第36話 不機嫌な村
空が赤く染まった夕方。人口100人程度の村に到着した。
麦畑に囲まれていて、村の外からは牧歌的な雰囲気があるように見える。首都から歩いて丸一日の距離で、旅人や商人用の往来も比較的多い。
専用の宿もいくつかある。その中でも中級程度の宿で二部屋とった僕たちは、一階の食堂で食事をしていた。
「なんだか村全体がピリピリしていますね」
村に入った途端、外で感じた牧歌的な雰囲気はなくなっていた。
「ここ最近は、どこもそう」
「え!?」
「そっか。クリスは首都に住んでいたから知らないのか」
隣に座るレーネが、呆れながら説明をする。
首都から出ない僕と島中を移動して商売する二人では、見ている世界が違うのか……。
「モンスターの襲撃が増えていてね。首都なら公爵家お抱えの騎士が守ってくれるけど、小さな村や町は守ってくれない。ハンターに頼るの。でも雇うお金を作るのも大変なんだ」
そんなこと知らなかった。でも確かに騎士団が遠征に出るところを見たことがない。周辺のモンスター退治や治安維持ばかりだ。例外と言えば特殊個体などといった、放置すれば首都も危うくなるようなモンスターが出現した場合だろう。
他の主要都市は代官が雇った警備隊が治安を維持しているし……たしかにハンターに頼るしかないのだろう。
「それに、復興税も重くてね……お金は出ていく一方で生活は苦しい。でもモンスターからは守ってくれない。そんな日々が続いているんだ」
金や作物を払っても脅威から守ってくれない。確かに不満がたまる一方だろう。
「他の村も同じですか?」
「そうだね。最近は城壁で守られた町ですら不満がたまっているみたい。物価が高くなたって、ね」
物価が? 食料の供給が減っているのかな?
村の収穫量が減って、町の生活水準が下がってきているから不満が溜まっている。もしそうなら末端から壊死し始めた体のようだ。早めに手を打たないと死に至るぞ!
「それは……」
僕を含めた首都に住んでいる人間はその事実に気づいていない。いや上層部あたりは気づいてそうだけど……どうかな?
アミーユお嬢様の近くにずっといたけど、村や町を守るようなそぶりは見えなかった。兄さんも同様だ。街道付近のモンスター討伐ばかりしていて、遠征はしていない。
もしかしたら本当に気づいていないのかもしれない。
「知らぬは首都に住む人間だけってね。クリスには良い勉強になったんじゃない?」
「そうですね……」
モンスターがいるからこそ、この世界は大規模な反乱が起きにくい。先の戦争のように、人間同士で争っている間に襲われてしまうからだ。
でも物事には限度がある。この状況がずっと続き、さらに悪化してしまえば状況は一気に変わると思う。平和を維持するのであれば、今ここで何か手を打つべきではないか?
そんなことを考えながら食事を口に運んでいると、テーブルを叩く乾いた音が聞こえた。
「ふざけるな!」
「お、落ち着いてください」
後ろを振り返ると、中年の男性が若い女給仕につかみかかっている。
「いいぞ~カロル!」
「裏切り者のデリアなんてヤッちまえ!」
この二人はこの村に住んでいる人間なのか、名前を呼びながら周りがはやし立てている。
黙っている奴らは薄暗い笑みを浮かべて見ているだけだ。誰も止めようとしない。
一方的な暴力が発生しそうなのに……なんだこの村は!
「止め――」
「クリス。少し待ちなさい」
怒りに任せて立ち上がろうとした、僕の腕を掴んだのはコテルさんだった。
「なぜ?」
口調が荒くなっている自覚はある。
でも、話している時間がもったいないんだ。暴力が始まる前に止めないと!
