第17話 クリスの工房
「兄さん。メイさん、カルラさんの話し相手になってね」
「任せろ! お前の武勇伝を、たっぷりと伝えておく」
あの笑顔は突っ込みを期待している! でも無視だ! これ以上の失態は見せたくないからね。
兄さんを放置して、僕はアミーユお嬢様と一緒に店の奥へと進む。
「この先に、クリス先生の工房が?」
「ええ。そうです。と、ここで止まって下さい」
お店の奥にあるのは、ダイニングだ。一人用のテーブルとイスが二脚しかない。こんな場所から工房に行けるのかと、アミーユお嬢様は疑問に思っているようだ。
だけど待って欲しい。いかにも工房の入り口ですと、分かりやすい場所に、誰も入り口は作らない。
工房だと気づかれないように、人目が付きにくく、でも、人が立ち入るには自然な場所。そんな所に入り口というものはあるんだ。
僕は石畳に、手を置いて魔力を送る。すると、ダイニング床から付与液を使って描かれた魔術陣が浮かび上がった。
「クリス先生!」
アミーユお嬢様の驚いた声が聞こえた。
それも当然だろう。長期間人の手が入っていない場所。そこに魔力を送って魔術陣が起動する。これは永久付与――アーティファクトということを、証明しているのだから。
「随分前に発見した、アーティファクトを利用した仕掛けです」
これは嘘です。丸二日寝ないで、僕がこの仕掛けを作りました。
「危険はないので、じっとして下さい」
こんな寂れたお店でアーティファクトを見るとは、思わなかったのだろう。アミーユお嬢様は真剣な顔つきをしてうなずいていた。
これで少しは先生としての威厳が取り戻せたかな?
魔術陣の発光が収まると、テーブルの下にある床が消え去り、地下に続く階段が出現した。
僕はテーブルを動かして、階段の前に立つ。
「アミーユお嬢様。ここから先が私の工房です。ちなみに、初めてのお客様ですよ」
「クリス先生のお兄様も、入ったことがないのですか?」
「はい」
僕がうなずくと今日一番の笑顔だった。
初めて、特別、世界が変わろうが、そういったものに嬉しさを感じるのは変わらないのだろう。
「私の後を、ゆっくりと付いてきてください」
僕は案内をするために、《光玉》の魔術を発動させる。すると手のひらに野球ボールほどの光源が出現した。
《光玉》を維持したまま、僕は階段を下りていく。
コツコツと、二種類の靴の音が響き渡る。《光玉》の頼りない光源で、真っ暗な階段を下りきると、金属製のドアが出現する。取っ手はなかった。
「これも、アーティファクトですか?」
ドアに付与術の模様が浮かび上がっていたから、そのような答えが出たのだろう。
「そうです。床のアーティファクトは魔力を流すだけでしたが、このドアは違います。専用の魔術文字を使います」
僕はゆっくりと、開錠の魔術文字を書く。
空中に浮かんだ魔術文字が、ドアに吸い込まれる。今まで確かに存在していたドアが、次の瞬間には消えていた。
「すごいです! すごいです!」
僕が作った仕掛けに喜んでくれたみたいだ。注意する人がいないので、お嬢様は元気よく飛び跳ねている。
「ここから先が私の工房です」
歩き出す前にアミーユお嬢様をちらりと見た。好奇心を抑えられないようで、うずうずしている。
ずっと一人で魔術を研究してきた。だからかもしれない。僕は誰かに自慢したかったんだろう。アミーユお嬢様を見ていると、いろいろなものを見せたくなる。
この先はもっと色々なものがありますよ。もっと驚いてくださいね。
「うわぁー!」
工房に入った、アミーユお嬢様の第一声だ。
薄暗かった通路から一変して、天井から暖かい色をした光が、部屋を照らしている。狭い部屋には天井まで届く棚が四方にある。僕が作ったアーティファクトや特別な魔術書、魔術が刻み込まれているモンスターの素材などが、所狭しと並んでいる。
目移りしているアミーユお嬢様を置いて、奥の棚まで歩く。そこにあるのは、僕の付与術の全てが書かれた魔術書があった。文庫本ほどの大きさだ。手に取ると、ブックホルダーに固定して腰に装着した。
この魔術書さえあれば、他の物はなくなっても困らない。またいつでも作れるからだ。
