Ogre Battle 24

 ひとしきり考えてから、パオラは話題を戻そうと試みた。

「それで?」 アルカードのほうとしてもあれのことでそれ以上話題を継続するつもりは無かったのか、思い出した様にぽムと柏手を打って、

「おお、そうだった――DMPの形した爆弾のことなんぞどうでもいいな。あれだ――日本でネットにつなごうとすると、やたら時間がかかるからな。なんだかんだで接続準備に一ヶ月くらいかかることもある。無駄に時間を喰うから、俺の部屋にあるルーターから彼女のPCに接続させたほうが手っ取り早いと思ったもんでな」

 アルカードはそう言って、売り場にあった平型のケーブルの中で一番長いものを手に取った。

「あ、本当ですか――それはありがたいです。でもそういうのって、法的に大丈夫なんですか?」

「知らん。勝手につないだら犯罪だろうが、俺が合意のうえなんだからなんの問題も無かろ」

 値札を確認して高ぁ、とぼやきつつ、アルカードは平べったいパッケージを指先でくるくる回し始めた。

「彼女のパソコンがどんなのかわからないが、たぶんこれを挿すだけで使えるだろ――生憎無線LANで接続するには、彼女の部屋と離れすぎてるからな。多少取り回しの不自由はあるだろうが、我慢してもらうしかない」 ま、どうしても無線でやりたいなら、もう一個無線親機を買ってくれば済む話だしな――そう付け加え、アルカードはレジのほうに歩いていった。

 まだ新人らしく『研修中』という名札をつけたレジの女の子に、手にしたケーブルを渡す。

「一点で二千二百五十円になります」 アルカードが言われるままに、ポイントカードと必要な金額の現金を差し出している――その金額がユーロに換算していくらになるのかは、パオラにはわからなかったが。

「ポイントはお使いになりますか?」

「結構です。袋もいりません」 アルカードがそう答えると、女性店員は清算の終わったケーブルのパッケージに店の店名が入ったテープを貼り、レシートを添えて差し出した。

 レシートとお釣りをぞんざいに財布に戻し、アルカードはかたわらのパオラの肩を軽く叩いた。

「行こうか」

「はい」

 歩き出したアルカードについて、もと来た道を戻る――エレベーター前の大型の吹き抜けを廻り込む様にして歩いていくと、大型のエスカレーターが設置されていた。ちょうど吹き抜けの向かい側のエスカレーターとパンタグラフ状に交差する様にして、一階から順にエスカレーターが設置されている。

 向こう側のエスカレーターを男女ふたり連れが昇っているので、こっち側が降りらしい――少なくとも、降りと標示してあるのだからそうなのだろう。

 だろう、というのは、今歩いてアプローチしつつある降りのエスカレーターがなぜか動いていないからだった――乗り込む手前に、腰くらいの高さの二本の短い柱の様なものが設けられている。

 アルカードがその間を横切ると、急にエスカレーターが動き始めた――なるほど、節電のためにセンサーが設けられているということか。

 さすが技術の日本と妙なところで感心しながら、パオラはエスカレーターに足を載せた。

「――お、いた」 エスカレーターの手すりから上体を乗り出す様にして一階を見下ろし、アルカードが声をあげる――その視線を追うと、リディアとフィオレンティーナがそれぞれ子供たちの手を引いて、人でにぎわう催事場を歩いているのが視界に入ってきた。

「あそこが開催場所ですか?」

 パオラがそう尋ねると、アルカードは折り返しのエスカレーターに乗りながら小さくうなずいた。

「ああ」

「結構広いんですね」 陳列棚のほかに、屋台の様なブースで鶏肉や豚肉を焼いているのを見下ろして、パオラはそんな感想を漏らした。焼く、炒める、茹でる、煮る、蒸す、様々な調理が一度に行われていて、それらの匂いがここまで登ってきている。

「そうだな」 なにかを探しているのかにぎわう売り場に視線を走らせながら、アルカードがそんな返事を返してくる。二階から一階に降りるエスカレーターに乗り換えたところで、誰かがこちらを見つけたのか階下からアルカードの名を呼ぶ声が聞こえてきた――見下ろすとこちらの姿を見つけた蘭と凛が、エスカレーターの降り場に向かって駆け出したところだった。

「遅かったですね」 先ほどのことをまだ根に持っているのか、フィオレンティーナがエスカレーターを降りたアルカードに向かって冷たい声をかける。

「ああ、誰かさんに置いてけぼりにされたからな」 なにか言いかけたフィオレンティーナを無視して、ああ、置いてけぼりにされた可哀想な僕、となにやら頭上を見上げて祈りを捧げているアルカードに、パオラははあ、と溜め息をついた。この吸血鬼がフィオレンティーナをからかって喜んでいるというのは、どうやら本当らしい。

「貴方先に行けって合図してたでしょう」

 冷たい半眼を向けるフィオレンティーナに肩をすくめ、アルカードは足元の子供たちの頭を軽く撫でた。

「それ、なんですか?」 剣呑な雰囲気を払拭しようと思ったのか、リディアがアルカードの手にしたLANケーブルのパッケージを手で示してそんな質問を口にする。

「君がネットやりたいって言ってたから、俺の部屋のルーターとつなげる様にケーブルを買ってきた」

 それを聞いて、リディアがぱっと目を輝かせた――パオラとリディアはインターネットのテレビ電話を使って地元にいる叔父夫婦に連絡を取ったり、今回の様に総本山を離れる場合には連絡を取るために電子メールを使ったりしているので、インターネットの接続環境はそれなりに重宝する。

 無論外交手段を用いるほうが便宜はききやすいのだが、聖堂騎士団は二十四時間連絡可能な体制を整えているので、リアルタイムで連絡の取れるインターネットのほうが使いやすい――派遣先によっては、ヴァチカンの大使館や端末になる教会自体が存在しないこともあるわけだし。

「それでつなげますか?」

「ああ、日本で接続環境を整えようとすると、長いと一ヶ月以上かかるからな――それを待つのは時間の無駄だ。解約するとき結構手間がかかるしな。エアコンの室外機のホースを通してる穴を通して、俺のルーターの空きポートを使って接続すればいい――これだけの長さがあれば、君の部屋まで十分届くはずだ」 置き場所は多少制限されるかもしれないが、とアルカードが付け加える。

「いえ、十分です。ありがとうございます」 礼儀正しく感謝の言葉を口にする双子の妹――アルカードはさして気にした様子も無く、小さくうなずいてその謝辞を受けた。

「さて、とりあえず見て回ろうか」

 

   †

 

「さて、とりあえず見て回ろうか」 そんなことを言って、アルカードがぶらぶらと催事場を歩き出す。

 北海道がどんなところか、フィオレンティーナはよく知らない――ただ、こうやって物産展まで開かれているところを見ると、かなり大規模な観光地なのだろう。漢字が読めればその字面から北にあることくらいは理解出来たのだろうが、あいにく漢字の読めないフィオレンティーナにはそれすら理解出来ない。

 パオラはもともと日本びいきなので、多少の知識はあるらしい――といっても実際に日本の土を踏むのは今回の派遣任務がはじめてのはずだ。実際、ふたりは物珍しげにあたりを見回していた。

 漢字の読めないフィオレンティーナには、ほとんどの品物がなんなのかよくわからない――もちろんプライスカードに掲示された商品の写真を見ればそれがどういうお菓子なのかということくらいは理解出来たが、逆に言えば写真なり実物なり、とにかく中身を見ないとわからない。いずれにせよ、ヴァチカンにいるときはあまりお菓子など食べたことの無かったフィオレンティーナにはいささかぴんとこなかった。

 アルカードはというと、爪楊枝に刺した試食のチョコレートをもらって子供たちに渡している――こちらも妙に場慣れしているところを見ると、こういう物産展のたぐいははじめてではないのだろう。むしろこの男は、観光地に行ったら積極的に土産物屋めぐりをしていそうな気がする。

 売り子の四十歳くらいのおばさんが、はい、と声をかけてこちらにもチョコレートを差し出してくる。

 お礼を言ってそれを受け取り、おばさんとロイズの生チョコと書かれた――生は読めなかったが――冷蔵陳列台を見比べながら、キャラメルくらいの大きさのチョコレートを受け取って口に入れる。

 パウダーをまぶされたチョコレートに歯を立てると、酒精の混じったコクのある味が口の中に広がった。

「おいしいですね、これ」

「あ、本当ですか? ありがとうございます」

 日本語をきちんと話せることに安心したのか、外国人ばかり周りにいて――彼女たち一行のことだ、もちろん――緊張気味だったおばさんが頬を緩める。

「アルカード、これおじいちゃんとおばあちゃんにほしい」

「冷たくしとかないといけないみたいだから、あとでまた来ようか」 蘭とアルカードが、そんな会話を交わしている――なんとなく気の抜けた表情でそれを眺めていると、今は手近に彼女たちしかいなくて手持無沙汰だったのか、おばさんが顔を寄せて耳打ちしてきた。

「彼氏?」

「え?」 意味がわからなかったので、尋ね返す――単純に単語の意味がわからなかったのだが、おばさんもそう思ったのだろう、言い直してきた。

「好きな人?」 さすがにそこまで簡略化されると、日本語の不得手な――正確には難しい単語の苦手な――フィオレンティーナにも理解出来た。

「な、なんでそんなことを――」 突然妙なことを言われて、フィオレンティーナは一歩後ずさりながら声をあげた。顔が少し熱くなるのを自覚しつつ、ばたばたと手を振る。おばさんは反応が面白かったのか、それとも単に話をしたかっただけなのか、

「違うの? さっきからずっと、あの金髪のお兄さんを目で追ってるじゃない」

「違います! これはそう、見張ってるのであって、おばさんが言ってる様なことは――」 声をあげて、アルカードのほうに視線を向ける――吸血鬼は凛と蘭と一緒にこちらに背を向けて、次にどこに行くかを話し合っている様だった。

「アルカード、フィオも――これおいしいですよ」 別の陳列台の前にいたパオラが、試食の爪楊枝を手にこちらを呼びながら手を振っている――アルカードが片手を挙げてそれに応えてから、おばさんに視線を向けた。

「すみません、あとでまた来ます」

「はいー」 適当に手を振るおばさんに片手を挙げてから、アルカードがパオラたちのほうに歩き出す。とりあえずこの状況から逃れられそうだったので、フィオレンティーナはアルカードのあとを追った。

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