Ogre Battle 47

「なるほど」 現在の忠信の自宅がどんななのか知っているのか、アルカードがうなずいた。

「今までは車をお持ちじゃなかったんですか」

 パオラの問いに忠信がこちらに視線を向け、

「そういうわけじゃないんだがね。ただ、こっちに一台置きっぱなしにしてた車があってね。今まで一台ぶんしかスペースが無かったから、が出来なかったんだよ」

「でも、あそこ葉っぱとかが車内に入って大変では?」 と、これはアルカードである。

「忠信さんの車、窓も無いでしょう」 エンジンフードも穴が開いてるし――と続けるアルカードに忠信が首をすくめて、

「ガレージだから、大丈夫――通勤用に使わなければ問題無いよ」

「おお、野郎どもの夢の部屋その一ですね」

「その一?」 というパオラの言葉に、忠信が適当に肩をすくめる。

「その二もあるんですか?」 アルカードに尋ねると、

「その一がシャッターつきのガレージで、その二はシアタールーム」

「その三は?」

「書斎」 アルカードがそう返事をして、缶ビールに口をつけた。フィオレンティーナが何事か言いたげに、アルカードのほうに視線を向けている――たぶん彼女の実家には全部あったのだろう。

「あ、こっちは孝輔兄の結婚式の写真だな」

「懐かしいわねー。蘭ちゃんと凛ちゃんちっちゃいなー」 デジタルフォトフレームを覗き込んで、陽輔と香澄、リディアたちが盛り上がっている――パオラが視線を向けるとこちらが興味を持っているのに気づいてか、陽輔はパオラにも見える様にフォトフレームをこちらに向けた。

「六年くらい前だね。孝輔兄貴の結婚式のときの写真」 差し出されたデジタルフォトフレームのディスプレイを覗き込むと、亮輔夫婦の双子と(まだ生まれてない)孝輔夫婦の双子(両親の結婚式だから当然生まれていない)を除いた今ここにいる面子と、ほかにも十数人の男女が写っていた――ホテルの様な場所で撮られたらしく、盛装の孝輔夫妻を中心にほかの人たちが並んでフレームに入っている。

 なぜかアルカードもその写真の中に入っていた。一緒にフレームに入るつもりが無かったのか、背を向けて立ち去ろうとしているアルカードをデルチャと子供たちが襟とジャケットの裾を掴んで引き戻している。

「これは叔父貴、こっちのは従兄弟三人だね。ほかにも従兄弟はふたりいるけど、このときは来られなかった」 フレームの中の人物を順に指で示しながら、陽輔がそう説明していく。

 やがて、彼は写真を別のものに切り替え、立ち去るのをあきらめたのかちょっと疲れ顔で蘭を抱っこしているアルカードの隣でその様子を見上げている、ぽっちゃりした体形の女の子を指で指し示した。

「これが香澄」

「えっ?」 フィオレンティーナが、そんな声をあげて――不躾だと思ったのか口元を押さえたが、香澄は平然と笑い飛ばした。

「気にしないで、この結婚式で会ったあと、二年くらいたって再会したとき、神城さんちの人たち全員同じ反応したから」 そう言って笑う香澄は羨ましくなるほど均整のとれたスリムな体つきに、化粧などほとんどしなくても十分綺麗に見える整った造作と絹の様に滑らかな黒髪の美人で、ビバンダム君とまでは言わないがちょっと太めな写真の女の子とは似ても似つかない。血のにじむ様なダイエットの成果なのだろうか。

