第26話 勝敗の行方
そんなわけで前半が終了してハーフタイムに入ったんだけど、私はティモニーズのダンスを見ることができなかった。選手控室の中で頭をフル回転させながらマスターの横でスタンバっていたから。
敵にとっては流れが悪いまま続いた前半。だけど彼らはタイムアウトを二回も残したまま終えた。何か作戦が不発だったのか? それとも、後半に秘策があるのか?
過去の試合でダークダックスは、後半は
そんなことを考えつつ、私はマスターや選手に後半出てきそうな相手選手の情報をもう一度渡して回る。
これまでの分析で私は、相手が前後半で選手を入れ替えるのは、選手の身体能力に差があるからだと考えていたの。実際、スカウティングの結果がそうだったし、前半に身体の強い選手を投入し、後半は力の劣る選手を上手く起用することで、総合力で戦ってきたのではないか、と思ったのね。
例えば前半の出だしで身体の弱いライン選手を起用してしまうと、序盤戦で流れに上手く乗れなかったり、相手が戦術を変えてきて攻守がかみ合わなかった場合に、そこを突かれて一気にやられる危険性が高まる。だから強くない選手を起用するのであれば、前半は敵の動きをしっかり確認させて、組織力で上回れるようイメージを作らせてから後半から投入するほうが良いのかな? と。
実際、彼らの個々のフィジカルは当然リザードマン選手が圧倒的に強いんだけど、試合でのパフォーマンスは、前半も後半もあまり差がないのよね。
そんなことを考えていたハーフタイム終了間際、マスターが突如立ち上がった。
「やつらのサインは見え見えだ。だが、外されてもうろたえるんじゃねーぞ!」
「「「オッス!」」」
「やることはわかってるな?」
「「「オッス!」」」
「落ち着いて、沈めてこい!」
「「「オッス!」」」
だんだんマスターの激が怖くなってるんですけど(笑)。
気合いを入れ直した戦士たちが控室を飛び出していく。そしてその後を追いかけるお掃除おばさんな私。こそこそとベンチに入ると、相手メンバーの背番号をチェック。ダークダックスはこれまで同様、ラインのリザードマンを下げ、選手を入れ替えてきた。
負けている状況で力の落ちる選手を投入してくるのは周りから見れば悪手に思えるかもしれないけど、分析する側にとっては正直嫌だ。戦い方もガラッと変わるし、相手の変化を分析して対応するための時間も少ないもの。
そうこうしていると相手の攻撃から第三クオーターが始まった。エースのロナルドはそのまま入っていたけど、オフェンスラインからは完全にリザードマンがいなくなっている。
そんな風に相手の状況をうかがっているとマスターから指示が飛んだ。
「パスだ」
「はい」
彼の読みは外れない。ノーブラは即座にボールの出しどころをつぶし、相手の進撃を阻んだ。
「ランだ」
「はい」
やはり外れない。カルナックたちが
ここで相手はタイムアウトを取ってきた。
マスターが相手のどこを見て読んでいるのか、私にはわからなかった。だけどそれは相手も同じだったみたい。
タイムアウト後もマスターの指示通り守備陣が相手の攻撃をシャットアウトして、こちらの攻撃に移ったんだけど、今度は相手にこちらの攻撃が抑え込まれた。相手のディフェンシブラインは前半のリザードマンたちより当たりが弱いものの、丁寧にパスに対応しつつ、ランの穴も開けず、ぎりぎりのところで体を張ってきたの。
そして再び相手の攻撃の番に切り替わった時だった。マスターが言ったの。
「ノーサイン」
「え?」
「敵はノーサインだ」
なんと相手はベンチからの指示をあおぐことなく、フィールド上の選手たちの相談だけで作戦を決めることになったみたい。
