第24話 死闘! ダークダックス戦

 その試合日まで、私はくるくる回るように動きながら働いた。お店の段取りの確認や、選手たちのコンディションチェック、相手チームの追加情報の分析に試合当日の現地での作業分担など、思いついた端から行動するから非効率極まりないんだけど、動かないと精神的にやってられなかったの。


 なぜって……実はまだノーブラ、全国1位なんですよ。だけど、この試合で連敗を喫してしまうと、2位に落ちてしまうかもしれない。そんな重要な試合に、サポートメンバーとはいえ、重責を担う立場で私が関与することになったわけです。緊張しないわけがないです。お店でお客さんのあの笑顔とあの絶望を見てきたこの私がです。か弱いキュートな私がトップチームのキーマンになるなんて、もう、オドロキッ!


 そんな感じで当日を迎え、落ち着かないままノール・コロシアムに入った私は、マスターとフィールドに足を踏み入れたの。青空の下、緑のじゅうたんの上を歩きながら周りを見回すと、白い石壁の上に同じく白い石でできた階段状の観客席。気持ち良いそよ風に吹かれながら視線を移動させていくと、高くそびえる黄色い二股のゴールポストが見えた。ワナビーズ戦のマスターのフィールドゴールを思い起こした私は、今日これからここで始まる戦いを想起し、意識を現実に引き戻す。そしてその場でしゃがみ込み、芝を触りながらマスターに聞いたの。


「結構伸びてるんですね」

「ああ。確かに芝はちょっと深いな。でもなかなかいいフィールドだろ?」


「芝ってコロシアムによって違うんですか?」

「もちろん。寒い地域と暑い地域じゃ種類も違うしな」


「じゃあ深さも違う?」

「そうだな、だいたい2~3cmくらいだが、うちみたいに少し深いところもある」


「うちはなんでこんなに伸ばしてるんですか?」

「国が管理に手をかけていないだけだ」


 なるほど~、そんな深いわけがあったのね!


 そんなことを考えながらきょろきょろしていると、徐々に観客席にお客さんが入ってきた。いずれこのコロシアムも満員になったりするのかな? なんて期待しながら私はベンチに下がる。近くにはこの試合を中継する魔術師集団が水晶玉の映りを調整していたり、救護班のノームの牧師さんたちが談笑したりしてた。


 その後しばらくすると、うちの選手たちの練習が始まったの。試合用のシューズで彼らがガンガン走っているのを見ると、土の練習用グランドよりも選手たちが生き生きしているように見えた。相手チームもフィールドに入って来たので私は見つからないようにベンチの端に身を隠す。え? なんでかって? まあ、いろいろあるのよ。


 そのまま相手ベンチの様子をうかがっていると、キーンさんがフィールドに出てきて芝の状態をチェックし始めた。そして何人かの選手に指示を出すと、その選手たちはシューズを交換して再びフィールドを走り始めた。


 ということは、うちの選手も場所によってシューズを使い分けたりするのかな? 特にうちのフィールドの芝の深さに特徴があるんだったら、ホームとアウェーでシューズを変えたほうが良くない? 


 そんなことを考えながら選手控室に戻ると、身体を温めたうちのコワモテどもが着々と集まって来た。みんな気合いが入りまくってる。というか、ときどき奇声を発してた。なんか怖い(笑)。


 私は彼らのまとう闘気を全身に浴び、武者震いしつつも清掃員の格好に着替える。しばらくして入口からマスターが入って来ると、みんなが立ち上がった。


「お前ら~、こないだみたいな醜態はさらすなよ~」

「「「「「オッス!」」」」」


「俺たちはー?」

「「「「「Noナンバー ワン!」」」」」


「ダークダックスはー?」

「「「「「Noノー Futureフューチャー!」」」」」


「汚ぶつはー?」

「「「「「消毒だーっ!」」」」」


「邪魔する奴らは!」

「「「「「叩き潰すっ! 全力で! だ!」」」」」


「行くぞーっ!」

「「「「「「うぉーっ!」」」」」」


 選手たちはそのまま戦場に向かって走っていった。 だ! は必要なかったよね?


「Go! Go! BブラウザーBバックス! Go! Go! BブラウザーBバックス!」


 ティモニーズたちの声援に包まれ、戦士たちがフィールドに出ていく。日差しの中コロシアムに歓声が沸き起こると、目の前の選手たちの勝利への意識が研ぎ澄まされたように感じた。


 私はお掃除おばさんの格好でベンチの端に陣取る。チームメンバーは誰も私に話しかけない。当然である。これも作戦なのだ。


 セレモニーの後のコイントスの結果、ノーブラの攻撃で試合が始まった。私はマスターが口走ったランの指示をセンターくんに向けて送る。マスターはジョンモンタナにも同じランのサインを送るけど、それは実はフェイク。つまり私は相手にマークされないところから真のサインを送るメッセンジャーなの。お掃除おばさんがサインを出しているなんてよもや誰も思うまい(笑)。


 もちろん、相手がこちらのサインを見破っていなければこの小細工は意味がない。だから最初の数回はいつも通りの行動をとり、相手の様子をうかがうことにしたの。


 その1stダウン、ノーブラはラン攻撃をすぐにつぶされた。相手のリザードマンの出足が速かったところを見ると、やっぱり我々の動きは読まれていたみたい。


 マスターは私にパスの指示を出しつつ、ジョンモンタナにはワイルドキャットのサインを送った。


 2ndダウン、相手のリザードマンの動きが明らかに遅かった。守備が手薄になったデヴィッド側へのパスが通り、最初のファーストダウン(10ヤード)獲得!※


「やはりジョンモンタナの態度で判断されていたな」


 マスターが私の方を見ずに言った。彼は私とジョンモンタナに同時に指示を出しつつ、敵の動きも見ていたのね。そして、相手側ベンチの視線がジョンモンタナに集まっていたのを察知したみたい。この人凄いよ!


 次の1stダウン、私への指示はパス、フェイクはランだった。そしてそれはものの見事に相手の裏をかいたの。ランだと思って動いた敵陣の隙間をトミーが駆け抜け、ジョンモンタナのパスが通る。トミーの快走は相手を寄せ付けず、タッチダウン!


「うおおおおおおおっ!!」


 場内から湧き上がる歓声とベンチ内のハイタッチ! これがスポーツなのね!


 その後のゴールも決まり、ノーブラは6+1で7点を先取しました!


「これからだ! キーンは最後まで戦ってくる。気を緩めるなよ!」


 攻撃陣が戻ってきたとき、マスターの声がベンチに響いたの。



※攻撃側は1st ダウンから4thダウンまで4回の攻撃の間に10ヤード以上前進しないと、攻撃権が相手に移ってしまいます。逆に10ヤード獲得できれば、再び1stダウンから4回攻撃できます。この10ヤード獲得のことを「ファーストダウン」と言います。言い換えるとここでの「ファーストダウン」とはつまり、「1st ダウン(から再スタートできる権利を獲得した)」というイメージです。とりあえずそんなもん。

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