Scene.23 死別 ~悪を裁くのはいじめじゃない~
お盆が間近に迫った夏休み中の聖ルクレチア女学院の礼拝室前に2人の少女がいた。
「何の用?
「
「いきなり何てこと言い出すの? 友達にそんなことするわけないでしょ?」
「じゃあ誓って」
「え?」
「私をいじめていないというのなら主の前で誓って!」
恵理は礼拝所を指さす。そこにはあらかじめ呼んでいた宣誓に立ち会う牧師と宣誓に使う聖書があった。
「分かった。良いわよ」
彼女は特に変わった様子も無く、軽い足取りで礼拝所に向かい聖書に手を当て宣誓する。
「これから主の目の前で語ることはすべて真実です。私は
有紫亜は聖書に手を当て、堂々と宣言した。牧師はそれをじっと見つめる。実際には1分にも満たなかったが恵理にとっては永遠とも言える時間が流れた後、
「うん。真実のようですね」
教師でもある牧師はそう口にした。
「なっ!? バカな事言わないで下さい! 有紫亜は嘘をついてるはずです!」
「すまないが、私が見た限りでは彼女が嘘をついてるような動きはしてないぞ」
「嘘よ! 嘘よ! もう一回見て!」
「分かりました。瀬川さん。すみませんがもう一回宣誓をお願いします」
「はい。分かりました。……これから主の目の前で語ることはすべて真実です。私は雅原 恵理をいじめたことなどただの1度もありません」
もう1度宣誓する。牧師はそれをじっと見つめる。しばらくして……
「やはり嘘はなさそうですね」
牧師はさっきと同じようなことを言う。
「……」
恵理は絶望する。なぜだ? なぜ嘘をついてるのにバレないんだ?
恵理は有紫亜と共に礼拝室を後にした。彼女は有紫亜に問い詰める。
「有紫亜、何であなた嘘をつき通せるの!?」
「何言ってるのよ恵理。嘘なんてついてるわけないじゃない。私はあなたをいじめた事なんて1度も無いわ」
「1度も……無い?」
何を言ってるんだコイツは? 自分の裸の写真を撮って脅しをかけてきたじゃないか?
「ええ。だって
「悪を裁くのは……いじめじゃない……?」
何を言ってるんだコイツは? 悪を裁くのはいじめじゃない?
「ええ。お姉様の愛を独占するのは罪であり悪なのよ? 分かってるの?」
「私が……悪いの?」
「もちろんよ。何今さらそんな事言ってるの? 恵理」
意味が分からなかった。お姉ちゃんの愛を独占するのは罪? 悪? どういう事? そもそも独占した覚えもないのに。
戸惑っている恵理に対して有紫亜は自分のスマホを見せる。出会い系サイトのページだった。
『雅原 恵理16歳。 ヤりたい盛りの高校1年生です。毎日夜中になると子宮がうずいて仕方ありません。鎮めてくれるお兄さんを募集しています。
070-XXXX-XXXX』
盗撮された裸の写真と共にそうメッセージが書き込まれえていた。
「何するのよ! 何勝手にそんな書き込みしてるのよ!」
「だって恵理が悪いんだよ? 何も悪いことしてない私に宣誓させようなんてひどいことしたからいけないんだよ?」
「さっき酷い書き込みしたじゃない! あれは悪いことでしょ!?」
「悪いことじゃないわ。あなたが犯した罪に対する罰よ。当然の結果じゃない。じゃあね」
そう言って少女は去って行った。
駄目だ。勝てない。何もかもが絶望過ぎる。私はただ圧倒的な何かに踏みつぶされるしかない。
彼女はそう悟った。
恵理は虚ろな瞳で夢遊病者のような足取りで渋谷のとあるマンションへと向かっていった。スマホである人に電話を掛けながら。
「もしもし、乃亜さん?」
「!? どうした」
明らかに抑揚のない死にかけの人間みたいな恵理の声に驚く。
「短い間でしたが、会えて嬉しかったです。もっと早く会ってれば、もっといろいろ会話が出来たんだと思います」
「おい……おいお前! バカな真似はよせ! 生きろ! 生きるんだ!」
乃亜は直感でこいつは
ああもうすぐだ。もうすぐ苦しみから解放される。そう思うとホッとした。
恵理はマンションの上階から飛び降りた。自由落下して地面へと引き寄せられる感触、その後ゴンッ!と硬い何かと頭が激しくぶつかる音を聞いた。
(そう言えば死ぬことを「苦痛の無い 穴の中へ さようなら」って言ってた人がいたけど、誰だったっけ? あれって、本当だったんだな……)
途切れ行く意識の中、彼女は安堵した。
「そう……分かったわ。ありがとう」
「いいえ。お姉様のためならこれくらいやって当然です」
恵理が万引きした日の翌日から、真理は自分をお姉様と慕う子たち一人一人に直接会って恵理の近辺を調べてほしいと密かに依頼していた。
恵理は万引きするような子じゃない。何か言えないわけがある。姉として誰よりも彼女のそばにいたんだから間違いない。絶対、絶対何かあるはずだ。そう思いながら。
その予想は当たっていた。夏休み期間中だが特別進学科の事で登校していた雅原 真理は事の真相を掴んだ。
妹の恵理は
万引きしたのもおそらく無理矢理やらされたのだろう。
恵理の携帯に電話をかける。だがなぜかつながらない。1度通話を切った直後、彼女のスマホが鳴り出した。画面には彼女の母親の名前が表示されていた。
「もしもし。お母さん、どうしたの?」
「真理……よく聞いて……恵理が……」
「恵理? 恵理!?」
遺体安置所に行くと、そこには
「飛び降りたそうだ」
「……」
遺体をしばらく見つめているうちに怒りと憎悪が湧きあがってきた。
「有紫亜……あいつのせいで!」
弾かれるように安置所を後にしようとする真理を両親は止める。
「真理! 待ちなさい!」
「これもお導きなの。これも主のお導きなの。だから決して憎まないで」
「お父さん……お母さん……」
泣いてすがりつくように真理に訴えかける。彼女はその場で行くのは思いとどまった。
夕食の時間になった。
恵理がいないだけでこんなにもさびしい夕食になるとは思わなかった。彼女の笑顔、わがまま、くだけぶり。そのすべてが愛おしかった。そして、それを奪ったあいつが反吐が出るほど憎くて仕方ない。
「ごめん。あれからずっと考えたけどやっぱ無理だわ。有紫亜の事は許せない」
「真理! そんな事言うんじゃない!」
「頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って許そうと思ったけどどうしても許せねえんだよ! いくら頑張っても絶対
に許せねえ! 無理なんだよ! どう頑張っても!」
爆発した後両親の制止を振り払い、真理は天使の加護を受けた姿へと変わる。そして妹を殺した者に天誅を下すため飛び立っていった。
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