Scene.4 デビュー戦

 誕生日、恋人と初めて出会った日、結婚記念日……誰しも記念日と呼べる日はあるだろう。

 6月26日は天使あまつか 乃亜のあにとって人生を180度変える記念日となった。「一発逆転記念日」と称して祝日にしたいくらいであった。それくらい人生を劇的に変えた1日であった。




 その日、駅周辺をぶらぶらしてアリバイを作った後、≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫で透明になり、駅ビルの屋上から≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫で異形の姿になった乃亜は学校目がけて文字通り飛び立った。


 時刻は12時55分。昼休みが終わって5時限目が始まったばかりだろう。徒歩では30分はかかるところをこれなら5分もあればたどり着ける。しかも信号待ちもなく実に快適だ。やるべきことはただ一つだ。




 学校……乃亜にとってはおぞましいという言葉すら生ぬるい処刑場・・・にたどり着くと透明なまま慣れた足取りで自分の教室へと向かう。

 怪物が教室のドアを勢いよく開け、教室内に入ると同時に床や壁、天井に沿う形で第3の能力である「結界」が張られる。


 今回張ったのは隠匿用。音や電波、人間を含めた動物だけを遮断し、結界越しには見たり聞こえなくしてしまうというものだ。

 周りの景色からハトやカラスといった動物が消えるが誰も気づかない。

 というより誰もいないのに勝手に開いたドアに注目が集まって、外を見る者なんていなかったと言った方が正しいか。


 教室全体が結界で覆われたのを確認すると、≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫を解除し2メートル50センチはあろうかという巨体の怪物が姿を現した。


「な、何だお前は!?」


 ≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫で異形の怪物の姿となっていた乃亜は担任クソヤロウに近づき左胸に右の拳を食らわし胸部を全壊させる。

 更に左手で頭部も全壊させ、2回即死する致命傷を与える。赤い液体が破損個所からドクドクと噴き出した。


 先公ゴミクズが床に倒れると同時に拳大の大きさの淡く光る球状の物体が出てきた。と同時に乃亜の身体から紅い霧が吹きだし、それを包み込む。光はすぐに小さくなり、消えた。


「それが魂か?」

「ああ。回収は俺がやるからお前は気の済むまでじゃんじゃん殺っちゃってね」


 怪物は誰もいないところに一人ぶつぶつとつぶやいていた。


 一方、鮮血を見て生徒たちは悲鳴をあげた。誰もが我先にと廊下へ逃げ出そうとするがなぜかドアに触ることが出来ない。

 まるでドアの前に見えない透明な壁で遮られているかのようだった。怪物は怯え逃げまどう生徒たちに復讐の暴力を向ける。


 化け物が殴るたび、蹴るたびに骨が砕ける音が聞こえ、次第にグチャグチャ、ビチャビチャという肉が潰れる音に変わっていく。

 最初は痛がっていた生徒は次第にうめき声すらあげなくなり物言わぬ肉の塊になっていく。


 ある者は全身の骨を破壊され死に、またあるものは頭蓋骨を全壊されて絶命した。教師同様に胸部と頭部を全壊されて息絶える者もいたし、怪物の馬鹿力で惨い最期を迎える者もいた。


 クラスメートの中にはスマホで緊急事態を伝えようとする者もいたが無情にも「圏外」の表示が出て繋がらない。

 そうしている間にも怪物は1人、また1人と終止符をうっていく。そこに慈悲は無くあるのは人知を超えた暴力だけだった。




「た、助けてください! お金でも身体でも何でもあげますから! お願いします! お願いします!」


 生き残りの少女は右手に財布を持ち、左手でスカートをたくし上げパンツを見せながら命乞いを始めた。

 乃亜は右手で少女の手首を、左手で二の腕をつかんだ。

「金も身体も要らない。俺が望むのはただ一つだ……絶望しろ」


 そう言って腕を全壊させた。


「だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!

 お゛どう゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!

 お゛があ゛ざあ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!

 だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!」


 少女は激痛で絶叫しつつのた打ち回る。次第に声も動きも小さくなり、やがて大量の血を失ったことで失血死した。その間にも乃亜は腐れ糞野郎共クラスメートを破壊する作業を続けた。




「動くな!」


 残りの数が4分の1程度になったところでドスを利かせた男子生徒が声を張り上げる。

 それを聞いた怪物は身体を向けると目の前にはカッターナイフを握った男子高校生。スクールカーストの頂点に君臨する神の腰巾着がいた。目は血走り殺意を込めた視線を怪物にぶつけている。


「うああああああああああああ!」


 なけなしの勇気を振り絞り、恐怖をごまかす雄たけびをあげながらカッターナイフを構えたまま突進する。

 が、化け物はカッターの刃を小枝のように握りつぶしてしまった。

 唯一の武器を奪われた勇者は絶望し、腰が抜け、その場で失禁する。


「この手が悪いのか?」


 そんな彼のカッターを握っていた両手を怪物はその上から握り潰す。腰巾着の指はクシャクシャに・・・・・・・曲がった。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「謝れば済むと思っているのか?」


