In the Distant Past 30

 05が背後から高周波振動する鈎爪を突き込んできたところで、アルカードは靄霧態に変化して05の背後に廻り込んだ――組み合っていた相手がいきなり消滅し、それまで全力で押し込みにかかっていた03が体勢を立て直せずに踏鞴を踏む。

 そして目標を見失った05が動きを止めるよりも早く、その背後で再び人間態に戻ったアルカードは05に背後から殺到した――そのままいったん密着の間合いまで踏み込んで、前のめりにつんのめった05の背中を突き飛ばす。

 目標を失って止まろうとしていた05が、背後から押し出される様にして突き飛ばされ体勢を崩し――05が今まさにアルカードの背中に突き立てんとして突き込んでいた鈎爪はそれまでアルカードが立っていた空間を貫いて、彼と組み合っていた03の胸のあたりに突き刺さった。

 アルカードと組み合って全力で押し込んでいたためにいきなり目標を失ってこちらも前のめりに体勢を崩していた03は、突き込まれてきた鈎爪を躱すことも止めることも出来なかった。分子結合を解くことによっていかなる物体をも貫通する鈎爪が、手加減無しのロイヤルクラシックの斬撃にも耐える03の装甲外殻を易々と貫く。

 03の口から悲鳴らしき凄絶な絶叫があがり、予想外の状況ブルー・オン・ブルーに05が動きを止めた。

 05の高周波クローの尖端が突き刺さったままになった03の傷口の周囲に振動が伝播して、傷口周囲の外殻に細かな亀裂が走り始める。

 04の高周波スピアがコンピューターの筐体を粉砕したのと同じだ―ー送り込まれた高周波によって傷口周囲の外殻が異常振動を起こし、硬い外殻を破壊し始めたのだ。あと数秒で、03の胸部の外殻は筋肉や内臓ともども自壊し消滅することになるだろう。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードはその場で転身した。05に続いて背後から殺到してきていた01の間合いに踏み込み、突き出されてきた鈎爪を腕で押しのける様にして内懐に飛び込む。密着の間合いで再び転身しながら突き込んできた右の鈎爪を右腕で捕まえたのは、横から見ていれば一種の背負い投げの様に見えたかもしれない。

 01には、こちらの意図が理解出来なかっただろう――01の右腕を肩に担ぐ様にして捕まえ、左手でキメラの左大腿部を覆う獣毛を鷲掴みにして、相手の胴体に背中を密着させる。

 次の瞬間、01の体が轟音とともに一瞬膨れ上がった。

 草薙神流の柔術における奥義のひとつ、クダキだ――それも最大の破壊力を発揮する、捕砕トリクダキと呼ばれる技法だ。一本背負いの流れから内懐に飛び込み、背負い投げの流れを見せ技に腕を捕まえてそこから技に入る。

 正しいクダキは背中から体を密着させ、左右どちらかの腕を捕まえた状態で行う――そうすることで対象の体が吹き飛ぶことで浪費される力すべてが、敵の肉体の破壊に費やされる様にするのだ。

 ただし敵を吹き飛ばすことで仕留めきれなかった敵の体を弾き飛ばして近接距離からの反撃を防止することも出来るため、相手の体を捕まえない、正確には攻撃動作の終わる瞬間に敵の体に対する拘束を解くのだが、そうすることで相手の体を吹き飛ばすクダキも技術として命名されている。前者を捕砕トリクダキ、後者を離砕ハナシクダキと呼ぶのだが。

 脚力と体重が重要になる半面、体格差で劣るほうが破壊力を発揮しやすい技でもある――体高二メートル超の01なら、仕掛ける相手としては上等だ。

 メキメキと音を立てて胴体の骨格が片端から砕け、おそらくは内臓にも甚大なダメージが及んでいるのだろう、動脈血と静脈血が入り混じったまだら色の血を口蓋から吐き散らかしながら、01が地響きを立てて床の上に倒れ込んだ――さすがに今度のダメージはちょっとやそっとで完全修復出来るものではないのだろう、床の上で痙攣を繰り返している。

 まあ当然だ――今の捕砕トリクダキは手加減しなかったのだ。ただで済んだら沽券にかかわる。

 とりあえず01にはそれ以上一瞥も投げず、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを再構築しながら前に出た。03の装甲外殻を易々と貫いた高周波クローを引き抜いた05が、あらためてこちらに攻撃を加えようと振り返っている。

 だが――遅い!

