第32話 決まっているはずの答え
まさか、そんな風に見ていたとは思わなかった。
沢山の星が瞬く夜空を、城内を見回りで周りながらふと中庭の入り口に立ってレルムは難しい表情で見上げていた。
昼間、予想外に告白された事が自分でも思った以上に動揺を誘った。あれからの仕事の進みが悪くなったのは言うまでもない。
「……どうしたものか」
当然、彼女の想いに応えるようなことはありえない。万が一にもあってはいけないことだ。
ただの戯れに言った言葉ならまだしも、あの時のリリアナの様子では戯れと言う言葉で片付けられるような生半可な想いではない事は伝わった。
既に出ている答えをどう伝えるべきか。先ほどからそんな事ばかりを考えている自分がなにやら情けなくもある。
決して口が上手いほうではない。冗談や笑い話として捉えられるほど、柔軟な性格をしているわけでもない。
「……さて、報告に行くか」
レルムは浅く溜息を吐き、城内の見回りの報告をしにポルカの部屋へと向かう。
長い廊下を渡り、部屋を訪ねるとポルカは何やら手紙を読んでいるところだった。
「あら、レルム。ご苦労様です」
ポルカは手紙から顔を上げ、ニコリと微笑んでみせる。そんなポルカに、レルムはいつものように見回りの結果報告を始めた。
「本日も特別城内に異常は見られませんでした」
「そうですか。ありがとう。ところでレルム。あなたは明日からしばらく、時間は空いているかしら」
「は? 明日から、ですか?」
「えぇ、そうよ。今丁度手紙の整理をしていたところなのだけど、アシュベルト王国からリリアナをお茶会に誘いたいと言う申し出があったものだから」
アシュベルト王国……。
そう言えば以前、お披露目パーティを催した際にその王国からの来賓がいたはず。確か、ロゼス第一王子……。
レルムはふと、胸の奥に小さな違和感を覚える。
「……?」
思わず首を傾げると、それを見ていたポルカが不思議そうに声をかけてきた。
「どうかしたのですか?」
「あ、いえ……何でもございません。明日からのお時間、特に問題はありません」
「そう。良かった。それならリリアナの護衛をあなたにお願いしても構いませんか?」
「はい、かしこまりました」
レルムはそう言いながら頭を下げる。その間にも、胸の奥の違和感は何とも言えず拭いきれない。
「では私はこれで失礼させて頂きます」
そう言ってくるりと踵を返そうとした時だった。ポルカが慌てたように声をかけてくる。
「あぁ、レルム。少しお待ちなさい」
呼び止められて振り返ると、ポルカは手紙を机の上に置き柔らかな笑みを浮かべたままこちらを見つめてきた。
暖かく、何があっても優しく包み込んでくれるようなその眼差しは、なぜかこの時、レルムには何もかもを見透かされているかのように見えた。
「何か、問題はありましたか?」
「問題……と、言いますと?」
何を言わんとしているのか分からず、レルムが首を傾げるとポルカはいたずらっ子のようにクスクスと笑った。
「実は、リリアナが少し前まで私のところへ来ていたの」
「王女が……」
驚いたようにそう呟くと、ポルカは小さく微笑んだまま頷いた。
リリアナはレルムの部屋を出たあと、一度部屋へ戻り今日一日のレッスンに取り組んでいたのだが、胸の中に生まれた悶々とする気持ちを堪えきれずポルカの部屋を訊ねてきていたのだ。そして日中の出来事を包み隠すことなく全て打ち明けた上で、どうしたらいいのか分からないと悩んでいたという。
「自分がしてしまった事のせいで、あなたと顔を合わせづらくなったと言っていたわ」
「……」
「そうね……問題、と言うと語弊があるかしら。困ってる、と言った方が正しい?」
「それは……」
レルムは咄嗟に言葉を返せず、思わず言葉に詰まる。そんな彼を見つめ、ポルカは浅い溜息をこぼした。
「あの子は、あなたから返ってくるであろう答えを承知しているみたいでしたよ」
その言葉に、レルムは息を吸い込むと真っ直ぐにポルカに向き直る。
リリアナ本人がそれを承知しているのであれば、何も問題はないではないだろうか。
「私は王家にお仕えする身。忠誠を誓い、お守りする立場にあります。王女には王女にふさわしいお方とご縁を結んで頂くのが一番です」
「……そうね、あなたはそうお父様に躾けられてきた。国に仕える騎士の答えとしては完璧な返答です」
ポルカはそう言うとゆっくりと席を立ち上がり、レルムに背を向けて窓辺に立った。
何かを考えているポルカの背中を静かに見つめていると、彼女は僅かに顔をこちらに向けて再び口を開く。
「ねぇ、レルム。一つ聞いてもいいかしら」
「はい」
「あの子があなたに抱いている想いは、あなたにとって迷惑かしら?」
その質問に、レルムはかすかに眉根を寄せる。
迷惑? なぜ、そんな質問をしてくるのだろうか?
