第24話 吸血鬼の襲来

「おっ!なかなかやるなー」

足を動かしながら、ウェイヴ族の青年が感心する。

彼らの集落に身を置いてから、3日程経過していた。そして今、私はオルカンや彼の目付役であるフリードリッセ。そして、スタイリンの妹であるアングストの4人で、山道を駆け抜けていた。ただし、私達は遊んでいる訳でもなく、麓にある人里へ向かうためだ。最も、忍の俊足を使っているから人型である彼らと同等なだけであって、彼らが狼になったら今以上に速くなるため、私など全く及ばなくなるだろう。

「…ふん。狼になれば、あたしらの方が速いわ」

少しふてくされた顔をしながら、アングストは呟く。

『…生意気な小娘ねぇー…』

「あ…悪ぃな、サティア」

サティアが苛立った口調で呟いているのを聞いていたフリードリッセが、苦笑いを浮かべながら謝罪をしてくれた。

「アングストは単に、沙智に対して嫉妬しているだけじゃねぇの?」

「し…!!?」

すぐ後ろを走るオルカンが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アングストを見る。

図星だったのか、アングストの頬が真赤に染まった。

 何故私に…?

彼女とはあの集落に来て初めて会ったのに、何故そんな事になっているかわからなかった私は、首を傾げていた。

「…ったく、お前って奴は。スタイリンも言っていただろ?彼女の匂いがあいつに残っていたのは、都合上仕方なかったんだって…」

「匂い…?」

「俺達は人間と比べると、嗅覚が優れているからな!特に人間の女は体から発する匂いがきついから、少しの間密着しただけでも、匂いがプンプンしてくるんだ!」

「密接…。あ、そっか!」

フリードリッセがアングストを宥める一方、私はオルカンからの説明を聞いて納得した。

というのも、私がウェイヴ族の里へ来る際、スタイリンに身体を担がれた状態で連れてきてもらったからだ。

アングストはフリードリッセに宥められても不機嫌のままで、少し気まずい雰囲気の中、私達は走り続けていた。


「では、俺は本来の目的を果たしてから合流するよ!じゃあ、2人とも。後でな!」

私達に笑顔でそう告げたフリードリッセは、オルカンを連れてその場から去って行った。

…よりによって、彼女と二人きりになってしまうとは…

私は仕方ない事とはいえ、この狼族の女性と一緒なのは気まずいと感じていた。

私達が村を離れて人里に下りてきた目的は、フリードリッセやオルカンは、近隣に住む同族との情報交換。アングストは人里における食糧の調達だ。狼族かれらは狩りを得意としているが、農業があまり盛んではないらしい。そのため、人里で種イモや苗。栽培できない野菜や調味料等を調達するのだ。彼らの場合、女性であっても人間の男性並みに力を持っているので、たくさんの荷物を持てるらしい。

私は今回、「人間達の暮らしぶりを見たい」というサティアの要望を皆に伝え、同行を許可してもらったのだった。

「…いくよ」

割と低音な声を持った女性は、男性陣の服を叢の中に埋め終えてから、私にそう告げた。

「あ…はい…!」

彼女の後に続いて、私もその場を駈け出したのである。



村にある市場みたいな場所を訪れた、私とアングスト。

彼女は慣れた手つきや口調で、目的の物を見定め始める。

こうして本来の目的を果たしてくれていれば、無駄に話す必要はなさそう…かな?

私はアングストを見つめながら、そんな事を考えていた。

「それにしても…」

私はポツリと呟きながら、周囲を見渡す。

市場なだけあって周囲はたくさんの人で溢れているが、どこか活気を感じられない。ほとんどの人たちが、ただ淡々と自分の仕事をこなしているだけという状態だった。

『…きっと、悩みの種が多くて明るい事がないのでしょう。この時代もきっと、争いが絶えないだろうし…』

「…そうだな」

「!」

サティアの呟きに、アングストが反応する。

ちなみに今はヴィンクラのミュートをONにしているので、本来なら人工知能サティアの声は私しか聞こえない。しかし、狼の時に精神感応能力テレパスを使用するウェイヴ族の場合、ミュートをしていてもサティアの声が聴こえるらしい。

「奴らがいなければ、あたし達だって…」

「奴ら…?」

野菜を見つめながら呟くアングストから、僅かではあるが殺気を感じていた。

トランシルヴァニアか…。以前訪れた北欧程ではないけど、ちょっと寒いな…

私は寒さで体を少し震わせながら、アングストを待っていた。


「!?」

元々太陽が雲に隠れていたので晴れではなかったが、完全に陽が隠れたのか、周囲が薄い暗闇に包まれた時だった。

上空から突如、大量の蝙蝠が姿を現す。それを見た町の人々は、目を丸くして驚きながら顔色が見る見る青ざめていく。

「ちっ…昼間からだと…?」

すると、アングストはその正体を知っての事か、小さく舌打ちをしていた。

 蝙蝠が…人の姿を…!!?

