第31話 突然の告白

「それならばなぜ、泣いてるんですか?」

 そう訊ねた瞬間、リリアナはビクッと体を震わせて堪えきれずに溢れ出た涙を急いで手の甲で拭い去った。

「な、泣いてなんかないです」

 必死になって涙を隠そうとしているリリアナに、ペブリムはゆっくりと席を立ち上がると、入り口に立ったまま動かないリリアナのそばに静かに歩み寄った。

「だ、大丈夫ですから!」

 歩み寄ってこられると思わなかったリリアナは顔を赤く染めながら、しかし拭った後からまたポロリと涙が零れ落ちる。

「……泣かないで下さい。私が、何かあなたに失礼をしたのでしょうか」

「ち、違います。そうじゃなくて……」

 ペブリムは突然泣き出したリリアナを心配して、顔を覗き込んだ。

 何か彼女の気に触るような事をしたのだろうか?

 リリアナはこちらに顔を向けずに、俯いたままこぼれ出る涙を止められずにいた。

「……王女?」

 ペブリムが頬を濡らすリリアナの涙をそっと指先で拭うと、彼女はまたも体をビクッと震わせて身を固くした。

「……あ、あたしは、リズリーさんと同じ位置に立ってペブリムさんを支えられたらって、そう思ってて……」

 居たたまれなくなったのか、リリアナは俯いたまま声を震わせて抱えていたものを吐露し始めた。

 リズリーと同じ位置に立って自分を支えたい。

 そう言ったリリアナの言葉に、ペブリムは眉根を寄せて彼女を見る。

 なぜ、彼女がリズリーと同じように肩を並べる事に必死になっているのか、ペブリムにはどうしても分からなかった。

「なぜ、ですか?」

 そう問わずには居られない。

 すると、リリアナは感極まったように涙を流しながらこちらを見上げて口を開いた。

「あたしが勝手に思い上がってたところも無いとは言えません。だけど、だけど、あなたが好きだから……っ」

 そう言った瞬間、リリアナはハッとなって急いで口を押さえる。

 突然の告白に驚いたのは、リリアナだけじゃなくペブリムもだった。

 好き……?

 その言葉がペブリムの中に引っかかった。

 まさか、彼女が自分にそんなにもハッキリとした感情を抱くようになっていたとは思わなかった。彼女からの好意はこれまでも感じていたものの、それは人として普通にあるべき好意であったと思っていたのだ。

 唐突に出たその告白はペブリムから言葉を失わせ、リリアナには気まずい想いを生み出させる。

「き、気にしないで下さい!」

 リリアナはそう言うと薬箱を抱えたまま部屋を急いで出て行った。

 残されたペブリムはただ呆然とその場に立ち尽くしてしまっていた。



 迂闊だった。思わず口が滑ってしまった。

 パタパタと廊下を走り去りながら、昂った感情のままに流れる涙を拭いつつ、口走ってしまった「好き」と言う言葉に後悔の念を抱く。

 あんな事を言っては相手が困るだけだ。言うつもりはなかった。だが、頼りにされていないんじゃないかと思った途端、言いようのない思いが膨れ上がって、つい言ってしまったのだ。

 ペブリムはこちらの事を心配してああ言ってくれていたのだと言う事は、良く分かった。なのになぜ、あんなムキになってしまったのだろう。

 肩で大きく息を吐きながら中庭にまで駆けて来ると、ようやく歩調が弱まる。

「……何であんな事言っちゃったんだろう。絶対迷惑でしかないよね」

 我ながらガッカリしてしまう。

 きっとペブリムの事だ。その事に対する返事を律儀にも伝えに来るかもしれない。

 リリアナは中庭の真ん中まで来ると、ガバリと薬箱を抱え込んだままその場にしゃがみこむ。

「馬鹿だー。もう、馬鹿としか言いようがない!」

 膝に顔を埋めて一人でそう叫ぶ。

 自ら顔を合わせづらくしてしまった。これから先、どんな顔をして会えばいいのだろう。

「もういっそこのまま、ほったらかしにしてくれないかな……」

 そう呟く傍から、胸がジンと痛んでまた涙が滲んでくる。

 主従関係には硬いと言う事だ。返事があったとしたら「NO」の答えしか考えられない。

 答えがNOでもYESでも、どちらにしても気まずい事には代わりがないのだが……。

「部屋に帰ろう……」

 しょんぼりと肩を落として、リリアナは自室への道を歩き出した。

 トボトボと歩いて部屋まで戻ってくると、丁度ドリーが洗濯物を抱えて部屋の中から出てくるところに出くわした。

「あら、リリアナ様……。どうなさったんです?」

 ドリーは元気のないリリアナを見つけると驚いたようにそう聞き返してきた。

「聞いてくれる……?」

「え、えぇ……。私で宜しければ……」

 不思議そうにドリーが答えると、リリアナは彼女の腕を掴んで部屋の中へと引き戻した。そして先ほどの事を包み隠さず全て告白すると、ドリーは目を見開き、心底驚いた様子を見せる。

「まぁぁ、そんな事があったんですの?」

「う、うん……」

 気まずそうに顔を俯けたまま服を弄っているリリアナを見て、ドリーもまた気まずそうに頬に手を当てた。

 なんと答えてよいのか分からないといった様子で困っているのが良く分かる。

「でも、何か嫌だったの。まだ完全じゃないのにもう大丈夫だから来なくていいよって言われたら、あたしってそんなに役立たずだったのかなって思って。そう思ったらつい、悔しいと言うかもやもやっとした変な感情が湧いてきて、そしたら涙も出てきちゃうし余計な事口走っちゃったし……」

 リリアナは深いため息を吐きながらしょんぼりと肩を落とす。

「……リリアナ様のお気持ち、私も良く分かりますわ」

 ドリーはリリアナの悩みを真剣に受け止め、そう答える。

「答えがもう分かっているだけに、辛いところですわね……」

「……うん」

 二人は同時に深いため息を吐いた。

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