第137話 共にある為に……

 部屋に戻ったリリアナは、ドリーが慰めるのも他所にソファに座り込んで涙に暮れていた。

 もう泣かない。そう決めていたのに、どうしても止められない。

 なぜ、レルム一人だけが罰を受けなければならないのか。どんな処罰が下るのか。考えるだけで心は引きちぎられるような気分になる。

 こんな時、自分が王女であることを恨めしく思ってしまう。恋愛も結婚相手も自由に選ぶことが出来ないこの立場を簡単に捨てられたらどんなにいいか。

 どんなに悔やんでもどうなるものでもないことは分かっている。そうでなければ良かった、こうだったら良かった…。それがただの理想でしかない事も分かっている。

「リリアナ様……」

 ドリーは一人でさめざめと泣いているリリアナにどう声をかけていいのか分からず、肩を落として見守る事しかできない。

 マーヴェラはオロオロとしたように部屋の中を行ったり来たりしていた。

 重々しい空気の中でリリアナのすすり泣く声だけが響く部屋は、気まずさだけが漂っていた。

 どれだけの時間、こうして過ごしていただろう。ふいにドアがノックされ、ドリーはそちらを振り返りリリアナは伏せていた顔を僅かに上げた。

 ドリーがそっと扉を開くと、そこにはレルムが立っていた。

「レルム様……」

「すまないドリー……。リリアナ様と話をさせては貰えないか?」

「は、はい。どうぞ」

 慌てたようにドアを開くと、ドリーはそのまま部屋を後にした。

 レルムは部屋を出て行く彼女を見送って視線を室内に戻すと、自室に居るはずのマーヴェラが居る事に驚きの表情を見せた。

「マーヴェラ? どうしてここに……」

 駆け寄ってくるマーヴェラに、レルムはその場にしゃがみ込んで抱き上げた。

「リーナ、リーナ」

 リリアナの名を呼ぶマーヴェラの視線を追ってソファを見ると、俯いたままのリリアナがいた。

「リリアナ様……」

 レルムはマーヴェラをその場に下ろし、リリアナの傍まで歩いてくる。が、彼女はやはり動こうとしなかった。

 そんなリリアナを見つめたまま、レルムは一度瞼を伏せるとゆっくりと息を吐き、そして目を開き静かな口調で話し始める。

「……処罰が決定しました」

「……っ」

 その告白に、リリアナの肩がビクッと小さく揺れる。

 レルムはそんな彼女を静かに見下ろしたまま、その瞳に少しだけ憂いを湛えそっと目を閉じた。

 リリアナは、次に紡がれる彼の言葉を聞くのが怖くなり、ぎゅっとドレスを握り締める。

「私は……この国を離れます」

 その言葉に、リリアナは反射的に涙に濡れた顔を上げレルムを振り返った。

 せっかく綺麗にしていた化粧もボロボロになり、整えられていた髪も振り乱した状態で見上げるリリアナの瞳は大きく見開かれ愕然としている。

「国を、離れる……?」

 何とか紡がれた言葉は、とても震えていた。

「……はい。一切の物を剥奪され、私は国外追放です」

「そんなっ!」

 リリアナはその重い処罰に、一瞬止まっていた涙が再びボロボロと頬を伝い落ちた。まさか、そんな処分が下るとは……。

「嘘、嘘でしょ……そんな、そんな事って……」

 信じがたいと言わんばかりにそう言うリホに、レルムはゆるゆると首を横に振った。

「いいえ。それが私に下った処分です」

 リリアナはその場に立ち上がり向かい合って立つレルムの腕を掴むと、ボロボロと涙を流しながら食って掛かるように声を荒げた。

「嘘! だって、それじゃもうこのまま会えないじゃない! もう二度と会えないなんてそんなの嫌! こんな処罰が下るなら、あたし、嘘でもロゼス王子と……」

 そう口走ったリリアナにレルムは悲しそうな顔を浮かべると首を横に振った。

「それは言わないで下さい。私は、あなたと共にあるために覚悟を決めたのですから」

「だって……!」

「……話を聞いて下さい」

 静かな眼差しと口調で、興奮気味のリリアナを宥めるかのように、ゆっくりと話すレルムにリリアナも口を閉ざした。正確には、聞かなければならないとそう思っていた。

 会えなくなるなら、レルムの話す一語一句逃すことなくしっかり聞かなければならないと。

