ソロとユーゴ(2)

@12-kokoro-24

第1話 ごはん

 一人の男が森を歩いていた。そこは「呪いの森」と呼ばれる人がほとんど立ち入らない場所だった。

 森は奥に進むにつれ暗くなり、太陽の光は巨大な木々の枝葉で覆い隠されている。

魔物達は闇の中からこちらを伺っていた。


 そんな場所を男は一人で歩いていた。


 野営をするための大きな荷物を持ち、少し錆びてはいるが鎧でしっかりと武装している。そして腰には鋭い剣を帯びていた。


 男は胸ポケットから何かを取り出しじっと見つめ、それを強く握りしめた。そしてまた一歩、また一歩と森の奥へと歩いて行く。





 ソロは深い闇の中に居た。真っ暗で音も無い、だが温かくそれはソロを包んでいた。

 ソロは眠っているのだ。深く、深く。


(ユーゴ・・・。)


 ソロはぼんやりユーゴと歩いた道のりを思い返していた。

 泣き虫で弱くだが強い意志を持った優しい男の子。「また会いに来る」ユーゴはそう言った。その言葉が闇の中でこだましていた。


 ソロはゆっくりと目を開けた。まだ半ば眠っている頭でぼんやり周りを見た。そこはいつもねぐらにしている洞窟。

「そうだ、ユーゴを森の端まで送り届けてそのまま眠ってしまったんだったな」

 ソロは目を覚ますために首を振った。すると「ぶわっ」と辺りに埃が舞った。ソロは埃を吸い込み盛大にくしゃみをした。ついでに鼻から炎が出て辺りが焦げ臭くなってしまった。


