第23話 妖魔現る
決闘の幕は引かれた。
誰もが戦いは終わったと見て、気を楽にした雑談と帰り支度モードに入っていた。
だが、突如として会場を地震が襲って、周囲は俄かに慌ただしくなった。
さらに鳴り響く警報。
「何が起こったんだろう」
道花は空気に不穏な物を感じたが、その正体が具体的に何なのかまではよく分からなかった。
ただ、剣が震えている。何かに反応しているかのように。
具体的には言えないが、何か良くない物が近づいてきているのは確かのようだった。
「あれを見ろ!」
会場の中の誰かが言った。だが、言われるまでもなく多くの者はそれを見ていた。
町の向こうの空が黒く染まり、その方角から異形の怪物達が飛んできた。
はっきり見て分かった。その黒い化け物達は妖魔だ。
妖魔の軍団が湧くように飛んできた。
すぐに一般市民は避難させるように指示が飛び、武芸者達が迎撃に出た。
俄かに慌ただしくなる会場で、妖魔の何匹かが道花の傍にも降りてくる。
「ウゲゲ、天剣ノ力……」
「憎ィ、忌ムベキ力ダ……」
「ゴエエエエエッ!」
「妖魔、山でも会ったことがあるけど……」
喋れたのか。あるいはこの淀んだ空気が妖魔に力を与えているのかもしれない。
思いながら道花は天剣を抜いた。
妖魔は一瞬天剣を恐れるかのような反応を見せたが、逃げることはしなかった。
逆に打ち砕こうとするかのように一斉に跳びかかってきた。
道花は天剣を一閃させる。黒い魔物達が灰となり塵となって消滅する。
妖魔の第一陣をまずは斬り伏せた。
だが、妖魔はまだ次々と空から周囲に降り立ってくる。
「これは力をセーブすることを考えた方がいいかな」
数の多さに道花はちょっと焦りを感じながら呟いた。
だが、今の道花は別に一人で戦っているわけじゃない。
仲間がいた。
璃々や楓、豪や兎も次々と妖魔を撃退して、道花の傍に集まってきた。
「どうやら妖魔は道花さんの天剣の力に引きつけられて集まったようですわね」
「そうなの?」
しっかりと敵に向かって剣を構えながら言った璃々の言葉に道花は相槌を打つ。
「数が多いよ。これ全部倒せるの?」
言いながら楓の剣が掛かってきた妖魔を一刀両断にした。
彼女の戦いを見るのはこれが始めてだったが、悪い腕では無いなと道花は思った。
「ちょうどいい腕慣らしにはなるか。俺が倒してやるぜ!」
豪の斧が妖魔の群れを吹き飛ばす。
風圧だけで蹴散らせるのはたいしたパワーだと道花は思う。
「空の敵を凍らせます」
兎の矢が空にいる敵を撃ち落としていく。落ちてきた氷が割れて蒸発していく煌めきが綺麗だった。
武芸者達の活躍によって妖魔は次々と撃退され、その数を減らしてきた。
だが、減ったと思ってもまた新しい奴がやってくる。
「まさかこの都市にこれほどの妖魔が現れるとは……」
いつも穏やかな校長先生もさすがに驚いて妖魔の集団のいる会場を見ていた。
その隣で昴も厳しい目をして妖魔を見ていた。
「狙いは道花ちゃんの天剣でしょうか。かつて自分達を滅ぼした物を感じ取って来たのかもしれませんね」
「かつての妖魔を討伐した武芸者の強さを見せるための決闘が逆に妖魔を呼び寄せてしまったのか……」
「でも、希望はあります。天剣の武芸者がここにはいます」
そう、昴と校長先生が見つめる先。
妖魔を討伐しながら、道花はみんなを安心させる時だと思った。
「任せてください! 妖魔はわたし達が倒します!」
その宣言にみんなが期待の眼差しで戦う武芸者達を見た。
『わあああああああああああ!!』
応援に沸き返る会場。道花は照れくさく思いながら、戦場へと意識を戻した。
さて、大きな口を叩いたものの、この数の敵をどうすればいいのだろう。
妖魔は飽きることもなくまたやってくる。
迫る黒い奴を道花が動く前に璃々が斬り伏せた。
「倒すには大元を叩かないといけないようですわね」
彼女の鋭い好戦的な瞳が妖魔のやってくる方向の黒い空を見る。
