第111話 亀裂.3

 デルフォスの会議室で定期的に行われる報告会にガーランドを始めとする、大臣と総帥を兼任するバッファ、そして総司令官であるレルムと各部隊隊長達が集まっていた。

 先の戦いにより凶悪因子であるマージ崩壊からは比較的平和になったものの、まだあちらこちらでは内乱が起き、小規模な衝突を繰り返している国々が多々ある。問題が発生している状態が続いている中で、マージが引き起こした世界を巻き込むほどの大規模な戦を勃発させようとする国がないとは言えない。色濃くマージの息がかかった国は今でも影でてぐすねを引いている可能性もある。デルフォスが再び戦に巻き込まれる可能性もゼロではないため、こうして定期的に会議を開き、遠征に出向いた国や土地の状況報告や、視察に出た際の国々の様子を報告しあうのが必然だった。

「先日内乱が起きたドレッタ王国の情勢ですが、このところあまり芳しくはないようです。国民への過剰な課税、裏組織の不当なやり取り。また薬物や、活発ではないにしろ反乱組織の数も増えているという話があります。それらに対する取り締まりの要望が一般市民から挙がっているようですが、依然として変わりはないようですね」

 遠征に出ていた各部隊からの報告書をまとめ、それを読み上げるレルムに、バッファは低く唸りながら顎髭に手をやった。

「あの国の王は、昔からどこかマージ王に似通った性格をしている。今のところ大きな問題はないにしろ、軽視するわけにはいかないかもしれないな」

「はい。噂では、過去にマージとやりとりしていた時期もあるといいます。要注意人物としてマークしておくべきでしょう」

 レルムの発言に、皆が一様に頷いた。

 彼の報告が一区切りすると、今度は先ほど遠征から戻ってきたばかりの部隊隊長が立ち上がり報告を始める。

「では、続いての報告ですが……」

 レルムは彼の話に耳を傾けながらも、昨晩のことを思い出していた。

 思いがけず夜更けに部屋を訪ねてきたリリアナ。彼女はなぜ突然、あんな事を言い始めたのだろうか? おそらく、何事もハッキリと言い放ちキツイ印象を周りに与えてきたプリシラ王女から、何か言われた事が原因だろうとは思うのだが……。

 何を言われたのかは分からないが、それでも彼女の中で自分への確固たる部分が揺り動かされたのは確かだろう。だから、彼女自身の中にあった感情に自信がなくなり、こちらの気持ちも本当なのかどうかを疑ってしまったに違いない。

 恋愛経験の浅い彼女になら、それぐらいの事があっても不思議ではない。まだ少女と呼ぶべき年頃の娘だ。他の意見に惑わされ易いところもある。

 冷静になった今だからこそ、レルムもそこまで考えられるというもの。しかし、昨夜は思いがけない彼女からの来訪に加え、発せられた疑念の言葉に酷く動揺してしまった。そして大人げもなく彼女にはこれまでないほどに冷たく対応をしてしまった。あればかりは失態だとしか言いようがない。しかし、やはり疑われていい気がしないのは確かだ。

 何度も正直な気持ちを伝えてきたと思っていたが、それだけではまだ他からの言葉に惑わされてしまうのだろうか? これから先、彼女との関係をどう修復するべきか悩むところではある。

