第21話 神が求める魂とは

「ウルド」

「沙智…」

眼下には襲撃されている村人がいる中、意を決した私はウルドに声をかける。

「ウルド、よく聞いて。オスコーマン族の奴らは、襲撃だけが目的ではないようだわ。その証拠にさっき、こっそりと何かを抱えて足早に去っていく奴らを見かけたから…」

「え…!?」

私の台詞ことばを聞いたウルドの顔に、生気が戻ってくる。

一方で私は、村の方に視線を移しながら、話を続ける。

「貴方達は、村人達の安全を確認してほしいの。…多分、私が行くよりもその方が最適。…そして、私は…逃げて行った奴らを追うわ」

「……!!」

今の言葉でウルドは何かを口にしようとしたが――――――――――事態を察したのか、出そうだった言葉を飲み込み、唇を噛みしめる。

「…頼めるか」

「勿論」

数秒ほど沈黙が続いたが、意を決したウルドは、真剣な表情で私に乞う。

それを待っていたかのように、私は即答した。

「沙智姉ちゃん…!」

「スクルダ!…その剣は?」

名を呼ばれて振り向くと、スクルダが両方に刃がある鉄製の剣の柄を両手で握り締めていた。

「これ、前に村の外で遊んでいた時に見つけたんだ!…僕にはまだ扱えないからってこの辺りに埋めといたんだけど…」

「それ…握らせてもらってもいい?」

「うん…」

どこか不安そうな表情かおをしながら、スクルダは私に剣を差し出してくれた。

日本の刀よりは、少し重いけど…

私は受け取った剣の柄を握り、片腕で試しに構えてみた。刀剣類では今まで、忍び刀や脇差といった細い刀を使ってきた。この剣も、他の武器に比べれば細い方だろうが、刀よりは幅があるため、少し重く感じた。

『…使えそう?』

 不慣れだけど、いけるはす…。いや、使いこなしてみせるわ!

サティアの声が響いてきた時、私は自分の決意を伝える。そして、鞘に納めた私は、スクルダの方に向き直って口を開く。

「…ありがとう、スクルダ。丸腰で行かずに済んだのは、貴方のおかげよ」

「えへへ…」

そう口にしながら頭を優しく撫でると、スクルダは満面の笑みを見せてくれた。

これから戦に出向くような心境であった私にとって、その笑顔は励ましにもなる。

「じゃあ…後は頼むわ、ウルド!!」

そう彼らに伝えた私は、忍びの技である“俊足”を使うため、走りの構えを取り始める。

「必ず…必ず、戻ってこいよ…!!」

ウルドの叫び声に、胸が少しだけ痛くなる。

それは、“必ず戻れる”という保障が、現状では全くないからだ。しかし――――――――

ありがとう…

口に出して言えなかったが、横目で彼らを見つめた私は、穏やかそうな…彼らを安心させるような笑みを一瞬見せる。そして、前に向きなおした後、地を蹴って走りだした。



「はぁ…はぁ…」

私は俊足を使ってはいるが、多少の息切れをしながら、森の中を駆け抜ける。

 奴らを目にした時、ちょっとした違和感があったの

『…違和感?』

そう…まるで、何かに取り憑かれたような…

『……』

走りながら、私は心の中で人工知能サティアと会話をする。

 奴らはヴェルディーを抱えて移動している。それもあって、そう遠くには行っていないはず…!!

私はそう考えながら、彼らが向かったであろう方角へと走り抜けていく。

『!!…沙智』

「うん…」

サティアが、何かに勘付いたようだ。

一方、私も同じように、奴らの気配を察知していた。


いた…

私の視線の先には、休憩をしているのかただ立ち尽くしているだけかはわからないが、屈強な肉体を持つ2人の男の姿が映っている。無論、内の一人がヴェルディーを担いでいるのは言うまでもない。

『…気を失っているだけみたいね』

サティアの緊張した声が響く中、彼らは担いでいたヴェルディーを地面に落としていた。

まだ病が治っていないので汗ばんだ状態だが、彼女は瞳を閉じて眠りについているようだ。

「うー…うー…」

「?」

その場に立ち尽くす2人の男は、うめき声のような声をあげている。

また、瞳が虚ろで、生気を感じられないような表情かおをしていた。

『…何か様子がおかしいわね、こいつら…』

うん…そもそも、何故襲撃を“囮”としてまで、彼女を捕らえたんだろう…?

