第35話 移動

 城門を通り抜け、踏み固められただけの道を進む。コテルさんが荷馬車に乗り、レーネさんと僕は左右で挟むように歩いている。荷物をギリギリまで積み込んでいるので、一緒に乗る余裕がないのだ。


 曇り空だが、ほどよい気温。絶好の移動日和ということもあり人の行き来は多い。


 向かい側からハンターの集団が近寄ってきた。辺り一面は草原で見通しは良く、モンスターに奇襲される心配も少ない。みんな穏やかな表情を浮かべていた。


 ガラガラと車輪が回る音を聞きながら、ハンターとすれ違い、僕らは首都カイルを離れて行く。


「クリス君の実績は聞いているけど、この目でも確かめたい。モンスターがでたら率先して戦ってもらえないかな?」


 城壁が見えなくなると、コテルさんが荷馬車から見下ろすようにして話しかけてきた。


 出発前にギルドの職員に僕の戦歴を確認していた。僕のことを、ある程度は信用しているのは間違いない。でも「命を預けられるほどか?」と問われれば……違うのだろう。


 モンスターが現れても危機的な状況にならないと、信じてもらう必要がある。そうするには実演するのが一番だ。


 極論、人間は自らの目で確認したことしか信じないのだから仕方がない。


 きっと兄さん辺りは否定するとは思うけど、二度にわたる人生で出した結論だ。だからコテルさんの話も納得出来る。僕は、お願いを否定するつもりはなかった。


「はい。任せてください」

「本当に大丈夫なの?」


 荷馬車の反対側から不安げなレーネの声が聞こえた。

 もしかしたら、僕のことを心配してくれているのかもしれない。


「もちろんだよ」

「へぇ。じゃぁ私は見学させてもらうから」


 僕が自信に満ちた声で返事をすると、半分呆れたような声で納得してくれた。

 でも同じ護衛なのに見学されるのは少しだけ納得できない。


「良いけど、数が多かったら助けてよ? 信じてるからね!」


 だから僕は、からかうように言った。もちろん本気ではない。

 レーネさんは依頼人であり、僕を試す資格があるのだから。


「当たり前じゃない!」

「本当ですか?」

「本ッ当!!!!」


 彼女は、僕の冗談を本気だと捉えてしまったようだ。なんとも素直な娘だ。

 荷馬車に隠れて見えないけど、おそらく顔を真っ赤にして反論しているだろう。


「ケンカするほど仲が良いってな。レーネもついに男友達ができたか。商人としても父親としても嬉しいぞ」


 でもコテルさんは、僕の言いたいことを分かってくれたようだ。

 彼女でも分かるように冗談を言って、この場の雰囲気を和ませてくれた。


「パ、パパ!!」

「クリスも何か言って!」

「初めての男友達になれて、光栄です」

「ち、ちがーう!!」


 焦る声を聞きながら僕とコテルさんは、声を出して笑い続ける。

 おなかが痛くなるほど笑ったのは、何年ぶりだろう。


 依頼人の人格は良く、僕との関係も良好だ。護衛を引き受けて本当に良かった。

 未だ抗議の声を上げているレーネをなだめながら、僕たちは首都カイルから離れていく。

 

 昼食の干し肉を食べながら歩き、さらに先へと進む。半日以上も歩き続けていたので、街道を歩く人も見かけなくなった。


 周囲の風景も変化している。小さい丘がいくつもあり、見通しも悪くなった。少し前から僕たちは、周囲を警戒しながら無言のまま歩いている。


「止まってください」


 僕の指示に従って荷馬車が止まる。


「何が見えたんだい?」


 目測で20mほど先にある木の陰に、動く何かが見えた。


 体に刻み込んだ例の入れ墨に魔力を軽く流して視力を強化すると、正体が判明する。


「あそこにゴブリンが三匹いますね」


 子供のような体型に、短い角が一本生えた緑色の子鬼が、指を指してこっちを見ている。既に捕捉されていて、やり過ごすのは不可能だ。


「よく分かったね。どうする?」


 荷馬車を迂回して僕の隣に来たレーネ。その声は緊張によって震えていた。もしかしたらモンスターとの戦闘には慣れていないかもしれない。


「他にモンスターの姿は見えません。もう少し近づいたら僕が倒します」


 特殊個体でない限り知能は低い。こちらを捕捉しているのであれば、ヤツらはこっちに向かってくる。僕はそれを迎撃すれば良いだけだ。


「こっちに来たっ!」

「わかってます!」


 予想通りゴブリンが走ってきた。そのスピードは人間と変わらない。レーネが剣を抜いて構えている横で、僕は二、三歩前に進むと、ワイバーンのグローブをはめた手で魔術文字を書く。