僕は少し待たせてしまったかな? と思って振り返る。アミーユお嬢様は、宝石が並ぶ棚の前で立ち止まっていた。
「どうされました?」
「表面に付与術の模様が、描きこまれています。しかも宝石から魔力が発生していますね……これも、アーティファクトなのでしょうか?」
「その通りです。アミーユお嬢様。ここにある物のほとんどが、アーティファクトです」
「……ここにある物の、ほとんど? 他の付与師や魔術師の工房には、このようにアーティファクトが沢山あるのでしょうか?」
「ほかの工房に入ったことがないので断言できませんが、恐らく私の工房より少ないでしょう」
現代では再現できない技術の永久付与。その技術を基に創られたアーティファクト。
永久付与を復活させた僕だからこそ、貴重なアーティファクトが沢山ある。けど、他の人たちはそうはいかない。きっと一個か二個ぐらいだろう。
「他言無用ですよ」
僕は人差し指をアミーユお嬢様の口に当てると、顔が赤くなった。
「は、はい!」
初々しい反応。この顔が見れただけでも、案内してよかったと思える。
「お客が寄り付かない寂れた付与師の店に、アーティファクトが山のようにある。なんだかワクワクしませんか?」
「します! 一見みすぼらしい人が、すごい魔術師だった! 私、そういうお話が好きなんです!」
「私も、凄腕の付与師だったらよかったんですが……これらのアイテムは全て、亡き父が集めた物なのです」
工房にアーティファクトが沢山ある理由。それを僕は、全て父の責にした。
「私は父の影響で付与師になったんです。戦争で亡くなる前、この工房を引き継いだ時は、アミーユお嬢様と同じように驚きましたよ」
「そんなことが……」
両手で口元を押さえて驚いている。前半は本当で、後半は嘘。
「アーティファクトの使い方を説明してもらう前に亡くなってしまったので、使い道の分からない物も結構あるんですよ」
「使い方を調べるだけでも、大変ですよね……」
僕の話を真に受けてくれたみたいだ。
口で戦う貴族として『そんなチョロくて大丈夫か?』と、何度目になるか分からない疑問を抱きながらも、目の前に置いてある青い宝石を手に取る。
「でも、これの使い方は分かっています」
僕がこれから何をするのか興味津々って感じだ。さて、期待に応えますか。
宝石に魔力を込め、魔術陣が光り出したところで、空中に投げる。すると、宝石を中心に氷が創られ一つの形になった。
「すごい……私、感動しました……」
目の前に出現したのは氷の狼だ。
もちろんただの氷ではない、魔力がこもっているので、金属以上の強度がある。コアとなっている宝石の力でブレスが吐ける仕様だ。さらに、魔石の魔力が尽きるまで、自己再生することも可能という逸品。僕の自慢作だ。
「魔力を込めた人の命令を理解して行動します。ほら、《氷狼》お手」
僕が手を差し出すと、氷狼の手が乗っかる。
「ね?」
「すごい! ゴーレムの一種でしょうか?」
「現代のゴーレムの基となった魔術らしいです。父の残した資料に、そう書いてありました。元に戻す方法は宝石に込めた魔力が尽きる。宝石が壊される。魔力を込めた人物が《解除》を唱えるか、です」
僕がキーワードを唱えると氷の体が光り、宝石だけが残った。それを拾い上げると、アミーユお嬢様に手渡す。
「これは、弟子であるアミーユお嬢様にプレゼントします」
「……よろしいのですか?」
「まだ他にもありますから。危険を感じた時に使ってください。きっと、役に立つと思いますよ」
手のひらに置かれた宝石を見つめるだけで、受け取ろうとしない。こんなもの数日あれば作れるから、気にせず受け取って欲しいんだけど……。
僕は失礼だと思いつつも、アミーユお嬢様の手を触り、強引に宝石を握らせる。
「本当に、良いのですか?」
僕が笑顔でうなずくと、ようやく受け取ってくれた。
「それとこの宝石は、二人だけの秘密です。アーティファクトを持っていると知られたら、みんな驚きますから」
「はい!」
返事をするアミーユお嬢様は、イタズラっ子のような、ちょっと悪い笑顔を浮かべていた。
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