彼女から見た周りの話
果てが無いという悪夢
ゴポリ。
生まれ落ちる音がした。
それは私がこの世界に
これで何度目になるだろうか。
何千、何万と数えるのが億劫になるだけの途方もない回数だ。
百万近くに
元は別の世界の住人である。
そんな認識さえも薄らいで、家族や友と呼んだ相手の顔も名前も忘れ去り、化け物と成り果てた私が再び肺に空気を取り込む。
「ああ……! ああ! ようやく生まれてくれた」
悲願の叶った女の声も聞き飽きた。
私が昔――今いる世界より前のことで覚えているのは「不幸になっておいで」と告げた嗄れ声だけだ。
その言葉の通り私を不幸へと突き落としたあの老婆に対する憎悪と殺意だけ。
再び
大事な血管は傷付けないようにして。裂いた喉を縫合し簡単には殺してやらない。生きたまま肉塊となるように、爪を剥ぎ、骨を砕いた指の先から腐り落ちるように。時間を掛けて殺してやる。
それでもきっと気持ちは晴れないだろうから末代まで呪い、生まれ変わった先でも
そうしたって許されるくらいの地獄を私は味わってきた。
今もなお、味わい続けているのだから……。
そもそもは不死鳥の血を飲んだ男の『自分が子を成したとして力はどのように受け継がれるのか』という疑問と実験から始まり、産んだ子供をモルモットとすることに合意を示したのが母に当たるセトという女だった。
彼女は水の精霊種なのだが、一般的に言うと整っている部類に入るのだろう容姿をした《不老の気狂い》に一目惚れして子供くらいいくらでも、とその手を取ったらしい。
ふざけた話だ。
しかし、精霊種というのはおおよそにしてそういう奴らの集まりで、善も悪もなく己の感性に従って生きている。
彼らに言わせればセトの行いも愛故ならば仕方なし。
その言葉を聞いた時、ただただ純粋に殺意を覚えたことだけは述べておこうと思う。
ろくな種族じゃない。
それでも一応、産んだ子供というのは可愛く思えてくるものなのか――男の血に流れる火属性の力がセトのそれと反発し合い、私が産まれるまでに何体もの煤けて息の無い赤子をその腹から取り出すことになったと聞く。彼女にとっては奇跡的と言える誕生だったことも大きな要因だろう――モルモット生活の中で唯一、安息と呼べる時間を与えてくれるのが彼女で、様々な問題点を差し引いても母と呼ぼうとは思っている。
あの男はセトの言葉には比較的素直に応じるから、関係を築いておいて損はないという点も含めて。
腹を裂かれて男の指が内臓に触れる。腹だけではなく時には手足。脳味噌も。人の慣れとは恐ろしいもので、最初は恐怖や痛みしか感じなかった行為も何百回、何千回と繰り返し続けると自分は何をされているのだろうかと考える余裕が出てくる。何千回、何万回と続くと男がどういう風に私の体を触るか、順番まで覚えてしまって、開いた本から得た知識でその意図が手に取るように分かり始める。本ではよく分からなかったことも張本人に尋ねれば、全てではないものの説明を寄越してくれた。
……ふざけた話をここでも一つ付け足しておこうか。
本人が認めた訳ではなく、セトではない別の精霊種の凄まじく寛大な心で捉えた場合の意見であることは前置きとして述べておかねばならないだろうが、この、私を切り刻んで実験体とした日々こそが男の愛情表現だったという失笑ものの冗談だ。
意味が分からないと思う。
私にもさっぱり分からない。
例え理解できたとしてもそれで何かが変わる訳でもないのでまあいいが……。
だってそうだろう。
有無も言わさず体を掻っ捌き、殺し合いを強いてくる相手に愛故です、なんて言われてそうでしたかじゃあ許しましょうと返せるのは思考回路のぶっ飛んでいる精霊種くらいである。
男の為に何度私は死んだと思う?
刺殺。絞殺。毒殺。焼殺。射殺。撲殺。
ショック死。凍死。感電死。
命を落とせば時が巻き戻り、生まれ落ちる瞬間からやり直さなければならないが故に……。
死んで生まれてまた死んで。
くだらないことで一喜一憂し、泣いて笑える私はいなくなった。
疑心と利己の塊。
野蛮で良心の欠片もない獣。
そうなるまでに追い込んだのはあの男に他ならない。
助けを求めて泣き叫んでいた時期もあったように思うけれど心優しいヒーローが私に手を差し伸べてくれることはなかった。
どんなに切に願っても聞き入れてくれる神様はいなかった。
だから求めるのをやめた。
祈ることもしなくなった。
求めても、祈っても、誰も助けてはくれないのなら無駄な行為でしかないじゃない。
もういい。好きにしてくれ。
そう自棄になって投げ出したこともある。
それから……。
それから、どうしたのだっけ?
ああそうだ。
今度は周りが喚き始めたのだ。
動いて。喋って。生きて。
つまらない。出来損ない。不良品。
鼓舞と落胆。
どうでもいいと聞き流していても、あまりに繰り返されるとこれがだんだん耳に障るようになる。
うるさい、黙って。喚かないで。
苛立ちに任せて暴れて回った。
手当たり次第に当たり散らした。
そうしている内に、ふと我に返って気が付いた。
彼らは私が関わらなければ壊れたレコードのように同じ行為を重ね続ける。与えられた条件によって行動を変える人工知能搭載のプログラムのような存在なのだと。
そんな奴らにこれから先も弄ばれ続けるのか?
彼らがレコードなら再生を止める為のスイッチを探しに行こう。
スイッチが無いとするなら仕方ない。
レコードを壊して回ろう。
死が終わりという安寧をもたらすものではないのなら、生き続けるより他がないでないか。
だから、武器を手に取ることにした。
手に取った武器で屍の山を築き上げた。
飛び散る血肉と残虐な光景に目が慣れて。
断末魔の悲鳴に耳が慣れ。
伴う匂いに鼻が慣れるまで。
刺して、潰して、殴って、蹴って、また刺し潰す。
殺して殺して、殺され死んで、また一から殺し直すという作業を手合わせと言われたらイコールで殺し合いと認識するレベルに達するまで繰り返した。
躊躇い? 同情? 罪悪感?
そんなものある筈がない。
シューティングゲームの的を撃って蜂の巣にしたっていちいち可哀想だ、申し訳ないなんて思わないでしょう?
彼らは私が死ねば蘇る。
邪魔でしかない障害物。
立ち塞がるから排除する。
ただそれだけのこと。
心優しいヒーローも願いを叶えてくれる神様ももういらない。
差し伸べられる手を素直に信じられる私はいなくなったから。
願いは自力で叶えてみせる。
何を犠牲にしても……。
幾度となく繰り返される始まりへの
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