In the Distant Past 32

 衝撃波がまるで津波の様に吸血鬼を飲み込んで、周りの調製槽の残骸ごと彼の体を吹き飛ばす。轟音に掻き消されて、悲鳴は聞こえなかった――それにアルカードとしても、戦果を確認するいとまは無い。あの吸血鬼が死んでいようがいまいが関わりなく、まだ敵はほかにもいるのだ。

「このぉっ!」 まだ若い――見た目の話だが――女の吸血鬼が、二本の長剣を両手に持って襲いかかってくる。

 アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustの剣を水平に翳し、両手同時に振り降ろされた長剣を受け止めた。

 ふっ――呼気を吐き出すと同時に塵灰滅の剣Asher Dustを水平に薙ぎ払い、女の体を弾き飛ばす。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら床を蹴り、アルカードは追撃を仕掛けた。三合叩きつけて女の体勢を崩し、反撃に繰り出してきた刺突を掬い上げる様にして上方に払いのけて内懐へと飛び込む――強烈なショルダータックルでよろめいた女に向けてさらに追撃で繰り出した横薙ぎの一撃を、女が手にした剣を叩きつける様にして受け止めた。受け止めはしたものの斬撃の威力そのものは到底殺しきれずに、女の体が派手に吹き飛んで背後にあった調製槽に背中から激突する。

Wooaaa――raaaaaaaaaaaオォォアァァァァァ――ラァァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに女に向かって殺到し――アルカードはそのまま返す刀で再び横薙ぎの一撃を繰り出した。

 調製槽ごと女の体をぶつ切りにしようとして繰り出した一撃は女が体を横に投げ出す様にして身を躱したために調製槽を半ばまで寸断するにとどまり、女は床を転がる様にして距離を取ってから体勢を立て直した。

「おいちょっと待て、全然弱ってないじゃねえか!」

 誰に向けたものか、噛まれ者ダンパイアのひとりがそんな抗議の声をあげる――先ほど世界斬・断World End-Slashの真似事をやった個体だ。世界斬・散World End-Diffuseで擂り潰されたかと思ったが、どうやら無傷らしい。

 それはともかくなに言ってんだ、おまえ? 眉をひそめたとき、若い男の吸血鬼は周りを見回した。

「誰だよ、こいつ今弱ってるから楽勝だって言ってた奴!」

「俺じゃない。八つ当たりするな」 これは先ほど腕を捩じ上げて、肩をはずしてやった壮年の男である。後頭部から床に叩きつけてやったにもかかわらず、すでに立ち上がっており肩の具合も問題無いらしい。しぶといなおい。

 そんなこと言ってた馬鹿がいたのかよ――鼻を鳴らして、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを肩に担ぎ直した。

「馬鹿か、おまえは――ここのキメラをひとりで五体撃破してる時点で、弱体化しててもおまえらよりは強いってわかりそうなもんだが」 冷めた口調で、アルカードはそうコメントした――吸血鬼の身体能力の向上の度合いは与えられた魔素の量と、素体ベースになった吸血被害者の資質によって決まる。

 アルカードの場合は人間だったころの百二十倍程度で、人間だったときに身体能力の高い個体ほど、高い比率で身体能力が増幅される傾向にある。

 つまり生身の状態でも下位の吸血鬼に通用する戦闘能力を持っており、弱体化しているとはいえロイヤルクラシックのアルカードと、そこらの人間が変化した野良吸血鬼では、運動能力に天と地ほどの開きがあるのだ――大雑把に推し量ってみた限り、彼らの身体能力増幅度はだいたい常人の二十倍程度だ。そしてそれは、アルカードの二十倍と同じではない――元の数字が十の場合と五の場合では同じ二十を掛けてもその積には大きな開きが出る様に、増幅率が同じ二十倍でも元の資質が異なる以上、実際の運動能力には大きな開きが出る。

 素体ベースになった生身の人間の肉体のもともとの運動能力や反射速度、膂力に差がある以上、増幅率が同じであっても結果はまるで違ってくるのだ。

 あのキメラたちは膂力だけならアルカードよりも上だったし、生体熱線砲バイオブラスターや高周波数で振動する武器を備えた個体ばかりだったので、ここにいる噛まれ者ダンパイアたちが単独で撃破するのは相当難しいだろう。

