Scene.27 あえて言えば善意の行為さ

「……」


 土曜日の昼、乃亜のあは黙ってテレビを見ていた。


「いじめを受けた子供たちの中にはPTSDに代表される心の傷を負っている子が多いです。適切な精神的ケアを受けられなかった子供たちが数年後に発症するケースも決して珍しくありません」


 テレビの中に出てきたいじめを受けた子供たちの精神的ケアを専門に行う日本でも数少ない精神科医が真顔で視聴者に訴えかける。

 それを後押しするように海外からのいじめられた子供たちの追跡調査のデータが出てくる。それはいじめを受けた後40年以上も苦しみ続け、ストレスにより健康面で大きな悪影響を受けているというものだった。

 親やクラスメートから壮絶ないじめ、いや虐待・・を受けていた乃亜からすればひたすらに重い番組だ。


 PTSD……「心的外傷後ストレス障害」と訳されるこの病気は、古くは戦場で生きるか死ぬかの恐怖を味わった兵士が精神的なストレスで神経をやられて異常をきたす病気だ。

 子供たちにとって学校や家庭で除け者にされるのは文字通り生きるか死ぬかに関わる。にも関わらずこの手のケアをという声は無視され続けている。まるで「いじめられた奴が悪い」とでも言わんばかりに。


 番組が終わった直後、乃亜はキーボードをたたき始める。と同時に真理に指示を出す。


「真理、銀行から金をおろしてくれないか? とりあえず、100万円ほど」

「何に使うつもり?」

「まぁ悪いようにはしないさ。あえて言えば善意の行為さ」

「ふ~ん」


 何に使うかは真理も察していた。でもあえて聞く。予想通り、彼女が思ってた答えが帰って来た。


「なぁ乃亜、何で俺じゃないわけ?」

「ミスト、お前ATMの操作できねえだろ。用語も分かんないんだろ?」

「あ、ああ。そうだけど……」

「じゃあ駄目だな。真理に任せとけ」


 自分に頼らず真理に頼る彼にちょっと不満を持ちつつも、納得した。



 翌朝



 精神科医は玄関から出てくるといつものように新聞を取りに郵便ポストに向かう。

 寝ぼけた頭のまま手を突っ込むと、妙なものが新聞の下に置いてあった……中に分厚い何かが入っている封筒だ。宛先には精神科医の名前と「星の子より」と書かれていた。彼は封筒の中身を空ける。するとそこには……


「!?」


 100万円の札束が中から出てきた。




 警察車両が到着すると事情聴取と現場検証が行われる。朝早くから警察の登場に何事かと近所の住人達もやってくる。


「部長、封筒の中にこんなものが」


 現金を調べていた警官が、1枚の紙を現場の指揮をとる巡査部長に渡す。


「昨日のテレビで貴方のご活躍を見ました。いじめの後遺症に悩む子供たちを救ってくださっているそうですね。大変素晴らしく思います。貴方こそ日本の誇りです。私には金銭による貴方へのご支援程度しかできません。少ない額ですが、どうぞお受け取りください。 かつていじめられた星の子より」


 そんなメッセージがA4用紙に書かれてあった。


「昨日、何かありましたか?」

「ええ。いじめを受けた子供たちのトラウマをテーマにした取材が放送されたんです。多分それを見て投かんしたのだと思います」

「そうか。とりあえずこの現金は拾得物として警察が預かる。誰が投かんしたか我々が調べる」

「分かりました。よろしくお願いします。ああ、あともし投かんした人が分かったら「お気持ちだけ受け取らせていただきます」と伝えておいてください」

「分かった。そうしておく」



 その事件はその日の夜のニュース番組で早速取り上げられた。


「今朝未明、東京都台東区内に住む精神科医の板橋正昭さんの自宅ポストに現金100万円が投かんされているのを正昭さんが発見したとの事です。現場は閑静な住宅街で不審な人物や車は特に目撃されていないとの事です。

 板橋さんは先日のTVでいじめを受けた子供のケアを訴えた番組の取材に応じており、それを見たのをきっかけに投かんしたと思われます。現金は取得物として警察が預かり、投かんした人物を探しているとの事です」


「すげえ。こういう人もいるんだな」

「星の子▲(さんかっけー)」


 ネットの反応は上々だった。


「真理」

「何?」

「……こうして世の中は良くなっていくんだなって」

「……かもね」


 達成感に満ちた乃亜の顔を見て真理は笑った。

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