目の前で起きている事に対し、私たちは戸惑いを隠せない。しかし、隙をついてヴェルディーを奪還するつもりなので、今は様子を見て機会を伺うしかなかった。

 今回は忍びの技だけでなく、武士の技も使うかもしれないわね…

私はそんな事を考えながら、彼らを観察していた。これまで訪れた時代にて敵と刃を交える事は度々あったが、これだけ身体が大きくて力のありそうな戦士を相手にした事がない。忍びによる殺陣は俊敏という利点があるが、力に劣る。そのため、剣を両手で握る“剣道”みたいな技が必要になってきそうなのを、薄薄感づいていた。

「!?」

木々の後ろに潜んでいると、彼らの前に黒い渦のような物が現れる。

 渦から…人が…!?

私はその直後起きた出来事に、目を見張った。

黒い渦は次第に大きくなり、その中から一人の男性が姿を現したのだ。黒くて短い髪の青年は、血のように紅い瞳でオスコーマン族の彼らを見据える。

「…御苦労だったね、君たち」

「っ!!?」

青年が口を開くと、私は目を見開いて驚く。

それは、思わず声を張り上げてしまいそうなくらいの驚き様だった。

青年の一声で、オスコーマン族の男らの身体から、黒い煙のような物が現れる。その煙は大きくなったかと思うと、人のような形を取っていた。

『一見した所…あの渦から現れた男が、デカブツ2人に何かをとり憑かせていたみたいね』

声を出しそうな口を両手で必死に塞いでいると、脳裏にサティアの声が響く。

「どれどれ…」

青年は彼らに構う事なく、地面に横たわっているヴェルディーを見下ろす。

「果たして、“今回”は当たりか…もしくは、はずれか…」

「…?」

男の意味深な台詞に、私は瞬きを数回していた。

男によって抱き起こされたヴェルディーは、意識を取り戻したのか、瞳にうっすらと蒼い光を宿していた。

『…んなっ!!?』

その直後で起きた出来事には、サティアも驚きの声をあげていた。

私はそれ以上に、目の前で起きている事がよくわからず、声を失っていた。

ヴェルディーを抱き起こしている青年は、彼女の心臓部分に手を潜りこませているのだ。しかし、身体を触っているわけではなく、“肉体の中に腕をつっこんでいるような状態”といった方が正しい。その証拠に、手を潜りこまれた腹部より、白い光が僅かに放っている。

何かを探るような手つきで、青年は数分間黙り続ける。不意にヴェルディーの顔を見ると、意識を取り戻したはずなのに、ぐったりしたように再び瞳を閉じていた。

「…はずれか」

「!!」

青年の口からポツリと言葉が紡がれた途端、私は我に返る。

そして、異様なくらいの殺気を感じたせいか、背筋が凍った。青年はヴェルディーに突っ込んでいた手を抜いた後、オスコーマン族の二人に向けて言い放つ。

「…始末しろ」

何も感じていないような低い声で、彼らに命令を下した。

それに応じた男の一人が、腰に差している剣の柄を握り、ゆっくりと鞘から刀身が姿を見せる。やはり、何かに取り憑かれているせいか、虚ろな表情のままで行動も遅かった。それを間近で目撃している私の心臓が、強く脈打つ。

「ぐぐ…ぐ…」

生気を感じない屈強な男は、うめき声のようなものを口にしながら、取り出した剣を上に振り上げる。

一方で、もう一人の男は意識が朦朧としているヴェルディーの頭を強く掴み、己の前方へと持ち上げていた。

 このままでは…このままでは、ヴェルディーが殺される…!!

そう直感した私は、無我夢中で隠れていた場所から走り出す。


「…おや」

青年は自分の目の前で起きた出来事を垣間見て、目を丸くしていた。

「くっ…!!」

振り下ろされた剣は、ヴェルディーの華奢な肉体に斬りつける寸前の所で止まっていた。

彼女と敵の間に私が割り込み、スクルダから借りた剣で何とか防御していたのだ。しかし、相手はヴァイキング。やはり両手で柄を握って攻撃を受け止めても、まだまだ強い押しが剣の重みを増す。

「はっ…!!」

私は柄を握る両手を瞬時に上に上げ、手首を返す事で相手の剣撃を弾いた。

敵は地に向けて剣を下し、重心も下に向けていたため、私の弾きで体勢を崩す。また、彼らが持つ屈強な肉体が災いし、崩れた体勢で握る剣の矛先は、地に足をついてしまったのである。

