The Otherside of the Borderline 18
†
「ベガよりヘキサ・ツー・ワン」
頭の中に直接響いた呼びかけに、狙撃チームの分隊を指揮するアズは顔を上げた。
ベガ――空社環の魔術によって構築された、思念による通信網を介した通信だ。すでに超小型無線機は使えなくなっている――もはや必要無くなったので、〇二〇〇時ちょうどを以って一斉に電源を切ってしまったからだ。この通信網は環の作った魔術端末を貼りつけられていない限りは送信も受信も出来ず、したがって第三者による傍受の心配は無い。
彼らの魔力はさほど潤沢ではないし高度な魔術や妖術の技量も持たないが、彼らは術を構築も制御もしていないので関係無い――術の構築も制御も環が行っており、彼らはただその端末を一時的に借り受けて術式の維持に必要な瑣末な妖力を供給しているだけにすぎない。
送信対象の意識内に直接各種情報を投影するため、周りに聞かれる心配も無い。言うまでもなく空耳の心配も無いので、彼は即座に返答した。
「ヘキサ・ツー・ワン」 声に出して返答したのは、同様にこの送信を受けているはずであろうふたりの仲間たちに肉声で状況が読み取れる様にするためだ――すぐに頭の中に声が響き、返信が送られてきた。
「ベガ――そこから
マクミランM87R
「ツー・ワン。確認可能。捜索の対象は?」
「ベガ。
「ヘキサ・ツー・ワン了解。スタンバイ」
返答を返して、アズはヘンゾルト製高倍率スコープの接眼レンズを覗き込んだ。
侵入者は思いのほか、簡単に見つかった――姿を隠すでもなく、道路上で暴れ回っていたからだ。
指定されたポイント――
さすがに四百メートル近く離れていると確認も困難だが、どうやら
街燈の光を照り返してぎらりと銀色に輝く、異常に巨大な武器を振り回している――形状からすると剣の様だったが、手元だけを見るとリボルバー式の拳銃の様にも見えた。
もっとも、戦闘と言っていいかどうかは微妙だった――それはただただ、一方的な虐殺であった。
男がその武器を振り回すたびに、
「ツー・ワン。確認した」 アズはそう返事をしてから、先を続けた。
「金髪の
そう告げてから、彼は隣で高倍率の双眼鏡を覗き込んでいる線の細い少年に声をかけた。
「ササメ、見えるか?」
「ああ見える、すごいな」 いささか興奮気味に、ササメと呼ばれた少年がそう答えてくる。
それは無理も無い――あれほどの運動能力、あれは明らかに人間のものではありえない。
金髪の青年が手近な
拳銃の銃身に取りつけられた銃剣の刃が、冷間圧延鋼板で造られたパトカーの外板を火花を撒き散らしながら寸断する――車体と一緒に斬り裂かれたのだろう、ここからだとそこしか確認出来ない
背後から襲いかかってきた
新聞社の夕刊が張り出されたウインドウに叩きつけられた
次の瞬間には、その姿が
金髪の男が、手にしたリボルバー拳銃を振り下ろした――銃身に取りつけられた銃剣の一撃で脳天から胸骨の下端あたりまで真っぷたつにされて、
体重を感じさせない軽やかな動きでアスファルトの上に降り立った金髪の青年が、踊る様な挙動で地を蹴った。
ササメと呼んだ少年が、興奮するのも無理は無い――彼は肉体的な戦闘能力においては最底辺に属する騎士だから、肉体的に優れた戦闘能力の持ち主に対して憧れを隠さない。
あれほどまでに高い戦闘能力の持ち主は、彼等の『皇帝』が擁する騎士団の中にも滅多にはいない――単純に身体能力だけで論ずるならば『皇帝』どころか、白兵戦における最強戦力であるシンに匹敵するだろう。
しかし――あれはなんなのだ?
