Ogre Battle 21

 

   †

 

 それじゃあ、と声をかけて、中村が妻子とともに歩き去る。

 最後まで父親の陰に隠れたまま去っていく小雪を見送って、フィオレンティーナは溜め息をついた。そんなに怖いだろうか。

「さて、俺も用意するか。蘭ちゃん、凛ちゃんもおいで。出掛ける用意をするから、部屋で待ってて――」

 アルカードが子供たちに声をかけたとき、不意に凛が手を伸ばしてフィオレンティーナのスカートの裾を掴んだ。

「お姉ちゃんたちも、一緒に行こう?」

「え?」 視線をめぐらせて、フィオレンティーナはパオラとリディアに視線を向けた。別にいいと思うけど、と友人たちが笑いながらうなずく。

 アルカードが仔犬たちの体を探って体毛が乾いていることを確認してからスポークに括りつけていた綱をほどき、こちらに視線を向けて軽く片眉を上げた。

「君たちも来るのか?」

「そういうことになりました」 パオラが微笑んでそう答えると、アルカードは気楽にうなずいた。

「そうか。じゃあ、ちょっと待っててくれ――こいつらを囲いに入れて、脚立を片づけてくるから」

 彼はそう言って塀に設けられた扉をくぐり、アパートの敷地内へと姿を消した。犬小屋が屋外に置かれているので、飼い主に甘える仔犬たちの鳴き声やそれをあやすアルカードの穏やかな声が聞こえてきている。

 きゅーん。よしよし。

 塀の向こうから聞こえてくる仔犬たちの鳴き声と吸血鬼の優しげな声に、パオラが小さく笑い声を漏らす。

 ややあって、部屋の戸締まりを終えたアルカードが姿を見せた――どうせジャケットを羽織るだけなので、たいした時間もかからない。

「おじいちゃんちの戸締まりは終わってる?」

 アルカードが子供たちに向かって、そう声をかける――わかんない、という凛の言葉に、アルカードは老夫婦の家の玄関に向かって歩き出した。

 どうやら合鍵を受け取っているらしい――いくら最古参の従業員だからってホイホイ自宅の鍵を渡していいのだろうかとも思ったが、よくよく考えたら彼は店の合い鍵を与えられているのだ。店と老夫婦の自宅は内部でつながっているから、店に入るのも自宅に入るのも同じことだ。

 数箇所の戸締りの確認をしてから、アルカードはギラギラと照りつけてくる太陽を見上げて嫌そうな顔をした――スポーツ用のアンダーウェアにTシャツを重ね着し、さらにそこにジャケットを羽織ったスタイルの彼としては、晴れの日は暑いので嫌いらしい。理不尽なことに、太陽の光そのものはまったく苦にしていないのだが。

 勝手口と店舗、玄関の戸締まりを確認して満足したのか、アルカードは駐車場まで戻ってきた。

「じゃあ行こうか」

「歩いて行くんですか?」 フィオレンティーナの口にした質問に、アルカードは適当に肩をすくめた。

「うちの車は二台とも、六人は乗れませんのでね」

「アルカードが歩けばいいんです」

「……誰が運転するんだよ、それ」

 がっくりと肩を落として、アルカードは溜め息をついた。ジャケットの裾を引かれて、足元の蘭に視線を落とす。

「なに?」

「お店の車は?」 その言葉に、アルカードが苦笑した。かがみこんで少女に視線を合わせ、

「あれはねえ、蘭ちゃん。あれはお店の車だから、遊びに行くときに勝手に乗ったらいけないんだよ。おじいちゃんがいいって言ってないだろう?」

「じゃあ蘭がいいって言う」

「うーん……あの車は蘭ちゃんのじゃなくて、おじいちゃんのだからねぇ……」

「――別にかまわんよ。無理を言って孫の面倒を頼んだのはこっちだしな」 聞き覚えのある声に、アルカードが弾かれた様に振り返る。

 その視線を追うと、そろそろ呆れ果てたと言わんばかりの表情を見せている乗客たちの視線を一身に浴びながら、老人が曲がり角にかっこつけてもたれかかっているのが視界に入ってきた。

「あんたまだいやがったんか――!」 アルカードが声をあげて、老人にずかずかと詰め寄っていく。彼はそのまま老人の肩を掴み、

「ほどほどにしとかねーと、爺さんのパンツをマニアに売るよ!?」

「……誰が買うんですか?」

 ていうか、『いやがった』って――控えめに突っ込んでも、吸血鬼は聞いていない。彼は暴れる雇い主を肩に担いでバスに運んでいくと、そのまま窓から車内に詰め込んでしまった。