「彼女は明日、首都に嫁ぐらしい」
「それが?」
僕の焦りなど関係ないと言わんばかりの態度に、さらに口調が悪くなる。
浮かんでいた腰を落として椅子に座り、コテルさんを睨みつける。
「あるよ。レーネの言葉は覚えているよね?」
「はい」
首都は外壁と騎士に守られているが、地方は高額でハンターを雇って守るしか方法がない。さらに税金によって生活は常に苦しい。
もちろん首都に住む僕たちも税金は払っているけど、そもそも収入に大きな差があり、支払ったとしても生活には余裕がある。
首都と地方の格差。
僕がこの村に来て学んだことだ。
「なら想像してみると良い。危険にさらされて生活に窮している村から、安全を保証された首都に移り住めるということを」
「………………」
嫉妬。
生活が苦しい、先の見えない俺を置いて、お前は首都で快適な暮らしをするのか。そう、言葉に出してしまえば惨めになってしまう。だから暴力に訴えているのか。
僕はどうしようもなく不快な気持ちになり、苦虫をかみ潰したような顔をする。
「その顔だと、なんとなくは分かってくれたかな?」
「八つ当たりですね」
「そうだよ。行き場のない怒りを彼女にぶつけて、自分たちを慰めているんだ」
彼の怒りは正当なのかもしれない。
首都に住んでいる僕が、止める資格なんてないのかもしれない。
でも……それでも、この状況を許すべきではない。
悪意ある暴力は見過ごしたくない。それが赤の他人でもだ。
「彼らの気持ちは分かりますが、彼女に罪はありません」
「でもそれは、彼らも同じだ」
「……違います。少なくとも今は!」
そう言って僕は椅子から立ち上がった。
コテルさんは諦めたようで止めようとしない。レーネさん何を考えているのか、僕のことをじっと見つめていた。
「暴力は止めましょう」
急いで歩み寄った僕は、殴ろうとしている中年男性の腕を掴む。
振り払おうとするけど、刺青の力を少し使って強化した僕の方が上回っている。ビクともしなかった。
「……なんだお前は?」
力で勝てないと悟った相手が、ようやく僕の方を向いて口を開いた。
「ただのハンターです」
「なら邪魔するな!」
「殴られるほど、彼女は悪いことをしたんですか?」
邪魔をするために来たんだから無理だ。僕は彼の言葉を無視して話を進める。
まずは、こうなった原因を知りたい。
「頼んでいた料理と違うものを持ってきた!」
「ち、違います! ちゃんとメモ通りの料理です!」
「メモが間違っているんだろ! ミスをした、だから教育してやるんだ!」
どちらの言い分が正しいのか僕にはわからない。本当に彼女が間違えたのかもしれないし、彼が嘘を言っているかもしれない。
でも嘘か本当か、そんなことはどうでも良い。どちらにしても暴力を振るう理由にはならない。さらに言うなら、教育をする権利など彼にはない。
「それは店がやることであって、客のあなたの仕事ではありません!」
「何だと! てめぇの方を先に……!!!」
怒りに狂った相手は、振り上げた拳を僕のほうに向ける。
暴力を振ることを躊躇しない相手に、冷静な会話は無理だったようだ。
「先に? 何だって?」
兄さんが怒ったときの姿を思い出しながら、口調を真似していた。
さらに僕は、威嚇するために力をさらに込めてると腕がミシミシと音を立てる。
「す、すまねぇ……だからその手を離してくれ……」
痛みによって顔が歪み、中年男性の振り上げた腕が下された。
「謝る相手を間違っていないか?」
そういうと彼は女給仕の方を向く。
「さっきは済まなかった。これは俺が頼んだ料理だ」
圧倒的な力の差。それを感じ取り、怯えるようにして僕を見ている。
もう暴力に訴えかける気力はないようだ。
……結局、説得する前に力で制してしまった。僕も同じ穴のムジナだなと、自嘲めいた笑みを浮かべながら手を離す。
「ありがとうございました」
女給仕が型通りのお礼をすると、調理場に行ってしまった。僕はそれを失礼とは思わなかった。なぜならこの場にいる全員が、未だ彼女を敵のような目で見ているからだ。逃げてこの場をやり過ごすのが正解だろう。
「君の性格がなんとなく分かったよ」
騒動が収まったので席に戻ると、コテルさんが声をかけてくれた。
人間観察は商人の性なのだろう。他人に分析されるのは良い気持ちにならないけど、口に出して教えてくれるだけ、コテルさんは誠実なのかもしれない。
「お疲れ様! 強いハンターは暴れる側に回っちゃうから心配していたんだけど、クリスは助ける側なんだね! それが分かって嬉しかった!」
一方、レーネさんは喜んでいるようだ。
力ずくの説得という無様な結果に落ち込んでいる今、純粋な笑顔は僕の心に深く突き刺さる。
「……ありがとう」
なんとか返事をして食事を再開する。その後の会話はよく覚えていない。気が付いたらベッドで横になっていた。
首都を出て1日目の夜。天井を見上げながら、自分の無力さに打ちひしがれた心を慰めていた。
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