私は、目の前で起きている事に驚きを隠せなかった。

大量の蝙蝠は次第に人の形を変貌し、気がつけば蒼い髪に漆黒のマントをはおった男性に変化していた。

「人間の諸君、ごきげんよう!!」

宙に浮いたままの中年男性は、市場にいる人々に向かって声を張り上げていた。

何やら男性はご機嫌のようで、世間話っぽい独り言を述べていた。その間に私は、持っていたスカーフで顔を覆っていたアングストの所に歩み寄って口を開く。

「ねぇ…あの男性ひとは一体…?」

私は、警戒心むき出しの表情で彼女に問いかける。

すると、言いたくなさそうな表情かおをしたが、唇を強く噛んだ後に再びアングストは口を開いた。

「奴は…」

アングストが、その正体を告げようとした刹那―――――――――――

「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」

女性の悲鳴に、私は身体を震わせた。

「なっ…!!?」

悲鳴をあげた女性の先には、顔を歪ませた男性が立ちつくしている。

その男性には、また別の男性がくっついているようだが、何をしているのかが見えた時、背筋に寒気が走った。赤い目をした男性が、別の男性の首筋に噛みつき、血を喰らっていたのだ。

「吸…血…鬼…!?」

その光景を目の当たりにした私は、無意識の内にその言葉が出ていた。

立ち尽くしていた男性は、時と共に身体が地面に崩れおちる。一方、吸血鬼の方は地面に這いつくばりながら、倒れた男性の血を貪っていた。

「に…逃げろーーーーー!!!」

それを皮切りに、周囲にいた人々は一目散に逃げ始める。

『こいつら…こんなにいるの!!?』

サティアの台詞ことばを聞いて初めて、私は周りの光景を認識できた。

血を吸い始めたのは今の人だけでなく、市場の至る所にいた数人の吸血鬼が、近くにいる村人に襲いかかっているのだ。

「アングストさん!!」

「…とにかく、早くあいつらと合流しよう」

気がつくと、私の腕を掴んだアングストが、敵とは反対の方向に歩きだしていた。

…確かに、今戦うのは得策ではないよね…

私は彼女の判断は最もだと考えながら、足を進める。


その後、村の中を駆け回り、私達はオルカンらを探していた。

「くっ…逃げる人間や吸血鬼やつらの匂いに交じって、二人の匂いがわからない…!!」

アングストは、嗅覚でオルカン達を探せない事に苛立ちを見せていた。

「!!」

気がつくと、前方には吸血鬼が何人か現われていた。

最も、理性がないただのゾンビのようにノロノロと歩いているだけだったが――――――

精神感応能力テレパスで彼らと交信できそう!?」

「そ…そろそろできそうなんで、やってみるわ」

耳を抑えながら、アングストは声を張り上げる。

「…じゃあ、こいつらの足止めをしておくわね…!!」

「あっ…あんた…!!」

彼女からの了承を得る前に、私は敵に向かって走り出す。

 完全に消滅させる事はできなくても、気絶させるくらいなら…!

私は忍の俊足で駆けながら、村の人からもらった鉄の棒を取り出す。ウェイヴ族は基本素手で戦うため、武器を所持していない。しかし、手先が器用らしく、村で見つけた鉄クズを加工して、木刀のように固い棒を作ってもらっていた。棒の矛先を日本の刀のように尖らせてもらったので、先端を駆使して槍のように突く事も可能になっていた。

「やぁっ!!!」

私は掛声をほぼ同時に、吸血鬼ヴァンパイアの腹部や脛。うなじの部分などを当てていく。

忍の訓練において当て身は一通り覚えていたので、どこを当たれば倒せるかを大体把握していた。

 流石は人外の者…。ひるむけど、気絶には至らないか…!

私は数人の吸血鬼らに当て身を食らわせながら、そんな事を思う。普通の人間と違い、鉄棒が触れた時の感触が違い、予想通り硬かったのだ。それでも、肉体の構造は人と変わらないので、うめき声をあげながら動きが鈍っているようだ。