あの男が手にした武器――銃なのか剣なのかわからないが、あれは相当の大口径だ。シリンダーの前後の長さが十センチ以上ある――もともとライフル弾、それも相当の大口径弾薬を使うのを前提に設計されているということだ。
しかもその異常に長いシリンダーに違和感が無い――ということはレシーヴァー自体も相当大型で、反動で破壊されない様に相当量の部材を使って作られているということだ。加えてあのロングバレル。レシーヴァーに捩じ込まれているぶんを考慮しても、少なくとも九十センチはあるはずだ。エキストラクター・ハウジングが銃口附近まで延長され、表面積を拡げて銃身の冷却効率を高めるためにベンチレーテッド・リブがついている。あれでは銃身も相当の重量があり、銃身側に重心が偏って、非常に扱いにくい品物に仕上がっているだろう。
あんなものを軽々と片手で振り回すなど、人間の力では到底不可能だ――それを長時間維持するのは現代人には不可能だろう。
と――
†
ウォークライ――猿渡から受け取ったリボルバーの銃剣は折りたたみ式ではなく、前方にスライドさせて展開するタイプのものだ。回転式と違って収納したときの収納スペースを考慮する必要が無いため、刃渡りを十分長くとれる。
その結果強度も増し、十分な技量を持つ遣い手が遣えば人間の首くらいは斬り落とせる代物に仕上がっていた。
唸りをあげて襲いかかったウォークライの銃剣が、接近してきていた
少しばかり後退し、ひゅ、と音を立てて軽く銃剣を振り抜く――足元で鋒が歩道を削り取るがりがりという音が聞こえてきた。
「とは言え――そろそろ飽きたな」 つぶやいて、かすかに笑みを浮かべ――アルカードは地面を蹴った。
残る
死体に戻った
視床下部が完全に破壊されたために再び死体に戻って力を失った仲間の体を避けもせず、女の
投げつけた死体を貫いて、仲間の体がぶつかった衝撃で体勢を崩した女の
串刺しにした屍と女の
同じく徹甲弾に胴体を撃ち抜かれたものの、最初に突き飛ばした
ウォークライを振り回して
一気に内懐に飛び込んで、ふたりの
切断された手足もろとも塵となって消滅してゆく
「ちょいと騒がしくなるが――まあ、開戦の狼煙ってやつだ。派手にいこうぜ」
その言葉とともに――パトカーの後部ドア附近に向けて連続で発砲する――撃ち出されたタングステン鋼の徹甲弾が、冷間圧延鋼板の外装に穴を穿っていく。
二発目を撃ち込んだところで少し間を置いて、さらにもう一発――その一弾が車体を貫通した瞬間弾痕から炎が噴き出し、次の瞬間パトカーの車体が轟音とともに炎に包まれた。初弾と次弾によってガソリンタンクに穿たれた穴から流れ出したガソリンの蒸気が空気と混ざって出来た混合気が、三発目の銃弾と自動車の車体の鋼板との間で散った火花によって引火したのだ。
タンク内のガソリンがかなり減っていたらしく、車体の爆発がなかなか派手だ。プロの爆弾魔が車体に爆弾を仕掛けるときは、タンク内のガソリンが最低でも半分に減った状態で爆破するのがセオリーだ――これはガソリンが燃えるのは液状の状態ではないからだ。
誤解されがちだがアルコールもガソリンも重油も軽油もサラダ油も、液状の状態のときは燃焼しない。液状の状態の燃料油に松明を投げ込んでも、火事は起こらない――これは液体には酸素が混じっていないからだ。
燃料が燃えるのは、液体の状態で燃えているのではない――液面から蒸発した蒸気が空気と混合されることによって、はじめて燃焼可能な状態になるのだ。ガソリンにマッチを落とすと火事になるのは、引火点――つまり揮発して混合気を作り始める温度が、マイナス三十五度という低温だからだ。
対して引火点が四十度近い軽油はたとえ地面に零したところにマッチを落としても、蒸発が始まっていないためにまったく危険は無い――サラダ油だって揚げ物中に蒸気に引火して燃えるだけで、別に常温の油をコンロの火の上に零したから即火事になるわけではない。
つまりガソリンの燃焼というのはガソリンの蒸気と空気の混じった混合気が燃えるので、燃料タンク内のガソリンが満タンになっているよりも、少しでも多く混合気が充満している状態のほうが爆発の破壊力は大きいのだ。
爆発に巻き込まれて、七、八体の
もっとも、それどころの騒ぎではなさそうだった――
知能は無いに等しいが、いったん
それ以外でとなると頭を視床下部ごと破壊するか、もしくは全身を轢き潰して――その結果として全身が挽き肉にされ、頭部と一緒に視床下部も破壊されることになる。
爆発によって撃ち込まれた金属片には当然
アルカードはそれ以上構うつもりはなかった――炎に巻かれて激痛にさいなまれながらもどうすることも出来ないまま、ただ悲鳴をあげている
ひとりだけ離れていたのと、仲間の体が楯になって破片から逃れたらしい最後の
ウォークライのシリンダーを振り出し、空になった薬莢を弾き出す。ホテルで装填した初弾はクリップを使わずに手で装填したので、シリンダーから空薬莢がばらばらと抜け落ちてきた――発射済みの薬莢が五発と、まだ発射されていない弾頭つきのカートリッジが一発。シリンダーから抜け落ちてきた未発射の弾薬を、地面に落ちるよりも早く空中で掴み止める。
足元で跳ね回る空薬莢を気に留めず、アルカードは先ほど回収した実弾をシリンダーに装填し、軽く手首を返してシリンダーをレシーヴァーに叩き込んだ。
撃鉄を少しだけ引いてシリンダーのロックをはずし、ロシアンルーレットの前にやる様にシリンダーを回転させる。適当なところで撃鉄を戻し、彼はシリンダーの回転を止めた。
足に破片をひとつだけ喰らっていたらしく、よたよたとした動きで接近してくる
トリガーを引くとウォークライが火を噴き、轟音とともに
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