「香澄さんは親戚じゃないんですか?」 一緒に結婚式に参加してたのに?とリディアが尋ねると、アルカードが答えてきた。

「香澄ちゃんに会ったのは、孝輔君の結婚式がはじめてだ――俺も含めて、その当時結婚式に参加してた面子全員がな」

 その会話に興味を惹かれて、パオラはふたりのほうに視線を向けた。

「結婚式で出会ったんですか?」

「うん」 香澄がそう答えてくる。

「神城さんちって、結婚の順番が恭輔さん、孝輔さん、亮輔さんの順番なんだけど――」

 次男、長男、三男か――胸中でつぶやいて、パオラはソファのほうで子供たちが遊んでいるのを見ながら話をしている男性陣を順繰りに見遣った。

「孝輔さんの結婚式が六年くらい前の話でね。陽輔十四歳、わたし十六歳。そのときは孝輔さんの結婚式に、新郎友人でアルカードさんもいたんだけど」

 肩をすくめて、二本目のエビスを空けたアルカードが三本目に手を伸ばす。

「チャウシェスク家からはアレクサンドルたちも含めて大体参列した――新郎親族か友人か、スタンスが微妙だったけど。ブカレストの日本大使館で働いてる長男だけ、仕事の都合がつかなくて参列出来なかったんだが。恭輔君は出張先から直接来ることになってたから、当時自家用車を持ってなかったアレクサンドルたちと子供ふたり、当時は家にいたデルチャとデルチャの妹を、俺が店のライトエースで式場まで乗せていった。で、俺がひとりで車を駐車場に止めて、さあ式場に行こうかとか思ったところで、メモ用紙片手に半泣きになってる女の子を見つけて、それが香澄ちゃんだった」

「控室で待機してたら、アルカードさんが女の子を連れてきてさ。デルチャさんと美咲さんが落ち着かせてくれて話を聞いてみたら、お姉さんが結婚するんだけど、式場として全然違う場所を教えられてたらしくてね」 これは陽輔である。

「わたしは姉と両親と同居してたんだけど、前日に泊まりがけで出かけてたから、両親とは別に直接式場に向かう予定だったの。でもここが式場だって渡されてた地図が、実はものすごいでたらめでね」 グラスに注いだ烏龍茶に口をつけてから、香澄がそんなことを言ってくる。

 嫌な思い出のはずだがすでに自分の中で折り合いがついているのか、男ふたりの話を止めようとする様子も無い。

「当時はまだ子供だったしね、恥ずかしながらパニック起こしちゃって」

「別に恥ずかしがることでもないだろう。で、新郎新婦一族とも騒動大好きだから、みんなで電話掛けまくって、三十キロほど離れた場所の正しい式場を突き止めた」 と、これはアルカードである。

「で、車で送って行こうかって話になったんだが、その算段の最中に電話がかかってきた」

 ここで嫌なことを思い出した様に顔を顰めたのは、アルカードのほうだった。

「電話を受けた式場スタッフが、香澄ちゃんの家族にそれを知らせたらしい。で、いわく呼んでない来るな、自分たちに比べて容姿がいまいちだから相手家族に紹介してない、彼氏が家に来たときも、せっかく男の前には出さずにいなかったことにしたんだから来るな、とこうだ」

 その言葉に、パオラはまじまじと香澄を見つめた。

 目鼻立ちは整っているし、髪も爪もちゃんと手入れされている。化粧はほとんどしていないが、きっと彼女は化粧をしていないときのほうが綺麗に見えるだろう。

「綺麗な人だと思うんですけど」 アルカードの耳元で小声でささやくと、アルカードはそうだな、と同意してきた。

「まあ、容姿云々の問題じゃないんだろうな。で、その言い草にかんかんになった忠信さんが電話で怒鳴りまくり、挙句にそいつらを一本背負いの練習台にしてやると暴れて――抑えようとする孝輔君以外が大変そうだった――、代々警察官、自衛官、消防局員な新婦一族が射撃訓練の的にしてやる、いや装備無しで空挺降下訓練だ、放水訓練の的だと暴れて他の人たちが式場スタッフと一緒に押さえつけて――これも大変そうだった――、新郎新婦は新郎新婦で乱入してケーキより先にそいつらの頭に入刀してやると暴れて――これが大変だった」 そのときの疲労を思い出したのか遠い眼をしてふゥと溜め息をついてから、アルカードはいったん切った言葉を続けた。

「で、その一方で事情を知った香澄ちゃんは落ち着いて、電話でこう言った。『わたし家を出て、お父さんたちとは縁を切りますね』と」

 その言葉に、パオラは香澄に視線を向けた。香澄は適当に首をすくめて、

「まあ、もともとまともな家庭だとは言えなかったから。どうせ学費も出してもらえなくて奨学金だったし、ここの近所に住んでる大伯父さんに相談して、そっちの厄介になることになったの」

「で、せっかくだからこっちの結婚式に出てけってことに――なぜか――なって、そのあと俺と陽輔君で車で駅まで送って、そのときはそれでおしまい。で、二年ほどしたころにばったり再会した」

「ふたりで電車で秋葉原行ってたんだけどさ、その帰り、ショッピングセンターの続きになってる駅から出たところで、全然知らない女の子が声をかけてきて、」 アルカードの言葉を陽輔が引き継ぐ。