 羽交い絞めにして関節技使うのもありだけど、それでは背中がガラ空きになってしまうからなぁー…

人外の者と闘っているにも関わらず、私は落ち着いていた。しかし、これはログイン中だから精神的に余裕なだけにすぎない。

「あんたたち!!行くわよ…!!」

「はいっ!!!」

アングストの声が聞こえた後、私は吸血鬼を突き飛ばして、彼女の方へと走り出す。

『どうやら交信できたみたいだし、彼らと合流すれば何とかなりそうね』

走っている途中、サティアの声が頭に響く。

 そうだね…

彼女の言葉に同意した私は、アングストの後ろから数歩走ったその時だった。


「ぐっ!!」

「!?」

前を走っていたはずのアングストが突然、私の横を瞬時に横切ったのが見える。

何が起きたのかと振り向くと、防御の構えを取ったまま、民家の壁に衝突寸前だったアングストがいた。

「貴方は、さっきの…!!!」

更に向き直ると、私の視線の先には、先ほど宙を浮いていた中年男性が立っていた。

アングストの言い方からして、この男性ひとが村人を襲う吸血鬼のリーダーなのだろう。

「…全く、素敵なレディにお目にかかったと思いきや…雌のワンちゃんだったとは…」

男性は、まるで邪魔な埃を払いのけたような飄々とした態度で語る。

「!?」

私はこの男性を間近で見た途端、頭の中に変な雑音が入ったような心地を覚える。

「さて、人間達も大方逃げて行ったし、そろそろ帰ろうかねー…」

男性は、まるで私たちの存在など目に入っていないような口ぶりだった。

しかし、私と目が合った瞬間、何か違和感を覚えたような表情かおに変わる。

「ごきげんよう、お嬢さん。先ほど聞こえた鉄クズの音はー…君の仕業のようだね」

「!!」

気がつくと、吸血鬼の男性が目の前にいた。

先程まで2メートル以上離れていたので、おそらくは瞬間移動でもしたのだろう。それでも、私は驚きを隠す事ができない。

「み…見たところ紳士ジェントルマンみたいですが、こんな場所に何用で…?」

私はひきつった愛想笑いをしながら、一歩ずつ後ろへ後退しようとしていた。

しかし、手のような感触のモノにぶつかった事で、後ろへ下がれなくなってしまう。

「…この国の民ではないようなので、自己紹介をしよう。わたしは、ベフリー・ラビクリト。このトランシルヴァニア公国に住まう伯爵だ」

「は…はぁ…」

愛想笑いを浮かべつつも、内心はかなり緊張をしていた。

相手は楽しそうな雰囲気だが、左手で自分の背中をしっかりと抱きとめられているので、逃げるに逃げられない状況だからだ。

「しかし、妙だな…。君からは人の匂いと共に、あの狼共の匂いを感じる…。彼らは人間を餌にはしないが、共に行動する事はないはずなのだが…」

そう呟きながら、私の首筋など、相手は鼻を寄せながら匂いを確かめていた。


「…その娘から、離れてもらおうか」

「!!」

すると、後方から突如、聞き慣れた声が響いてくる。

その時、私を捕えていた左手が一瞬離れたのを感じたため、私は瞬時にしゃがみこみ、敵から離れて間合いを取る事に成功する。

「フリードリッセ…オルカン…!!」

間合いを取った私の前には、立ちふさがるようにして現れたフリードリッセがいた。

また、後ろからも気配を感じたので振り向いてみると、膝をつくアングストの側には、オルカンが付き添っている。

「おやおや…」

敵が現れたにも関わらず、ベフリーは飄々とした態度を崩さなかった。

一方で、私達を観察するように見つめている。振り向いていないので表情はわからないが、放っている殺気の雰囲気からして、オルカンやアングストは警戒心むき出しで敵を睨みつけていると思われる。

「…今日は、君らのリーダーはお出ましではないのかな?」

「あいつは、結構忙しい身だからな。今日はいない」

「ほぉ…」

真剣な表情かおで述べるフリードリッセ。

普段は穏やかな彼も、ここでは警戒心むき出し状態になっていた。

『…あの吸血鬼、スタイリンと何かあったのかしら…?』

サティアの呟きが頭の中に響くが、流石に彼らがこの場で答えてくれる事はなかった。

気が付くと、ベフリーは宙に浮いていたのである。

「…本来の目的は果たしたし、今日は退散させてもらうよ」

「!!待ちやが…!!!」

一瞬だけ私に視線を落としたベフリーは、その直後マントを靡かせて後ろに向き直る。

アングストがその場で声を張り上げたが、叫んだ頃にはもう無数の蝙蝠となって飛び去った後だった。

「…くそっ…!」

立ち上がっていたアングストは、悔しそうな表情かおをしながら拳を強く握りしめていた。


「…沙智、大丈夫か?」

「う…うん。私は平気。それよりも、アングストが…」

「…あたしも大丈夫だよ」

私が彼女の方を指さすと、当の本人は何事もなかったかのように立ち上がって歩き出す。

「…とにかく、村へ戻ろう。詳しい事は、その時に話す」

「…わかった」

私からの同意を得たフリードリッセは、オルカンにも声をかけて足を動かし始めた。

普通の速度による歩きから段々スピードをあげ、終いには目にも止まらぬ速さで私達は村を駆け抜ける。

 …あのベフリーって吸血鬼と対峙した時に感じた、雑音みたいな現象やつ…何だったんだろう?

『……』

私は走りながら、先程出逢った吸血鬼の事を考えていた。しかし、いつもなら何かしら答えを返してくれるサティアが、この時ばかりはずっと黙ったままで何も口にしなかったのである。

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