「あの近くまで行かないといけないか」
さて、どうやって行こうかと道花が思案していると、会場にいつか聞いた騒音がやってきた。
すぐに分かる。低獄中のバイク集団だ。
率いる豪が手を差し出してくる。
「道花! 行くんだろ? 来い!」
「うん! ありがとう、豪君」
道花はすぐに玉座に跳び乗って、兎もすぐに隣に上がってきた。璃々も反対側に上がってくる。
「兎さん! あなたはこの前に堪能したからいいでしょう! 降りなさい!」
「ここはわたしの席です」
道花を挟んでなぜか璃々と兎が睨み合う中で、楓までやってきた。
「うさちゃん! 何を堪能したの? うわっ」
女どもの話に構わず、豪はいきなりエンジンをフルスロットルで吹かせた。
「飛ばすぜ! しっかり掴まってろよ!」
バイクの集団が会場を飛び出し、都会の道路を爆走していく。
もう避難したのだろう住民の姿が無い中を、妖魔だけが跳びかかってくる。
走る玉座の上で道花達、武芸者は応戦に出た。
みんなの振るう剣技の前に、妖魔の集団はなすすべもなく沈黙していく。
脱落するバイクも出てくるが、豪は構わず目的地に向かって突っ走った。
「みんな、済まねえ! 必ず親玉の首を上げてくるからな!」
バイクは唸りを上げて道路を走っていく。
やがて辺りが不意に静かになった。
あれほど襲い掛かってきていたザコの妖魔の姿が消えていた。
安全圏に入ったわけではない。ボスのテリトリーに入ったのだ。
その空気の重さをみんなが感じていた。
「さて、いよいよだね」
「何が出ますか」
「敵はみんな倒すだけです」
「あたしも頑張るからね!」
やがて黒い空の下まで辿りついた。
休日は賑わうだろう都会の広場に、大きな黒い穴が開いている。
近づく者を拒むかのような身のひりつく妖気がそこから漏れ出ているのを感じる。
道花達はバイクを降りて、その穴の前に並び立った。
「敵を呼ぶよ。準備は良い?」
「もちろん」
訊くまでもなく、みんな戦うためにここへ来ていた。
そして、勝って帰るために。
みんなの強い意思を受け取って、道花は天剣を手に、黒い底知れない穴と向かい合った。
「敵がこの天剣を狙ってきたのなら……発動させて誘い込む! 天剣道花よ! 敵をここへ導け!」
道花は天剣に込める力を強めた。
言いしれない巨大な者が穴の底から這い上がってくるのを感じる。
全身に嫌な気配を感じながら、それでも道花は恐れず向かい合う。
暗い穴の底から風が吹き上がってきた。
ただの風ではない。それは巨大な者の息吹だ。
声が聞こえてきた。
『天剣……そこにあるのを感じるぞ……かつて我を倒した神の与えた剣の力!』
穴から黒い物が湧き上がってきた。現れたのは見上げるほどに巨大な妖魔の姿。
凶暴な赤い瞳が地上にいる武芸者達を見る。
妖魔の頭には角が立ち並び、長く突き出た口には獰猛な牙があった。背には大きなコウモリのような翼を広げ、全身を黒い鱗が覆っている。
妖魔は巨大な黒い竜のような姿をしていた。
「ドラゴンか。見るのは初めてだね」
道花は緊張の息を呑む。
竜の瞳が道花を、そして天剣を見た。
妖魔が吠える。その声に辺りが震撼した。
「我は妖魔王ダークヴァル! かつて天剣によって敗れた者だ! 天剣の武芸者! まだそのような精神と武器を受け継ぐ者がこの世に存在していたとはな! 嬉しく思うぞ。粉砕できることをな!」
「妖魔王ですって?」
「あいつがかつて地上を恐怖に落とした妖魔の王ってのか」
「さすがに強そうですね」
「あたし、天剣持ってないんだけど……」
さすがにみんな緊張と動揺を隠せないが、道花の胸には不思議と立ち向かう勇気があった。
この手に剣があるから。仲間がいるから。
「行けるよね? やろう!」
道花のやる気にみんなが答える。
そして、伝説の時を越えて妖魔王と武芸者達の戦いが始まった。
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