第11話 戦いの報酬

 頭はすっきりしていて、非常に快適な目覚めだった。

 首を横にして周囲を見ると、見覚えのあるベッドが並んでいる。何回か来たことがあるハンター行きつけの治療院だろう。


「おはよう。あの後どうなった?」

「第一声がそれかよ」

「可愛い女の子ならもっと気の利いたことを言うよ」

「うそつけ。いつもテンパって何もしゃべれないじゃないか」


 そう言って兄さんは、僕をからかうようにニヤリと口元をあげた。


「まあ、その話は今度しよう。クリスが気絶した後は遅れてきた部隊が到着して、防御型を一方的に攻撃をしたらあっさりと終わったよ。俺たちの苦労はなんだったんだろうな」


 そう言って、兄さんは肩をすくめた。


「仕方がないよ。あいつらは二体セットだと脅威になるけど、個別に戦うのであればそこまで大変じゃない。特に防御型は盾になるオーガがないと本来の力を発揮できないからね」


 遠距離魔術を無効化する防御型。近づけば驚異的なパワーで打ちのめす攻撃型。このコンビネーションが強力だった。


 兄さんは上手く攻撃をさばいていたけど、援護できない状態では長くは続かなかったはずだ。長引けば長引くほど、相手が有利になる。そんな戦いだった。


「まぁ……そうだな……」

「なんか含みのある言い方だね?」


 歯の奥にものが挟まったような、すっきりしない顔をしていたので、何か思うところがあるのだろうか。


「あいつら微妙に頭が良かっただろ?」

「うん。普通のオーガより頭が良さそうだったね」


 普通のオーガは集団で襲ってくることはないし、投擲といった攻撃をする知能すらない。ただひたすら目の前の生き物を殺して、食べるだけの知能しかないからね。連携されて驚いたよ。


「だよな。なんとなく幼児程度の知能があるように思えたんだが、そのせいでちょっとした自我が芽生えて、癇癪を起こしていたのかなと考えていた。あのおかげで攻撃が雑になってさばきやすかった。逆に言うと、冷静に攻撃されていたら二〜三回目の攻撃でやられていたかもしれん」


 確かに……あいつらがもっと頭が良かったら、もしくは本能に従って目の前の敵を殺すだけの知能しかなければ、勝敗は逆になっていたかもしれない。


「ギリギリの戦いだったね」

「あぁ……運が良かった」


 お互い黙り込んで、しんみりとしてしまった。この部屋には僕たちしかいないようなので、余計に沈黙が気になってしまう。


 何か話そうと口を開きかけると、外からコツコツと足音が近づいてくることに気がついた。兄さんの顔を見ても、首を横に振るだけで誰が来るか分からないようだ。待っているとドアが開き、来訪者と思われる人が病室に入ってきた。


「よかった。目が覚めたのね」


 部屋に入ってきたのはリア魔術師長だった。知的な雰囲気が漂う青い髪とメガネの組み合わせが、女教師といった雰囲気を醸し出している。


 公爵夫人の彼女が立っているのに僕がベッドに寝ているわけにはいかない。そう思って慌てて立とうとしたら「そのままでいいわよ」と言われてしまう。少し悩んだ末に、体を起こした状態で会話をすることになった。


「まずは、到着が遅れたことを謝罪させてください」

「やっぱりオーガに襲われたんですか?」

「奇襲の可能性を考えていなかったので、立て直すのに時間がかかってしまったわ」


 予想通り、オーガに襲われて援護に来るのが遅れていたのか。偶然にしては出来過ぎなような気もするし、特殊個体のオーガが計画したといわれても、そこまで知能がなかったようにも思う。なぜ奇襲できたのか謎だ……。


 どちらにしろ、今持っている情報だけでは結論は出せないか。


「お話をする前に、これを受け取ってください」


 布に包まれた三十センチほどの細長い棒状のものを受け取って、中を取り出す。


「これは……オーガのツノですね。それも特殊個体の」

「攻撃型はあなたがとどめを刺したので、所有権は私たちにありません」

「ありがとうございます。確かに受け取りました」


 あの驚異的なパワーの秘密が、ツノに刻み込まれた魔術陣にあることは間違いない。お店に戻って解析したくなってきた。

 ソワソワしている僕を見て面白かったのか、リアさんは笑顔になっていた。


「これで表向きの用件は終わりました」


 といって一瞬言葉を止めてから、再び話し始める。


「実はもう一つお願いがあるの。私には今年で十歳になる娘がいるんだけど、幸い魔力量に恵まれているため、私と同じ魔術師の道を進めようと準備しているのよ。そこで特殊個体を倒した腕を見込んで、あなたに家庭教師がお願いしたいと思っているんだけど、どうかな?」