「それが香澄ちゃんだった、と」 最後の一節を再びアルカードが引き継いで、そこでふたりの男たちがそろって香澄に視線を向けた。

「久しぶりとか気楽に声をかけられたんだが、あまりにも体形が変わってて、俺たちふたりとも誰なのかわからなかった」

「そうそう、久しぶりって声をかけたら、ふたりそろって『誰?』って聞き返されたのよ」 当時のことを思い出して面白がっているのか、香澄が笑いながらそう言ってくる。

「そりゃあんだけ変身すりゃあなあ。どこのアル○ダさんかと思ったぞ俺」

「ア○ビダは言いすぎでしょ、陽輔」

「アルビ○ってなんですか」

「漫画のキャラ。最初はデブのおばさんだったのに、再登場したらすべすべお肌の美人になってた」 リディアの質問に簡潔にそう答えてから、言い合っているふたりを無視してアルカードが先を続ける。

「まあそんなわけで、○ルビダ、もとい香澄ちゃんの変身ぶりに驚きつつ、彼女がバイトしてる店でお茶して事情を聴いたんだが――」

「ふたりとも、伏せ字にする気あるの? メーカーが出すクイズ並みにやる気が感じられないんだけど」 という質問を発するデルチャに視線を向けて、アルカードは即答した。

「無い」

「……あ、そう」

「というか、全部組み合わせたら伏せ字の意味が無くなるよね」 気楽な口調で口にした陽輔の言葉に、

「そこ、メタ発言もほどほどにしとけ」 恭輔が口をはさむと、アルカードと陽輔は似た様な仕草で肩をすくめた。

「香澄さんのバイト先も飲食店ですか」 ライバルですか? と尋ねると、

「別に――香澄ちゃんのところはただのフルーツパーラーだ。ついでに、うちの店はそこの紹介でデザート用の果物を仕入れてる。もっと頻繁に挨拶に寄ってれば、すぐに気づいてたかもな」

 アルカードがそう答えたところで、陽輔が折れた話の腰を元に戻して、

「まあ香澄とうちの家の馴れ初めはそんな感じ? あとは結婚式のときに、着飾った綾乃ちゃんが誰だかわからなくて、花束贈呈役の蘭ちゃんと凛ちゃんが『綾ちゃんどこぉぉぉ!?』って泣き叫んだこともあったよなぁ。あれは笑った」

「ああ、あったあった。懐かしいなあ、あの結婚式のビデオ無いの?」 香澄の質問に、陽輔がかぶりを振る。

「ビデオ自体はここにもあるはずだけど、蘭ちゃんたちの音声が消されてたと思う」 香澄の質問にそう答えてから、陽輔はアルカードに視線を向けた。

「アルカードさん、自前でビデオ撮ってなかったっけ」

「ああ、撮ってた撮ってた。蘭ちゃんたちの叫び声もバッチリ入ってる」 懐かしむ様に目を細めて、アルカードがそう答える。

「今度それ見せて」

「オーケー」

 どんなビデオなんだろうと思いつつその話を適当に聞き流しながら遊ぶ子供たちを眺めていると、フィオレンティーナが話題を切り替えた様だった。

「おふたりともこの近所なんですか?」

「ん? 俺たち?」 陽輔がそう返事をして、

「俺は実家に住んでる――今は親父は静岡に住んでるし、兄貴夫婦と子供たちが家にいないけど、戻ってきてるときは同居してるってことになるね。香澄は店の寮として使ってるマンションにいるよ――どっちもそんなに離れてない」

「ああ、そこのコンビニのところの交差点の先ですか」 リディアの言葉に、陽輔が大きくうなずいてみせる。

「そうそう。知ってるの?」

「アルカードが教えてくれました。交差点の先っていうことしか、知りませんけど」

「ああ、そうなんだ」

 そう返事を返してから、陽輔は話題を変えた――というか、アルカードに話そうと思っていた用件を思い出しただけの様だが。

「ところでアルカードさん」

「ん?」

 エビスビールの缶に口をつけたまま、アルカードが返事をする。

「ブレーキパッドのお薦め、なにか無い? 俺のスーパーフォア、そろそろブレーキパッドの交換時期なんだけど」

「フロントはZCOOズィクー、リアブレーキはカーボンロレーヌをお勧めしときたいな」 一瞬の迷いも無く、アルカードがそう答える。

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