第28話 討伐前夜

 騎士300、魔術師100、戦闘用ゴーレム20からなる部隊が、北部の森へ向かって出発した。他にも、巣へ案内するハンターや本陣で炊き出しするために集まった一般人もいる。小規模な戦争ができるほどの大所帯だ。


 そんな中、アミーユお嬢様はリア様と一緒に魔術部隊と行動。兄さんも案内人のハンターグループと行動している。そして行き場のない僕は、太陽の優しい日差しに照らされながら、護衛と称して一般人のグループに混ざって歩いていた。


「クリスくん久々だね〜。お店が潰れちゃったから、心配してたんだよ?」


 隣にいるのは、付与液を販売しているニコライじいちゃんの娘、ターニャさんだ。初恋だった彼女が結婚してから疎遠になってしまい、一度も会ってなかった。


 告白どころか好意すら伝えていなかった。向こうは忙しくて会えなかった程度にしか思っていないだろう。わだかまりもなく、久々に会ったとは思えないほど、彼女は自然に話しかけてくれた。


「勝手につぶさないでよ。少し休業しているだけで、そのうち再開する予定なんだ」

「お~。みんな喜ぶよ!」


 間延びした声を出し、両手を叩いて喜んでくれた。この明るい性格は、昔から変わっていない。一緒に遊んでいた頃は、いつも元気を分けてもらっていたっけ。


「子供はまだ小さいのに参加しても大丈夫なの?」


 そんなターニャも一児の母だ。手のかかる時期で、僕と一緒に歩いている暇なんてないはずだ。


「義母様が面倒を見てくれるからね〜。その間に、しっかりと稼がないと!」


 拳をグッと握って、僕のに笑いかけてくれた。


 チクリと、心の奥底に残っていたモノが刺激される。それは恋というより、戻ってこない子供時代を寂しく思う気持ちかもしれない。転生したくせに後悔ばかりが募る。もしって、考えては意味がないのに。


「なら僕は、ターニャの子供のために守ってあげないとね」


 勝手に好きになって、誰に気づかれることなく失恋した。後悔はあるけど、未練はない。もう一緒に遊ぶことはないけど、友達としてターニャを大切に想う気持ちは、これからも残していきたいと、そう思った。


「しっかり者のクリスに期待している〜」


 冗談だと思ったのか、お腹を抱えながら笑っている。子供の頃から何一つ変わらない無邪気な笑顔だった。


「ねぇねぇ〜。クリスは覚えてるかな――」


 数年ぶりに会えば、話題は事欠かない。次から次へと話がつながる。ターニャが生んだ子供の話が一番多かったけど、前世でも未婚だった僕には新鮮で楽しかった。


 けどそんな和やかな雰囲気も、北部の森を目の前にすると一変する。野営の準備に取り掛かるからだ。ターニャたちは部隊全員のご飯を作るために忙しく動いている。


 他のみんなもテントを作るのに忙しい。当然僕も、自分の寝床を確保するためにテントを組み立てる。一通りの作業が終わった頃には、陽は落ちて周囲は真っ暗になっていた。


 ターニャからパンとスープをもらった僕は、食事する場所を探している。


 篝火のか細い明かりを頼りに歩いていると、ふと聞き覚えのある声がした。導かれるようにフラフラと歩くと、予想通りのパーティが食事をしていた。


「兄さん、そこに座っていい?」

「いいに決まっているだろ! さっさと、こっちに来い」


 手招きまでしてくれたので、ダモンさんの隣に座る。正面には兄さんがいて、左右にはレンジャーのナナリーさんと魔術師のエミリーさんがいる。正面の3人は密着するように座っている。空気は甘く、恋人のいない僕らは肩身がせまい。


「ダモンさんは彼女作らないの?」

「傷だらけの顔じゃな。お前はどうなんだ?」


 リア公爵夫人の館から一歩も出ない日が続いているんだ。出会いなんてないよ!


 メイドさんに手を出せば問題になるし、軽い男って噂になったらアミーユお嬢様に冷たい目で見られてしまう。それだけは、耐えられない!