 予想もしなかった依頼に驚いてしまい、ツノを膝の上に落としてしまった。

 ヴィクタール大公の第三夫人の娘であれば、家庭教師になりたがる魔術師・付与師は腐るほどいるだろう。お抱えだっているはずだ。僕に頼む理由がない。


「あら、驚いてしまった? あなた、少し自分の実力を過小評価しているわよ。魔術に精通し、ごく一部の人しか使えない連結付与を使いこなし、魔術も連結できる。それだけでも凄腕として評価できるのに、さらに先の戦闘では臆することなく、冷静に戦っていた。部屋に閉じこもっている陰険ジジィ共は、どれか一つを使える人はいるけど、全てといったら貴方しかいないわ。私はそこを高く評価しているの」


 なんか公爵らしからぬ発言があったけど、なぜ評価されたのかは理解できた。確かに作戦会議の時に文句を言っていた付与師たちよりかは、実践で戦える自信はある。


「それに特殊個体たちの攻撃を防いだ結界。あれは非常に興味深かったわ。三重の結界なんて初めて見たし、特殊な付与をしたのかしら? それにしては付与したモノがなんだかわからないのも不思議ね。手につけていたグローブは《魔力弾》が付与されていたようだったし、いったい何に付与して結界の魔術を起動させたのかしら。これでも私は一流の魔術師なんだけど、それでも分からないことがあるなんて……興味が尽きないわ」


 永久付与のことが半分ぐらいバレているんじゃないか!

 兄さんたちのパーティがオーガの戦闘について喋ったとは思えないので、あの戦闘を見ていたのかもしれない。どうやって言い訳すればいいかわからないぞ……。


「リア公爵夫人。クリスは起きたばかりですし、話はここまでにしてもらえませんか? それに、我々はハンターです。奥の手の一つや二つは当然持っていますが、それを公然と話すわけにもいきません。どうかご理解いただけないでしょうか?」


 悩んでいた僕を見かねて、兄さんがリア公爵夫人に一歩近づいて助けてくれた。コミュ力の低い僕では、切り返すのが難しかったのでホッとしてしまう。


「そうね。わかったわ。でも、家庭教師の件は検討してちょうだい。二日に一回、午前中を使って魔術を教えて欲しいの。給金は月に公国金貨三枚にする予定よ。考える時間も必要でしょうし、数日中に返事をくれればいいわ」


 そう言って、くるりと回転をしてそのままドアに向けて歩き出し、リア公爵夫人は部屋から出て行った。


「厄介な人に目をつけられたな。どうするんだ?」


 足音が聞こえなくなったのを確認してから、兄さんに質問された。


「お客はみんな死んじゃったし、お金を稼がないと税金すら払えなくなるから、この話は受けるしかないかな」


 土地、お店それぞれに税金がかかり、毎年一定の金額を支払っている。税金の支払いが滞納するとお店が取り上げられてしまうので、さっさと稼がなければと考えていたところだ。


 他にも付与液を買わなければ、そもそも付与すらできなくなる。

 お金がないから付与液が買えない、付与液がないからお金が稼げない。といった負の循環が始まる前に、新しいハンターが来るまではどうにかしてお金を稼ぐ必要があった。先ほどの話はチャンスではある。永久付与の件がなければ……。


「実は俺のパーティ全員に、南部騎士団に入らないか打診が来ているんだ」

「それはすごいね! もちろんその話は受けるんだよね?」

「そのつもりだ」


 兄さんはもともと出世することにこだわっていたし、エミリーさんとナナリーさんと結婚して子どもを作るのにハンター稼業は過酷すぎる。ハンターから騎士への転身は良いきっかけになるだろう。


「お互いに良い転機になるかもしれない。さっきの話は真剣に考えておくんだぞ」

「うん」


 そんな会話を最後に兄さんは病室から出て行った。

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