 05がこちらに向き直るよりも早く、アルカードは先ほどと同じ様に05の膝裏を背後から刈り払った――まるでフルプレート・アーマーの様に関節部の防御までも固められた03の装甲外殻と違って05のキチン質の外殻は関節の内側に遊びがあるので、剥き出しになった肉を狙うのは容易い。

 外殻の遊びの部分から先ほどと同様膝裏を薙がれた05が、子供がへたり込む様な動きでその場に崩れ落ちる――どうせ先ほど膝裏を薙いでやったときと同様、放っておけばすぐに修復されて動き出すだろうが、もうどうでもいい。今度はすぐに終わらせる。膝を萎えさせたのは膝を突かせることで、一メートル近い頭頂高の差を縮めるためだ。膝を突かせないと、アルカードの体格で05の右肩の傷口には手が出せない。

 05の右側面に廻り込んで、背中から延びたキチン質の外殻の突起物を掴んで体を固定する。アルカードは続いて右腕を根本から吹き飛ばされたために筋肉や骨格の組織が剥き出しになった傷口から鋒を捩じ込む様にして、水平に寝かせた塵灰滅の剣Asher Dustの刃を両肩に対して真っ直ぐに突き立てた。

 ギャァァァァ――!

 胸郭内部を右肩から左肩へと水平に貫かれ、05の口から凄絶な悲鳴がほとばしる。臓器の配置が人間と同じであれば、心臓の上部と大動脈弓をかすめて左右の肺をまとめてぶち抜く様な攻撃だ。よほどの僥倖が重ならない限り、生存のすべはあるまい。

Aaaa――lalalalalalieアァァァァァ――ララララララララァィッ!」

 咆哮とともに――アルカードは05を田楽刺しにしたままの塵灰滅の剣Asher Dustを振り回した。05の巨体が遠心力で刀身からすっぽ抜けるよりも早くその場で一回転して、05の向かいで床に膝を突いていた03の体に横殴りに叩きつける。

 体内を斬り進んだ塵灰滅の剣Asher Dustの刃によって05の背中側の装甲が粉砕され、大量の血とキチン質の装甲の破片が音を立てて床に飛び散り――重量級のキメラの激突によって立ち上がりかけていた03が再び体勢を崩し、その場に膝を突いた。

 ――った!

 その確信とともに――高周波クローの一撃によって強固な胸部装甲に穿たれた亀裂に狙いを定めて、塵灰滅の剣Asher Dustの鋒を突き立てる。

 その一撃で胸郭を貫かれて――口蓋から血を吐き出しながら、03が落雷に撃たれた様に体を硬直させた。

 途中で鈎爪の振動を止めたのかそれともすぐさま引き抜いたのか、03の外殻は傷口周囲に細かな亀裂が走っているものの外殻やその下の筋肉組織、内臓が破壊されるほどではない――だがそれで十分だ。

 刃を縦にして突き立てた塵灰滅の剣Asher Dustの峰に手を添えて、そのまま胴体を縦に引き裂く様にして刃を斬り廻す。

Aaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァ――ラァァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに外殻を割り開かれ、その下の筋肉組織を斬り裂かれて、03が大きく開いた口蓋からまだら色の血を吐き散らす。あげようとした絶叫はごぼごぼという含漱音に掻き消されて、叫び声にはならなかった。

 手加減無しのロイヤルクラシックの斬撃に耐えるほどの強度を誇った装甲外殻も、いったん引き裂かれた裂け目から斬り進められるとあまりにも弱い――アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを斬り進め、半ばまで割った竹の様に03の下半身を胸元から股間まで完全に引き裂いた。

