Ogre Battle 23

 

   *

 

「ところで――」 ショッピングセンター屋上の駐車場で仕事用のワンボックスのエンジンを止め、アルカードは助手席にいるパオラに視線を向けた。

「君たちはなにを買いに来たんだ?」

 その言葉に、それまで後部座席にいる蘭と話をしていたパオラがこちらを振り返る――ふたりの少女たちはこの数日で、なんの問題も無く仕事に馴染んでいた――覚えも悪くない。両親の長期出張のために普段は老夫婦の自宅で暮らしている孫娘ふたりとも、すぐに打ち解けて良好な関係を築いている――正直、アルカードとしてはそれが一番ありがたいことではある。

 パオラは天井を上目遣いに見上げて、

「わたしたちは今日は街を見て回るだけのつもりでしたから。でももうガスも水道も来てますから、簡単な調理器具とか食べ物でも買って帰ろうかなと」

「なるほど」 アルカードはうなずいて、少し意地悪く笑った――その視線に気づいて、後部座席に座っていたフィオレンティーナが顔を顰める。それを黙殺して、アルカードは笑いながら続けた。

「結構、ちゃんと自炊はするわけだ」

「なにが言いたいんですか」

べっつにー。なんでそんなに機嫌悪いんだ? 心当たりでもあるのか?」 フィオレンティーナの剣呑な視線に、アルカードは適当に肩をすくめた――言うまでもなく、パオラたちが日本にやってくるまでの間の彼女の主食が食パン一枚だったことを指しているのだが。

 まあ結構なことだ――友人ふたりがアルカードのところにやって来てなにをされるかわからないとでも思っているのか、フィオレンティーナはふたりにつきあって食事を摂りに来る様になった。

 アルカード個人としては彼女が栄養失調で倒れたからといって困るわけではないのだが、聖堂騎士団的にはフィオレンティーナはヴィルトール・ドラゴス教師の監督下にあるので、彼女が栄養失調で倒れたりするとアルカードが主にレイル・エルウッドあたりから厭味を言われたりするのだ。

 再度適当に肩をすくめて、アルカードは車を降りた。半ば強引に子供たちの手を引っ張ってさっさと歩いていくフィオレンティーナと、それを追いかけていくリディアのあとを追って歩き出す。肩越しにキーレスエントリーのスイッチを操作して、背後からアクチュエーターの動作音が聞こえるのを確認してから、

「君たちの目的がそれなら、物産展を見て回るのは最後にしたほうがいいかもな――品物によっては要冷蔵だし」

「買ったことがあるんですか?」 隣に並んでくるパオラの言葉に、アルカードは小さくうなずいた。彼女の歩幅に合わせて若干歩調を落とし、リモートキーを肩越しに操作しながら、

「昨年一月下旬に、君たちは香港に行っただろう? リッチーと一緒に」

「はい、『クトゥルク』追跡の、主に事後処理のために前任者から引き継いで着任しましたけど――でもどうして知ってるんですか?」

「前任者は俺だ。君たちと入れ替わりに日本に戻った――そのあとしばらくしてから『クトゥルク』を追って北海道に行って、奴をバラしたあとで帰り際に土産物をあさったりもしたから多少はわかる。店の客の中に、身内が北海道にいる人もいるしな」

「あの……もしかして、去年の初夏にブラックモア教師や騎士ベルルスコーニのところに送られてきた大量のお菓子って……?」

「それたぶん俺だ」

 先にエレベーター室にたどり着いた連れの子供たちが、エレベーターの中からこちらを見ている――すでに何人か人のいるエレベーターに向かって足を早めようとしたとき別の親子連れが乗り込んでエレベーターがいっぱいになってしまったので、アルカードは適当に手を振ってみせた。

 エレベーターの扉が閉まり、階数表示が動き始める。それを見送って、

「階段で行くか」 とつぶやくアルカードに、パオラが深々と嘆息した。ふたりきりになったのでこの際思ったことを言っておこうとでも考えたのか、

「アルカードはフィオを怒らせすぎだと思います」

 その言葉に、アルカードは適当に肩をすくめた。

「そうか?」

「そうです」

「そうかな――まあ、あの子はもう少し沸点を上げるべきかもな。あんまり怒ってばかりいると、年をとってから皺が増えるっていうしな」

「余計なお世話だって言うと思いますよ」 きっとそう言うに違い無い。同意の言葉を胸中でつぶやいて、アルカードはクックッと笑った。

「女の子をからかってばかりいると嫌われますよ――アルカード、そんな性格じゃ人間だったころ女の子にもてなかったでしょう」

「あいにくそんな、女遊びで一喜一憂する様なチャラけた青春は送ってねえな――当時はラドゥ政権転覆しか頭に無かったし。そのための鍛錬ばっかりやってたよ、戦闘訓練とか兵法の勉強とかね。それに――」

「それに?」

 エレベーターが下がっていくのを見送って、アルカードは続けた。

「――面白いだろ?」

 その言葉に、パオラが心底呆れ果てたと言いたげに溜め息をついた。彼女は肩を落としたまま、

「この間、フィオがアルカードのことを性格が悪いって言ってました」

「そうか」

「性格が悪くて性根が腐ってて、根性が捩じ曲がってるんだそうです」

「それ全部同じ意味じゃないか?」 というアルカードの突っ込みを、パオラが黙殺する。

「でも、今違うっていうことがわかりました」

「そうなのか?」

「ええ」 ふい、と顔をそむけて、パオラは続けてきた。

「貴方は性格が悪いのでも性根が腐ってるのでも、根性が捩じ曲がってるのでもありません。ただ単に意地悪なんです」

「そうか」 苦笑を漏らしたところでふたつ並んだエレベーターのうちもう一台の扉が開いたので、アルカードはそちらに向かって歩き出した。

「ところで、お嬢さんがたは何階で降りただろう?」

 その言葉に、パオラが首をかしげてみせる。

「それはわたしにもちょっと……」

 だよなぁ、と投げ遣りに肩をすくめ、アルカードはベビーカーを押して降りてきた若い夫婦と入れ替わりにエレベーターに乗り込んだ。あとからふたりの子供とベビーカーに乗せた小さな子供を連れた夫婦が乗ってきたので、『開』ボタンを押しっぱなしにしてから全員乗ったところでドアを閉める。