 書いた魔術は≪魔力弾≫。それが三発。ゴブリンに向かって放たれ、曲線を描きながらも目標に向かって進む。


 ゴブリンは急停止して避けようとするが、僕の意思に従って追跡する ≪魔力弾≫を避けることはできなかった。


 狙い通りにゴブリンの頭に当たると、赤いインクをぶちまけたように弾け飛び、残された胴体が力なく倒れる。


「信頼は勝ち取れました?」


 僕はくるりと回転するように振り返り、依頼人の二人を見る。


「もちろんだよ! 依頼を受けてくれてありがとう!」

「パパと一緒。私の方が足手まといになりそうで心配なくらい」


 コテルさんは満足そうに頷き、レーネさんは少し困ったような表情を浮かべていた。二人の立場の違いが、そうさせているのは間違いない。


 僕は「よかった」と呟いてから魔術でゴブリンの死体を焼却する。骨まで消し炭にすると、荷馬車まで戻った。


「またモンスターが出現するかもしれない。レーネとクリスは、先を歩いてくれ」


 前方のモンスターの発見を優先するため、護衛の位置を変更することになった。

 僕とレーネさんが荷馬車の数m先まで移動すると、再び歩き出した。


「魔術を使えるようになるまで大変だった?」


 少ししてからレーネさんは、思いつめたような顔をして僕に話しかけてきた。

 彼女と僕の年齢はあまり変わらない。さらにこの世界に生きている人間は、魔術を覚えれば使うことはできる。


 それなのに一方は魔術を使え、もう片方は使えない。


 先ほどの魔術を見て劣等感を抱いたのか、もしくは成長のヒントを探しているのか。それは僕には分からない。けど、先ほどの魔術を見て何か感じるところがあったのだろう。


「大変だとは感じませんでしたが、寝る間も惜しんで毎日、勉強していました」

「私には無理そう……頭使うの苦手なんだ」


 努力と思わない努力。それが才能だというのであれば、僕は魔術の才能があったのだろう。適正と言い換えて良いかもしれない。


 兄さんみたいに、努力しないと、頑張らないと、って思って勉強していたら続いていなかったのは間違いない。


「人には向き不向きがありますからね」

「それに魔術を習うほどのお金は持っていないから諦めている」


 仮に適性があったとしても、魔術師の師匠を見つけて、弟子入しなければならない。その期間は、師匠に月謝を払いながら魔術を覚える必要がある。それも数年の時間をかけてだ。


 仕事を辞めて、高い月謝を払いながら魔術を覚える。平民が魔術を覚える機会が作れないシステムが、この世界では標準だった。もちろんこれは、魔術師たちが既得権益を守るために作った仕組。モンスターがはびこる世界でも人間同士は足を引っ張り合うという一つの事例だ。


「でも魔術を一つでも覚えておくと便利ですよ」


 だから僕は危機感を覚えている。いや、焦燥感に駆られている。このままじゃ人間がモンスターに滅ぼされる可能性があるからだ。


 これは荒唐無稽な話ではない。実際、アーティファクト――永久付与の技術を確立した文明が一度滅びているんだ。その文明よりはるかに劣る今、人間同士で足を引っ張り合う余裕はない。


 今を生きるのに必死な人が多く、そのことに気づいている人は少ない。さらに歴史を学ぶ機会がないのも状況を悪化させている要因の一つだ。


 きっと、僕が声高らかに叫んでも、一年後より明日のことだ大事だと言って無視されるだろう。


「魔術を一つ覚えるのにしても、基礎からじっくり学ばないとダメなんでしょ?」

「そんなことありません」


 車を運転するのに仕組みを全て理解する必要はない。それと同じで、魔術を一つだけ使いたいのであれば、必要最低限の知識で済む。


「「え!?」」


 僕の発言は一般常識と大きく違う。レーネさんだけでなく話をぼんやりと聞いていたコテルさんも驚き、声をあげていた。


「魔力操作と魔術文字を正確に書く技術。そして、使用する魔術文字の意味を理解していれば大丈夫です。魔術の根本から理解する必要なんてないんですよ」

「でも魔術師はみんな覚えているよね?」

「付与師や魔術師になるのであれば覚えなければいけません。ですが、補助的に使いたいのであれば、その限りではないのです。使う魔術の部分だけ覚えればいいんです」

「……そんな考え方をしている人、初めて会った」


 ええ。その通りです。派手にやったら魔術系のギルドに目をつけられてしまいますからね。僕が所属している付与ギルドも例外ではない。


 あくまで個人レベルのやりとりであれば見逃してもらえるから、僕も教えようとしているのだ。


「疑っているようですね。試しに一つ、覚えてみます?」

「いいの!?」


 レーネさんが足を止めて僕に詰め寄る。荷馬車も馬のいななきの声とともに急停止した。


「レーネ!危ない――」

「パパは、ちょっと黙ってて!」


 僕の顔を覗き込む彼女は、出会ってから初めて見る期待に満ちた目をしていた。


「もちろんです」

「タダじゃないよね? いくら必要?」

「……この依頼が終わるまでに魔術を覚えたら、護衛料に色をつけてください」


 これでお金を稼いだら、ギルドに睨まれてしまう。報酬に少し上乗せする程度で十分だ。


「パパ!」

「…………銀貨一枚程度しか上乗せできないぞ?」

「契約成立ですね」


 こうして僕は、護衛の他に魔術を教える仕事が一つ増えたのだった。

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