「ありがとう、行ってくるわね」

「お気をつけて、みなさん。運転手さん、出来れば高速入るまで止まらずに」

 バスが駐車場の前を通り過ぎて駅方面に走り去るのを見送って、アルカードは出かける前からすでに疲れ切った様子で溜め息をついた。

「ま、いいや――店の車ライトエースを使っていいらしいから、行こうか」

 

   *

 

 グァラグァラという雷撃の音に、エルウッドは分厚い雷雲に覆われた空を見上げた。

 すでに上半身を覆う獣毛は雨滴でしとどに濡れそぼり、下半身の法衣もずぶ濡れになって体にへばりついている。

 ひどく不愉快なその感触を意識から締め出して、エルウッドは屋敷に視線を向けた。

 撃破した喰屍鬼グールの最後の一体が、細かな塵へと変わって消滅してゆく。

 屋敷と正門の中央あたりにあった噴水は、滅茶苦茶に吹き飛んでいる――子供を連れ出した同僚を追って正門に集まってきた喰屍鬼グールの群れを、噴水にたまった水を電気分解して作った可燃性ガスに引火させることで起こした爆発で吹き飛ばしたのだ。

 そこらじゅうに散乱した手足のちぎれた破片や指先がいまだに蠢いているのは、物理的に切り離されても霊体の経路パスを通じて本体とつながっているからだ――そのため喰屍鬼グールは単に物理的に切り刻まれただけでは死なず、視床下部が無傷で残ってさえいれば首が切断されても胴体は獲物を求めてさまよい続け、腕を切断されれば切断された腕だけが動き続ける。

 霊体を損傷させて与えたダメージではないから即死することは無いが、喰屍鬼グールは吸血鬼の様な理不尽な再生能力を持っていない。即死はしなくても動けないのだ――ただし視床下部かもしくは霊体そのものか、どちらかを破壊されないかぎり絶対に死なないので、今の爆発程度で(頭蓋が破壊されて視床下部が損傷しないかぎり)死ぬことは無い。ただし屋外なので、雨が上がって朝日が射せば、燃え尽きた薪のごとくにことごとく塵に還るだろう。

 バラバラにちぎれて周囲に散乱した喰屍鬼グールの手足の破片から視線をはずして、エルウッドは周囲を見回した。

 アルカードはまだ姿を見せていない――あの吸血鬼がもっとも得手とするのは実は剣術ではなく格闘戦なので、たとえ武器を失う様な状況下に追い込まれても問題は無いだろう。ただ、リーラ・シャルンホストとアルカードの話の内容が正しければ、ここにいるのはあのグリゴラシュ・ドラゴスだ。

 ほかの相手であれば、アルカードが不覚をとることなど『あり得ない』――だが、グリゴラシュ・ドラゴスは違う。

 力量そのものにほとんど差は無いし、アルカードにとっては身内の敵だ。アルカードは冷静さを保っているうちは、誰に負けることもないだろうが――ライル・エルウッドは、アルカードがワラキアでなにを見たのかを知っている。

 みずからドラキュラの軍門に降り、ドラキュラが自分の生家と近隣にあったブカレストの街を喰屍鬼グール噛まれ者ダンパイアのひしめく地獄に変えるのを看過するどころか手を貸した男を前に、その家で育ち、見知った人々を化け物に変えられ、挙句の果てに彼らをみずから皆殺しにしたアルカードが、果たして冷静でいられるのか。

 まさかな――

 胸中でつぶやいたとき屋敷の建物の向こう側から轟音が聞こえてきて、エルウッドはあわてて周囲を見回した。屋敷の外周に沿って数十個所に、結界を構築するための封剣聖典が突き刺さっている。

 あの結界はエルウッドがそうしようという意思を保っている間は、常時展開され続ける――あれを破るには相当な技量が必要なはずだ。

 エルウッドはそれまでかたわらの地面に突き刺したままにしていた千人長ロンギヌスの槍を引き抜き、素早く周囲に視線を走らせた――気配から察するに、戦場はすでに屋敷の建物内から裏庭へと移っている。ここへ来る前に送られてきた屋敷の見取り図からすると、一番近いルートは――