 心臓を含む重要臓器がいくつか破壊されたのか急激に血圧が下がり、03の巨躯が地響きとともに床の上に崩れ落ちる。

 アルカードは動きを止めずに、右足を軸に転身して背後を振り返った――同時に左手で自動拳銃を抜き放ち、据銃してトリガーを引く。

 乾いた銃声とともにブラウニング・ハイパワー九ミリ口径が二度火を噴き、背後で起き上がろうとしていた01が撃ち込まれた概略照準連射ダブルタップで眉間を粉砕されて再び床の上に崩れ落ちた。

 体内で生成された分解酵素の働きによって、床の上に仰向けに倒れ込んだ01の屍が煙をあげながら消滅してゆく――足元の01から視線をはずして背後の03と05、02、04に順繰りに視線を向けると、いずれの死体も分解酵素の働きで崩れ始めていた。

「さて――」 声に出して、アルカードは周囲を見回した。

「まずは装備品ロードアウトを回収しないと――」 そうつぶやいたとき、閉鎖されていた隔壁が轟音とともに内側に吹き飛んだ――ここに突入して研究員たちを制圧した直後、手動で閉鎖して主電源をオフにしていたものだ。

「――いたぞ!」

「動くな!」 次々に声をあげて、全部で十五人の男女が飛び込んでくる。

 いずれも銃火器では武装していない――代わりに長剣を持っている。

 今更ながらグリゴラシュが訓練した吸血鬼、『兵士』たちだ――先ほどまでの大立ち回りでようやく異常事態に気づいたのだろうか。あるいはアルカードがキメラと戦っているのに気づいて、疲弊するのを待って傍観していたのかもしれない。いずれにせよ――

「ほんとに今更だな、おい」 嘲弄の言葉を口にするアルカードの周囲を、吸血鬼たちが取り囲む。

「まぁいいけどな、別に――」

 右手には塵灰滅の剣Asher Dust。周囲には敵が十五人。

 整理運動クールダウンにはちょうどいい――

「さて、と――」

 ゆっくりと口元をゆがめて笑い、アルカードは自分を包囲した噛まれ者ダンパイアたちを睥睨した。

「――今夜最後の宴だ。始めようか」

 

   *

 

「うぅ~」 隣でテーブルに突っ伏して顔だけこちらに向け、ちょっと呂律がましになってきたフィオレンティーナが恨みがましげな視線を向けてくる。

「ずるい、アルカードずるいです」

「……今度はなによ?」 唐揚げにした鶏肉をかじりつつそう返事をすると、

「どうしてアルカードは酔わないんですか?」

「あいにくメタノールを一気飲みしても死なない体でな」 投げ遣りにそう返事をして、アルカードは周囲を見回した。

 大人たちはだいたい酒が回っているし、子供たちもそろそろ腹が膨れて食事にも飽いている頃合いらしい――そろそろ潮時だろう、もうすぐ食べ放題の制限時間もやってくることだし。

 手元の唐揚げの皿に載った付け合わせのパセリを箸でつまみ上げて口に放り込みつつ、アルカードは嘆息した。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、今からフルマラソンでもこなせそうです」 蘭の質問にテーブルに突っ伏したまま力瘤を作って返事をするフィオレンティーナに、再び嘆息する。吐くからやめとけ。

 アルカードが日本酒の瓶から中に残った透明の液体をすべて酒盃に注いだとき、襖が開いて柊が顔を出した。

 明るい茶色に染めた髪が、部屋の中を覗き込んだ頭の動きに合わせてふわりと揺れる。

「ごめん、神城さん――もうそろそろ時間なんだけど」

「あー、わかった。じゃあそろそろお開きにしようかね」 忠信が周りを見回してそう声をかけ、すでに潰れている恭輔を陽輔とふたりがかりで担ぎ起こす。

 よろしくー、と言葉を残して引っ込みかけた柊を呼び止めて、アルカードは声をかけた。

「柊ちゃん、タクシーを一台手配してくれないかな」

「わかった。一台でいいの?」 一台では到底乗れない人数だからだろう、柊がそう聞き返してくる――まあ彼女は神城家の住所もアルカードの住所も知っているので、徒歩でも十分帰れる距離なのも知っている。そもそもタクシーを必要とすることを不思議がっているのが声に滲んでいた。

