Scene.30 恩師
「何だったら、『姿勢が悪い』とかでもいい」
「姿勢が悪いって……」
ママ友を殺した翌日の朝の事だった。真面目な顔で答えた
「何で相手が内緒で旅行に行ったくらいでいじめるのかがいくら考えてもわからない」
そう思ってた時に乃亜が答えた内容がこれまたひどかった。
「いじめる側にとっては理由なんてどうでもいいんだ。そんなもんあって無いようなものだ。
体育でのサッカーや野球で足引っ張った。とかいう分かりやすい例だけじゃない。ゲームや勉強の成績が良くてもいじめられるし、悪くてもいじめられる。それ以前に流行りのゲームを遊んでなくてもいじめられるし遊んでてもいじめられる。
何だったら『姿勢が悪い』とかでもいい。いじめの口実なんてあってないようなものだ。その気になればいくらでも作れる」
というものだ。
「……何かずいぶん生々しいわね」
「全部俺が体験したり見たり聞いたりしたいじめだ」
真理が乃亜と一緒に暮らし始めて3週間。彼女は彼の過去に関してはあえて聞いていない。
小さいころからあんな顔だったら恐ろしく重苦しい過去になるだろうというのは簡単に想像できる。
本人がしゃべりだすまで黙っていることにしていたのだがやはり相当な物らしい。
乃亜はさっきまでしていた作業を再開させる。ほんの少しだけかじっていた実名制のSNSのページにアクセスする。そして、とある人物の名前を検索欄に打ち込む。
「
1人だけヒットした。
乃亜は食い入るように彼女のページを見る。そしてメッセージを書き込んだ。
その週の日曜、池袋の喫茶店で乃亜、真理、ミストの3名は待ち合わせをしていた。
「ふーん。今から会うのはかつてお世話になった先生なんだ」
「ああそうだ。俺が今まで出会ってきた教師の中でただ一人、恩師と呼べる先生だ」
そう言いながら時間を潰していると上品に洗練された服で着飾った中年の女が彼らの前に姿を現す。
「乃亜君……乃亜君よね? 久しぶりね」
「あ……。お久しぶりです。絹先生」
「そちらは彼女さん?」
「え、ええまぁ、彼女というか仕事仲間というか……」
「真理は仕事仲間でもいいけど俺は運命共同体だよなぁ?」
「オイミスト! 勝手な事言うなよな!」
お互い、実に10年ぶりの再会を喜び合った。
「乃亜君ったら今年で16か17になるんでしょ? 立派に成長したわね」
「そう言う先生は……少し年をとりましたね」
お互い第一印象を率直に語り合う。
恩師は世話になった当時から10年経ってる事もあってか、やはり小じわが増えていた。10年前の思い出が美化されていることもあっただろうが想像してたよりも老けていた。
一方、あの頃の少し危なっかしい少年は背こそ低いものの今や立派な青年へと成長していた。生きているだけでも本当に良かったと彼の無事を心から喜んでいた。
「乃亜君って今は高校生よね?」
「いや、高校には通ってません。働いてます」
「働いてるの?」
「そうだよ。正義の味方、だよなぁ?」
「オイミスト! 勝手な事言うなっつっただろ!」
「正義の味方……?」
妙な言葉に絹先生は首をかしげる。
「えっと、その……スーツアクターみたいなもんです」
「あらそうなの! あなたまだ16かそこらなのに立派に働いてるのね! 偉いわねぇ!」
いじめを受けていることを鋭く見抜いたわりにはこの辺の勘は鈍い。その辺もまた10年前と変わりない。やはり人には変わるところと変わらないところというものがあるようだ。
「絹先生、あの時「お父さんとお母さんを嫌いになってもいい」って言ってくれて本当にありがとうございました。あの頃は親に何とかして好かれなければならないって思ってたので本当に苦しかったです。あの一言で救われました」
「そう。良かった。乃亜君のためになって。そのご両親は今どうしてるの?」
「強盗に殺されました。だから高校やめて働き出したんですよ」
「あ……ごめんなさい。聞いてはいけない事だったかしら?」
「良いんです。多分、天罰が下ったんでしょうね」
実際には天罰を「下した」のだがもちろんそのことは内緒だ。
「ところでミストさんと真理さんとか言いましたっけ? 乃亜君と一緒に仕事してるんですって?」
「ああ。一応は仕事仲間ってとこかな」
「乃亜君の事をよろしくね。この子さびしい思いをしたでしょうから」
「まるで母親みたいですねぇ」
「あら、そうかしら? うふっ」
あっという間に時間が過ぎ去っていき夕方、帰る時刻となった。
「今日は乃亜君に会えて本当に良かった。無事に成長したし彼女さんも出来たのならもう安心ね。本当に良かった」
「そちらこそお元気そうで何よりです」
「機会があったらまた会いましょうね。お仕事、頑張ってね」
「先生、ではお元気で」
絹先生と分かれ、帰路についた乃亜と真理は今日あったことをああでもないこうでもないと雑談しながら、ミストはスマホの画面を覗きながら歩いていた。
「オイ乃亜、依頼人がいるぜ」
2人の会話にミストが割って入って画面を見せる。依頼人からの悲痛な叫び声が刻まれていた。
「お仕事……頑張るか」
そう言って彼らはメッセージに応えるべく近くの公衆電話から書かれていた電話番号をダイヤルするのであった。
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