カフェ * CORAL

朝星青大

第1話



ほうずきさん企画・第二十七回三題噺参加作品


タグ [H3BO3]





『カフェ*CORAL』



上りのエスカレーターで屋上の駐車場へ戻る時のことだ。


「あっ ! 」


見覚えのある女性とすれ違った。彼女は1階の食品売場へ下りのエスカレーターで降りて行く。


その女性と最初に出会ったのは1ヶ月前だった。


ショッピングモール内の上りエスカレーターの脇で、彼女は人の波の切れるのを待っていた。足元には25cm角ほどの白いダンボール箱が置いてある。彼女は、それ以外に幾つもの荷物を抱えて難渋していたのだ。


それを持ってあげた。思った以上に重い。


「あら、ご親切にありがとう。本当はエレベーターを使えばいいのだけど、この人混みでしょ。あそこまで行き着くのが大変。だいいち、狭い所へこの箱を持ち込んでは顰蹙ひんしゅくものでしょ」


「ええ。たしかに。少し気が引けますね。車ですか ? 」


「はい。屋上の駐車場に」


「それなら、ついでだから、車まで運びますよ」


車へダンボール箱を積み込んでハッチバックドアを閉めると、彼女が名刺を差し出して告げた。


「ありがとうございました。私、こういう者です。機会があったら、いらして下さい」


カフェ*CORAL 海上遥うなかみはるか


「いいんですよ。荷物運びは男の役割です。でも、せっかく名刺を頂いたから、いつか伺いますね」


僕も営業用の名刺を渡して、その日は別れた。





あれから1ヶ月……エスカレーターで、また彼女を見かけた。僕は1ヶ月に1回しか此処へは来ない。単なる偶然とは思えない。今日は彼女の店を訪ねてみようと思った。


会社へ戻り、社用車を置いて自家用車で向かった。18時半を過ぎたところ。


カーラジオからは東日本大震災から6年目を迎えての復興特集番組が流れている。


石川さゆりの復興応援歌【緑のふるさと】がかかった。


軽快な曲調で唄いやすい。ラジオに合わせて口ずさんでいると不意にメールの着信音が響いた。


信号待ちでメールを開いてみる。高校時代の同級生の可奈からだった。


Mail〔ヤッホー ! 元気 ? 同級生の地元メンバーで急にカラオケやろうって流れになったのだけれど、どう ? 忙しい ? 急だから無理にとは言えないけど土曜日だから。もし、参加出来るのなら参加して。後で電話します〕


誰とでも明るく接する可奈は、皆んなから好かれ、人気がある。同級会の飲み会の幹事は、いつでも可奈だ。


僕は車を路肩に寄せて、すぐに返信を打った。後で長電話になっても面倒だ。


Mail〔ごめん。今日は先約があって参加出来ない。皆んなに宜しく〕


店を訪ねることを先方へ連絡していないし、約束などしていないので、先約があるというのは嘘だ。かと言って可奈に、この事を説明すれば「それが終わってからならどう ? 」とかの話になる。素っ気ない対応だが、可奈は頭が良いし、そんな事を気にしないタイプだ。



九十九里の海にほど近い、と言っても海辺には数百メートルあるのだが、視界の開けた地点に、その店はあった。県道沿いで車の交通量は多い。


駐車場にロードサインがあり、入口にも【カフェ*CORAL】と描かれた青いスタンドサインが光っていたので、場所はすぐに分かった。


一軒家にしては大きい。1階を店舗、2階を住居にしている二階建ての建物だった。





「あらっ ! この前の……ようこそ ! いらっしゃい ! 」


彼女は笑顔で招き入れてくれた。


「こんばんは。来てしまいました」


遥さんは荷物運びのことを覚えていて歓待してくれた。


ウエイトレスの動きを制止して、彼女が自らグラスを載せたトレーを持った。



「よく来てくれたわ。待っていたの」


淡い青色のペンダントが遥さんの胸元で揺れた。


「実は、今日もショッピングモールのエスカレーターで、すれ違ったんです。それで思い出して」


「私と ? 」


「ええ。夕方17時ぐらいです」


「あら、そうだったの。気づかなかったわ。ごめんなさいね」


「入口の看板が、青いグラデーションで素敵ですね」


僕は、当たり障りのない話題で、店の名前の由来を訊いてみた。


「このお店はね。3年目なの。父と母が経営していた前のお店は6年前の津波で流されてしまって。父も母も家ごと。残ったのは土台だけ」


「ああ、それは……」


遥さんは両親を亡くした哀しみには触れずに続けた。


「でもね。不思議なの。こんなところにまで大きな海草の塊が流れ着いて、それが敷地の真ん中にどーんと居座って。そこに珊瑚のひとかけが混じっていて」


「珊瑚 ? 珊瑚って、この辺りでも採れるんですか ? 」


遥さんはテーブルの向こうへ腰を降ろした。


「この辺りでは採れないの。知り合いに見てもらったら、高知県沖の海中に生息する赤珊瑚だって。不思議でしょ ? 暖流・黒潮に乗って、はるばる、ここまで運ばれて来たのじゃないかって。ああ、これって何か意味があるかもって感じたの。だから調理師の免許を取って3年後の3月11日に、この店をオープンした訳。復興の証にね。珊瑚は母と私の誕生石の一つなの。コーラルは珊瑚の意味」


「そうだったんですか」


僕はメニューを開くのも忘れて、彼女の話に聞き入っていた。


「珊瑚は多産で条件さえ揃えば、どんどん大きくなるから、それにあやかってというのも理由の一つ。海水温が年々上がって珊瑚の生育環境が北上しているんだって。今は千葉県の館山の海にまで」


「ああ、そうなんですね。知りませんでした」


「3月の誕生石って言えば普通はアクアマリンよね。それが、これ」


彼女は、胸のペンダントを少し持ち上げて揺らした。透き通る青がまばゆく光っている。


誕生石が一つではないことを僕は初めて知った。僕の知らないことを沢山知っている彼女は勉強家なのだろう。



「この前のお礼に、今日のお代はいいのよ。私の奢り」


「えっ、いいんですか ? 本当に ? 」


若いウエイトレスが怪訝な表情で、こちらを見ている。僕だけが何故、特別待遇なのか、いぶかしむ風だ。


僕は、少しだけ優越感に浸りながらメニューを開いた。


遥さんが立ち上がって告げた。


「何でも好きな物を注文して。そうそう。あなたが運んでくれたのは、このお砂糖なの」


僕の母と同年代だという遥さんは、角砂糖の入ったお洒落な容器を持ち上げながら、にこやかに説明してくれた。



ー了ー






お題【エスカレーター】【珊瑚】【砂糖】



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カフェ * CORAL 朝星青大 @asahosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