第41話 研究所へ戻る前に
「越谷
『ええ』
一人の名前を確認するように私が問うと、サティアは同意するように声を出す。
国立魔導研究所があるアメリカを脱出した私達は、自分達が本来暮らしている現代に戻ってきていた。それには、いくつか理由がある。
『沙智が
人工知能は、呟くように語る。
彼女もおそらく、自身に起きた事を上手く認識できていないのだろう。サティアの話によると、彼女の足枷を外すパスワードを口にした後、越谷紫という人物のプロフィールが記載されたファイルを見つけたのだ。名前は日本人の女性らしき名前だが、プロフィール写真を見る限りでは、男性らしい。
しかし、現代に戻ってはきたものの、考古学研究所には向かっていない。それは、一連の事を考え「今は戻るべきではない」と判断したからだ。
『こんな細工を
「確かに…お父さんが意味もなく、知らない人のプロフィールを保存しているはずないし…。もしくは、自宅や
私とサティアは、このファイルを残した父の思惑について話していた。
因みに、私達が今いる場所は、新宿駅跡地。かつては“1日に364万人もの人がさばける”と世界でも有名だった東京都の都心地区。しかし、度重なる戦争のせいで、今は駅としての機能はほとんどない。昔は存在していた高層ビルなどは、耐震補強の関係で残ってはいるが、所々崩れかけている。電車も動くには動くが、環境的な面もあって一部の人間しか使用していない。私が所属している考古学研究所は、この東京都の西部―――――かつて、都下地域と呼ばれて都心部ほど便利ではなかった地域にある。そういった戦争で多大な被害をこうむらなかった地域がかろうじて残り、技術の粋をそういった地域に集中させた上で、日々を営む。話には聞いたことはあったが、新宿の現状を見たのは、生まれて初めてだった。
『自分達で世界をこんなにしておいて…“古い歴史を知りたい”なんて、人間は傲慢よね…』
サティアが、皮肉るように呟く。
この現状を目の当たりにして、私はどれだけ恵まれた環境で生きてきていたのかが手に取るようにわかる。いろんな時代を訪れ、修羅場を経験してきたから尚更だった。
『ひとまず、地下へ降りる入口を探しましょう。でないと、何も始まらないし…ね』
サティアの呟きには敢えて答えず、私は止めていた足を動かし始める。
「外国人が創ったモニュメント…かな?」
目的地へ向かう途中、半分崩れかけた真っ赤なモニュメントを発見する。
赤く塗られていたモニュメントは、英語の“LOVE”を表していたようにも見える。そうして進んでいった先には、大学病院だった建物が見え隠れしていた。
「あった…」
私は、地下への入口となる階段を見つける。
そして、足元を気にしながら、下へ下っていくようになった。
『この“新宿”と呼ばれている地域は遥か昔から、地下道が発達していたそうよ。それが今はこうやって、人間達が暮らすのに活かされているのも何だか不思議…』
「それは、確かに…」
ヴィンクラに内包されている百科事典を読みながら、サティアが呟く。
それに対しては、私も同調の意を示していた。世界における大戦争の後、生き残った人達は、この地下道を活動の拠点とし始める。雨風を凌げるという点では、ある意味“家”として活用できるからだろう。
でももし、大地震が起きて地盤が崩れたら…
そんな嫌な事を考えてしまった私は、振り払うかのように足を進め始める。
視線の先には、柱のすみっこや、駅員室となっていた場所に何人か座ってうずくまる人々が点々と存在する。彼らは、体の所々が汚れていた。まともな家にいられない彼らは、無一文に近い生活をしているのだろう。
結局、お金がない限り安全な“家”を持つのが厳しい。それが、この2608年たる日本の現状だ。無論、この悲惨な状態は、
世界中の半分以上が似たような状況だ。そんな場所を通り抜けながら、私達は目的地へ向かう。
「あの…」
数十分ほど歩いた後、私達は床に座り込んでいる男性に声をかける。
その人物は、少し汚れたポロシャツを身に着けた40代後半くらいの中年男性だ。その人物こそ、私とサティアが探していた越谷 紫という人物である。
「誰だい?お前」
「あの…」
私は周囲を気にしながら、小声で話す。
「私…緑山卓の娘で、緑山沙智…と申します。貴方は、越谷 紫さん…でよろしいですか?」
「…っ…!?」
ふてくされたような態度で問いかけてきたが、私が自分の名前を名乗ると、目を丸くして驚いていた。
おそらく、父の名前を出したからだろう。
「首につけているヴィンクラ……成程。お前が
数秒ほど黙り込んだが、越谷は納得してくれたようだ。
男性はゆっくりと立ちあがり、こちらを振り返る。
「…ついてきてくれ。詳しい話は、俺の家でしよう」
「あ……はいっ…!!」
私にそう告げた越谷紫は、ゆっくりと歩き出す。
見失う訳にはいかないため、すぐさま私はサティアと共にその後をついていく。
「さて……ここなら、安全か」
彼の“自宅”に招待された私とサティアは、周囲を見渡していた。
あれからどこをどう歩いたかは覚えていないが、今いる場所は、かつてはオフィスビルだったと思われるビルの一部屋だ。外観からすると崩れかけているそのビルも、この部屋では電気も通っているように見える。
『外の悲惨さに比べると…ここは、だいぶまともね』
サティアは、私が思っていた事を代わりに述べるかのように周囲について感想を述べていた。
「本当はお茶やコーヒーが良いかもしれねぇが…水で我慢してくれ」
そう口にしながら、越谷紫は紙コップに入れたお水を出してくれた。
「ありがとうございます」
私はコップを受け取り、水を一口飲む。
気付くと、彼も私の前にあるソファに腰を下ろしていた。
「改めて、俺が越谷