 顔面は文字通り原型を留めなくなるほどの力で何度も蹴りつぶされ、比較的端整だった顔が骨と肉と脳みそがシェイクされたかのようにミックスされた物体となった。




 乃亜は生き残っている生徒に語りかける。


「いじめは犯罪なんだよ。靴を隠せば窃盗罪だし傷つけたら器物損壊罪、暴言を吐いたら名誉棄損罪か侮辱罪、暴力を振るえば暴行罪あるいは傷害罪、金を脅し取れば恐喝罪、全部立派な犯罪行為だ。でもいじめなら何となく許される雰囲気がある。だから俺自ら貴様らを裁く事にした」

「!! わ、分かった! お前、乃亜だな!?」


 怪物のセリフを聞いてその正体を悟った、この前わざと牛乳をこぼして雑巾で拭かせた奴が突然言い出した。


「だったら何だ?」

「悪かった。悪かったよ乃亜!」

「そうかそうか。自分が悪いって認めてくれるのか」

「ああ。俺が悪かったよ。許してくれ! この通りだ!」

「じゃあ彼女を殺せ。そうすれば許してやってもいい」


 既に血の海になっていた床にぬれることを気にせず土下座して詫びを入れる。怪物はそんな青年の隣にいた少女を指さす。

 指名したのはこの前自分の背中に牛乳をかけた、青年のコレクションの中でも特にお気に入りの女。スクールカースト最上位の神は獲物に狙いを定めた肉食獣のような目で彼女を見る。


こう、嘘よね? 嘘でしょ?」


 少女は恋人の目を見て全身が凍りついた。


「お前、ずっと前から俺のためなら何だってするって言ったよな? 言ったよな!? ええ!?」

「嫌! 嫌よ! 止めてよそんな事!」

「うおおおおおお!」

「胱! やめて! やめ……て……やめ……」


 彼は自分の恋人を突き倒し、のしかかり、きつく首を絞める。

 最初は激しく暴れていた少女はだんだん弱っていき、ピクリとも動かなくなった。人間としての一線を越えてしまったが罪悪感とか後ろめたさなどはこれっぽちもなかった。

 化け物は無言で右手を差し出す。青年は握手をしたいのだと思って手を握る。


「やった……やったぞ。やったぞ乃亜! 助けてくれるよな? 俺の事だけは助けてくれるよな!?」

「よくやった……でも殺す」

「え?」


 てっきり自分は許されたのだと思った瞬間、化け物は青年の右手の指全てを人体構造上絶対に曲がるはずのない方向に曲げた。ひときわ大きな胱の叫び声が教室中に響いた。


「乃亜! お前助けるって言ったよな!? 何で!? 何でだよ!?」

「お前馬鹿か? そもそも何でお前ごときの約束なんかを守らなきゃいけないんだ?

 約束を守ってやったところで俺には何のメリットも無いだろ? そんな約束守る必要なんて無いね。

 というかお前ら全員殺すことはもう決定事項なんだ。諦めろ」


現実はあまりにも残酷で非情だった。

青年は涙をぼろぼろと流しながら必死で命乞いをしだす。


「お願いします……何でもします……何でもしますから助けてください……お願いします」

「嫌だね。想像しただけで吐き気がする」


 吐き捨てるように言った後サッカーボールをゴール目がけてシュートするかのように思いっきり蹴り飛ばす。机やイスを巻き込みながら壁まで吹っ飛ばされ、叩きつけられた。

 怪物は動けない青年を何度も何度も蹴り飛ばし、全身の骨を粉々に砕いていく。血ベトを吐き手足が関節の無い個所でグニャグニャに曲がっても蹴飛ばし続けるのを止めない。ボロ雑巾のようにズタボロになって息絶えた。




 更に破壊作業を続けて残っているのは後3人。その中の1人はカッターナイフを持っていた。怪物に決闘を挑むのかと思いきやカッターナイフで自ら首の動脈をかき切った。


「オ、オイ! アキラ! 何やってんだ!」

「もう駄目だ。俺たちは乃亜に殺される。だったら苦しまないで死にたいんだ」


 そう言い残してアキラは眠る様に息を引き取った。


「お前たちで最後だな」

「だって、だってしょうがないじゃないか! 俺だって生きるのに必死だったんだよ!」

「そうだ! 俺だって底辺になるのが怖かったんだよ! 仕方なかったんだ!」

「もういい」


 生き残りは必死で弁明するが、聞き入れてもらえなかった。片方はあばら骨と内臓を全壊させられ、もう片方は左胸を全壊させられた。

 30分におよぶ破砕作業の末教室に静寂が訪れ、北区立赤羽高校2年1組の生徒(ついでに言えば教師も)は乃亜を残して地球上から絶滅した。


「初仕事ご苦労さん……うぷっ。ど、どうだった?」

「ああ。スッキリした。最高だ」

「う~……さすがに32人も一気に食うともたれるぜぇ」

「ったく……胃もたれじゃねえんだからよぉ……言っとくけど夜にも食事があるんだぞ」


 念のため全員のスマホを粉々になるまで握り潰すか踏み潰した上で血に浸して壊し、証拠を隠滅する。

 ついでに財布から金を抜き取り懐にしまう。1人1人の額は少ないがそれでも31人分となると結構な額になった。


 学校でやるべきことをすべてやった乃亜は≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫で姿を消し、再びアリバイ作りのために自宅を挟んで学校とは反対側にある駅に向かって飛び立った。

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