彼女と邂逅

 なお、彼女を《不老の気狂い》の愛弟子とするのは出身地から考えられるもっとも有力な説であることは勿論、諜報部を通して住民録を管理する王家政府に問い合わせたところ、彼の項目に次のように記載されていた為である。

【個人所有の生物】

 ミゾレ・タカハシ

 《無法の土地》より得たセト・タカハシの出産につきこれを所有の生物に加えるものとする

 ――《無法の土地》より拾いしものは須らく、拾い手が責任を負うと共に全ての権利を得られるとされている。

 それが意思を持った人であっても《拾いしもの》だと認可されれば所有物の括りに入れられるのである。

 《不老の気狂い》に所有されながら切り刻まれて肉塊と化すでもなく養成学校の受験会場に現れた少女を、弟子とせず何とすれば良いだろうか……。


        *


 間違ってもただの子供とは言えない。所有者からして得体の知れない相手である。順位については気に留めず、あまり深くは関わらないように、というのが母の話の締め括りだった。

 しかし……。しかし、だ。

 生れながらにして全知全能なる神と等しき力を持っていたのでもなければ、どのような天才でも大なり小なりの努力があった筈である。

 クラウフォルンの養成学校は入学試験における成績上位者のみを集めたエリート校であり、粒揃いの中で飛び抜けた結果を残すというのはそう易いものではないのだから……。

 彼女が誰の弟子だろうと関係ない。

 ネヴェイユは負けた。

 ミゾレ・タカハシに負けたのだ。

 それだけが唯一覆せない現実。

 周りも知るところとする事実。

 今回の結果をどう受け止めるか、話を聞いてから更に悩んだが時間の経過と共に戸惑いが抜けると単純明快な答えがストンと落ちてきた。

 挑めばいい。勝てるまで。

 例え勝てずとも、挑む姿勢を忘れたならそれこそがコウランの名に泥を塗る行いとなるだろう。

 努力には敬意を。才能には賞賛を。

 それが在るべき形である。

 両親と祖父への相談は学習面や鍛錬におけるメニューの見直しに絞り、より一層の努力に励むことを新年の誓いとしてネヴェイユは休暇が明けるのを待った。

 始業は二月一日からだが学校の寮へは最大二週間前から入ることができる。

 前日の夜に行われる点呼までに諸々の手続きや荷物の整理などを終わらせておかなければならず、全体の人数が人数故の処置である。

 早期入寮の特典としては来年度に向けた特別講座を受講できたり、入寮に合わせて行われる制服や教材の支給、受付、整列の呼び掛けなどといった手伝いに回ることで内申点を稼げたり……。

 総合成績で上位を狙うならこういった特典への参加は欠かせない。

 一一ひとひと隊――第一師団第一連隊第一大隊第一中隊第一小隊の略称である――に席を置く者にとってはもはや義務と言えるレベルで、故に実質的な休み明けは始業の二週間前となる。

 だから、ミゾレ・タカハシと顔を合わせるのは入寮の翌日。特別講座の初日。講義室においてのこととなるだろう。

 ……そう、考えていた。


 その日。

 え、とまたもや間抜けな音が口から漏れて次の言葉を発するのに多少の時間が掛かった。

「参加しない……?」

「はい。受講の希望は出してもいないし出すつもりもないと……」

 言いづらそうに述べたゼネッタ――スクルヴェーク・ターリス・ハルネヒトは今回の昇級で第四クラス一一隊の外交・経済分隊及び第一班に所属を決めた元第三クラス一一隊第八班班長だ。

 見慣れた顔ばかりが居並ぶ休み明けの講義室で、ミゾレ・タカハシらしき相手の姿が伺えなかった為、寮の相部屋で既に対面を果たしている彼女の班の面々に声を掛けた折のことである。

 どんな話題なら差し障りがないだろう、どういう態度で接するべきだろうかと休暇の間中考えて、何なら緊張さえしていたのに。

 まさかそんな……。

 特別講座に参加しないなんて。

「だけど、入寮は済ませてあるのよね?」

 どうして?

 早期を希望しない生徒の入寮は始業の約一週間前から。

 クラスによって推奨される入寮日というものがあって、第四クラスなら期間の初日から数えて五日目。

 手伝いには参加するとしても前日に入ったので事足りるし、それまでの間、暇を持て余すことになる。

「吹奏楽部に所属しているらしく、その兼ね合いのようです」

 ――吹奏楽部や演劇部、コーラス部などに所属しているとチャリティーを始めとした学校の資金集めに駆り出される。その為に休暇となっても帰省することなく校内に留まって、寮で過ごすようになるのだ。

 なるほど。それなら参加の意思がないにも関わらず入寮を済ませているのにも頷ける。

「もしかすると講座で習う場所は自習で済ませた後なのかもしれないわね」

 彼女の成績を思えば不思議なことではない。

 早期入寮者より更に早く手続きを済ませて、教材についても先に受け取っていたなら十分に時間はあっただろう。

「私たちも彼女に負けないよう頑張りましょう」

「はい、中隊長……いえ、ネヴェイユ大隊長」

「やだ、任命式はまだよ。それに正式には休暇も明けていないのだし、堅苦しい呼び方は無しにしましょう?」

 にこりと笑ってみせれば、ゼネッタもぎこちないながらに頬を緩めた。

 ……それの示すところが私の想像の否定だということには気付かないまま。

 ミゾレ・タカハシが手伝いまでもを欠席した為、結局、顔合わせが叶ったのは始業前日の点呼の折だった。

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