 事前に指示された持ち場を放棄することにはなるが、まあ問題無い――正門周囲にいた吸血鬼や喰屍鬼グールはほぼ全滅させたし、屋敷の敷地全体を結界で隔離してあるので、まだ仕留めていない喰屍鬼グールたちが屋敷のどこかにいたとしても敷地から外に出て行ってしまう恐れはない。

 音も無く地面を蹴って、エルウッドは走り出した。半獣形態を維持した今は、人間態のときよりも嗅覚も聴覚もさらに鋭敏になっている。

 周囲の強烈な血臭に混じって、アルカードの匂いが屋敷の裏から漂ってくる。屋敷を構成する三棟の建物のうち、中央の館と向かって左の舘の二階同士をつなぐ渡り廊下の下をくぐって裏庭に出、エルウッドは視線をめぐらせた。

 五十メートルほど離れたところで、二体の吸血鬼が戦っている――否、闘っている。

 たがいに邪魔になると判断したのか、あるいはその攻め手を放棄せざるを得なかったのか、両者の戦闘は格闘戦に変化していた。

 アルカードの繰り出した横蹴りを躱して、グリゴラシュがその体側に廻り込む――背中側に廻り込もうとしたグリゴラシュの動きは、しかしアルカードが繰り出した横蹴りがそのまま後ろ廻し蹴りに変化したことで阻まれた。

 いったん後退したグリゴラシュが、咆哮とともに地面を蹴る――蹴り足を引き戻して体勢を立て直そうとしていたアルカードの腕を捕り、その腕を捩じ上げる様にして肩に折り込みながら足を刈る。

 V1アームロック、否――

 エルウッドもアルカードから教わった、白兵戦用の組み討ちの技術の一種だ。腕をアームロックに極めて動きを封じ、そのまま脚を刈って投げ倒し、転倒と同時に眼窩に肘を撃ち込む。全体重のかかった肘を眼窩に受ければ、眼窩底骨折を起こして行動に支障が出るし、人間であれば即死もありうる。

 おそらく彼らにその技術を仕込んだ彼らの父がそうだったからだろう、アルカードもその技に名はつけておらず、番号で呼ぶのだが――

 アドリアン・ドラゴスは中世には珍しく、武器を失ったあとの組み討ちの技術を深く研究していたらしい――アルカードも、アドリアンの実子であるグリゴラシュも、その教えを受けている。今の技も、アドリアンがふたりに教えたものだろう。

 そしてその破り方も――

 刈られるままに投げられながら、アルカードが刈られた脚でグリゴラシュの後頭部に蹴りを叩き込んだ――同時に頭をそらして肘の一撃を避けている。彼はそのまま密着状態のグリゴラシュのこめかみを空いた右拳で殴りつけ、グリゴラシュの体を押しのけた。

 投げ捨てられた動きのまま横に転がる様にしてアルカードから離れ、回転の勢いを利用してグリゴラシュが立ち上がる――アルカードもその場で体を起こし、再びグリゴラシュに向き直った。

 グリゴラシュは左腕の手甲を失ったらしく、左腕が剥き出しになっている。

 対してアルカードの両手足を鎧う装甲は健在で――否、両腕を鎧う装甲の特徴的な出縁フランジの形状が変わっている。彼の本来の甲冑の手甲の上から、万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsが両腕を鎧っているのだ。

 の戦闘であればの話だが――霊体武装や霊的武装の様な専用の武器を除けば、吸血鬼が吸血鬼を相手にするときに一番有効なのは素手での戦闘だ。

 大量の魔力を接触の瞬間にじかに送り込めるからで、肉体にも破壊をもたらすことの出来る装甲をつけての格闘戦が実は一番有効なのだ。

 アルカードの万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsは言うまでも無いが、グリゴラシュの魔力強化エンチャントは技量も出力もアルカードのそれとは桁が違う。衝撃力そのものはアルカードの打撃に遠く及ばないだろうが、悪魔の屍から削り出した装備品の素材の違いを考慮してなお、霊体に対するダメージはむしろアルカードより上だろう――少なくとも装甲をつけている右手と両足に関しては、だが。

 直接接触して相手の体に魔力を流すという行為は、すなわち攻撃対象と直接接触するものに魔力強化エンチャントを施すのと同義である――むろん皮膚に直接触れているものとそれに触れているものであれば、自分自身の肉体から漏れた微弱な魔力が伝わって衣料品は本人の魔力を帯びる。

