新しい傷がいくつもできていた。


 僕が作った氷狼のゴーレムより確実に強い。


 いや、正確に表現するのであれば少し違うか。氷狼が弱いだけなのだろう。


 命令の理解度と柔軟性、戦闘能力、魔力の消費量、そのすべてが劣っているのだ。僕が作れたのはアーティファクトを真似たまがい物。劣化版ゴーレムといったと所か。


 それでも現代の一般的なゴーレムより強いんだけどね。過去の人たちはどれほど高度な魔術を使っていたのか、興味が尽きないし、悪魔の脅威度がドンドン上がっていく。


 と、そんなことを考えている暇はなかった。氷狼が頑張ってくれている間に、レオを倒さなければいけない。


「レオを倒して、アミーユお嬢様にかけられた魔術陣を破壊する」

「君は優秀だけど、私に勝てると思っているんですか?」


 ここに来るまでに魔力を結構使ったので、まずは小手調べだ。

 僕は答える代わりに手を前に出し、グローブに魔力を通す。魔術陣が浮かび上がり、間をおかずに《魔力弾》が飛び出した。


 魔術文字を書かず、貴重なアーティファクトを使って放ったのだ。奇襲は成功したと思っていた。けど、レオは想像していたより強く、肉弾戦が苦手な付与師とは思えないほど、身軽な動きで回避した。


「その程度の攻撃があたると、思われたことが、屈辱です」


 走り回るレオを狙って《魔力弾》を連発して攻撃を続けるけど、当たらない。思考を読まれているのか、それとも未来が予知できているのではないかと錯覚するほど、的確に避けられる。


 ほら今も、急旋回して攻撃しようとした場所から離れていた。


 攻撃を続けているので、反撃に転じる余裕はないみたいだけど、この状況は長く続くかないだろう。僕の魔力が尽きるほうが早そうだ。


 横目でゴーレムの戦いを盗み見る。


 氷狼は半壊状態だった。火蜥蜴が前足を食いちぎり、頭は半分吹き飛んでいた。透き通った氷の体は、無数のヒビが蜘蛛の巣のように刻み込まれ、触れれば崩れてしまいそうに見える。


 後一撃でも攻撃が入れば、砕け散り、そして二対一の戦いに突入してしまうだろう。レオが反撃しないのは、僕の攻撃を潜り抜けられないのではなく、時間を稼いでいるだけなのかもしれない。


 現状維持は悪手。レオと火蜥蜴、どちらかを先に倒す必要がある。レオは逃げに徹しているので、倒すどころか攻撃すら当てられない。アミーユお嬢様を片手で抱えているので、置き去りにすることはできない。であれば、狙いは一つか。


 《魔力弾》を放ちながら、しゃがんでアミーユお嬢様を優しく床に置く。再び立ち上がると、空いた左手で魔術文字を書き始めた。


「魔力弾を放ちながら新しい魔術ですか! その器用さは驚嘆に値しますっ!」

「レオに褒められても嬉しくはないね!」


 ホーミング機能をもった≪土槍≫を火蜥蜴に向かって十本放つが、驚くことにレオも同じ魔術を使って相殺した。


「ツッ!!!」


 魔術が衝突した、土の欠片がほほを掠め、髪を乱す。チリチリと焼けるような痛みを感じるけど、気にはしてはいられない。


 こちらに、数え切れないほどの≪魔力弾≫が一直線に飛んでくるからだ。


 迎撃を試みるけど、徐々に押し込まれていく。こっちはアーティファクトを使ってノータイムで放っているのに、互角なんて信じられないッ!