「だいたいこないだグリゴラシュとやりあって襤褸雑巾みたいになった直後ならともかく、多少なりとも復調した今の状態で貴様らごときに勝ち目があると思ってたのか?」

 皮肉げに唇をゆがめてそう続け、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直した。

「俺を仕留めたけりゃ、グリゴラシュと一緒に出てくるべきだったな――たぶんあいつのほうがダメージは深いから、まだ動けないだろうがな」

 そう告げてから、一歩前に踏み出す。

「そろそろ飽きてきたな――いい加減俺も疲れたし、そろそろ終わりにしようか」

 それを聞いて、周囲を囲んでいる吸血鬼たちが一斉に笑い声をあげた。

「馬鹿か、おまえ――確かに予想よりは弱ってなかったが、それでもこの人数を相手に勝てるとおも」 思ってるのか、とでも言おうとしたのだろうか。正面にいた若い男の噛まれ者ダンパイアが、頭蓋をひと薙ぎで斬り取られて沈黙する――瞬時に間合いを侵略して抜く手も見せずに一撃で斬り斃す、それまでとはまるで違う速さに戦慄を隠せぬまま、噛まれ者ダンパイアたちはあわてて距離を取った。

 それを見遣って――アルカードは鼻を鳴らした。ぬるい。

「本物の阿呆か、貴様ら――技術を衰えさせないためにわざわざ戦闘能力を落として実戦で訓練をしてる相手と、ただ弱ってるだけの相手の区別もつかんのか」

 鼻から上がそっくりなくなって足元で断末魔の痙攣を繰り返している噛まれ者ダンパイアの屍を見下ろして、アルカードは左手で顔を覆ってかぶりを振った。

 ゆっくりと生命活動を終えつつある噛まれ者ダンパイアの屍の肩を脚甲の爪先で蹴飛ばし、塵灰滅の剣Asher Dustを軽く振って刃についた血を振り払う。

 そうでなければ、先日の戦闘でジャンノレ以外の四匹がろくに攻撃も出来ないまま瞬殺されたりするものかよ――唇をゆがめて笑い、アルカードは先ほど弾き飛ばした女に向かって床を蹴った。

 あっという間に間合いを詰め、振りかぶった塵灰滅の剣Asher Dustを振り下ろす――刃を交差させる様にして二振りの剣を翳し、その攻撃を受け止めようとした女の肩を刀身ごと叩き割る。大量の血と内臓を撒き散らしながら消滅してゆく女の断末魔を見届けるいとまも惜しんで、アルカードは滑る様な動きでレベル4実験室ラボを奔り、続けて別の吸血鬼へと殺到した。

「――」 口を開こうとした吸血鬼は、なにを言おうとしたのだろうか。

 仲間への警告か、後悔の言葉か、助命の嘆願か、それとも――

 どうでもいい。口にしかけた言葉を声に出すよりも早く、若い男の吸血鬼が首を刎ね飛ばされて崩れ落ちる――これで三人目だ。

 続いて目標に定めたひとり――口髭を蓄えた五十代くらいの男の噛まれ者ダンパイアがアルカードの肉薄に反応すら出来ないまま股下から頭頂までまっぷたつに引き裂かれ、左右に分かれて倒れ込むより早く塵と化して消滅する。

「こぉのォッ!」 罵声をあげて、背後から先ほど肩をはずしてやった噛まれ者ダンパイアが攻撃を仕掛けてくる――同時に正面からもひとり、五百円玉の礫で右目を潰してやった女。

 アルカードは小さく笑って、背後に向かって後ろ向きに床を蹴った――背後から接近してきていた壮年の噛まれ者ダンパイアが、予想外の挙動に一瞬踏鞴を踏む。

 だが次の瞬間には体勢を立て直し、あらためてこちらの背中に向かって剣を振り下ろしている――そしてそのときには、アルカードは彼の間合いを侵略していた。

 攻撃動作の発生よりも早くアルカードが彼の間合いに飛び込んだために、片手で降り下ろされた斬撃はアルカードの肩越しに彼の前方の空間を引き裂く様な格好になる――空いた左手で壮年の噛まれ者ダンパイアの剣を保持した右腕を肩越しに捕まえ、同時に――

 反応する間も無く撃ち込まれたクダキで全身の骨格をばらばらに粉砕され、壮年の噛まれ者ダンパイアが含漱音の混じった悲鳴をあげる――それを無視して、アルカードは肩越しに左手で捕まえた壮年の噛まれ者ダンパイアの右腕を右肩に担ぎ、右肘で敵の鳩尾を突き上げる様にして左手一本で背負い投げた。

 肩越しに放り投げた壮年の噛まれ者ダンパイアの体が、正面から突っ込んできた女の噛まれ者ダンパイアの視線を遮る――次の瞬間、アルカードは肩口からの体当たりで壮年の噛まれ者ダンパイアの体を弾き飛ばした。

 投げられた壮年の噛まれ者ダンパイアの体を、突っ込んできた片目の女が躱しきれずに抱き止める――次の瞬間、アルカードが振るった横薙ぎの一撃が二体の噛まれ者ダンパイアの胴体をまとめて上下に分断した。