 だが明確にとして考えるなら、やはりそれでは物足りない――攻撃手段メソッドのひとつとして戦闘技術アート・オブ・ウォーに取り入れるなら、体系立てて技術化し、威力開発することは必要だ。

 魔力強化エンチャントは基本的にもともと硬い対象を補強するのが原理上正しい使い方で、したがって武具や甲冑を補強することがもっとも適した使い方であると言える。

 魔力強化エンチャントは強化対象をすっぽり包み込むことで補強する――正確に言うと強化対象に入力された衝撃を光と音に変換して散らすことで衝撃や負荷を軽減するのだが、このために単純に強化対象の表面積によって技術的な難易度が変わってくる。

 魔力強化エンチャントの難易度は、武器より防具のほうが高い――甲冑にしろなんにしろ、部品点数が多く表面積が広いのがその理由で、結果魔力強化エンチャント技能による防御面の強化は甘くなりがちだ。

 そしてそれ以上に強化が難しいのが、衣服や本人の肉体だった――形状が一定しないという点において強化が難しく、さらに肉体の表面積は甲冑などよりはるかに広い。髪の毛一本一本に至るまで、事細かに包み込まねばならないからだ。衣服に至っては繊維の一本一本、難度の高さは肉体以上に高い。

 さらにそこまでしても、強化対象が硬質の物体ではないためにさほどの効果は見込めない。魔力強化エンチャントは対象となる物体の強度、正確には硬度に依存して効果が変動するからだ。

 よって、魔力強化エンチャントの対象になるのは金属製の装備品や繊維強化樹脂などの硬質の品物に限られる。

 したがって対吸血鬼の戦闘において肉弾戦は非常に効果的だが、同時に必ず打撃に使用する部位を手甲ガントレット脚甲グリーヴなどの装甲や拳鍔ナックルダスターで鎧っておかねばならない――肉体を魔力強化エンチャントで補強するのは前述のとおり難度が高く、さらにもともと魔力強化エンチャントの対象にするには向かず、アルカードやグリゴラシュであっても長時間は持続しない。

 相手に傷を負わせて傷口に手足を捩じ込み、その状態で魔力を流すためにごく短時間強化を行うぶんには問題無いだろうが――

 ゆえに、手甲が剥がれて剥き出しになった左腕を魔力強化エンチャントで補強するのはリスクが高すぎる――魔力強化エンチャントを行ってもそれ自体はほとんど効果が無いうえに、消耗が激しい。

 アルカードも技術的には可能だが、魔力の動揺が激しいうえに短時間で消耗するので出来ればやりたくないと言っていた――消耗が激しく効果的ではないし、効率的に魔力を流すには皮膚の上からではなく体内に自分の手足を捩じ込まなければならない。だからこそ、ただ殴るだけで傷を負わせられる手甲や具足は重要になってくる。

 右腕と両足だけが警戒の対象であるというのは、そういう意味だ――魔力強化エンチャントして殴るための強化の対象を失い皮膚とアンダーウェアだけになった左腕は、攻撃はもちろん防御にも役に立たない。否、攻撃を押しのけてそらす程度になら使えるが、左腕で攻撃を受け止めるのは不可能だ。

 万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsで両手足を鎧ったアルカードの攻撃は、グリゴラシュのそれよりもはるかに重い――腕で受けようなどと試みたが最後、焚きつけの様にへし折られるだろう。

 アルカードが顔に向かって伸ばされたグリゴラシュの左手を頭を傾けて躱し、遣り過ごしたグリゴラシュの腕に自分の右腕を巻きつける様にして肩に担ぐ。おそらく目を潰して、そこから魔力を流し込むつもりだったのだろう――相手の体内に手足の末端を撃ち込めば、ごく短時間の肉体の魔力強化エンチャントであってもそれなりの効果が見込める。多少の魔力の動揺を招こうとも、あるいは最悪左腕を破壊されたとしても、相手の片眼を潰せるのであればリスクを冒す価値はある。そう判断したのだろうが――

 アルカードがそのまま上体をひねり込んで、グリゴラシュの肘関節を逆に極め――

「――っ!」 苦鳴を漏らしながらも、グリゴラシュがアルカードの顔に向かって右手を伸ばす――装甲で鎧った右手で目を傷つけられることを嫌ったのか、アルカードが二-二-九をはずして後退した。