「はい、宜しくお願いいたします」
改めて自己紹介をしてくれたので、私は深くお辞儀をした。
「越谷さん。貴方は、父とどういう関係ですか?ヴィンクラや人工知能の事も知っている雰囲気でしたし…この施設の造りからしても、父と似たような仕事をしていたように見受けますが、どうなんですか?」
「まぁまぁ…そういっぺんに質問してくるなや。一つずつ答えてやるから」
まるですごむように尋ねる私に対し、彼は少し苦笑いを浮かべていた。
しかし、私は今後の事を考える上でも、彼には聞きたいことが山ほどあったのは事実だ。それを早く知りたいと思うのは、人として当たり前の感覚だろう。
「俺は、お前の親父さんとは学生時代の親友…って所かな。お察しの通り、機械関連の仕事をしているが、同じ職場ではない。だが、長年の付き合いもあってな…お互い、いろんなことを話していた」
「いろんなこと…」
越谷さんの台詞ことばを聞きながら、それが何を意味するのか考えていた。
因みに、父・
「具体的な事は国家機密だから言えないと口にしていたが、自分の娘が研究所の連中に“使われる”事になるというのは、聞いていた。そうだ、サペンティアム…だっけな?そのヴィンクラの中にいるんだろ?人工知能が…」
越谷さんは、私の首元にあるヴィンクラを指さしながら告げる。
しかし、その
『その口ぶりからだと、彼…卓は、
「そのようだな…。って、成程。ミュートを外せば声が聴けるって仕組みか」
サティアの声を聞いた途端、彼は一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐに事態を把握したようだ。
「開発段階で、あいつは必ずその名前をつけたいと希望していたんだ。ここからは推測だが、あいつは“こういう事態”になるのを予想して、俺にあの事を話してくれたのかもしれないな」
「“あの事”…?」
意味深な
「沙智。お前が研究所のプロジェクトで、その時空超越探索機を使って時代を行き来する…と知った際、卓はお前や自分たち緑山家の事を、俺に明かしてくれた」
「私の…家の事?」
「……そうだ。だが、
『それが…卓があたしたちを、あんたの元へ行くよう仕向けた理由?』
「…だろうな。今から話すが、最後にはある言伝もある。順を追って話してやるから、黙って聞いてくれるな?」
「はい…!」
越谷さんの表情が真剣だったため、私も構えるように真剣な面持ちになってから返事をした。
「ところで、沙智。お前は過去のいろんな時代を訪れたようだが…行き来する度に、”体への不調“はなかったか?」
「いえ…時代や状況を把握するのは難しかったですが、体調は基本的に万全でした」
「成程…。それが、何故って考えたこともなかったのか?」
「いえ…。これが、当たり前なのかと思っていました」
彼が投げかけてくる問いに対して、私は素直に返答する。
「俺は医学に関しては門外漢で詳しくないが…本来、時空超越探索機を使用した人間は、後になって体調を崩す可能性が高い。筋肉痛と似たような原理か…」
「え…?」
越谷がいう言葉によって、私は戸惑う。
「じゃあ、私の体は…普通の人間としては不自由だけれど、体質的には時代を超える事に卓越していた…という事?」
たどたどしい口調で告げると、彼は首を縦に頷いた。
「厳密な理由も理屈も、俺にはわからない。ただ、あいつとその話をした際は…お前らの先祖が、
「あの、蒼の鉱石を…?」
越谷さんの説明を聞きながら、私はある時の事を思い返す。
それは、1600年頃のジャマイカで、海賊達と行動を共にしていた時だった。
「もしや…その鉱石を見たことがあるのか?」
『1600年頃のジャマイカへ行った際にね。偶然の賜物だったようだけど』
何かに気が付いた彼が問いかけると、私の代わりにサティアが答えてくれた。
「まぁ、いいか。他にも長命であり頑健である…というメリットもあった訳だが、そんな不老不死のような状態も、永遠ではないらしい」
「それは、どういう…?」
間で私が問いかけると、越谷さんは口をつぐむ。
とても言いづらそうな表情だったが、話さない訳にもいかないため、再び口を開いた。
「男は50まで…。女は子供を産むと、長命であっても、頑健でないただの人間に戻るらしい」
「え…」
「因みに、そういった一族はお前ら日本人だけではないらしく、民族関係なく、いろんな人種の同胞が世界中にいたそうだが…。仕事関連で俺と卓が海外へ行った際、
『もしかして…』
彼の説明で、サティアはすぐに何かを悟ったようだ。
「サティア…。お父さんは、外国で何を見たのかわかったの…?」
『
「なっ…!!?」
それを聞いた途端、血の気が失せたような気がした。
私の父は今だと45歳にあたる。50歳まであと5年という事になる。
「俺の推測だと…研究所の連中が卓を探しているのは、
「じゃあ、私は……子供を産んだら、抹殺対象に入る…?」
そう呟いた私の頭の中は、真っ白になっていた。
翠さんや湯浅さんといった研究所の人達は、自分に対していつも優しかった。しかしそれは、偽りの優しさだったのか。可愛がるだけ可愛がり、要らなくなったら捨てる―――――そんな物みたいな目でしか見られていなかったのかと思うと、ひどく悲しかった。涙は出なくても、頭に何か重い物がのったかのように衝撃は大きい。複雑そうな
「だから卓は、お前にこう伝えてくれと言われた。それは……」
「なっ…!!?」
その後、私は父からの言伝を、越谷さんの口から聞く事となる。
それはかなり驚愕ともいえる内容だが、この後自分がどうすべきかを決める決定的なきっかけになる
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