犬と殺人と夜の散歩

転ぶ

第1話木村太郎



蒸し暑く、梅雨入りの6月中旬に、わたしは、河川敷の草むらの中で死んでいる女性に出会った。


連続強姦殺人事件の始まりだった。


彼女は、市内の病院で医療事務をしている26歳。2年前に結婚し2歳になる娘がいた。


死体は、綺麗で、まるで眠っているような状態で発見された。


しかし、強姦され絞殺されていた。



「すいみません、木村刑事は?」


鑑識に、わたしが、直属の上司に当たる木村太郎刑事の居場所を聞いた。


「ん?あぁ、また死体見てゲロってるよ。あそこ!」


鑑識の喜多島春男が、指差した先にビニール袋に顔を埋めているジャージ姿の男がいた。


「あんなんで、よくデカやってるよなー、てか、あんた新顔?」


「はい!今日から配属になった岸谷梓です。よろしくお願いいたします!」


喜多島は、ずれたメガネを人差し指で上げて不気味に笑った。


「ふーん、2ヶ月!」


「いや、2週間!」


「いや、いや、1週間!」


周りにいる鑑識が口々に楽しげに話していた。


「岸谷君?」


いつの間にか彫りの深い顔立ちの男が梓の前に立っていた。


「はい....?」


「これ捨てといて。」


「え?」


梓は、白いビニール袋を渡されて思わず鼻を摘まんだ。


酸っぱい臭いがした。


「俺、木村太郎よろしく。ついでに検分と報告書よろし..うえ!」


あーあー


鑑識連中から呆れた声が上がった。


スーツにゲロを吐かれた梓は仕方なく予備用のスエットに着替えて死体現場を覗いた。


女性は、美人で清楚な服装をしていた。


両手は、神に祈りを捧げるかのように組まれていた。


「ずいぶん、綺麗な仏さんだろ?」


「あ、はい!」


仏頂面の加齢臭のする刑事が梓に聞いた。


「でもな強姦、絞殺だ。」


「え?はい。」


「今日から、木村太郎と一緒か?」


「あ、はい!よろしくお願いいたします!」


「ゲロ太郎の世話役だな。」


「あ、はぁ。」


わたしは、とんでもない上司の下で働く事になったみたい?


署に戻り梓は、先に帰った木村太郎を探した。


「木村さんすか?仮眠室にいるんじゃないですかね。」


刑事課で聞いて梓は唖然とした。


さらに仮眠室の畳の上で熟睡している太郎を見て呆然とした。


「木村さん!わたしは、何をすれば?」


梓は、遠慮がちに布団を揺すりながら聞いた。


「うーん、お腹空いたからペペロンチーノ買って来て。」


寝言のように太郎は梓に伝えた。


「いや、仕事です!」


「あ?ごめん、かおちゃんかと思った。そうだよな、でも、かおちゃんは、ニンニク臭いのは嫌いなんだよな。」


「奥さんですか?」


「うん。ごめん、仕事ね、被害者の体内から検出された精液からたぶん、分かるから、検死が終わったらデータもらって過去の性犯罪の前科もんと照合してみて、DNA的な。」


寝返りをうちながら太郎はボソボソと梓に言った。


「え?良いんですか?」


「うん。えっと、」


「岸谷です!」


「岸谷さん?岸谷梓さん?」


「はい!」


「じゃあ、今日からあずあずね。」


「へ?」


太郎は、大きなオナラをしてまた寝てしまった。


やったー!変な上司だけど、警察官になって良かった!ずっと交通課で終わって本庁のエリート官僚、渡部勉と結婚して寿退社的な人生から抜け出せた!


でも、結婚したいし子供ほしいし、でも、凶悪犯検挙したいし。


でも、殉職は嫌だし。


「よう!また、太郎は寝てんのか。」


仮眠室に入って来たのはさっきの加齢臭なおじさん。


「よう!よろしくな!岸谷梓!俺は猫田一郎だ。」


「はい!よろしくお願いいたします!」


「一郎さん、うるさいな。こっちは寝てんすよ!」


「おう、ワリイってお前、勤務中だぞ!」


そこで、また、太郎が大きなオナラをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る