「クソッ!!」

「ふはははは!! 一度に発動できる量は、私の方が上のようですねっ!!」


 ダメだ。もう押し切られてしまう。足下を見ればアミーユお嬢様の幼さが抜けきれない寝顔があり、走って逃げるわけにはいかなかった。


「守りを固めるしかないか」


 左手で《球状結界》の魔術文字を書くと同時に、周囲に六重の薄い膜が出現。レオの≪魔力弾≫が衝突する。間一髪だったが、間に合った。半球状の結界はそう簡単には破壊できないけど、前回は上空から発生した《光柱》でピンチを招いてしまった。


 このまま亀のように篭っていたら同じように、致命的な一撃を受けるのは間違いなく、反撃に転じなければいけない。


 今回は僕がやり返す番だ。

 結界を維持しつつ攻撃をするため、左手で魔術陣を描く。


 その直後、上空から発生した《光柱》がレオを襲うと、強烈な光によって視界が白く塗りつぶされた。


「性格が悪いですね。公爵家の家庭教師としては失格です」


 必殺のタイミングだったはずだ。

 でも、視界が戻った僕の目には怪我一つ負っていないレオがいる。


 不審に思い観察すると、身体に火蜥蜴の尻尾が巻きついていた。


「ゴーレムに助けられたのか」


 伸びるとは思いもしなかった。

 砕け散ってしまった氷狼を見ると、自分の能力のなさを実感して、悲しい気持ちになる。


 そこまでの性能差があれば、一対一で戦えば負けてしまうのもうなずける。むしろ、よくここまで時間を稼いでくれたと、感謝の気持ちすら浮かんでくるほどだ。


「情勢は決しました。それが分からないほど、あなたは愚鈍ではないですよね?」


 上から見下ろすような発言は変わらずか。


 ゴーレムが加われば、勝ち目はほぼない。

 魔力がもっと残っていれば、刺青の力を使ったんだけど、あれは燃費が悪いからな。このままだと使うのは難しそうだ。


 戦わずに逃げ出せば、その隙に召喚の魔術が発動して、アミーユお嬢様の命の灯火は消えてしまう。


 降伏しても僕の扱いが変わるだけで、結論は一緒だ。


「……ふぅ」


 最後まで戦おう。一度目の人生を含めれば僕は十分生きたのだ。

 後悔がないといえばうそになるけど、人生というものは堪能した。


 生まれ変わったときは「なぜ自分が?」と戸惑ったときもあったけど、きっと、このときのためだったのだろう。


 ここが僕の命の使い道だ。


 一瞬の輝きのために、全てを捧げる覚悟はできた。


 弱い僕はアミーユお嬢様を見てしまうと、まだ生きたいと思ってしまう。

 レオだけを、まっすぐ見つめることにした。


「僕は、まだ戦えるよ」

「ほぅ。まだ戦意を保ちますか」

「もちろん。生徒を守るのが家庭教師の役目ですから」

「公爵家を恨むことはあっても、命をかけるほどの恩があるとは思えませんが?」


 僕の両親のことを指しているのだろう。

 国の上層部は何か知っている。その確信は得られたけど、ちょっと遅かったかな。


 残念だけど、真相の究明は諦めるよ。向こうで本人に聞くことにするさ。


「公爵家は関係ない。アミーユお嬢様だから助けるんだッ」


 球状結界を解除すると、両手で魔術文字を書く。短文なので数秒で終わった。


 原理はアミーユお嬢様に使われている魔術と似たようなも。もしくはこの部屋にある血で満たされた魔術陣か。


 人の命を魔力に変換する。

 人生を諦めることで使える外道技であり、だからこそ強力だ。


「死ぬ気、ですか」


 禁術を使っているレオは、当然、僕が何をするのか、すぐに分かったようだ。


「覚悟しろよ、僕の命は安くないぞ」


 身体が熱を帯びる。脳内には全身がきしむ音が鳴り響く。

 削り取られ、魔力に変換される、魂の悲鳴だ。


 痛みで意識を保つのが辛い。


 でも、魔術を止めるわけにはいかない。


「最後まで私に刃向かうとは愚かな。所詮、平民には理解できない、高次元の話でしたかッ!」


 僕の魔力に反応して刺青がまぶしく光る。

 魔力は満タンどころか、オーバーしているので、ようやく全力が出せる。


「煩いよ。さっさと、死んで」


 瞬間移動とも言えるほどの速さで、レオに向かって走り出した。

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