「……レルム」

「……」

「レルム総司令官!」

 ふいに強い口調で名を呼ばれたレルムはハッとなって顔を上げた。すると会議室にいた全員と、隣に座っていたバッファが厳しい表情でこちらを見ている姿がある。

「!」

「会議中にぼんやりされるとは、いかがなものか」

 迂闊だった。大事な会議の途中で違う事を考えてしまうとは、自分の気の緩みが露呈されたようなものだ。

 バッファはそんなレルムを深いため息を吐いて、呆れたように一瞥した。

「マージとの戦が終わってから、気が緩んでいるんじゃないか? 上に立つ人間がそんな事では困る」

「も、申し訳ございません……」

 きつく咎めるバッファの言葉に、レルムは小さく頭を下げて謝罪した。

「では、話を続けさせて頂きますが……」

「……」

 気を取り直して報告の続きをし始める隊長の話を聞きながら、気持ちを入れ直し書面に向かうレルムの様子に、ガーランドは訝しい表情を浮かべる。

 リリアナとレルム。この二人の様子は、これまで見てきた中でありえないほど不自然なものとしてガーランドの目には映っていた。

 同じようなタイミングで、いつもなら有り得ないような二人の態度……。もしかすると、この二人には何かがあるのではないか……?

 ガーランドにそう感じさせるのに時間はかからなかった。ただ、それを疑うのに確固たる証拠がない。そのため、あえて今は見て見ぬ振りを決め込む。

「……報告が以上ならば、これで今回の会議は終了とします」

 全ての報告が終わり、レルムの掛け声でお開きとなった会議に全員が各持ち場に向かい部屋を出て行く。そんな中で広げた書類を整理していたレルムに、バッファが声をかけた。

「レルム。お前、今日は一体どうしたんだ? 大事な会議中に上の空とは……」

「申し訳ありません。ここのところ忙しく、少し寝不足なものですから……」

 当たり障りのない言葉でそうかわすと、バッファは深くため息を吐き頷いた。

「確かに、マーヴェラを引き取ってから多忙なのは分かる。私はあまり育児に参加できなかった不出来な親ではあるが……。ただ、これだけは言える。生半可な覚悟では子供は育てられん。言い方は悪いが……あの子は普通の子供とは違うからな。人を育てるのには相当な時間と体力をを要するのに、あの子の場合、その境遇が故に通常以上の大変な思いをせねばならん。あの子は他の者には扱えないとくれば尚更だ。最初、お前があの子を引き取ると聞いた時は正直反対だったが……。それでもお前が自ら決めた事。あの子のためにも中途半端なことはするんじゃないぞ」

「はい。ご忠告ありがとうございます」

 レルムが謙虚にもバッファの言葉を受け入れ、頭を下げると部屋を後にした。

 そんな彼の後姿を見送っていたバッファに、今度はガーランドが声をかけてきた。

「……バッファ。少し良いか?」

「はい」

 どこか険しい表情を浮かべるガーランドに、バッファは不思議そうな顔を浮かべた。




 部屋に戻ったレルムは、手にしていた書類を職務机の上に置き深いため息を吐いて椅子に腰を下ろした。

 昨晩から自分でも分かるほどおかしな行動をしている。いつもなら職務とプライベートとの区別はしっかりつけられていたのに、昨晩の出来事からペースを乱されっぱなしだ。

 相手は普通の女性とは違う。だからこそ細心の注意を払わなければならないのに、こんな状態では駄目だ。と、自分に活を入れ直す。するとそこに、キィ……と小さく音を立てて扉が開き、そちらへ目を向けるとようやく起きてきたマーヴェラがいた。

「……おはよう。マーヴェラ」

「……ムー……」

 マーヴェラは片言の言葉を発するようになってから、レルムの事をしきりに「ムー」と呼ぶようになった。まだ眠たそうな目を擦りながらトテトテと歩いてくると、レルムの足元に座り込む。

 他の誰にもまだ気を許せていないマーヴェラ。こうして自分の傍から離れないままでは困る。自由にその足で出かけ、世の中を楽しめる子供に育って欲しいと言う願いがある以上、この先どうしてもリリアナの存在が必要だった。マーヴェラだけじゃなく、自分にとっても……。

 レルムはうとうととしているマーヴェラの頭に手を置き、小さくため息を吐きながら微笑んだ。

「何とか、この状況を修復しないといけないな……君のためにも」

 そう呟くレルムを、マーヴェラは虚ろな目でぼんやりと見上げた。

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