 完全に関節を破壊された左腕を見下ろして、グリゴラシュが舌打ちを漏らす――グリゴラシュはあろうことか、脇固めに極められた肘関節をかばうどころか破壊されるのを覚悟で体を近づけ、右手でアルカードの目を潰しに行ったのだ。その代償として左肘の関節は可動域とは逆方向に九十度折り曲げられ、完全に破壊されている。

「懐かしいな――親父にふたりして扱かれていたころを思い出す」

「そうだな」 先ほどの肘撃ちを躱したときに切れたのだろう、頬を伝う血を指先で拭って、アルカードが嗤った。

「あのときはおたがい熱くなりすぎて、まとめて親父に殴られたが――今度はどっちが勝つかな……?」

「決まってるだろ」 わずかに重心を沈めて身構えながら、アルカードは続けた。

「――俺だ」 その言葉とともに――アルカードが地面を蹴った。

 踏み込みながら繰り出した中段廻し蹴りを、グリゴラシュが後退して躱す――蹴り足を遣り過ごして、グリゴラシュが再び前に出た。がら空きになった背中に向けて繰り出した廻し蹴りを上体を寝かし込む様にして躱しながら、アルカードが回転を止めないままグリゴラシュの頭部目掛けて後ろ廻し蹴りを繰り出す。

 上体を倒したことで体の回転の軸が変わり、斜めに斬り下ろす様にして頭上から落ちてきた踵を、グリゴラシュは翳した右手で受け止めた――そのままその蹴り足を肩に担いで、アルカードの軸足を刈って再びその体を押し倒す。

 だが、バランスが崩れるよりも早くアルカードは自ら軸足を跳ね上げてグリゴラシュの刈り足を遣り過ごし、そのままその足で彼の胸を蹴り飛ばした――その反動で掴まれた蹴り足を引き剥がし、後方に跳躍する。空中で体をひねり込んで、アルカードは危なげなく地面に着地してから再び地面を蹴った。

 そのまま踏み込んで、間合いの短い鈎突きを繰り出す。いったん後退してその打撃を躱したグリゴラシュが、一瞬動きの止まったアルカードの顔を狙って右正拳――

 突き込まれた右拳を右手の手甲の出縁フランジを叩きつける様にして押しのけ、アルカードがグリゴラシュの右腕の外に出る――同時に手首を返して、アルカードがグリゴラシュの右腕を捕った。

 同時にグリゴラシュのこめかみを狙って、上段廻し蹴り――上体を沈めてその打撃を躱したグリゴラシュの腕をまたぐ様にしてその左腕を内側にひねりながら、アルカードが腕の内側に入り込む。その状態からアルカードがさらに動いた。腕の下をくぐって再び左腕の外側に逃れながらグリゴラシュの腕を掌を上に向けて背負う様にして担ぎ、そのまま左肘を逆関節に極めて投げようと――

 だが、投げ飛ばすよりも早くアルカードが体勢を崩した――担がれていたグリゴラシュが拘束を緩めるために、左足の足刀でアルカードのふくらはぎを蹴り抜いたのだ。

 ぐっ――アルカードが小さく毒づくのが聞こえる。彼は担いでいた腕を離しながら右足を軸に転身し、その回転の勢いのままグリゴラシュの左膝の内側に蹴りを叩き込んだ。

 衝撃を処理する際の魔力強化の激光が、降り注ぐ雨滴を乱反射で幻想的に煌めかせる――まるで宝石が降り注いでいるかの様だ。だが類稀な技量の魔力強化を以てしてもなお衝撃を殺しきれないのだろう、たまらず膝を折ったグリゴラシュに、今度はアルカードが掴みかかった。

 肘関節を破壊されたために咄嗟に対応出来ない左手を捕ってそのまま脚を刈り、左手でその顔面を鷲掴みにして投げ倒す――先ほどグリゴラシュがアルカードに仕掛けようとしてしくじったのと同じ技だ。

 そのまま顔から地面に叩きつけ、ついでに頭に膝でも落とすのだろう――装甲に阻まれているから、もっとも狙い易い胸は無理だ。

 だが叩きつけられるよりも早く、グリゴラシュが――アルカードがそうしたのと同じ様に――アルカードの後頭部にオーバーヘッド気味の蹴りを叩き込む。

 それで頭を拘束する指の力が緩んだ隙に、グリゴラシュは頭を傾けるかなにかしてその攻撃を躱したのだろう――拘束を振りほどいて地面の上で転がり、間合いを作り直した。

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