その後の展開は、本当に3秒も満たない間に終わってしまう。

体勢を崩した敵の右肩を斜めに斬りつけて手傷を負わせ、敵がこちらに向き直った時には両腕で剣を上に掲げた体勢を私は取っていた。そして、相手が攻撃をするよりも早く、顔面から腹部までを一刀両断の元に下す。

最も、女の私による攻撃のため、本当に肉体を真っ二つに割った訳ではない。しかし、致命傷を負わせるには、十分な攻撃であった。

「はぁ…はぁ…」

一撃を食らった敵は、その巨大な身体を地につけ、仰向けに倒れこむ。

すると、男に憑いていたと思われる黒い煙が吹き出し、空中にて散って行った。

 沖田さんに教えてもらった剣術が、ここで役に立つとは…

息切れをしながら、私はそんな事を考えていた。


「!」

敵を倒したと思ったのもつかの間―――――――――――黒髪・紅い瞳の青年による拍手で、私は我に返る。

「僕の同胞を憑かせたこの筋肉バカを倒すとは…人間の割にはやるねぇ…」

「え…?」

不敵な笑みを浮かべる青年の言葉に、私は何が言いたいのか全くわからなかった。

一方、青年は、私を観察するように見つめてくる。

「しかし、その象牙色の肌…。お前、ここいらの人間ではなさそうだな…」

「…貴方達は、一体何者…!?」

観察されていても私は動じる事なく、威嚇をするような目つきで相手を睨む。

敵は私の外見の事を口にしているが、私自身は彼の横に現れた人影しか見えていなかった。

「ヴェルディー…!!!」

いつの間にか、もう一人のオスコーマン族の男が、ヴェルディーを軽々と担ぎ上げていたのだ。

「…行け。“あの女”に気付かれる前に、肉体と魂を粉々に砕いておけ」

青年の命令に同意した男は、首を縦に軽く頷いて、その場を後にしようとする。

「待ちなさいっ…!!!」

足早に逃げ出そうする敵を目撃した私は、“俊足”を使って追いかけようと体勢を低くする。

地を蹴り、瞬く間に追いついて、ヴェルディーを奪還するはずだった。しかし―――――

「!!?」

この時、私は自分の眼を疑った。

というのも、地を蹴って走り出そうとする体制のまま、固まっているのだ。足が多少なりとも宙にあるせいか、“浮いている”といっても過言ではない。まるで、自分の時間だけが止まっているような心地がしたのである。

 目すらも…動かせない…!!?

四肢はもちろん、目ですら一点を見つめたまま逸らす事ができない。唯一自由なのは、物事を考える心…脳だけであった。

『これはまさか…魔術…!!?』

 魔術…?

脳裏に響くサティアの声に、私は反応を示す。

『地水火風を操れる術の事よ。…ただ、この時代の人間はまだ、魔術なんて高度な技術を会得していないはず…。でも、臓器補助機の調整も効かないのよ…どういう事・・・!?』

どうやら、何でも知っている人工知能サティアですら、今の事態を理解できなかったようだ。

「お前…この世界の人間ではないね?」

「!?」

すると、左の方から、男の声が聴こえる。

どうやら、私の耳元で囁いていたのであろう。

「ああっ!!!」

その直後、一瞬の内に風圧のようなもので飛ばされ、私の身体は木に激突する。

痛みを感じたという事は、四肢が動かせるようになったのだと直感していた。しかし…

「何…これ…!?」

先程とは違い、指は動かせるが、腕が動かせない。

疑問に感じた私は、首を横に動かした際に、目を見開いて驚く。それは両手・両足が木に磔にされたような状態になっており、手首には光でできた見慣れない文字が刻みこまれている。

 これは…ルーン文字?

ヴェルディーにはまだ教わっていなかったが、浮き出ている物と似たような形の文字を、集落で見かけた事があった。おそらく、私の考えは的中なのだろう。


「術は効く…か。最も、僕の術が効かなければ、人とは言えないしね…」

「貴方は一体…?」

観察するような口調で話す青年に、私は疑問に思っている事を口にする。

すると、私の目の前まで歩いてきた黒髪の青年は、クスッと笑った。

「…僕はロキ。“炎を司る神”なんてお前ら人間に云われているらしいけど…。まぁ、君には関係ないよね」

「…神…?」

この時、私は彼の台詞ことばに耳を疑った。

今いる時代さえ現代の文献に残っていないくらい古代の話だというのに、今、目の前にいる青年が神様だという。考古学研究所で各国の“神話”について議論されていたくらい、私にとっては、その具体性がわからない存在と言っても過言ではない。

「!」

気がつくと、ロキは私の顎を指で持ち上げ、顔色を観察していた。

「その黒き髪と瞳…珍しいね。あいつらに拉致させた女とは全く違う部族のようだけど…」

そうだ、ヴェルディー…!!!

