第12話 コンバート

 そんなわけでマスターがいそがしくなってしまったので、私はお店の運営を全面的に任されつつ、スポーツチーム「ノールランド・ブラウザーバックス」のアシスタントも兼任することになったわけですが、この世界には労働基準法も何もないのです。


 なんでそんなことを知ってるのかって? 最近私、夜中にこっそりラノベを読んで勉強してるのよ。異世界に行った勇者が働きすぎて社長が逮捕される話なの。


 というか今の私、肩書きも何もないし。名ばかり管理職ですらないのよ! え? 「アネゴ」は管理職? それ絶対違うよね!


 労働基準監督官! はやくきてくれーっ!! こき使われて死にそうだっ!



 ……まあ、楽しいからいいんだけどね(棒)。



 ただ一つ、困ったことがあって……。


 あの勇者ババンガバンバンギダが、なかなか仕上がってこないのよね。スピードはいいもの持ってるんだけど、勇敢すぎるというか、頭が悪すぎるというか、ボールを持つとわざわざ大きな相手に向かって突っ込んで行ってしまう癖があるの。


 もともとあいつが希望していたWワイドRレシーバーはまだ早いということで、RランニングBバックっていうポジションを練習してるんだけど、あいつは体が小さいから、前をFフルBバックの選手に走ってもらって、道を開けてもらうの。だからその開けてもらった道をうまく通って守備側に捕まらないように前にボールを運ぶのがあいつの仕事なんだけど、なぜか勝手に大きな相手に向かって突っ込んで行っちゃう。そしてそこで潰れちゃう。


 本人もガツガツ食べて、当たり負けしない強靭な体を作ろうと努力してるけど、努力の方向間違ってるわよ、それ。おまけにそんなあいつのセリフが


「俺より強い奴に会いに行く」だって。みんなあんたより強いんだってば!


 そんな「チームプレーを理解しようとしない勇者」の勇者すぎる態度にいい加減腹が立った私は、マスターに言った。


「マスター、あいつバカなんですけど!」

「見りゃわかる。お前だったらどうする?」


「そうですね。一度痛い目にあわせた方が良い気もしますが」

「いや……虐待はまずいぞ」


 マスターの中ではあいつは今でもわんこらしい。


「ただ、FBカベの後ろをついて行くだけだと、あいつの爆発的なスピードも活かせない気がしますけど?」


「つまり今のあいつのポジションならミオでもつとまると?」

「言ってない! そんなことは全然言ってないから! っていうか、私こそ虐待されてるんじゃないのかな?」


「大丈夫だ。お前の体力はこの俺が保証する」

「保証しなくていいから休みちょうだいよ! ギブミーヤスミ!」


 とまぁ、相変わらず他愛もない会話にしかならなかったんだけど、そんなある日の練習中、守備陣に1人怪我人が出ちゃったのね。あ、いちおう説明しておくと、うちのチームのメンバーは攻撃陣と守備陣で半々に分かれてるから、練習メニューは毎回紅白戦なのよ。で、怪我自体は魔法で治せるんだけど、時間が少しかかる。その時私、ひらめいちゃったの。


「マスター、一度ババンガバンバンギダをDディフェンシブBバックにコンバートしてみましょうよ!」


 あごひげに手を当ててマスターはしばらく考えていたんだけど、私の言った通り、あいつに守備陣に入るよう指示を出したのね。


 すると、たまたま(これは本当にたまたまだったんだけど)次のプレーで攻撃側のジョンモンタナが、これまた絶妙なパスを投げたの。完全に裏を突かれた守備側が振り返った時にはデヴィッドがすでに捕球地点まで走り込んでた。


 その時だったの。トミーが横からビュンッ! と跳躍したのは。デヴィッドの手前3mのところで凄い高さでボールをキャッチすると、軽い身のこなしで着地したの。


「なにやってんだ! 走れババンガバンバンギダ!」


 マスターの声でルールを思い出したトミーはあわてて走り出す。私も後から教えてもらったんだけど、攻撃側のパスを守備側が直接キャッチすると、その時点で攻守が入れ替わるんだって。だからトミーのキャッチはファインプレーだったの。もっともトミーが勇者なのは相変わらずで、そのままセンターくんに突っ込んじゃったから、大した距離は稼げなかったんだけどね。反対側はガラ空きだったからマスターは頭を抱えてました。


 だけど、一瞬だけでも躍動したトミーを見て、私はちょっとドキドキしちゃった。なんて言うか、小さな選手が大きな選手に勝つのを見て、心を動かされたというか……。あ、ちょっとだけだから勘違いしないでよね!


 いずれにせよ、このプレーで認められたトミーは攻撃陣でも守備陣でも試されることとなり、ようやく使える目処が立ったのでした。


 その日、私は昼の支度にかかるため早めに練習場を抜け出したのね。で、トミーは練習後にシャワーを浴びてからお店に出勤するんだけど、その時聞いてみたのよ。


「どうして大きな相手に向かって突っ込んで行っちゃうの?」

「自分でもよくわからないんだ。『判断が悪い』と言われればその通りなんだけど、大きな相手を倒したい衝動を自分でも抑える事ができないというか……」


 その話を聞いた私は、少し考えて言ったの。


「それならもっと強い相手を倒しに行きなさいよ。目の前の巨漢なんて大したことないわ。どうせなら、ゴールポストを倒しに行ったら?」


 もちろん冗談で言ったつもりだったのよ。ところが……。


「なるほど、そうか……相手にとって不足はないな……」


 トミーはそう言いながら自分でうんうんうなずいてる。こいつはマジでヤバいヤツかと思ったわ。


 そして、それは間違いなかったのです。勇者は覚醒してしまったのです。詳しくは次回、マルデラバーズ戦で!

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