第138話 共にある為に…….2
「この事で我が国とデルフォスとの信頼関係を崩すような発言は避けさせていただきます。これを機に、逆に親睦を深めさせて頂ければ、私としては十分です。このまま何もなく国へ戻るわけには参りませんから、その条件を呑んでいただければの話ですが……」
レルムとの固い握手を交わしたロゼスは、さっぱりとした笑みを浮かべ、ポルカやガーランドの方へと向き直った。
彼の懐の深い言葉に、ポルカもまた深々と頭を下げる。
「ロゼス王子……。誠にありがとうございます。その条件で良いのでしたら、是非ともお願い申し上げます」
ロゼスは毅然とした紳士の態度で今回の件は水に流した。その心意気の良さにポルカ自身も嬉しそうに顔をほころばせる。
「それでは、私は長い無用でしょう。これで失礼させて頂きます」
ロゼスはそう言い残し、ランバートを引き連れてこの場を立ち去っていった。それを見送ったポルカは今一度、ゆっくりとガーランドを振り返る。
「ガーランド……ごめんなさいね。でも、例外があってもいいでしょう?」
ガーランドはただ苦い顔を浮かべ低く唸りながら瞼を伏せた。
ポルカの言葉とあってはさすがのバッファも口を挟むことに抵抗を覚え何も言えなくなってしまう。
まさか王妃を処罰するわけにも行かない。もはや、自分がどうこうできる状況でない事は分かっているようだった。
「でも、レルムがこの処罰を受け入れて城を空けるとなると、誰が後の司令官の座を?」
ふと疑問になったポルカがそう訊ねると、それまで黙っていたパティが一歩前に歩み出て口を開く。
「それなら、私が……」
「パティ? 何を言っているんだ。お前はレビウス修道院のシスターとしての職務が……」
突然の申し出に、レルムとバッファが驚いて彼女を見つめる。
これ以上事を荒立てるようなことを言わないで欲しいと無言に訴えるバッファが訊き返すと、パティは首を横に振った。
「いいえ、お父様。私ではありませんわ。お兄様の後を引き継ぐのは、彼です」
そう言って、パティは傍に立っていたクルーの腕を取った。
レルムは真剣な表情で彼を見つめると、クルーもまた小さく微笑みながら頷いた。
「……決意、してくれたんだな」
そう訊ねると、クルーは少し照れながらも後ろ頭を掻きつつ頷く。
「はい。あなたのお役に立てるなら」
「……ありがとう」
二人のやりとりを見て、バッファは顔を顰めた。こうなる事を事前に打ち合わせていたなどと、微塵として気付きもしなかった。
「しかし、総司令官の座は代々ラゾーナ一族が受け継いできたものだ。それを他の人間に譲るなど……」
悪あがきだと知っていても腑に落ちないバッファがそう言うと、パティはニッコリと微笑んだ。
「彼はいずれ、私達家族の一員になります」
「何……?」
「すぐではありませんが、私は彼と結婚します」
思いがけない報告に、その場にその場にいた全員が驚きを隠せなかった。
思い描いていた未来に進めなかったガーランドと、大きな裏切りに遭いこれまでの人生の中で一番のやるせなさを感じたバッファ。
二人にはもうこれ以上反撃する元気も何もなくなっていた。
バッファは苦々しい表情ながらゆっくりとレルムを見やり、おもむろに口を開く。
「レルム……。今回の件、ポルカ様のご厚意あってこその事だ。だが、私はお前を許すことはできん。今回の行動を悔い改める気がないのであれば、今後一切ラゾーナ家の敷居を跨ぐ事は許さん」
厳しい父の言葉に、レルムはぐっと拳を握り締めるも静かに頭を下げてそれを了承した。
もともとその覚悟でいた。ここで縁を切られても、それは仕方が無いことだと言う事はレルム自身痛いほど良くわかっている。
これが、本来あってしかるべき事だ。
レルムは下げていた頭を上げると、今一度ガーランドに頭を下げた。
「ガーランド様……誠に申し訳ございません」
「……もう良い」
力なくうな垂れ、背もたれに深く埋もれるようにして深く座ったガーランドは、力なくそう呟いた。それを見たポルカはやんわりと微笑むとレルムを振り返り、優しい眼差しを向けた。
レルムは深く頭を下げたまま身動きを取らず頭を下げ続けた。
その話を聞いたリリアナは、体からユルユルと力が抜けるような感覚に陥った。
ポルカの計らいによって永久追放は免れた。
長年病に臥せり、その期間中に国の事を見つめ統べて来たポルカの言葉の方がより強みを持っていることを、ガーランド自身薄々感じていたのだ。
あれだけ厳格なガーランドであっても、今ではどこかポルカに頭が上がらないのだろう。
ただ、永久追放は免れても向こう三年間、レルムはこの国を離れなくてはならない。そしてその間の連絡も一切を断つことが条件として上げられている。
これが、ポルカにとってガーランドの意志とレルム達の意志、双方を尊重した最良の条件だった。
三年。その三年が過ぎればレルムの自由だ。ここへ戻ろうともそうでなくても、あとはレルム個人の問題と言うことになる。
レルムはきっとここへ帰ってくるのだろうと言う事は、言わずとも分かる。だが、それでもリリアナにとって悲しい別れには変わりない。
希望へと繋げるために必要な別れなのだろうが、手に届きそうになってこんな仕打ちはあんまりだとそう思わずにはいられなかった。
優しい眼差しで見下ろしてくるレルムに対し、リリアナは流れ落ちる涙を両手で何度も拭いながら時折しゃくり上げるように肩を震わせた。
「……三年も、待たなきゃいけないんですか」
「いいえ。三年だけです」
「でも、あたし……」
「私たちの人生はまだ長い。長い人生の内のほんの僅かな時間ですよ」
「……そんな事」
そんな風には考えられない。好きな人と片時だって離れたくないのはきっと誰しも思うことで、リリアナに限ってではない。
必要な別れなら、せめて連絡くらい出来るようにしてくれればいいのに……。そう思えば思うほど止めようとする涙が溢れ出て止まらない。
「だったら……だったら、あたしも連れてって……」
消え入りそうな声で切なる願いを口にすると、レルムは困ったような笑を浮かべ、そしてゆるゆると首を横に振った。
「……いいえ。それは出来ません。あなたはここに残らなくては」
「だって……」
「ここにいて、私を待っていて下さい」
顔を上げられず俯いて泣きじゃくるリリアナに、レルムは切なさをあらわにした。
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