 胴体を上下に両断された二体の噛まれ者ダンパイアの屍が臓物をリボンの様に振り乱して回転しながら吹き飛ばされ、床の上に落下するよりも早く衣服だけを残して塵と化して消滅し――斬撃の軌道に巻き込まれて切断された腕や手首、叩き折られた長剣の刃がばらばらと周囲に落下して、噛まれ者ダンパイアどもの肉片が胴体と同じく床に触れるよりも早く塵と化して崩れ散る。

 シィィィィィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードは床を蹴った。

 標的にされた若い娘の吸血鬼が表情を引き攣らせながら、刃に亀裂の入った長剣を構え直し――そして構え直すより早く一撃で長剣の刃を半ばから叩き折られ、続いて胸元を塵灰滅の剣Asher Dustの鋒で貫かれて全身を弛緩させる。

「貴様ぁ!」 声をあげて――横手から斬りつけてきた中年の男の噛まれ者ダンパイアに向かって、アルカードは後退しながら塵灰滅の剣Asher Dustの鋒を突き出した――振り下ろした長剣の刃が串刺しにしたままの若い娘の体に背中から喰い込み、まだ息のあった女が含漱音の混じった凄絶な絶叫をあげる。

Woooaaaraaaaaaaaaaaaオォォォアァラァァァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに、そのまま踏み込み――アルカードは斬りつけてきた中年の噛まれ者ダンパイアのどてっ腹に塵灰滅の剣Asher Dustを突き立てた。

 串に刺した団子の様にふたりの噛まれ者ダンパイアを串刺しにしたまま、塵灰滅の剣Asher Dustを振り回す――遠心力ですっぽ抜けた二体の噛まれ者ダンパイアの体が突っ込んできた別の吸血鬼の体に激突し、同時に霊体構造を完全に喰い潰されて塵と化して消滅した。

 激突の衝撃で体勢を崩され、さらに二体の仲間の消滅の瞬間に撒き散らされた塵によって視界を潰された噛まれ者ダンパイアが、毒づきながら体勢を立て直して顔を上げる――次の瞬間には真直に振り下ろされた塵灰滅の剣Asher Dustの物撃ちに左肩を叩き割られ、肺と心臓を破壊された吸血鬼はその場に崩れ落ち――そしてそれよりも早く衣服だけを残して塵に変わった。

 これで九人。残りは六人。

「お、おい、おまえ行けよ」

「冗談言うな、あんなバケモノ相手にしてたら命が幾つあっても――」

 明らかに腰が引けている残る六人の噛まれ者ダンパイアに向かって、アルカードは床を蹴った。

 醜い押しつけ合いをしなくても、全員まとめて仲良くあの世逝きだ――

「く、くっそォォ!」 自暴自棄気味の声をあげて、ふたりの噛まれ者ダンパイアが前に出る――次の瞬間にはふたりの吸血鬼たちのひとりは頭蓋を削り取られ、もうひとりは首を刎ね飛ばされて、ふたり仲良く床に倒れ込むよりも早く塵に変わった。

 シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、続いて襲いかかってきた吸血鬼の体を頭頂から股下まで一撃で唐竹割にする。

「お、おい、馬鹿! さっさと行けよ!」 残る三人のうちのひとりが、残るふたりにそう声をかけている――ひとりだけ距離を取っているのは、仲間を見棄てて逃げ出すつもりなのだろうか。

「ひ――」 突き飛ばされた若い女の吸血鬼がアルカードが片手で振るった寄せ斬りで首を刎ね飛ばされ、返す刀でもう一体の中年の男が左肩を叩き割られて、水音の混じった絶叫とともに床の上に崩れ落ちて塵と化す。

 そのときには最後に残った一体は逃げの体勢に入っており――投げ放った数本の肺潰しラングバスターが吸血鬼の身につけた甲冑の膝関節の遊びから膝裏に突き刺さり、噛まれ者ダンパイアが情けない悲鳴をあげて転倒した。

Wooaaa――raaaaaaaaaaaオォォォァァァァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮をあげて、床を蹴る――アルカードはそのまま塵灰滅の剣Asher Dustを振り翳し、シャカシャカとゴキブリの様に床を這いずって逃げようとしている最後の一体に向かって殺到した。

「だぁじげでぇぇぇぇ!」

 肩越しにこちらを振り返りながらも情けない助命嘆願の声をあげる噛まれ者ダンパイアの背中に向かって、振り下ろした塵灰滅の剣Asher Dustの物撃ちがうなりをあげて襲いかかった。

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