レルムはポルカの問いかけてくる質問が不適切なような気がして仕方がない。だが、一目置かれると言う意味で好意を持ってもらう事は、光栄な事だ。
「迷惑だなんてとんでもございません。身に余る光栄です」
主従関係に硬い騎士として、あまりにも模範的な回答を口にするレルムに、ポルカは困ったように微笑みながら振り返る。
「本当に、あなたと言う子は……」
「陛下?」
「いいでしょう。私の考えをあなたに伝えておきます」
ポルカはゆっくりとした歩調で近づいてくると、レルムの前で立ち止まった。
僅かにレルムを見上げるような形になるポルカは、至って真剣な表情で口を開いた。
「私はね、あの子の気持ちを応援しています」
「そ、それは……」
「そうね。本当だったらあなたの考えている通り、これはあってはならない事。でもね、例外の一つや二つはあってもおかしくないんじゃないかしら」
思いがけないポルカの言葉に、レルムは驚きのあまり何を話して良いのか分からなくなった。
応援している? 例外?
禁忌とされている事が例外として認められたとしたら、王家のバランスが崩れてしまうのではないだろうか……。
黙りこんだレルムに構わず、ポルカは話を続ける。
「この事を国王が聞けば当然猛反対するでしょう。だけど、私はあの子の気持ちを大切にしたい。出来る限り型に填まらず、明るく笑っているあの子を見ていたいの」
「……」
明るく笑っている……。その言葉に、レルムは妙に納得した。
泣いたり困ったりするばかりじゃなく、笑ったり、怒ったりするリリアナをもっと見てみたい。
それはレルムも同じ事を思っていた。
「しかし、それとこれとは話が……」
「いいえ、違わないわ。あの子はあなたの一挙一動でその表情を変えるの。あなたが手を差し伸べれば笑うし、そっけない態度を取れば泣きそうになったり困ったりする。あの子は、あなた次第でいくらでも変わるのよ」
「……」
しかし、だからと言って安易にその手を握るわけにもいかない。これまでそうしてきたものを、どうして今更崩せるだろうか。
困ったように再度口を閉ざしたレルムに、ポルカは柔らかな笑みを浮かべた。
「あなたが今後どうするかまでは、私の口出しをするところではありません。ただ、私はあの子の気持ちを優先して応援している事を覚えておいて下さい」
「……はい」
「話は以上です。明日からの護衛、宜しく頼みましたよ」
微笑むポルカに、レルムは頭を下げると部屋を後にした。
部屋を出てすぐの円柱に手をかけて立ち止まり、レルムは眉根を寄せていた。
一番王家の血筋の継承に関して理解している立場のポルカが、それを無視してリリアナの感情を優先しようとしている。そんな事が果たして許されるのだろうか?
そもそも、リリアナの事は自分が仕えるべき相手としてしか見れていない。王女として大切なのであって、個人として大切かと問われればそれは……。
「違う……と、言い切れるだろうか……」
誰に問うわけでもなく、レルムはぽつりと呟いた。
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