第10話 刺青

 ノト村が見えなくなるほどの距離までおびき出すと、遠くから剣撃が聞こえるようになった。奇襲部隊がオーガに特攻したのだろう。ときおり魔術の攻撃らしき爆発音も聞こえてくる。奇襲部隊の戦力は十分。特殊個体の援護さえなければ、すぐにでも討伐は終わるはずだ。


 僕たちは街道の中心で立ち止まり、兄さんが先頭となって攻撃型と対峙している。攻撃型の少し後ろには防御型がツノを赤く光らせながら結界を発動し、待ち構えていた。


 魔術を何度も打って分かったけど、防御型の能力は、結界の膜に触れると魔術的な効果が無力化される、といったようなものだった。膜の内側にさえ入ってしまえば、魔術で攻撃できる。ただ、仮に攻撃したとしても、叩き落される可能性の方が高い。別働隊が特殊個体を奇襲する予定だし、無理をして攻撃する必要はないと思ってたら、街道の脇の森林からも剣撃や爆発音が聞こえてきた。

 特殊個体を襲う予定だった別働隊が逆に奇襲されているみたいだ!


「兄さん! 別働隊がこないかもしれない!」

「わかってる!」


 攻撃型が大剣を振り上げ、兄さんを叩き潰すように振り下ろす。その腕力だけで第一次討伐隊を壊滅させたオーガだ。普通では避けられないスピードと、バックラーで受けきれないほどのパワー。兄さんが叩き潰されてしまう幻覚を見てしまうほどの、圧倒的な攻撃力だった。


「あまい!」


 だけど、兄さんだって負けてない。バックラーで剣の腹を叩いて軌道をそらして受け流す。いくら《硬化》《衝撃吸収》が付与されているからって、普通のハンターなら受け流すことなんてできなかっただろう。さすが僕の兄さんだ!


 必殺の一撃が決まらなかった攻撃型は苛立ったようで、剣を無軌道に振り回している。


 振り下ろされた大剣はバックラーで受け流し、頭を狙った横薙ぎの攻撃はしゃがむことで回避。さらに兄さんは、ロングソードで突き刺し、攻撃型に軽傷を負わせている。力任せの攻撃を、兄さんは今まで培ってきた技術と経験で翻弄していた。


 別働隊の援護が期待できない今、僕たちは見ているだけではなく、反撃をしなければならない。エミリーさんが魔術、ナナリーさんが弓で攻撃をし、ダモンさんが二人の護衛として盾を構えている。話に聞いてた通りの戦い方だ。


 攻撃型が剣を振るタイミングで弓が腕に当たるが、肉体も強化されているので、直撃しても奥深くまで刺さることはなかった。《土槍》の魔術も同様で、数センチ刺さっただけで、大きなダメージを与えることはできない。


 僕もみんなに合わせて援護しようとすると、防御型が動き出したのが視界に入る。先ほどの攻撃型と同じく、持っている槍を投げようとしていた。この狙いは……兄さんだ! みんなの意識は攻撃型に集中しているので、防ぐとしたら僕しかいない。


「兄さん僕の後ろにきて!」


 僕の声が届くとすぐにバックステップで攻撃型から距離を取り、前に出ようと走っていた僕と入れ替わる。攻撃型はターゲットを僕に変えて剣を振り上げ、防御型は助走をつけて槍を槍を投げてきた。


 それに慌てることなく、右手を前に出し魔力を通す。


 すると僕の右腕から手首にかけて刺青として刻み込まれた魔術陣が浮かび上がり、半円結界が前方に三重になって浮かび上がる。それと同時に大剣が頭上に落ちてくる。結界に当たると、激しい音が鳴り響き大剣を弾き飛ばす。さらに、投擲された槍も結界の形にそうように軌道が変わり、攻撃をしのぐことができた。


 さらに左手を前に出してワイバーンの皮で作ったグローブに刻み込んだ《魔力弾》の魔術陣を起動する。すると左手から、青く輝く魔力の塊である《魔力弾》がマシンガンのように、次々と攻撃型と防御型に向かって飛び出す。


 付与魔術の最大のメリットは、魔術陣に魔力を込めれば即時に何度も魔術を放つことができることにある。


 先ほど放った《魔力弾》では、大したダメージは与えられなかったけど、勢いに押されてオーガの二体は僕たちから距離をとった。


「クリスその腕どうした?」


 兄さんの視線は、服の袖から見える腕に刻み込まれた魔術陣を見ている。


「原理は兄さんのバックラーと同じだよ。モノに付与できて、人体に付与できない理由はないよね」


 魔術陣・付与液。この二つがあれば生物にも付与することが可能だ。今までは、気化防止液が存在しなかったので、誰もやらなかっただけだで発想自体は珍しくない。

 参考になる文献は沢山あり、すぐに実現することができた。


「お前……。墨の代わりに付与液を使って大丈夫なのか?」

「さぁ? 人体に永久付与した前例がないからわからないよ。それより距離が開いたから、大きめの魔術で攻撃型を仕留めるよ!」


 そういってからミスリル性のペンを取り出してから、ありったけの魔力を左手に回し、そのままペン先にまで移動させる。《氷剣》の魔術文字を二つ書き、魔術陣化して連結させる。


「うそ……魔術の連結なんて……」


 離れたところにいるエミリーさんの声が聞こえるが、小さかったので何を言っているのかわからない。

 魔力の効力が薄まるまでの間に、全てを書き上げなければならない。一つのミスも許されない作業を迅速に進めて魔術陣が完成した。


「僕の得意な魔術だ。これでもくらえ!」


 魔術陣から全長八メートル、幅四メートルの大剣が出現すると、ロケットのように勢いよく飛び出す。結界の膜を突き抜けて、攻撃型に向かって一直線に進む。迎撃しようと大剣で受け止めようとするが、大剣が粉々に砕け散り、胸に吸い込まれるように《氷剣》が突き刺さり、両断した。


「相変わらずすげえな。最初からこの魔術を使えばよかったんじゃないか?」


 魔力が切れかけて呼吸が荒くなり、めまいも始まって膝をつく。青く光っていた右腕に刻み込んだ魔術陣も、今は沈黙している。


「……無茶言わないで……一回限りの攻撃だよ……外したら後がない……」

「そうか……」


 空中に書いた魔術文字が消えるまでの間に魔術陣を作成し、確実に当てなければならない。難易度の高い技術だ。相手の能力や性格が分からない状態では使いたくない。最初からというのは、さすがに無茶な注文だ。


「兄さん……防御型……の……処理は頼んだよ」

「クリスはよくやった。後は任せな!」


 防御型は一定レベルの魔術を無効化する結界を除けば、通常の個体より少し力が強い程度だ。兄さんたちのパーティなら問題なく撃退できるだろう。そう考えながら意識が遠のく。


 かすむ視界の先には、デューク騎士隊長とリア魔術師長が率いる部隊が突撃をする姿も見えた。もう安心だ。そう思って眠りについたのだった。

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