「今、仕事で忙しいから」


 だからこれは言い訳じゃない。事実を述べただけなんだっ!


「「……」」

「ん? どうしたお前たち?」


 意気消沈した僕らに気づいて、3人の世界から戻ってきたようだ。兄さんが彼女との会話を打ち切って、僕を見ている。


「そういえば、お嬢ちゃんたちと食べなくていいのか?」

「外で危ない発言はやめてよ……。アミーユお嬢様は、リア様と食事を取っているよ。平民の僕が一緒に食事が取れるわけないし」

「頼めば意外にイケるかもしれないぞ?」

「そんな度胸はないよ……。仮にアミーユお嬢様が良いと言っても、周りが止めるしね」


 兄さんの無茶振りを軽く流す。何事も前向きに考える兄さんとは違うのだ。


 小さいため息を吐いてからスープを口に入れる。塩味がしっかりと効き、具もたっぷり入っている。昔、ニコライじいちゃんたちと一緒に食べたスープに似ていた。


「それより、いよいよ明日だね。案内は大丈夫?」


 思い出に浸らないために、明日のことを話す。


「ちゃんと場所は覚えているぞ」

「さすがに迷子になるとは心配してないよ……そうじゃなくて、こんな大人数じゃないと討伐できないほど大きかったの?」


 特殊個体を討伐するにしては人数が多すぎる。前回のオーガー討伐でさえ、3分の1以下の人数だった。僕の予想より、規模が大きいことに疑問を抱いたのだ。


「群れの規模は200を超えている。これだけ集めても安心は出来ないな」

「そんなに……」


 ハーピーの群れは多くで10程度。特殊個体が率いることを考えても50前後だと思っていた。相手は空を飛ぶモンスターだ。地上にいる人間が不利な立場であることを考慮すると、確かにこの人数でも心もとない。


 奇襲が成功するか否かで、部隊の生存率は大きく変わりそうだ。


「巣はハンターが見つけたんだよね?」

「ああ、見つけるだけでも大仕事だった。何人も死んでしまった」

「それって、ハーピーに襲われたんだよね?」

「ああ。それがどうした?」


 言い知れぬ不安が僕を遅い、食事の手が止まってしまった。


 人間が巣を発見したことをハーピーたちも把握している。普通のモンスターであれば問題ないけど、今回は別だ。特殊個体の中でも頭が良い方であれば、人間への対策をしている可能性は……否定できない。


 オーガーのときだって、ノト村で討伐隊を待ち受けていたんだ。むしろ罠を張っていると考えたほうが自然じゃないか?


「うーん。なんと言ったらいいのかな……特殊個体は普通のモンスターより頭が良い。巣が見つかったら、警戒しているんじゃないかな?」

「……頭が良いからといって、人間と似たような思考をしているとは限らない。案外、あれだけ殺したんだから当面は安全だと、思っているかもしれないぞ」


 でも兄さんには、この不安は伝わらなかったようだ。いや、この場にいる4人が、僕のことを考えすぎだと言っている。


「完全に否定できないけど……。楽観的すぎない?」

「お前が悲観的なんだろ」

「だとして――」

「そろそろ寝ようよ〜」


 ナナリーさんが、兄さんの腕を引っ張っている。今から作戦を変えることは不可能だし、無駄な話だと思って割り切っているのだろう。


「クリスの警告は受け入れるが、俺たちは巣まで案内するだけだ。念入りに付与してもらうぐらいしか対策が思いつかない」

「分かってる。明日の付与は、タップリとさせてもらうからね?」

「おう! 頼んだ! ってことで、先に寝る」

「はいはいー。ほどほどにね」


 兄さんが立ち上がると、ナナリーさんとエミリーさんを連れてテントの中へ入ってしまった。


「お前も、声が聞こえてくる前に戻ったほうがいいぞ」

「うん」


 言われなくても、そのつもりだった。


 残された僕とダモンさんも立ち上がると、割り当てられたテントに向かって歩き出した。

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