Ogre Battle 44

 視界の外から斬りつけてきた歩兵ふたりの攻撃を、ヴィルトールが一歩下がって躱す――ふたりとも声を立てずに徒歩で接近していたのだが、素振りを見せないだけで気づいていたらしい。右側から斬りつけてきた騎兵の足を軽く払って体勢を崩し、同時に保持した剣の手元を押して軌道を変える――体勢を崩して前方につんのめった歩兵の保持した剣の鋒が左手から斬りかかってきていた歩兵の剣の物撃ちに衝突し、そのまま鎬の上を滑る様にして手元に喰い込んだ。

「ぎゃっ――」 親指が半ばまで切断された右手を左手で押さえて、歩兵が悲鳴をあげた――ヴィルトールは自分を斃すつもりが同士討ちになったために混乱しているのか、その場で立ちすくんでいるもうひとりの歩兵に組みついて体勢を崩しながら引きずりまわし、そのまま自分の背後に押し出した。

 背後から突撃してきていた騎兵が突き出した槍の尖端が軽装歩兵の背中を穿ち、歩兵が海老の様に体をのけぞらせて口蓋から赤黒い血を吐き散らす。

 ヴィルトールはそのまま歩兵の体を横に放り棄てると、いつの間にかすめ取ったのか歩兵の持っていた長剣を奪い取って、それで脇を駆け抜けようとしていた騎馬の脚を突き刺した――動脈が切れたのか大量の血を撒き散らしながら、騎馬が勢いのままに崩れ落ちる。鞍上から投げ出された騎兵の体が馬体の向こうに転げ落ち、悲鳴が聞こえてきた――頸椎が折れて即死したりはしなかったものの、どこかを打つか折るかしたらしい。

 ふっ――短い息吹とともに横に踏み出して、ヴィルトールは先ほど味方の斬撃で指が切断されかけて地面にうずくまっている歩兵の頭部に横蹴りを叩き込んだ。こめかみのあたりを横殴りに蹴り倒されて、歩兵が風に煽られた物干し台みたいにその場に倒れ込む。

 その背中に向かって、バイェーズィートは大戦斧を投げ棄てて飛びかかった。ただ単に手近だったので大戦斧を拾ったが、やはり大型の得物では捉えきれないし、いったん捕まえてしまえばこちらのほうが膂力は上のはずだ。

 こちらの動きにはすでに気づいていたのか、ヴィルトールがこちらに向き直る――が、足元に先ほど騎兵の刺突に対する身代わりにした歩兵が倒れているのが邪魔になって、能書きを垂れる直前の様な迅速な回避は出来ないだろう。

 だが、それでも回避しようとして体勢を崩すはずだ……

 捕まえたヴィルトールを押し倒しながら、右手で保持した懐剣を振り翳す。

 ヴィルトールは押し倒されながら嗤い、右手でこちらの胴甲冑の胸元を掴んだ。その笑みの意味を理解するよりも早く、金髪の青年は懐剣を保持した右手を左手で押しのけ、同時に胴甲冑の脇の縁あたりを掴んだ右手を伸ばして、バイェーズィートの体全体を右側、ヴィルトールに彼にとっては左にずらした。同時にこめかみに強烈な衝撃が走る――なにをされたのかはわからないが、薄い鉄板で殴られた様な感触だ。

 一瞬飛びかけた意識を唇を噛んでつなぎ止めたときには、押しのけられた懐剣の刃はヴィルトールの頭の横の地面に柄元まで喰い込んでいた――そしてヴィルトールはすでに後方に一回転して立ち上がり、体勢を立て直している。彼はそのまま一歩踏み込んで、立ち上がろうと上体を起こしたバイェーズィートのこめかみに強烈な蹴りを叩き込んできた。

 地面に両手を突いていたためにその一撃を防ぐことも出来ずにまともに食らい、バイェーズィートは横殴りに蹴り倒されて地面に倒れ込んだ。

「がぁぁぁぁッ!」 視界に入ってはこなかったが、歩兵か騎兵のどちらかが攻撃を仕掛けたのだろう。血が肌を伝い落ちる感触に舌打ちしたとき短い苦鳴が唐突に途切れ、続いて首の骨が折れる音が聞こえてきた――見遣ると、先ほど味方に手元を斬られた歩兵が地面に仰向けに倒され、その喉元にヴィルトールが膝を落としている。

 ゴキリという音とともに歩兵の頸椎が砕け、おかしな方向に首が曲がった兵士がそのまま絶息した。

「それは――」 悠然とした仕草で立ち上がりながら、ヴィルトールが誰にともなく口を開く――無論、それは視線を向けていないバイェーズィートに対してのものなのだろうが。

