第15話 とあるホークル女子の恋愛観
トミーが私のことをどう思っているかとか、正直これまで考えたこともなかった。
この子は恋愛対象としては完全に除外してたから。
私がガチガチに保守的で安定志向、というのには理由があるの。
ホークルってもともと小さな体の割に無鉄砲なところがあるし、女の子の多くはそんな勇敢な男子にあこがれるものなんだけど、私は違った。先の戦争で兄をなくし、その考えを捨てたの。
どんなにかっこよくても、白馬の王子様に見えても、死んでしまったらどうにもならない。最愛の人が危険な状況に置かれているなんて、私にはとても耐えられない。一瞬の英雄なんて嫌なの。光ってなくてもいい、かっこよくなくてもいいの。むしろできるだけ普通な人を私は求めてる。ホークルの寿命はエルフやドワーフよりも短いけれど、それでもその一生をできるだけ長く、好きな人と過ごしたいと望んでいるから。理不尽な別れはつらいから……。
一度きりの人生、ということは自分でもわかってる。マスターやこのチームのメンバーやティモニーズの人たちと知り合って、いろいろと触発されてはいるけれど、私のこのスタンスはたぶん、これからも変わらないと思う。
だからスポーツ選手を、ましてやトミーのような『勇者』な子を恋愛対象として考えたことはこれまで一度もなかったのよ。
そして……その勇者は私のその意志をぐらつかせるようなことを言ってきた。当然ノーダメージではいられない。だって男の子から言い寄られることなんて、これまでの人生で一度もなかったから。
定時がきてあいつが店を出るとき、言われたの。
「俺、本気だから」
どうしよう……。
お客さんが帰った後、他に誰もいないフロアでモップを持ち、私は一人考える。
・トミーは勇者である。
・スポーツに危険はつきものである。
・現在うちのチームに所属しているが、将来他のチームに移る可能性が高い。
・私はこの町を離れようと思ったことはない。考えたこともない。
・だから私の将来の伴侶としてイメージしている男とは真逆の存在である。
・そもそも私は見た目に自信のない、働くしか能がない女である。
・スターのトミーと釣り合うとはとても思えない。
・っていうか、あのトミーだよ? ありえないよ!
結論:やはりトミーは頭が悪い!
そう決定づけて掃除を始めた時だったの。玄関にマスターの影が見えたのは。
――ガラッ!
「話は聞かせてもらった! リア充爆発しろ!」
私、何も言ってませんが……。
「帰りがけのトミーがなんか口走ってましたか?」
「ああ。このチームで優勝したらお前と結婚するとか」
「なんでそーなるっ!! あいつはアホか! 底抜けのアホかっ!」
「あれ? お前あいつのこと嫌いなの?」
「嫌とか嫌いとかいうわけじゃないんです。ただ、どう考えても釣り合わないし」
「じゃあ聞くが、お前がトミーと俺を比較したらどうなるんだ?」
「そうですね。トミーは好青年だし、スターだし、世間一般では最高なんだと思いますが、私にとっては恋愛相手とか結婚相手としては完全に対象外です。マスターはおっさんだし、というかエロジジイだし、世間一般でも生理的に無理だと思いますが、私にとってもやっぱり恋愛相手とか結婚相手としては完全に対象外です。結果的にどっちもアウトですね」
「ちきしょーっ! リア充爆発しろ!!!」
そう言ってマスターは泣きながら店を出て行った。
私が言ったことは実はかなりの嘘で、マスターは本当はモテる。おっさんでエロジジイなのは事実だけど、人間として尊敬できるし、見た目はあれだけど男としてかっこいいし、生理的に無理なんてことはない。神様に真剣にトミーとマスターどっちかを選べと言われたら、私はマスターを選ぶと思うもの。前に「小便臭いガキ」って言われたことはいまだに根に持ってるけどね!
あ、私がおっさん好きってわけじゃないよ。ただ、トミーはどうしてもお子ちゃまに見えちゃうのよね。それに、なんだか雰囲気がうちの兄に似てるっていうか……。
そこまで考えて、こうも思う。
・もしトミーと私がここに居続けたら、マスターは喜んでくれるのかな?
あのおっさんの事だから、本音は絶対言わないだろう。彼もプロフェッショナルの世界に生きた人だから「稼げるところに行け」ってトミーに言うに違いない。内心ではここを出て行ってほしくない、って思っていたとしても。
そんなことを考えながら頭がぐるぐるしてきた私は洗い終わったグラスに売り物のエールをめいっぱい注ぎ、一気にあおった。そしてマスターの昔話を思い返したの。
彼が現役のころは、いくつものチームを渡り歩いたらしいのね。その中でも「ナシオナル・メデジン」っていうトップレベルチームに10年近くいたらしいんだけど、そこは彼がプロ生活を始めたチームじゃなかったんだって。スポーツ選手が監督やチームカラーと自分との相性的なものや待遇を考えてチームを移り歩くのはある意味当然のことで、その中で自分と真剣に向き合い、自分を成長させることが大事だって言ってたな。
そういった意味で考えても、今後トミーは違う世界に旅立ち、多くの経験を重ねることになるのだろう。逆に私はこのお店に残って多くの選手たちと触れ合い、お世話をし、生きていくことになるのだと思う。だけど選手と恋に落ちることは永遠にないだろう。もし自分の恋人がスポーツ選手だったとしたら、私は怖くてここにいられる自信がないから。プレーの実況を聞くだけで怖くなってしまうから。愛する人を永遠に失うことが……。
そう――私は怖がりなんだよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます