Ogre Battle 34
「落ちつけ、敵は一騎だぞ! さっさと仕留めて――」 隊列の端のほうにいたために被害を免れたものらしい口髭を蓄えた兵士が、混乱に陥った仲間に向かって檄を飛ばす。言っていることは正しいのだが、自分が実際に発砲出来ていない状況では説得力が無い。
なにより――自分たちがなにをされたのかは理解出来なくても、あの攻撃に対して自分たちがあまりにも無防備であることは理解出来ているだろう。
彼らの装備している
たとえ彼らが混乱に陥って発砲せずとも、あの壺を投げ込まれればそれだけで――
それでも何人かはこちらに向かって射撃しようとしている様だったが、そんなものはたいした脅威にはならない。
それに――
胸中でつぶやいて、ヴィルトールは振り向きもせずに石炭入りの壺を背後に向かって投げつけた。
こちらの背中に向かって
あっという間に全身を炎に包まれ、口髭を蓄えた兵士が悲鳴をあげながらその場でのたうちまわっている。腰元に弾薬盒をつけていたのだが、火薬入れの蓋を開いたままにしていたらしく――大量の火薬に引火して胴体が半分吹き飛び、内臓が飛び散っている。鈑金製の重装甲冑ではなく、動き易さを優先して革を固めた軽装甲冑を身に着けていたのが徒になった。
とどめを刺してやろうかとも思ったが、まだ無傷の
銃身のひん曲がった
敵が
それに見える位置から発射された銃弾であれば、ヴィルトールは見てからでも躱すことが出来る――
「うわぁぁぁっ!」 最後に残った兵士が、風斬り音とともに肉薄する刃に悲鳴をあげる――大口を開けたその顎から上を刎ね飛ばされ、兵士の体は力無く地面に崩れ落ちた。
石炭入りの壺はこの戦術のために用意したものが一部の兵士にひとつずつ――彼だけは最初から
展開した
そもそもこの状況下では、この壺はある意味もっともたちの悪い武器だと言える――火気さえあれば十全の効果があり、そして
篝火を蹴り倒したところで、火が広がるだけだ――篝火の火が石炭の粉に触れた時点で、彼らが炎から逃れる術は無い。本人たちが首尾よく炎と爆発の被害を免れたとしても、それは同時に武器の喪失を意味するからだ。
再び爆発が起こり、白煙が爆風に吹き散らされて新たな白煙が上がる――やたらと派手な爆発音が聞こえたのは、補充用の樽に入れて持ち運んでいた火薬に引火したからだろう。
この壺による爆撃の最重要の目的は、射手ではなく火薬を潰すことだった――火薬が無くなってしまえば、
最後の一個の壺には手をつけずに、ヴィルトールはそのまま白煙に馬を突っ込ませた。
白煙を抜けて、最後に残った兵士たちに向かって襲いかかる――もう無傷の兵士はほとんどいない。たとえ石炭の粉塵爆発の加害範囲外にいても、加害範囲に巻き込まれた仲間の火薬が引火する際の爆発でとばっちりを喰らうことになる――黒色火薬の引火で大火傷を負うもの、暴発した銃弾が命中した者や装薬用の火薬の樽の爆発に巻き込まれた者、吹き飛んだ篝火の薪で服に火がついた者もいる。仲間の近くにいれば被害を受け、その被害は密集していればいるほど疫病の様に広がってゆく。
今この状況でヴィルトールが警戒しなければならないのは、装薬用の火薬の爆発に巻き込まれることだった――そこかしこで炎が上がっている状況では、どう立ち回るかを十分に考えておかなければならない。火薬の爆発に巻き込まれれば、当然彼ら人馬も助からない。
最初に斬り込んだときに石炭の壺を使い切らずに、手元に残しておいたのはこのためだ――敵が残っていた場合、彼らを広範囲に巻き込める武器が残っていたほうが有利に戦える。銃が脅威でないとは言っても、偶然で命中する可能性を考慮するなら発砲そのものを封じるのが最上だ。
広範囲に敵を巻き込み、引火を恐れて発砲が封じられ、さらに恐慌と混乱も引き起こせる。攻撃を効果的に行う鉄則は常にひとつだ――敵を混乱に陥れながら、自分は冷静であること。
「
とりあえずはこれでいい――どのみち火薬を燃やしてしまえば、
さて、長弓射撃部隊とルステム・スィナン、どちらを先に潰そうか――胸中でつぶやいたとき、蹄の音とともに視界の端から一騎の騎兵が突っ込んでくるのが見えて、ヴィルトールはそちらに向き直った。
巨大な半月型の刃を備えた大戦斧を振り翳した、巨漢の騎兵だ――なにかの動物を象っているのか、角だらけの造形の曲面装甲を備えた甲冑を着込み、似た様な意匠の装甲で騎馬も鎧っている。
オスマン帝国の意匠ではないから、どこぞの西欧の軍隊から鹵獲した戦利品を武勇を誇示するために着込んでいるのだろう。
交錯と同時に斬り込むつもりなのだろう、その騎兵は巨大な籠手に覆われた両手で保持した戦斧を八双に構えたまま突っ込んできた。
それを認めて――ヴィルトールは口元をゆがめて笑った。敵の突進に合わせて、攻撃の拍子を狂わせるために一気に加速する。
だがそれで呼吸を乱すことは無かったらしい――巨漢の騎兵は突然こちらが速度を吊り上げても調子を乱すこと無く、完璧な拍子でこちらの頭めがけて戦斧を振るってきた。
「――シィヤァァァァッ!」
「
巨漢の騎兵とヴィルトール、それぞれの振るった一撃は交錯すること無く振り抜かれ――巨漢の騎兵の一撃はヴィルトールのかぶった冑をまるごとと右肩を鎧う装甲板、ヴィルトールの一撃は巨漢の騎兵のかぶった冑の角の様な突起を二本、それぞれ吹き飛ばした。
*
玄関脇のインターフォンのボタンを押して、しばらく待つ――数秒と経たないうちに、インターフォンのスピーカーから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「リディアか? 鍵は開いてるから入ってきてくれ」 インターフォンで済ませられる要件だったのだが、それで通話が途切れてしまったのでリディアは玄関の取っ手に手をかけた。アルカードの部屋の玄関を開けて中に入るとセンサーが反応して玄関の照明が燈り、上がり框に白い仔犬――テンプラが出迎えに飛び出してくる。
最近になって外飼いを始めた仔犬三匹ではあるが、部屋の中に入れていることも多い――すぐに外に出しっぱなしだとそれもそれで問題があるからだろう。
リディアは手を伸ばして、テンプラの小さな体をひょいと抱き上げた。首元に鼻面をこすりつけてふんふんと匂いを嗅いでいるテンプラの背中を撫でてやり、リディアは口を開いた。
「テンプラちゃん、アルカードはどこ?」 言葉を持たぬ獣には無論答えられようはずもないが、リディアは気にせずにサンダルを脱いで部屋に上がり込んだ――白い仔犬の鼻先にキスをしてから、床に降ろしてやる。
リビングの扉は閉まっていたが、硝子入りの扉なので電気がついていたらすぐにわかる。
今は暗いので誰もいないが、確認するまでもなかった――奥にある寝室のほうから音楽が聴こえてきている。これだけはっきりと聴き取れるということは、扉が開け放されているのだろう――部屋の中を覗き込むと、案の定椅子に腰を下ろしたアルカードが銃身の太さが腕ほどもある年代物の銃を触っていた。
その足元でころころ転がっていた二頭の仔犬が、こちらの足音に気づいてピクリと耳を動かす。
アルカードは椅子に座ったままこちらに視線を向け、
「どうした?」
「いえ、フィオに用があったんですけど。部屋にいなかったからこっちかと思って」
俺の部屋に入り浸ってるなんて誤解したら、あの子切れるぞ――心底どうでもよさそうな倦怠感の漂う口調で、アルカードはそう言ってきた。
「アレクサンドルの家で凛ちゃんと蘭ちゃんを風呂に入れてるよ――パオラも一緒に。あの子はいささか過保護すぎるきらいがあるな」 もういい加減風呂くらいひとりで入れる年頃だと思うんだが、と続けてくる。
テンプラが腕の中で暴れていたので床に降ろしてやると、テンプラはアルカードの足元に駆けていって後足立ちになり、彼の足に前肢をかけた。
抱き上げてくれということなのかきゅんきゅん鳴いているテンプラを、銃を机の上に寝かせたアルカードが膝の上に抱き上げる。膝の上でコロンとひっくり返ったテンプラのお腹をさすりながら、アルカードは口を開いた。
「まあ、しばらくすれば戻ってくるんじゃないか」 そう言って、アルカードは机の上のパソコンのディスプレイに視線を戻した。
キーボードを操作すると、音楽再生ソフト上の演奏されている楽曲が切り替わる――基本なんでも聴く様だが、ことさらに好みなのはロック系の音楽らしい。
「そうですか」
そこで顔を出したついでに伝えようと思っていたことを思い出し、リディアは口を開いた。
「忘れてました、さっき騎士エルウッドから電話がありました」
日本に来てから今日まで、リディアとパオラは携帯電話を持っていなかった――昼間ショッピングセンターに行って食事をとったあと、アルカードが提案してふたりの携帯電話をアルカードの名義で購入したのだ。
電話番号はアルカードがエルウッドの教会に連絡したのだが、先ほど知らない番号から着信があった。もちろん今の時点で電話帳登録しているのはアルカードとフィオレンティーナ、パオラの番号だけなのだが、それはともかく出てみると電話の相手はライル・エルウッドだったのだ。
「なんて?」
「アルカードが電話に出ないからわたしにかけてきたみたいですけど、今日は天気が崩れそうだし、訓練は無しでいいか、と――凛ちゃんたちが泊まっていくことになった経緯もありますから、休みだと説明しておきました」
「そうか、ありがとう」 テンプラの顎の下をこちょこちょとくすぐりながら、アルカードがそう答えてくる。そう返事を返してから――リディアが立ち去る気配を見せないのを不思議に思ったのか、アルカードは顔を上げた。
「どうした?」
「いえ――ただ、フィオと接するときにもそういうふうに普通にしゃべってれば、あの子ももう少しこう、アルカードに気を許すと思うんですけど」
「あの子は俺に心を開く必要は無いんだよ、リディア――いずれ俺を殺すことになるかもしれないんだからな」 いきなり物騒な科白を口にしたアルカードに、リディアは目をしばたたかせた。
「どうしてですか?」
「お嬢さんから彼女の生家が襲撃された話について聞いてないか?」その質問に、リディアはうなずいた。
「実家が吸血鬼の襲撃を受けて、家族を亡くした話は聞いてます」
「そうか」 リディアの返答にうなずいて、アルカードは言葉を選んでいるのか少し考え込んだ。
「あの子の父親と妹は、俺が殺した」
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