えくすこんば~じょんッ!!~勇者のレベルが高すぎる件~

@bunoichi

序章 しょうかんにしっぱいしたら、おんなになりました

              魔界。


 空は常に暗雲に覆われ、昼間であろうと暗く、時折雷鳴が轟いている。


 勇者一行が魔王を討伐してから、三年。

 人間界と魔界の間では和平交渉が締結し、ひと時の平和が訪れていた。


 そう、ひと時。


 時期魔王が現れ、のちに戦力が整えば再び人間界の支配を目論んで侵攻を開始するだろう。

 魔界の住人とはそういうものなのだ。約束や契約を重視する悪魔は例外だが。


「殿下、殿下!」


 背後から、私を呼ぶ声がする。


「殿下、大丈夫ですか?お気を確かに……」


 かつての魔王の居城……その部屋の一角にて。

 私は、物思いに耽って現実逃避をするほどに困惑していた。

 いま、この目に映っている人物に対して。


 大きな姿見に映る、見慣れない娘。


 若干の癖がありつつも長く柔らかい黒髪


 華奢で細い肩


 曲線を帯びた腰


 丸く大きな赤い瞳


 年齢は15-6歳程だろうか。


 遠慮がちな胸も、全体的なシルエットと合わさって気品を感じさせる。

 細い瞳孔と、尖った耳、申し訳程度に生えた角が、魔界の住人であることを主張していた。



「あのう……なんと申しますか……」


 すぐ後ろに立っていた世話役の女性が、鏡越しに顔を見ながら、おずおずと口を開く。


「一時的なものですよ、きっと……きっともとに戻れますから、そこまで気を落とさずに……」

「そ、それに、とても愛らしゅう御座いますよ!」


 必死に慰めるように女性はそう口にするが、娘は絶望とも驚愕ともとれる表情を 浮かべたまま私の目を見つめている。

 これが魔界の貴族の令嬢だと言われれば、なんの疑いもなく納得しただろう。


 そう。


 中身が、私でさえなかったら。



「ひぃいやああああああああ!!」



 ―――この世の終わりだ。




   ――――――――――――――—――――――――――――――—

              二時間前・祭祀場にて。

「殿下、お待ちしておりました」

 白いローブに身を包み、フードを目深に被った女性が歩み寄る。祭祀長だ。

 城の地下に設けられた祭祀場には巨大な魔法陣が描かれ、その魔法陣を囲むように召喚士たちが座して詠唱を続けている。


「うむっ!今日という日を待ちに待ったぞ、祭祀長。本当に『すごい魔神』なのだろうなっ」

「ええ、それはもう『すっごい魔神』ですよ殿下。うふふ」

「楽しみだな祭司長!私なんかワクワクでもう三日も寝てないぞ!フワハハハハ!」


 我ながら子供ぽいと思うが、召喚術の儀式は毎回心躍る。

今回は父上……先代の魔王が倒れ、人間界との和平交渉が締結された直後から水面下で計画されていた大がかりな召喚だ。

 魔族の子供が遊び感覚で行う召喚術とは違う、成功すれば人間軍ならば一個師団に匹敵する力を持つ戦力が手に入るだろう。

……最も、失敗に伴うリスクもそれなりなのだが。



 先代魔王……我が父は、三年前に勇者一行に討ち取られた。

 勇者見習いやもどきのようなのはこれまでも何度も現れ、その度に返り討ちにしてやったが、今回の奴らだけは本物だったらしい。

 勇者出現の報告からたった一年で我が軍は敗北を喫した。


 父や祖父に聞いてはいたが、本当に突然変異のように強力な力を持った勇者が時折現れるらしい。

 チート能力?

そんなことを言っていた気がするが、よくわからない。

「レベルを上げて物理で殴ればいい」とかなんとか。


 当時私はというと、王都へ攻め込んでいた。勇者はいなかったが……人間たちの抵抗は激しく、膠着状態が続いていた。

 王都の防衛線上で一進一退の攻防を続けていた頃、我が父の訃報が届き撤退を余儀なくされた。

 今思い出しても、本当に面白くない話だ。戦争は勝ったものが正義とはいえ、実に忌々しい。


 おまけに表向きは和平交渉だのなんだと言っているが、実際は大分人間に有利な条件だ。我々はあれからずいぶんと行動が制限されている。


 が、まあ、それもあとわずかの時の事だ。

「人間どもめ、つかの間の平和を楽しむがいい。今に恐怖と絶望に再び包み込んでやろうぞ!」


 うむ、これは一度言ってみたかった。私、今とても第二の魔王っぽい。

 一度は崩壊しかけた我が軍も、以前以上に戦力を取り戻してきた。

 此度の召喚が成功すれば、あの頃をもはるかに超える物量と質で攻め込める。

 いくら勇者が強いとはいえ、さすがにひとたまりもないだろう。


「フワハハハハハ!いよいよだ、笑え祭司長!フワーーッハハハハ!」

「……殿下、殿下、なんだか様子が……」


 魔法陣がバチバチと雷を放ち始める。

 はて、今までこんな激しい放電はあっただろうか。

 それほどまでに強力な魔神なのだろうか?


「殿下、お下がりください!」

 悲鳴じみた祭司長の声。


 刹那――

 雷光が 私の体を 貫いた。








      ――――――――――――――—――――—―—―——――――


「ん……」

 照明の眩しさに目がくらむ。首だけを回して辺りを見たところ、自室のベッドの上に寝ていたことに気が付いた。確か、私は城の地下の祭祀場にいたはずだ。

 いったいなぜ、どうやって戻ってきたのか、どのくらい眠っていたのか、全く思い出せない。


「誰か、誰かいないか。……!?」


 なんだ、この声は。

 全く聞き覚えのない声が、私自身の口から発声される。


「殿下、お目覚めになられたのですね。」


 頭上からよく知る者の声……

 幼少の頃から共にあり、私の世話役を受け持っている女性 バンシーが心配そうに覗き込んでいた。


「バンシー聞いてくれ、私の声がおかしい。いや、声だけじゃない。なんだか色々と違和感が……いや、それは今はいい。術はどうなったのだ。私は一体どうしてここで眠っていたのだ?知っているのだろうバンシー?」


 上体を起こし、私がまくしたてるようにそう言うと、バンシーは何かを伝えるように口を開くが、そのまま口を閉じ、視線を泳がせる。いつもの彼女ではない。


 再び、言葉にすることを戸惑うようなそぶりを見せながら。


「殿下は、お怪我はなかったのですが……その……お召し物が破れていましたので。勝手ながらこちらへお運び致しました。」


 先ほどはもっと重大な事を伝えようとしていたように見えたのだが……

 やはり様子がおかしい。私に知れたらまずい事でも隠しているのだろうか。


「殿下、殿下は……いえ、今は姫様と呼んだほうがいいのかしら……」

「……なんだって?」


 今何と言った。姫様?私が?


「おいバンシー、何を意味の分からないこ……と……を…………」

 彼女の後ろにある、大きな鏡。


 そこに上半身だけを起こし、私を見つめる見慣れない娘の姿が映っていた。

 私と目が合った鏡の中の娘の瞳が、驚愕に彩られ見開かれてゆく。


「……ッ」


 私はベッドからゆっくりと降り、歩く。歩く。鏡の前へ。


「あのう……なんと申しますか……」


 後ろからバンシーの声。


「一時的なものですよ、きっと……きっともとに戻れますから、そこまで気を落とさずに……」

「そ、それに、とても愛らしゅう御座いますよ!」


「……ッッ」


 ペタペタと、自分の体を触ってみる。

 無いはずのものが、そこにあり


 あるべきものが、ない。


 ひゅうっ と喉が鳴る。



「ひぃいやあああああああああああああ!!」


「ば、ばばばバンシー、あ、ああわわ、わた、わたわ私が、わわたしに、むむ、胸が、胸がある!バンシー、バンシー!どうしよう?どうしたらいい?」

「落ち着いてください殿下……」

「むり、むり、なにこれ、なに?なんで?ねえ、なんで?なんで私におっぱいついてるの?ああ、ああああ下の方もなんかなくなってるし、なにこれ?」


 もう、ほんとなにこれ?私、魔王の息子だったんですけど。これから、まさに勇者たちに復讐する予定だったんですけど。それどころじゃないんですけど。ていうかよく見たら服もなんかヒラヒラしたウチの女将軍が着てるような感じのちょっと可愛いやつになってるんですけど。


「……魔神召喚は失敗しました。姫……殿下のそのお姿は、いわゆる……失敗の代償だそうです。」


 いまサラっと姫っていった?


「いまサラっと姫っていった? ちがう、そういうのは召喚士や祭祀長に降りかかるものだろうっ!?」


「……なんでも、すぐに使役できるよう、契約が殿下にダイレクトに繋がるように主従登録を先にしたそうで……その場合、万が一の場合のリスクは、殿下に……」


 先の召還術式は、どうやら失敗したらしい。というか、何断りもなくそんな危険な登録してるんだろう、あの召喚士共は。そういうの普通は召喚された後にしっかり手続きするものじゃないの?なんて思う。


「ああ、もうだめ……!姫様、ギュっとしていいですか?なんだか急に妹ができたみたいで、わたくし耐えられません!」


 薄々感づいてはいたが、今の私が着ているこの服を選んだのはやはりお前か。そういえば外見年齢もずいぶん下がってしまったように感じる。


「いいわけないだろっ!誰か、誰かきてー誰かきてー!」


 部屋の外へ向けた私の助けを呼ぶ声も、がらんどうの廊下に空しく響くだけで、誰かが聞き届けてくれた気配はない。

 ふと、背後に気配を感じる。


「ヒッ」


振りかえると、そこには。


「姫様……ああもう本当に可愛い。どうしようかしらこれ……」


 そういいながらバンシーの腕が、私の背中へと回される。


「ちょっ、まっ!お前力強いんだからもっとやさし……あっあーーっ!あーーーーっ!」


 私がバンシーの強めのハグから解放されたのは、それからさらに二時間後の事だった。

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