Ogre Battle 19
アルカードは魔術を使えない――教会の公式記録において、吸血鬼アルカードが魔術戦を行った事例は一件も記録されていない。
だが、先ほど見せたアルカードの
アルカードは先ほどの
そして――それよりもなお驚嘆に値したのは
魔術師ではないリディアやフィオレンティーナはあの凄さが理解出来ていないだろうが、アルカードの魔術の技量は歴代の大魔術師のそれに並ぶといわれてもおかしくないものだ。
魔術の
魔術の
魔術の
だが実際に発動したあとの
攻撃用の魔術は外部からの干渉を防ぐための多重のファイアーウォールに加え、術式が不要になった際に解除するための特定の手順というものがあり、その手順を踏んで分解されない限り――つまり、術者自身が自分の意思で分解しない限り――暴発する様に仕組まれているものも多い。
先ほどの
無論そんな熱が一点に発生すれば、周囲のアスファルトや土が一瞬で沸点に達し、鉱物の蒸気爆発で展望台がまるごと吹き飛んでいただろう。
そういった失敗時のリスクを考慮すると、魔術式の
魔術の
当然のことながら、後者は前者に比べてはるかに時間がかかる――さらにその手間に見合うほど安全性が高いわけでもない――ので、大概の場合は力ずくで抑え込むことが多い。
アルカードがどちらをしたのかはわからないにしろ、そのどちらであっても、驚くほど高い技量を持っていることは間違い無い――解体の精度が極めて高いだけでなく、解体の速度が並はずれている。魔術戦だけならパオラは聖堂騎士団でも高い技量を持つほうだが、アイリス・エルウッドの魔術をあそこまで早く解体するのは不可能だ。
つまり、アルカードは魔術を使える――少なくともその素養はある。むしろ
いだいた疑問を深く考えるより早く、アルカードがアクエリアスの缶の蓋を締めて荷台の床の上に置いた。
「さて、もう一回やるか。今度は一対一でどうだ?」 そう言って、アルカードがフィオレンティーナに視線を向けた。フィオレンティーナがその視線を受けて、車から降りる。
フィオレンティーナがアルカードについて、先ほどまで戦っていた場所まで歩いていった。
「想定状況『
アイリスがよく通る声で号令をかける。フィオレンティーナが周囲に聖書のページをばら撒き、アルカードが霊体武装を構築した。
「――始め!」
*
「ッ!」 小さく毒づいて、グリゴラシュが長剣を手放しながら腕を振り回して六-八-十二――柔道で言うところの脇固めを振りほどく。その動きに合わせて、アルカードはグリゴラシュの右手首を肘の下側をくぐらせる様にして背中側に折りたたんだ。
もとより、格闘戦の技量ではグリゴラシュはアルカードに到底及ばない。一瞬で関節を極められて、グリゴラシュが焦燥の声を漏らす――六-八-七-六、腕を背中側に折りたたむアームロックだ。
そのまま関節を挫くよりも早く、グリゴラシュはその場で跳躍した――適切な方向に回転すれば、アームロックははずせる。が――
だが、こちらのほうが――
ちょうど上下逆さの体勢になったグリゴラシュの頭を狙って、アルカードは廻し蹴りを撃ち込んだ。両手足を鎧う手甲や具足の重量をそれぞれ最大四十五キロまで個別に増減することの出来る
自由になっていた左腕を咄嗟に翳して、グリゴラシュがその一撃を受け止める。
だが
「ぐ――!」
その蹴りに吹き飛ばされて、グリゴラシュが空中で体をひねり込む。彼が床に降り立つよりも早く、グリゴラシュに向けて右手を突き出す。
右手の周りの風景が、徐々に、しかし急速に歪み始めた――
これらの重力制御機能は具足の重量変化による格闘戦の際の破壊力の補強だけでなく、周囲の空気を大量に集めて指向性を与えて撃ち出すなど、重量操作以外にも転用することが出来るのだ。
アルカードはこれを利用して、ファイヤースパウンの魔術師セイルディア・グリーンウッドが得意とする重力制御魔術のいくつかを擬似的に再現していた。
これはそのひとつだ。
オリジナルの
床に着地して回避行動をとるよりも早く、グリゴラシュは
室内の空気を集めただけなので、たいした質量ではないが――まあ、それなりの破壊力はあるだろう。室内の空気を衝撃波の材料にするために使ってしまったので急激に気圧の下がった室内に、壁に穿たれた風穴から湿った空気が流れ込んでくる。
もともとあまり天気がいいとは言えなかったが、かなり天候が崩れてきているらしい――雨粒がぽつぽつと地上に降り注いでいる。空を覆う黒雲を見上げて眉をひそめてから、アルカードは外壁の穴から身を躍らせた。
裏庭の掃討に充てていた要員の討ち漏らしだろう、十数体の
グリゴラシュはぼろぼろになっていた――左腕は完全に折れて、治癒の邪魔になるからか手甲ははずして破棄している。
グリゴラシュは壁に向かって蹴り飛ばしたときの廻し蹴りを繰り出したとき、こちらの意図に気づいて左腕の装甲周りに高密度の防御障壁を構築していた――無論そうすることは考慮の内だったので完成前に術式を解いてやったが、そのために続く
他方、おそらく右腕はさほどのダメージにはなっていまい――六-八-七-六はもともと本格的に極めていなかったこともあって、肘の靭帯を多少強く伸ばすくらいはしただろうが使えなくなるほどでもあるまい。もうそろそろ完治している頃合いだろう。
身の毛の弥立つ様な叫び声とともに横合いから飛びかかってきた
空を覆う雲から落ちてきた大粒の雨滴が、頬に当たって砕け散る――ポツリポツリとまばらに降っていた雨は瞬く間に雷鳴を伴う豪雨になり、
そのまま歩を進めて、アルカードはグリゴラシュから五メートルほど離れたところで足を止めた。
「さて、と――」 たいして大声でしゃべっているわけでもないが、自分の声は雨音の中でもグリゴラシュに届くだろう。そんな確信を抱きながら、アルカードは口を開いた。
「正門のところでライルを待たせてる。奴が肺炎を起こして倒れるまで長引かせるのも気の毒だから、そろそろ終わりにさせてもらおうか」
しゃべったときに口の中に入ってきた雨水を吐き棄てて、ごきりと音を立てて指を鳴らす。重心を下げて右足を引き、軽く右拳を握ると、グリゴラシュが右手で格闘戦用の短剣を抜き放った。
人間、正確にはヒトガタ相手の格闘戦において、大仰な構えなど必要無い――構えを取ればそのあとに続く挙動が読まれやすくなるし、そもそもそれ以前に相手に対して体を横に向けていれば攻撃は繰り出せる。
剣を遣うつもりは無い――この状況で剣を遣っても、状況を優位に運ぶことは出来ない。というよりグリゴラシュが短剣を遣うことを選んだ以上、間合いの差が大きすぎて最接近されたときの対処に問題が出てくる――グリゴラシュとアルカードではアルカードのほうが白兵戦においては高い技量を持っているが、グリゴラシュの格闘戦能力は決して侮れたものではない。
グリゴラシュがわずかに重心を沈め、手にした格闘戦用の短剣を逆手に保持して身構える。
どれくらい経っただろうか。やがて、ふたりは徐々に間合いを詰め始めた。七歩の距離を縮め、六歩の境を越えて、たがいの一挙一動を注視しながら――グリゴラシュが口元に一瞬だけ笑みを浮かべ、次の瞬間咆哮とともに地面を蹴った。
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