 ソロはゆっくりとねぐらの洞窟から出た。まだ日は高い様でうっそうと茂る木々の葉の間から光の粒が零れ落ちている。


 グウッと首を天高く上げのびをした。そして体をブルブルっと振った。

体に積もっていた埃を払い落とされる。

「ずいぶんたくさんの埃が落ちたな。もしかしたら数週間ほど寝ていたのかもしれない。」そう思いながら足を伸ばしたり尻尾を振ったりして全身の筋肉をほぐしていった。

 体をほぐし終わるとのどがカラカラで腹が減っていることに気が付いたので一先ずいつもの湖でのどを潤すことにした。

 ソロは微かに木漏れ日が差す森を歩いた。行く手を遮る枝をバキバキ折り、地面を大きな足で踏みしめながら湖を目指した。通った後には大きな足跡が残った。


 湖のほとりに辿り着くとソロはぺちゃぺちゃと舌ですくい上げる様に水を飲んだ。

のどが渇いていたせいかいつもより水が美味しく感じた。

 たっぷり水を飲んで一息つくとソロは湖を見つめた。いつもは薄暗く霧で覆われた湖だったが今日は霧は少なく視界も良い。

 水は澄み切っていて水精やたくさんの魚達が踊る様に水中を泳いでいた。

「こんなに美しい湖だっただろうか・・・。」

 ソロは長い間ここに住んでいるがそんなことを思ったのは初めてだった。

「何故気づかなかったんだ?」そう自分に問いかけながら水面を覗き込んでいた。

すると自分の顔が水面に映った。


立派な角、鋭い牙に爪、硬く美しい鱗、「ん?少しくすんでるか?」

そんなことを考えながら水面を覗いているとあのボロボロの翼が映った。

「醜い。」大嫌いなボロボロの翼。なんだかどんよりした気分になってきた。「はあ・・・」とため息をついて気が付いた。

「そうだ、いつも水面に映る自分ばかり見ていたからか。だから湖の美しさも目に入らなかったのか。」

 醜い自分を嘆くあまりソロには何も見えていなかったのだ。「愚かだな。」そう呟きながら水面に映る自分を見た。

 翼はもう元には戻らない、嘆いていても何も変わらない。だったら大地で生きればいい。

 俺にはまだ角も牙も爪も鱗もある。何の問題もない。俺は誇り高い竜なのだから。

 ソロは湖を見つめながらそう自分に言い聞かせた。湖に光が反射して輝き、湖岸には水精の笑い声がそっと響いていた。

 ソロはその声にそっと耳を澄ませてしばらくぼんやり湖を見つめていた。



 しばらくそうしてぼんやり過ごしていると、遠くの木の陰から何かが出てきた。

「なんだろう?」と目を凝らして見るとそれは大きなイノシシだった。だがただのイノシシではない。

 全身を鋼の様な鱗が覆っている。牙は大きく象牙の様に湾曲しており、先は研いだ槍のように鋭い。

 頭はさながら重装兵士のカスクの様になって顔面まで鱗が続いている。大きさはソロの3分の1ほどかそれより少し小さいくらいだ。


「ほう、鎧イノシシか」ソロは舌なめずりをしながらニヤリと笑った。

「美味そうだ」ソロはそっと音を立てずに後ろに下がると森の中を迂回しながら鎧イノシシの背後に向かった。

 ソロは太い木々の間を体をくねらせ避けながら進んで行く。狩りをするときのソロは驚くほど静かで慎重だった。

 その大きな瞳で瞬きもすることなくじっと獲物を見つめながら、前へ前へと進んで行く。

 獲物に近づくにつれ姿勢を低く地を這う様に詰め寄った。だがどうしてもソロの大きな足ではいくら避けても落ちた枝などを踏んでしまう。近づけば気づかれる音だ。一本太めの枝を踏んでしまったが、しかし音はしなかった。


 これは「音消し」の魔法だ。


 竜は多種多様な魔法を知っている。人間の魔術師の比ではないほど強力で精密な魔法を、ときには古代のまだ魔法という名すら無かった時代のものまで使うことができる。竜達は記憶を共有し合い、それを何千年にも渡って繋いでいるのだ。

 本当は姿を消すことすら造作も無い。しかしソロはあまりそれを好まなかった。

 ソロは狩りが好きだった。魔法を使えば全てが一瞬で片付いてしまうが、それを自分の力で行うことに意味があるとソロは考えていた。

 それに魔法がまったく通用しない相手もいる。そうした状況では魔法に頼って狩りをしていては簡単にこちらが狩られる場合もある。

 狩りの腕を鈍らせないためにも魔法を使うことをソロは極力避けていた。しかし翼を無くしてからはそうも言っていられない、そんな状況たびたびある。

 そんなときソロは最小限の魔法で事を運んだ。これは一種のソロの「こだわり」だった。


 そうしてソロは遂に鎧イノシシの背後に回り込んだ。

 距離は50mほど、大きな木の陰からじりじりと近づき、そして狙いを定め、駆け出した!

 鎧イノシシはソロの存在に気が付いたが、既に遅い。

 ソロは鎧イノシシの背中に覆いかぶさった。牙を両腕で押さえ、ソロは背中に思いっきり噛みついた。堅い鱗もソロ鋭い歯にかかればガラスの様に脆かった。

 鎧イノシシは甲高い悲鳴を上げると、必死にソロから逃れようと暴れた。しかし牙が抑えられているので自由がきかない。

 ソロは両腕と顎に力を込め鎧イノシシを引き倒した。横倒しになり、あらわになったのど下をソロは容赦なく噛み裂いた。

 鎧イノシシは体を痙攣させながらゴボゴボと血の泡を吹き、身をよじり暴れ、成す術もなく絶命した。

 のど下から大量の血が流れだし大きな血だまりができた。それが湖の水面に滴り落ち血は滲むように水の中に溶けていった。



 鎧イノシシを倒すとソロは鼻面に付いた血をペロリと舐めた。獲物をしとめソロは久しぶりに良い気分だった。

 ソロはひとしきり返り血を舐め取ると獲物を食べることにした。

 硬い鱗がじゃまなのでソロは口から炎を噴き出し、その鱗を溶かした。ジュウジュウと鉄が溶けて肉が焼ける「良い匂い」が辺りに立ち込めた。

 大きな牙はあえて溶かさずに置いた。あとで「おやつ」に食べるつもりでいた。牙はとても硬く鋭いので歯の掃除にもなる。鎧イノシシに余すところは無い。

 ソロは舌なめずりをし、溶けた鱗を一舐めした。鉄の味が口いっぱいに広がった。

「うーん、良い味だ。」


 竜は鉱物を食べる。鱗の強度を上げるためには欠かせないものだ。竜によって食べる鉱物も変わってくるという。


 そしてソロは豪快に獲物にかぶりついた。前足で体を押さえ、肉を噛みちぎる。

硬い骨もバキバキと音を立てながら食べてしまった。半分ほどを食べ終えると、また口元が汚れたので付いた血をペロペロと舌で舐めた。

 歯の間に肉片がはさまっているのに気が付き、鎧イノシシの牙をかじることにした。ゴリゴリと音を立てながら牙をかじり、歯の間に挟まった肉片を取り除いていく。あとはかみ砕いて食べてしまった。

「さて、あとは巣に持ち帰って食べるとするか」もう片方の牙はあとで食べる時に取って置くことにした。

 ソロは口に獲物をくわえるとゆっくりとした足取りでいつもの洞窟へと戻っていった。


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