「――攻撃をするためだ」 それだけ言ってから、ヴィルトールは周囲に視線をめぐらせて、再びバイェーズィートに視線を据えた。

「さて、出会ったばかりでもうお別れってのも寂しい話だが――仲間が心配なんでな。そろそろ終わりにさせてもらおうか」

 それには返事をせずに、その場で立ち上がる――ちょうど先ほど蹴り飛ばされた長剣が手近に突き刺さっていたのでそれを引き抜き、バイェーズィートはヴィルトールに向き直った。

 ヴィルトールは数歩離れたところに転がっている半ばから折れた騎兵用の長剣に視線を投げてから、興味を失くしたのか再びこちらに視線を戻した――、そういうことか。

Woaaaaaaaaa――オォァァァァァァァァァァァ――」 ごきりと指を鳴らして、ヴィルトールが低い声を漏らす。

――raaaaaaaa――ラァァァァァァァァッ!」

 声をあげて――次の瞬間にはヴィルトールは一気に内懐に飛び込んできている。

 顔面を狙った右の鈎突きを、上体をのけぞらせてギリギリのところで躱す。拳は躱したものの手甲の出縁フランジが鼻先をかすめ――皮膚が浅く裂けて血がにじみ、痒みにも似た小さな痛みが神経を焦がした。

「しゃっ――」 一歩後退して間合いを離しながら長剣の柄を握り直し、そのまま水平に振り抜いて胴を薙ぎにいく――入った、そう確信した瞬間ヴィルトールの姿が視界から消えて失せた。

Aaaaa――lalalalalalieアァァァァァ――ラララララララァィッ!」

 瞬時に数歩ぶんの距離を後退して斬撃を躱したヴィルトールが、そのまま再び踏み込みながら横殴りの蹴りを繰り出してくる――空振りして斬撃動作を止めた直後の右手首に脚甲の爪先が衝突し、鈍い激痛が神経を焼く。

 ぐ……

 小さくうめいたとき、手首に突き刺さった右足が跳ねた――蹴りの衝突の反動で離れた右足を再び加速させ、こめかみを狙って爪先を突き刺す様な軌道で蹴りを撃ち込んでくる。

 蹴り足を引き戻さずにそのまま繰り出された追撃なので、それほど速くはなく回避は容易い――といっても、初撃に比べればの話だが。

 だが、回避されてもヴィルトールは気にしたそぶりも見せなかった。先ほど手首に受けた一撃が十分効いているのがわかっているからだろう、そのまま転身して軸足と蹴り足とを入れ替え、背面越しに再び頭を狙って踵を叩きつける様な蹴りを繰り出してくる。

 その蹴り足が、空中で一瞬止まって見えた。先ほどはこの流れのあと、草摺の上から下腹部に蹴りを撃ち込んできたが――

 ごつ、という鈍い衝撃とともに、視界に火花が散った――笑ったのだろう、腕と肩で顔の半分が隠れたまま、ヴィルトールの目がすっと細くなる。

 空中でいったん蹴り足を止めたあと――おそらく正確には一瞬速度を落として止めた様に見せかけたのだろうが――再び蹴り足を加速してこめかみに撃ち込んできたのだ。

 空中で蹴り足を止めたのは、再び股間を蹴りにくる可能性をこちらの意識に残して対処を遅らせるためだろう。

 金槌で頭を殴られたかの様な衝撃に、視界が揺れて嘔吐感がぶり返してくる――ヴィルトールは独楽の様に転身しながらこちらに正対し、再び蹴り足と軸足を入れ替えて頭を狙って蹴りを繰り出した。

 防御も間に合わずに蹴り足がこめかみを直撃して、強烈な衝撃に一瞬視界が暗転する――平衡を崩して倒れかけたとき、今度は反対側の側頭部に、おそらくは再び蹴りを叩き込まれたのだろう、再び視界がぶれた。

 二重三重に見える視界の中で、金髪の青年が笑っている――笑っている。ヴィルトールは蹴り足を引き戻しながら踏み込んで、拳を固めてまっすぐに突き出してきた。

 右手は手首を蹴られたときの衝撃で麻痺しており剣を握り込むことも覚束無い状態、左腕は数度にわたってヴィルトールの蹴りを受け止めたためにひどく痛む。結果、右手の得物も左腕も反応が間に合わず、バイェーズィートは防御も回避もかなわぬままその一撃をまともに顔面に受けることになった。

