第29話 奇襲攻撃

 僕は日の出とともに起きて兄さんたちを叩き起こすと、魔術書を片手に、兄さんたちのパーティに付与を始めた。


 コストは度外視、念入りに、いくつもの魔術陣を描いていく。手慣れた作業だけど、付与には時間がかかり、出発ギリギリまで作業をしていた。その代わり、満足のいく付与が出来たと思う。


「ドラゴンが襲ってきても逃げ切れるほどの付与をしたけど、危ないと思ったらすぐに逃げてね。効果は早いもので半日、長ければ一日持続するから」


 僕は装備を整えた4人の前に立って、別れの挨拶をしていた。アミーユお嬢様もリア様と同じことをしているはずだ。


「分かっているって、クリスは心配性だな」

「兄さんがいい加減なんだよっ!」


 何度言っても危機感を持ってくれない兄さんに、ついに僕は切れた。

 詰め寄り、顔を近づけて、にらみつける。


「おっと、今日はマジだな。お前の忠告は忘れないさ」


 兄さんは、僕の顔を手で押さえて押し離す。

ようやく僕が本気だと理解してくれたようだ。珍しく真剣な顔になった。


「そうそう。毎回、そうやって素直に受け取ってね!」

「お前、何でもないときも"心配だ"って、騒ぐからなぁ……」


 そう言って兄さんは、ほほをポリポリと指でかいていた。


 会うたびに心配だと言っていた自覚はある。僕のお店に来たときは、必ず言っていたな……。同じことを何度も言っていたら、ありがたみは薄れるし、信じ無くなるのも無理はないか。


「それは反省しているよ。でも今回は、本当に気をつけてね」

「おう」


 最後に僕の頭をひと撫でした兄さんは、仲間を連れて騎士団と合流。北部の森へと入っていた。


「さて、森の監視でもしようかな」


 見送りが終わると途端暇になった。


 本陣にも護衛として2分隊ほどの騎士だけが残っている。その内、1分隊はアミーユお嬢様の護衛だ。その人数で十分だと言われて、家庭教師の僕が入り込む隙は無かった。


 魔術師は全員、北部の森へ進行しているので、護衛に選ばれると思い込んでいたけど、身分差の壁は想像以上に高かった。


 僕はアミーユお嬢様への挨拶を簡潔に終わらせると、北部の森が一望できる丘に座る。何もすることがないので、持ってきた道具を確認していた。


「魔術書にゴーレムの宝石、付与ペン、付与液、ワイバーンのグローブ、鉄の棒。うん。準備は万端だ」


 体の中心から顔にかけて描きこんだ魔術陣は、乱入したハーピーに有効だった。驚異的な身体能力の向上。それを効果的に使うため、《硬化》を付与した鉄の棒を持ち歩いていた。効果時間は一日程度の、普通の付与だ。


 接近戦を想定するなんて、ほんと付与師らしくない。けど、今の僕にとっては頼もしい相棒だ。


「平和だ……眠い」


 朝早く起きて、精力的に活動したせいだろう。だんだんと瞼が落ちていき、気が付いたら座ったままウトウトと頭を前後に揺らしていた。


 寝たらだめだ、寝たらだめだと、脳内で睡魔と戦っていると、地面を揺るがす爆発音で目が覚める。


「な、なにがあったの!?」


 立ち上がり森を見ると、一斉に鳥が飛び立ち、黒煙が上がっていた。


「あれは巣の方!? 一体何が……」


 この世界では火薬は発明されていない。爆発の原因といえば魔術しかありえない。けど、奇襲作戦に爆発系の魔術を使うとは聞いていなかった。騎士が寝床を襲い、空に逃げ出したハーピーを魔術で撃ち落とす作戦だったはずだ。


「ん? あの黒い塊は?」


 黒煙より手前から、黒い塊が浮かび上がった。それが徐々に大きくなる。いや違う! 大きくなっているんじゃない。こっちに近づいているんだ! 