「ガーランド様から直々に言い渡された処分は、国外永久追放でした」

 その言葉にリホは内心落胆していた。永久追放なら、やはりレルムの事は諦め無ければならないのかと……。

 だが、レルムの話は少し違っていたのだ。




「ガーランド。少し、いいかしら…」

 険悪な雰囲気の漂う中、そう言って立ち上がったポルカに、その場にいた全員の視線がポルカに向いた。

 ポルカは真っ直ぐに落ち着いた様子でその場にいる全員を見渡し、最終的にはレルムと視線を合わせて止まる。

「今回の処罰は、三年を以て効力を無くすものとします。その代わり、その期間中この城への一切の連絡、出入りをする事は出来ません」

 ポルカの発言に、驚いたのはレルムだけでなくガーランドとバッファもまた、目を見開く。

「な、何を仰います、ポルカ様!」

「ポルカ……。そなた何を申しておる」

 うろたえたような二人には目もくれず、ポルカはふっと表情を崩しレルムに対して優しく微笑みかけた。

「三年経てば、あとはあなたの自由です。それで手を打ちましょう? ガーランド、バッファ」

「ポルカ様、そんな生ぬるい処罰が……」

 唖然とした表情を浮かべるガーランドとバッファに対し、ポルカは首をゆるゆると横に振った。

「ガーランド、バッファ。私はこの子達の事をずっと見てきました。レルムは今まで純粋に私達と城の為に仕え、戦い、そして守り抜いてきてくれた。かつてのようなギリング大戦をも彷彿させる先程の戦でも、彼は城の為に全てを投げ打って守ったのですよ。この功績は評価の中に加えるべきものです。それに……」

 ポルカはガーランドに視線を送ると、やんわりと微笑みかけた。

「レルムが処罰されるのであれば、私も同じように処罰を受けるべきです」

「な、何を……」

 優しげな微笑をその顔に残したままガーランドを見つめた。ガーランドはただ戸惑ったような表情を浮かべ、ポルカを見上げている。

 ポルカはややあってから、これまで二人を支援してきたことをこの時初めてガーランドたちに明かしたのだ。

「私はこの子達がお互いに惹かれ合い、求め合う事を支援してきました」

「な、何ですと……」

 バッファは愕然とした表情のままポルカとレルムを何度も交互に見やった。ポルカは食い入るように自分を見つめてくるレルムに対し、一度大きく頷いてみせる。

「もう何度も言ってきましたね。レルム。私は、あなたを自分の子供のように思い続けて来ました。だから、あなたを守るのは当然でしょう? それにこれは、これまで城や国を守ってきたあなたに対する私からの恩返しの一つでもあるのです」

「ポルカ様……」

 優しく微笑みながらそう告げるポルカの心意気に、レルムは更にきつく拳を握り締め言葉無くただ深く腰を折り瞳を閉じた。

 ポルカはそんなレルムを微笑んで見つめると、傍にいるロゼスへと向き直った。

「ロゼス王子。あなた様には大変なご迷惑をおかけした事を、私からも謝罪させてください。本当に、申し訳ありませんでした。こちらの一方的な要求により信頼性の一切を失った事、あなた様に多大な恥をかかせた事は厳重な裁きに値する物として真摯に受けましょう。ですからどうか、今回の件は白紙にさせて頂けないでしょうか」

 ポルカ自ら腰を折り、ロゼスに対して謝罪を述べた。ロゼスは浅く溜息を吐き、口元に笑みを浮かべた。

「分かりました。私としては非常に残念ですが……、ポルカ王妃自らそのようにされてはもう何も申し上げる事はございません。ただ、彼の潔い態度に感服しました。それに僕はもともと、彼が王女を浚いに来たなら諦める覚悟もしてきていたんです」

 ロゼスはそう言いながらレルムの方へ向き直り、すっと手を差し出してきた。

 レルムは彼のその言葉に驚いていたが、差し出された手を握り返すと硬く握手を交わす。

「レルム殿。彼女の事、お願いします。どうかあなたの手で幸せにしてあげてください。もし彼女を泣かす事があったら、今度は僕があなたから彼女を奪いに来ます」

「……はい」

 力強い握手に、ロゼスの想いを確かに受け取った。

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