 それで眉間が切れ、噴き出した血が目に入って視界が真っ赤に染まる――正面のヴィルトールが、拳を引き戻しながら上体をひねり込むのが見えた。おそらく次撃の攻撃態勢を取ろうとしたのだろうが――

「おぉぉぉあぁぁぁっ!」 咆哮とともに背後から斬りかかった別の騎兵――左腕が肘の部分からおかしな方向に折れ曲がっているところを見ると、先ほど馬の脚を刺したときに落馬した騎兵だろう――に向き直り、ヴィルトールがそのまま前に出る。

 彼は斬撃を右手の甲で払いのける様にして躱しながら踏み込み、左手首を右手で捕って転身した。そのまま掌を上に向けて腕を肩に担ぐ様にしながら騎兵の体を背負って投げ飛ばす――腕を担いだときに肘の内側の自分の肘をはさみこんで支点にしたのだろう、投げる直前にボキリという肘関節の砕ける音が聞こえ、同時に悲鳴があがる。

 激痛のために振りほどこうと抵抗するのもままならなかったのだろう、あがった悲鳴は始まったときと同様唐突に途切れた――頭から落としたうえに自分の体の下敷きにする様にして投げたからだろう、下敷きにされた騎兵の首がおかしな方向に曲がっている。

 騎兵は騎馬戦用の重装甲冑、ヴィルトールも比較的軽装とはいえ鈑金の甲冑で全身を鎧っている――ふたり合わせれば、重量は相当なものになるはずだ。たとえヴィルトールにのしかかられても、胴甲冑に阻まれて胸骨や肋骨が折損することは無いだろうが、重い冑をかぶった頸は力のかかり方次第で簡単に折れるだろう。

 絶命直前の痙攣を繰り返している騎兵の体の上から身を起こしたヴィルトールの背中に、左手に持ち替えた長剣を振るう――剥き出しの後頭部に深々と切れ込みを入れる様に水平に薙ぎ払ったが、その斬撃の手応えは無い。

 ヴィルトールはその場で体をかがめてその斬撃を躱している――かがみ込んだまま転身したヴィルトールの、その口元が笑っているのが見えた。

Aaaaalalalalalalalieアァァァラララララララァィッ!」 右回りに転身しながら腕を振り回し、拳の甲を叩きつける様な一撃を繰り出してくる。一歩後ずさりながら上体をのけぞらせてその一撃を躱し、バイェーズィートは若干ふらつきながらもさらに距離を取った。

 だがヴィルトールの口元に浮かんだ笑みを目にして、バイェーズィートは自分のその行動が致命的な失策であったことを悟った――ヴィルトールは腕の振りの勢いを利用して転身し、完全にこちらに正対している。右腕は麻痺して使いものにならず、左腕は剣を内側から外側に振るったために外側に伸びきっている。

 打撃動作の勢いでこちらに正対したヴィルトールが右拳を引き戻しながら上体をひねり込んで、さらにもう一撃を繰り出してくるのが見えた。

 下顎を掌で斜めに突き上げられ、上下の歯が衝突するガチンという音とともに視界がぶれる――次の瞬間喉仏に硬いものが衝突し、強烈な嘔吐感にバイェーズィートは派手に咳き込みながらその場で身を折った。

 中手指骨関節(指のつけ根部分の関節)を折り曲げずに平たくした拳を引き戻しながら、意思に反してあふれる涙でゆがんだ視界の中でヴィルトールがゆっくりと笑う。顎の下側に滑り込ませる様にして撃ち込まれてきた打撃が先ほどの下顎への掌打で頭がのけぞったために剥き出しになった喉元に直撃し、喉仏が潰されたのだ。バイェーズィートがその場で悶絶するよりも、金髪の青年の次の行動は早かった。

 痺れて力の入らない右手は放置、左手の指に引っ掛ける様にして保持していた長剣を手刀で叩き落とし、そのまま手首を捕まえながら左手でこちらの首を掴む。おそらくはそのまま足を刈り払われて押し倒されたのだろう、ふたりは縺れ合う様にして地面に倒れ込んだ。

 地面に石でもあったのか、後頭部になにかが喰い込む感触が神経を焼く――頸動脈に指を喰い込ませるのと同時に喉仏に人差し指のつけ根あたりを押しつける様にして気道を圧迫しながら、ヴィルトールが右手を振りかぶる。その手に甲冑の装甲板の隙間から引き抜いたものらしい短剣が握られているのが見えた。

 金髪の青年が逆手に握った短剣を振り下ろす光景を最後に、バイェーズィートの意識は完全に途切れた。

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