 僕は慌てて体に魔力を流すと魔術陣が浮かび上がり、身体能力を向上させる。すると黒い塊の正体が判明した。


「ハーピーの群れ……」


 確認できただけで200匹はいる。眼下にある本陣も異変に気付いたようで、ざわめいていた。なぜ、こうなっているのか分からない。でも僕たちの作戦は失敗し、逆に奇襲攻撃を受けていることは疑いようもない。


 しかもハーピーは石を抱えて飛んでいる。間違いなく上空から落とすつもりなのだろう。上空から攻撃されたら、剣や槍では反撃できない。弓もギリギリ届くかどうか……。


 効果的な対抗手段は魔術だけど、使える人間は僕とアミーユお嬢様しか残っていなかった。


「そうだ! アミーユお嬢様のところに行かなければっ!」


 ハーピーの移動速度は速く、目前にまで迫っている。兄さんの事も気になるけど、まずはアミーユお嬢様だ。僕は魔力の供給を止めて、丘を駆け降りた。


 指揮官のリア様は討伐に参加して不在。安全だと思っていた本陣には、モンスターが迫っている。現場は混乱しているだろうと思っていたけど、先ほどから騎士に先導され、逃げる一般人とすれ違っている。


 みんな余裕のない表情をしているけど、どうやら最低限の動きは出来ているようだ。


 安心した僕は、さらにスピードを上げて走ろうとしたけど、視界の片隅に気になる人物を見つけて急停止した。


「大丈夫っ!?」


 うつ伏せで倒れているターニャの体を起こし、ケガの状態を診る。足首が赤くはれていた。


「逃げようとして失敗しちゃった」


 足手まといを助ける余裕はなかったのだろう。動けない人間は置いていったようだ。


「私のことは良いから、クリスくんは逃げなよ~」


 他人に見捨てられたターニャが、自分ではなく僕の事を心配している。もうすぐハーピーの襲撃が始まる、このタイミングでだ。


 場違いかもしれないけど、危機的な状況でも他人の事を思いやることができる、彼女と幼馴染でよかった。


 ここでアミーユお嬢様を優先してしまったら、後悔するのは間違いない。モンスターが到着するまでの貴重な時間を、彼女のために使うと決めた。


「この時のために、僕はずっと戦うための技術を学んでいたんだ」


 レオが言っていたことは正しい。モンスターが存在すると分かってから、必死に勉強して魔術を覚えた。僕は凡人だから人一倍時間がかかった。そのせいで離れて行った人も多い。


 でもそれは仕方がない。その代わり僕は、親しい人を守るたための力を手に入れたんだから。


 黒い宝石に魔力を込めて黒騎士を出現させる。


「《黒騎士》、ターニャを守りながら後退しろ。傷を一つでもつけたら解体するからなっ!」


 最後の一言で、黒騎士から一瞬、オーラが出る。

 オ? オォォ! こんな機能あったっけ……


 お嬢様に渡したゴーレムは、黒騎士を参考にして僕が作った物だ。元となった黒騎士は、正真正銘のアーティファクトだ。もしかしたら、解析しきれなかった機能があるのかもしれない。興味はそそられるけど……今はそれどころじゃない。


「このゴーレムが必ず、ターニャを守るから安心して」

「すごいね~。クリスくんは、どうするの?」

「あのハーピーどもに、人間の恐ろしさを教えてやるっ」


 色々なことが重なり、自分が思っていた以上に怒っているようだ。口に出た言葉は、普段使わない荒いものだった。さらに怒りの言葉を口に出そうとして、ふと、ほほに柔らかい感触が伝わってきた。


「カッコつけなくていいよ〜。昔からそういう時は、失敗してたよ」


 柔らかい感触はターニャの手だったようだ。「表情が硬い〜」といって、ほほをグニグニと動かされる。


 アミーユお嬢様に、平常心が大事だといったのは僕だ。どうやらそんな基本的なことすら、さっきまで忘れていたようだ。ターニャだって心配するはずだ。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」


 僕が笑いながら言うと、ようやく手を離してくれた。


「気を付けてね?」

「知らないと思うけど、僕って結構強いんだよ?」


 過去の自分を思い出しながら、自嘲の笑みを浮かべた。


「知ってたよ~。ずっと、一人で頑張ってたもんね。私はちゃんと見てたよ」


 正直言って意外だった。


 僕の努力を知っていたのは、死んだ父さんだけだと思っていた。ずっと近くにいた兄さんだって「いつの間にか付与が出来るようになった」ぐらいの考えだ。


 僕が寝る間も惜しんで、魔術を覚えたとは思っていない。別にそれで構わないと思っていた。


 でもどこかで、認めてもらいたい。知ってもらいたいと思っていたようだ。今の僕は、今にも感情の波に飲み込まれそうになっていた。


「も、もう行くからっ!」


 このままいたダメだっ! そう思った瞬間、僕は、零れ落ちそうになった涙を見られないように走り出した。

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