間章 ~その2~

矛盾な気持ち(ポルカ編)

 何度、この日を夢見た事だろう。

 17年前に行方不明になってから今まで、一度たりともその消息を掴む事が出来なかった中で、ようやく娘だと思しき人物を発見したと言う情報が入った時の喜びは、俄かに言葉では言い表せない。


 全ては神の思し召し。17年と言う長い年月が経ったのだから、もう生きている事すら望めないのかもしれない。そう、一度は諦めかけた。それでも、諦める事無く無事でいてくれる事をただひたすらに願い続けて、ようやくそれが実を結ぶ時が来た。


 ブレディシア王国の第一王子の生誕祭からしばらく、娘の居場所が国境を越えた遥か南方に位置する小さな村にあると聞き、産まれ故郷であるこのデルフォスに帰って来る日も間近と思うと、ただひたすら緊張していた。


 いや、緊張だけではない。喜びもある。ただそれと同じくらいに不安もあった。

 生後間もなく行方知れずになったのだ。正真正銘血を分けた娘であっても、当然ながら彼女にはこちらの記憶は一切無い。

 拒否されたらどうしようか。認めてもらえなかったらどうしようか。そもそも、ここへ戻ってくる事を拒んだら……?

 そう思うと会うこと自体恐怖に感じてしまう。


「自分の娘に会うことが怖いだなんて……滑稽よね」

 

 間もなく到着するであろう娘を待ちながら、ポルカは窓辺に立ってため息混じりにそう言葉を零す。

 その時、トントンとドアがノックされ、いよいよ待ち望んでいたその瞬間がやってきた。


「ポルカ様。王女殿下をお連れ致しました」


 そう言って迎えに寄越したペブリムと共に、おどおどとして落ち着かない黒髪の少女がドアを潜り抜けて入ってくる。その姿を見た瞬間、心臓が止まってしまいそうなほどだった。


――あぁ、あの娘だ。


 王家の証である紋章を見るまでも無く、目の前に来た少女の姿を見てすぐに分かった。

 間違いなく、彼女は自分の娘だと直感的に分かる。


「ありがとう。ご苦労でしたね」


 すぐにでも傍に駆け寄りたい衝動を抑え、ペブリムにねぎらいの言葉をかけて席を下がらせると、部屋の中は少女と私の二人きりになった。


 少女はとても落ち着かない様子で硬直してしまっている。その姿があまりに愛しくて、溢れ出しそうな感情に心が震えた。


「どうぞ……。こちらへいらっしゃい」


 そう誘うと、ゆっくりとした歩調で歩み寄ってくる少女に、鼓動が早まった。

 彼女は間違いなく私の子供だと分かっていても確かな証を見るまでは、溢れ出しそうな気持ちをギリギリのところで抑えて静かに向き合う。


「左手を見せてもらえる?」


 そう促すと、少女はおずおずと手袋を外した左手を見せてくれる。

 そこには間違いなく、デルフォス王家の血筋にのみ現れる紋章がハッキリと浮かび上がっていた。


 これで、もう大丈夫。


 そう思った瞬間、堪えていた涙が目から零れ落ちた。

 今まで無事に生きていてくれた事。何も知らないはずの故郷へ戻ってくる決断をしてくれた事。そして何より、彼女を保護し育ててくれた心優しい人がいてくれた事。

 その全てに感謝の気持ちでいっぱいになり、思わず少女を抱きしめた。


 すぐに私の事を親だと認めてくれなくてもいい。ここに来てくれた事が、生きていてくれた事が何を差し置いても喜ばしい事だったから。


 だけど、私のこの喜びの影には、彼女を手放さざるを得なかった育ての家族がいる事を、私は忘れてはいけない。彼らがいなくてはこの子の命はなかったのだろうから。

 その家族の事を思うと胸が痛んだ。


 娘に戻ってきて欲しい。でも、育ての家族も大切にして欲しい。


 その矛盾が心の中を渦巻いて離れなかった。

 だから私は娘を育ててくれた家族も、自らの「家族」と認めて受け入れようと思う。


 もうこの子は、私だけの娘ではないのだから。








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