第2話 伝説の剣

 歴史にはこう伝えられている。

 かつてこの世界には邪悪のあやかし、妖魔が蔓延っていたと。

 人々は安全な暮らしを脅かされ、天に助けを求めた。

 答えた神は人類に光り輝く武器を与えた。

 神々しく輝くその武器を、人々は天剣と呼んで敬った。


 一流の選ばれし武芸者が振るう天剣は、とても煌びやかで美しくとてつもない威力を秘めていて、ただ一撃を振るっただけで天は震え、大地は裂け、海は割れたと伝えられている。

 神々しく強い武器を得た人類は邪悪な妖魔を退け、世界は平和になった。



 そんな時代があったこともすでに伝説となり。

 脅威は去り、人々の暮らしには平和が戻った。

 だが、人々は戦いの記憶を忘れたわけではない。

 再び脅威が迫った時のために、腕を磨く者達がいた。




 海岸に打ち寄せる波が音を鳴らしている。


「これが伝説の天剣か」


 今や遠い伝説で語られるだけとなったその武器を、一人の少女が持って海岸に立っていた。

 いつからこれを持っていたのか彼女自身よく覚えていない。気が付いたらここにいて手に持っていた。

 まるで夢のようだった。少女は剣を見て微笑んだ。


 和の装いに身を包んだまだ中学生ぐらいの凛々しく美しい少女だ。彼女はただそこに立っているだけで絵になるように感じられた。

 まさしく天剣を持つにふさわしい少女と言えた。彼女自身がそう思っていた。


「手に入れたなら振ってみるのが武芸者ってものよね」


 天は風一つなく静か、大地は心地よい春の暖かさを伝え、海は緩やかに波の音を奏でている。

 素振りには良い季節だ。

 その平穏のぬくもりを少女は僅かに慈しみ、海を見つめた。


「天剣、この伝説に語られる凄い剣はわたしのような一流にこそふさわしい」


 少女は手にした剣を持ち上げ、鞘から少し引き抜く。

 それだけで周囲の空気が変わり、ざわつきだした

 自然や動物達も感じているのだ。この剣に秘められた威力、そしてそれを手にした者の実力を。


 少女は満足の手応えを感じながら、剣を完全に鞘から引き抜き、大上段に構えた。

 神々しい輝きが剣には宿っている。それが少女の込めた力と呼応して、世界を闇へ、そして一転して光へと包み込む。

 スポットライトを浴びたステージの中心にいることを少女は自覚した。


 これから何が起こるのか。周囲の全てが見守っている。

 精神を研ぎ澄ませ。

 そして、少女は一息に渾身の力でその剣を振り下ろした。


 一閃が宙を薙ぐ。ただの素振りだ。

 ただそれだけの一撃なのだが、剣撃は空を走って際限を感じさせないほどに伸びていく。

 捉える目標もないただの一閃に周囲は音を出すのを止めた。

 静寂の中、水平線の果てに光が広がり、空へと舞い上がる。

 太陽とは別の輝きが海へ光を投げかける。きらきらとして綺麗。そう思うのも束の間。


 音が戻ってきた。波や風とともに。

 異変がやってくる。これから訪れるものを察知した動物達はすぐさまこの地から逃げ去った。

 天が震えていく。地が震えていく。海も揺れていく。最初は静かだったその小さな動きはすぐに大きな本震となって化けて現れた。


 まるで竜の放った稲光のようだ。

 青かった空に雷が走り黒く裂けていく。木々や草花を倒して震える大地に亀裂が広がっていく。穏やかだった海に津波が荒れ狂い雨が降る。

 起こしたのはただ一人の少女。

 天変地異が起こる中で少女は興奮と緊張に肩を揺らしていた。

 彼女は感激していた。


「これが天剣か。凄いなあ」


 そんな夢を見ていて目が覚めた。



「って、夢か……」


 気持ちの良い朝の眩しさだった。こんな天気の良い朝の日差しがあったから、自分にとって都合の良い夢を見たのだろうか。

 道花はぼんやり眼でそんなことを考えながら、ベッドから身を起こした。



 春日道花(かすが みちか)はこの春から都会にある名門の中学校に通うことになった新一年生だ。

 何でもこの藤花武芸女学院は古くから剣を教えている学校らしい。そのルーツは天剣を持って邪悪な妖魔と戦った時代まで遡るのだとか。

 本当かどうか道花は知らない。ただ剣の師匠だった祖父に勧められたからここへ来た。

 言われるままにこの都会にある名門の中学校を受験して合格し、(筆記試験は普通に合格、実技試験では対戦相手をボコにしてみんながびっくりしていた)、田舎を出てこの寮にやってきたのが春休みの途中、四月に入ってすぐのことだった。

 その春休みも終わって、今日はいよいよ入学式だ。寮を出て式の開かれる体育館まで行かないといけない。


「天剣……天剣はどこだあ。ああ、夢だった……」


 つい枕元を探していた手を慌てて止めた。まだちょっと寝ぼけていた。

 剣の腕の立つ祖父から、伝説の天剣がこの学校にあるとまるで本当のことのように聞かされていた。

 道花ももう伝説を信じるような幼い子供では無かったが、そこは自身も剣の腕に覚えがある者としてちょっとは意識してしまっていた。


「受験生同士で試合した入学試験の実技でも相手を一方的に打ちのめせたし、ちょっとは自分に希望を持ってもいいと思うのよね」


 いろいろ考えてしまうが。まあ、どうでもいいことか。

 今は遠い目標よりもこれからの学校生活のことが大切だ。


「あたし、春日道花。よろしくお願いします。よし」


 自己紹介の発声練習もちゃんと出来た。もう田舎者だと馬鹿にされたくはない。きちんと立派にしよう。

 田舎の朝は早かったので、今朝も早く目が覚めてしまった。

 時間はまだあるが、遅れたくはないし、出かける準備をしよう。

 道花は鏡の前でパジャマを脱いで制服に着替えることにした。

 道花の通うことになった藤花武芸女学院は古くから剣を教えている歴史のある名門校だけあって、そこの制服も今の時代少し古いんじゃないかと思えるような歴史を感じさせる和風の剣士のような装いだった。

 まあ、これはこれでお洒落だし、剣を振る気になるので嫌いじゃない。

 道花は着替えと準備を済ませ、天剣でも何でもない田舎から持ってきた自分の普通の剣を手に取って、鏡で身だしなみを確認した。


「どこも変なところは無いっと。よし」


 気合いを入れて、寮を出ることにする。

 ここは故郷からは遠く離れた都会だ。今までの常識は通用しないし、失敗なんて出来ない。

 名門の学校に合格して汽車に乗って旅立つ自分を見送ってくれた故郷のみんなのことをつい昨日のことのように思い出す。

 みんなのためにも頑張らないといけない。


 道花はそう決心して、部屋のドアを開けた。

 ここはまだ慣れない場所。でも、今からは日常だ。


「わたしがここへ来たのは剣の腕を磨くため。今日は始業式。最初からつまづかないためにも張り切っていかなくちゃね」


 道花は朝早くから外へ出ていく。

 そして、明るい春の日差しの中を踏み出していった。

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