頭が混乱していた私は、ヴェルディーの事が話に出てきて、やっと我に返る。

「彼女を…ヴェルディーを返して…!!」

「えー…返せと言われてもなー…」

私は威嚇するような目つきで相手を睨みつけるが、ロキは飄々とした態度で返してきた。

彼は次の言葉を口にする前に、何やら思いついたような表情を見せる。

「…僕がとり憑かせた同胞は、ニブルヘイムから連れてきた死者の魂だからね。血も涙もない奴らだから、あんな脆弱な人間。今はもう、ただの肉塊に化しているかもね」

「っ…!!?」

その言葉に、私の顔はみるみる青ざめていく。

そん…な…

私の脳裏には、ヴェルディーと一緒に過ごした日々が走馬灯のように駆け巡る。そして、そんな思いが、粉々に砕けたような感覚を覚える。先程とは打って変わった動揺ぶりに、ロキは満足そうな笑みを浮かべていた。

『沙智…しっかりして!!まだ、ヴェルディーが死んだと決まった訳ではないでしょう!!?』

放心している私に、人工知能サティアが呼びかける。

『その男のハッタリだって可能性だってある。だから今は、この場をさっさと切り抜けて、ヴェルディーを探しに行くのが先決じゃないの!!?』

サティア…

サティアによる必死の呼びかけに、私の顔色に生気が戻る。

そうだ…早く彼女を奪還しなくては…!!!

そう強い想いを宿した私の瞳は、焔のように熱い眼差しだった。

「くっ…!!」

私はまず、この拘束の術を何とかしようと、手足を動かす事を試みる。

術のせいで両手両足が石のように重くて硬いが、辛うじて指先を数ミリは動かせそうだ。それを目の当たりにしたロキは、ため息交じりで言葉を紡ぐ。

「憎しみや絶望に囚われるのを期待していたのに…全く、無駄な事を…」

「私は…あんたなんかに…構っている場合じゃ…ない…の…!!」

術に抗いながら、私は掠れた声を懸命に絞り出していた。

「へぇ…言うねぇ」

私の抵抗を快く思っていないようだが、ロキは不気味な笑みを放つ。

「ぐっ…!!?」

突然、腹部を殴られたような感覚に陥る。

『なっ…!?』

サティアの驚いた声が響く中、私が恐る恐る下を見下ろすと、ロキの右手が私の腹部に潜り込んでいた。

そして、腹部に見られる白い光――――――-それに対して、私は見覚えがあった。

「僕が探していた魂ではないけれど…フェンリル達への良い手土産となりそうだ…」

何かを探るような手つきをしながら、ロキは呟く。

「…?」

「…ああ、フェンリルは僕の息子さ。この後君は、巨大狼の餌になると思ってくれればいい…」

心臓を掴まれたような感覚を味わっていた私は、彼の言葉の真意を考えている余裕はなかった。

『この男、まさか…魂を抜き取ろうとしているというの…!!?』

「!」

サティアの今の言葉を聴こえてきた後、次第に意識が遠のいていくのを感じる。

もしかして、私…このまま…死ぬ…の?

薄れていく意識の中で、私はふとそんな事を考える。

『沙智…!沙智…!!!』

いつも一緒なのに、サティアの声が遠く感じられる。ゆっくりと瞳を閉じて、完全に意識をなくしてしまう刹那――――――――――

『…魂の冒とくは、万死に値するぞ』

突如、見知らぬ女性の声が周囲に響いた。

「ごほっ…ごほっ…!!」

その数秒後…意識がはっきりして初めて気がついたが、自分を拘束していた術は解かれ、いつの間にか地面に座り込んでいた。また、目の前にいたはずのロキの姿がない。

「…?」

ゆっくりと上を見上げると、そこには一人の女性の後ろ姿が映る。

淡い紫色の長髪に白銀色の甲冑。そして、頭にはティアラのような物と羽飾りを身につけていた。

『この女は…?』

サティアも、私と同じ事を考えていたようだ。この後、私達は現実ではありえないような光景を目の当たりにするのであった――――――――――



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