私はあわてたんだけど、選手たちは冷静だった。相手の攻撃をことごとくつぶし、追加点はおろか、ファーストダウンさえも与えない。前節までの彼らの動きを完全に頭に叩き込んでいた彼らは、自力で相手を上回っていたの。前半で勢いに乗っていたノーブラ守備陣は、その後も疲労をまったく感じさせず、敵を封殺していった。
一方の攻撃陣も、最初は相手の組織力に手こずったものの、マスターがメンバーのポジションを入れ替えたり、初期位置を若干ずらすように指示していくと、徐々に敵陣を破り始めた。特にデヴィッドを最前列に張らせ、代わりにトミーの位置取りを下げると、トミーへのパスが簡単に通るようになり、あっという間に相手ディフェンスは崩壊したの。
敵をバンバン抜きまくったトミーは後半だけで3タッチダウンをあげ、100ヤード以上獲得した。後ろに引いて視野を確保するだけで動きにこれだけ差が出るなんて、正直びっくりしたけど、確かにあいつ、元々視野がかなり狭かったもんね。
ダークダックスも最後まで闘う意志は見せたものの、点差はどんどん開いていき、終わってみれば59-6。ノーブラの圧勝だった。勝ちが決まって安堵した私には観客の喜ぶ声も聞こえてきたし、ティモニーズのダンスも見れた。だけど私の心に一番強く残ったのは、マスターのことだった。このチームを支えていたのは、結局この人の力だったんだって思ったの。それもかなり圧倒的な力。
当の本人は笑顔で選手たちをねぎらい、ハイタッチを交わす。選手たちはみんなで自分たちの勝利を喜び合った。だけど私は、なぜか素直になれなかった。もちろん嬉しいんだよ。嬉しいんだけど、スポーツの裏側にこんな世界があるなんて、知らなかったんだもん。
とはいえ私も肩の荷がおりたし、気持ちを切り替えてお店の準備にかからなきゃ! と自分に言い聞かせて選手たちより先にコロシアムを出たのね。
ところが、お店の近くまで来た私は、周囲を取り囲むお客さんたちの数に圧倒されたの。これまで見たことのない大勢の人々が、立ち上がって歌っている。これはひょっとすると、1000人どころの騒ぎじゃないかもしれない……。
何とかお店の中に辿り着いた私は、急いで白い頭巾をかぶり、エプロンを着ると、マオとナオを助けるべく厨房に立つ。見たところ食材はまだまだ余っているけれど、この後コロシアムから合流する人たちの胃袋を満たすには全然足りない。
お手軽レシピ作戦に切り替えることを思いついた私は、必要な追加食材を相良急便に発注すると、山積みの食材を片っ端から調理していく。コロシアムではサポートスタッフだけど、厨房の私は包丁と鍋をあやつり、先手を打ってシステマチックにミッションをこなすプレイヤー。しかも迎え撃つべき大勢の相手を前にして覚醒したというか、何か大きな力が乗り移っている気がした。
そんな私がフルスロットルで作り上げた料理をマオとミオでは運びきれなくなったころ、タイミングよくティモニーズの皆さんが駆けつけてくれた。マリアさんとリリアさんの指示の元、料理がたちどころにお客様の元に運ばれると、厨房はスペースを取り戻し、再び活力を得たの。
コロシアムから選手とお客様が凱旋する前に私がまかないを作ってティモニーズのメンバーに振る舞うと、彼女たちはそれをぱぱっとかきこんで喧騒の練習用グランドに飛び込んでいった。彼女たちの嬉々とした表情はまるで、戦場に舞い降りる救いの女神のようだった。
その後すぐに相良急便の食材が届き、私はミオと大量のサンドウィッチと大型ソーセージの準備にかかる。マオは練習用グランドの一角にフードスペースを作りつつ火をおこし、セルフサービスグリルの準備をしつつ、追加のゴミ箱を設置していく。大通りに目をやると、コロシアムからの凱旋組の列が見えてきた。
私たちの戦いはこれからだ!
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