とろぴかる寿司

鐘辺完

とろぴかる寿司

 回転寿司屋の前に俺は来ていた。

 看板にはでかでかと

『とろぴかる寿司』

とあった。

 とろぴかる寿司。

 この店名にどんなオチが控えているのか取材班は期待した。いや、取材班なんかいない。

 興味をひかれて俺は店に入った。

 なんのことはない普通の回転寿司屋だった。少なくとも店のつくりは。

 寿司はちゃんとベルトコンベアにのって回っている。

 いやこんな心配をしてもしょうがない。問題は『とろぴかる』にある。

 普通の回転寿司屋でしかない、というのは、すなわち、店のつくりがとろぴかるではないのだ。南国情緒もへったくれもない。

 鳥取県に羽合温泉というところがある。そこは山陰地方の冬場は結構寒いところにフェニックス並木があったりする。んだが、気候に合わずかなりしおれた状態だった。羽合はわいという名前だけで、常夏の地を山陰に再現しようとするのに無理があった。羽合温泉でとろぴかるな雰囲気を満喫するのは難しい。むしろ羽合温泉は冬に行き、夕食にカニなどを食べるほうが土地柄として正しい満喫方法であろう。

 この店は、そういう羽合温泉のような無駄な努力さえしていない。なんにもとろぴかるではない。

 俺は席についてからも店内をじっくり見回した。

 どこだ。どこにある? とろぴかる。

 しかし、ベルトコンベアの内側で寿司にぎってるにーちゃんもアロハを着てるわけでもなく、壁に「HAWAII」とか書いた海辺の椰子の木の絵柄のいかにもなポスターさえもない。

 あ、あった。壁に並ぶメニューの中にひとつ「とろぴかる寿司」。しかし、それは文字だけであり、どんな品物かわからない。

 想像するに、パパイヤやバナナなんかのとろぴかるなフルーツが乗ったゲテモノ寿司なんだろう。あんまり食べたくはないが、実物を見てみたい。

 ベルトコンベアが皿を乗せて回転する。皿は寿司を乗せているが回転しない。寿司はもちろんそれ自身で回転しない。「回転寿司」というのは寿司を乗せた皿を乗せたベルトコンベアがトラックを回転するものだ。いや、説明してもしょうがないが。

 ベルトコンベアを流れる寿司を見るが、寿司に名札はついていない。つけておけばいいのに。初めて回転寿司屋に入るときは一人は避けたほうがいいのではないか。誰か熟練の回転寿司客に同行してもらったほうがいい。回っている寿司がなんの寿司なのか、そして皿の色で値段が違うなどのシステムも初見では理解しづらいかもしれない。あと、熱湯が出る蛇口で手を洗って火傷する危険も熟練者がついていれば回避できるだろう。


 とりあえず、回っている寿司皿をひとつとってみた。一応店にきたんだからなんか食うのが礼儀だろう。店名につられて入ったとしても。

 サーモンの皿を取り、ひとつを口に入れる。普通にサーモンだ。口に入れた途端にとろぴかるなイメージが口の中から脳に侵入してきて、脳内で魚介がフラダンスを踊るようなこともない。

 一応これで俺もこの回転寿司屋の客として成立したはずだ。

 そこで、とりあえず店員に質問してみた。

「すいません。とろぴかる寿司てどれですか」

「ああ、それですよ」

 と言われて見るコンベアの上。トロのように見える。手元に来るのを待って取ってみる。

 この皿の上に乗ってる寿司がとろぴかるらしい。さほど高い値段の皿ではなかった。

「って、これ、ただのトロじゃないですか」

「それ、てかてかしてるでしょ? マグロからとった油を塗ってあるんですよ」

 たしかになんかつやがある。トロ自身の脂ではない、人工的に加味した感のあるてかりであった。

「ってそれのどこがとろぴか……」

 わかった。

 俺はそのとろぴかる寿司をさっさと食べて勘定をすませて店を出た。

 油塗ってトロが光ってるから「トロ光るとろぴかる寿司」か。

 普通のトロより油が乗ってる味がした。「あぶらが乗ってる」ではない。


 数日後、その店の前を通ると今度は「トロイカ寿司」の看板があった。

 案外、繁盛してるのかこの企画で……。

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とろぴかる寿司 鐘辺完 @belphe506

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