「ああ、一台でいい。脚を怪我した子がひとりいるんだよ」 そう答えると、柊は納得したのかうなずいて、足早に階段を下りていった。

 女性陣は成人しているのがデルチャと香澄しかいないので、残りの面子は全員飲酒はしていない――おっと、約一名酔い潰れてるのがいたか。

 デルチャも香澄も行動不能になるほどの深酒はしていないので、しゃべりつつも動きは軽快だ。彼女たちはみんな入口に近いところにいたので、それぞれ靴を履いて廊下に出ていっている――気配の動きだけでそれを確認しながら、アルカードは壁の衣装掛けに用意されたハンガーからジャケットを手に取った。フィオレンティーナのものらしい青いパーカーがかかっているのに気づいて、ハンガーごと衣装掛けからはずす。

「お嬢さん、そろそろ――っておい」 その場で横になって寝息を立てているフィオレンティーナに、アルカードはかくんと肩を落とした。

「おーい、パ――」 手助けを呼ぼうとして、今パオラはリディアの介助に不可欠なのだと気づいてやめる。

 憤怒の火星Mars of Wrathのセンサー機能で検索すると、香澄とデルチャはすでに一階に降りているのがわかった――というか帰り道が違うので、頼りには出来まい。

「はい? なにか呼びました?」 こちらはリディアを手伝っていたためまだ二階にとどまっていたのだろう、パオラが襖の向こうから顔を出す。彼女は掘り下げられた席に足を入れたままその場で横倒しになっているフィオレンティーナに気づいて、

「寝ちゃいました?」

「ああ」 そう返事をすると、自分がどうして呼ばれたかも悟ったのだろう、

「ごめんなさい、リディアの脚のことがありますから――」

「ああ、わかってる」 アルカードはそう返事をして、とりあえず自分の荷物を減らすためにレザージャケットの袖に腕を通した。

 テーブルが固定で椅子が無いので、少女の体をずらせない。テーブルの下に手を入れて、アルカードはフィオレンティーナの両脚をテーブルの下から引っ張り出した。青いTシャツにデニムのショートパンツという格好なので、肌理細やかな肌を剥き出しにした脚を直接掴む格好になる――自分もかがまなければならないので、ちょうどフィオレンティーナの胸のすぐそばに顔がくる――傍目で見たら横になったフィオレンティーナの体にアルカードが覆いかぶさって、胸のあたりに顔を近づけている様な絵面になる。

 今目を醒ましたら全力で殺しにきそうだな、そんなことを考えて苦笑しつつ、アルカードは少女の頭側に廻り込んで両脇に手を入れてフィオレンティーナの体を起こし、多少スペースの広いテーブルとテーブルの切れ目へと彼女の体を引っ張っていった。

 テーブルの向こうとこっちの行き来をしやすくするために、テーブルは長いテーブルがつながっているわけではなく五人ぶんほどの長さになったものがふたつ並んでおり、テーブルごとに床が掘り下げられている――テーブル一卓ごとに掘り下げられているので、テーブル同士の間は普通の板張りの床になっており、その間を通って向こう側との行き来が出来るのだ。

 一番奥のスペースは利用者の人数が収容人数を超えたときに普通に床の上に置くテーブルを出したり、場合によっては余興などを披露したりするときに使うのだが。

 まあそれはともかく、テーブル同士の間まで引っ張ってしまえば、体の位置関係に余裕が出来るのでもう少しましな持ち上げ方も出来る。

 とりあえずフィオレンティーナの体にパーカーをかけてやってから脇に手を入れて上体を抱き起こし、膝に手を入れて横抱きにする。今目を醒まさないことを願いつつ、アルカードは襖の前の靴を履くための段差のところまで彼女を運んでいった。

 こちらの状況を知っているからだろう、状況を確認するために襖の前で待っていたらしいパオラとリディアが、その様子を目にしてちょっと笑う。アルカードは肩をすくめてフィオレンティーナの体を一度段差の上に降ろすと、とりあえず自分の靴を履きにかかった。

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