「フィオの電話は?」

 というパオラの質問に、アルカードはポーチから携帯電話を取り出した。フィオレンティーナは日本で用意された携帯電話を持っていたのだが、先日のカーミラとの戦闘でスプリンクラーの水に濡れて壊れていたので、とりあえずアルカードの名義で一台買って持たせたのだが――

「……なぁ、圏外ってどういう意味?」 というアルカードの言葉にあぅ、とパオラがうめき声をあげる。エレベーター坑が外部に露出していないので、電波が微弱すぎるらしい。アルカードは携帯電話をポーチに戻しながら、

「まぁ、目的地はわかってるんだからすぐ会えるだろ。君たち用の携帯電話も、用意しないとな」 そんなことを言ってくる――パオラとリディアは、まだ日本で使える携帯電話を持っていない。

 フィオレンティーナの携帯電話(初代)はヤナギダ司祭が用意してくれたらしいが『主の御言葉』は腰を落ち着ける間も無く後にしたし、ここ数日はアルカードを伴って外出する機会が無かった。かといってパオラもリディアも日本で自力でそういったものを用意するのになにがいるのかもわからなかったので、先延ばしになっていたのだ。

 彼女たちがアパートにやってきた翌日にショッピングセンターで一緒になったときに作ればよかったのだが、そのときは完全に失念していたのだ。眠かったし。

 そんなわけで、パオラとリディアは今のところ自前の連絡手段を持っていない。

 エレベーターが止まり、扉が開く――彼らふたりも親子連れもその階のボタンは押していないので、誰かが向こう側で止めたのだろう。

 電動車椅子に乗った七十歳くらいの男性と、その連れと思しき若い夫婦、ふたりの子供が開いた扉の向こうに立っている――さすがに四人の人間と車椅子一台、それに夫のほうが押しているホットプレートの箱が載ったショッピングカートを積み込めるほどのスペースは無い。乗り込もうと足を踏み出した子供たちを引き寄せようとした母親を手で制し、アルカードはパオラを促してエレベーターから降りた。

「すみません」 礼を言ってくる母親に適当に手を振って、アルカードは周りを見回した――さて、どうしたものか。

 くだんの北海道物産展は一階でやっているので、適当な経路で一階まで降りればいいだけの話なのだが――

 まあどうでもいい。行き先はわかっているのだから、じきに合流出来るだろう。外国人の子供四人。探すのは難しくない。

 降りたフロアは電化製品売り場で、テナントとして大手家電量販店が入っている。以前フィオレンティーナの襲撃を受けたときに、ノートパソコンと蛍光管を買った店だ。

 アルカードはとりあえず周りを見回して、

「行こうか」 そう言って、アルカードは彼女の返事を待たずに歩き出した。

 

   †

 

「行こうか」 そう言ってから、パオラの返事を待たずにアルカードが歩き出す。

「え?」 思わず間抜けな声をあげて、パオラは歩き去る吸血鬼の背中を見送った。すぐに歩き出して、吸血鬼のあとを追う。

 エレベーターの設置された壁からすぐ右手にはショッピングセンターの吹き抜けがあり、その反対側にはエスカレーターが見えている。アルカードが進んでいったのは、エスカレーターとは全然違う方向だったからだ。

「ちょっと待ってください、どうしたっていうんですか?」

「別にどうってこともない」 パオラがついてきたからだろう、アルカードは少しだけ歩調を緩めた。

 アルカードはそのままパソコン用品のコーナーに足を踏み入れ、USBや1394、DVI-RにDVI-I、HDMIと表記された様々な接続ケーブルを見て回っている。USBくらいはパオラにもわかったが、残りは全部知識の範疇外だった。

 目的のものを見つけたのか、アルカードが手を伸ばしてパッケージを手に取る。

 LANケーブル、カテゴリー6と記載されている――ラウンドと書いてあるのは意味がわからなかったが、どうもケーブルの断面が平べったいテープ状ではなく円形ラウンドになっているので、おそらくそれのことだろう。

「なにするんですか、それ」 尋ねると、アルカードは同じ製品の長さが異なるものをいくつか見比べながら、

「こないだ飯食ってるときに、リディアがインターネットがやりたいとか言ってただろ」

「ええ、わたしたちの親戚とメールとかで遣り取りをしてるものですから。今の状況だとアルカードがいるから必要無いですけど、ヴァチカンとの連絡を取るのにも使いますし」 あと、フィオのiPodの出所もリディアです――そう付け加えると、アルカードはあからさまに嫌な顔をした。

「なんですかその顔?」 今の会話の中に、そんな嫌そうな顔をされる様な要素があっただろうか。眉をひそめて尋ねると、

「否、勇気があるなと思っただけだ」 どういう意味だろうと思いつつ首をかしげて、ふと思い当たる。

 あれのことか。あれのことだろうか。リチウムバッテリーが原因でiPodやMac Bookで起こっているという、あれのことなのか。

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