Vampire Killers 22
*
『主の御言葉』に到着したのは一時間半後のことだった――教会の駐車場にジープ・ラングラーを止め、アルカードが車から降りる。彼は車体後部に廻り込むと、バックドアを開けてラゲッジスペースで寝転がっていた三匹の仔犬の頭を軽く撫でた。
アルカードはしばらく教会の建物と犬たちを見比べてから――連れて行っていいものかどうか思案しているらしい――結局連れて行くことにしたらしく、仔犬たちの首輪に綱をつないで車から降ろした。
後部座席から降りてきたリディアが物珍しげに周囲を見回して、
「ここが日本の教会ですか――ヴァチカンの大聖堂ほどではないですけれど、かなり古い建物ですね。歴史がありそうな」
「築五十年というところだな――残念ながら、ヨーロッパの教会ほど長い歴史じゃない」 隣につけたゲレンデヴァーゲンから降りてきたエルウッドが、そんな返事を返している。
彼が後部座席のドアを開けてアルマを降ろすと、彼女は歓声をあげて仔犬たちのほうに走ってきた。
エルウッドが先に立って、教会のほうへと歩いていく――アルカードはソバとウドンを片手で抱いて、それに続いて歩き出した。アルマがそれに続いて、テンプラを抱っこしてついていく。フィオレンティーナはパオラとリディアと連れ立って、彼らに続いて歩き出した。
教会裏手の宿舎に入ると、庭先で自転車の修理をしていた柳田司祭の背中が視界に入ってきた。
「よう、柳田」
エルウッドがかけたその声に、子供用自転車のタイヤをはずそうと四苦八苦していた柳田司祭が振り返った。
「聖堂騎士エルウッド――退院おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。帰ってくるなり舞に捕まって、危うく説教食らうところだった――まったく、母親かあいつは」
「なんだったら今からでもお説教してあげましょうか?」
背後からいきなりかかった声に、エルウッドが弾かれた様に振り返る――彼は見るからにあわてた様子で後退しながら、
「舞!? いつからそこに!?」
「ああ、ありがとうのあたりですわ――お説教がお厭なら、わたしがお説教しなくてもいい様に行状を改めてくださいね」
いつの間にそこに立っていたのか、穏やかな容姿のシスターはこめかみに怒りのマークを浮かべつつそんなことを言ってから、
「さあ、聖堂騎士エルウッド。お説教がお厭なら、行状を改めてわたしの持ってるこのお米の袋を宿舎の厨房まで運んでくださるととても助かりますし、きっと好感度も上がると思うんですけれど」
「……はい……」
アルカードが横で腹をかかえて笑っている――その笑い声をよそに、エルウッドが言われるままに十キロ入りの米袋を肩に担いだ。
「それではよろしく、聖堂騎士エルウッド――わたしは皆様にお茶をお出ししないといけませんから」
こき使われてんなー……宿舎の玄関の手すりに仔犬たちの引き綱をカラビナで引っ掛けたアルカードが、エルウッドを見送りながらぼんやりとした口調でつぶやく。彼はシスター舞に案内されるままに、宿舎の中へと入っていった。
「ねえママ、パパどうしてあっち行っちゃったの?」
「そうねえ、ちょっとあのお姉さんを怒らせちゃったみたいね」
母子が交わすその会話を聞きながら、パオラがくすくす笑っていた。
教会の宿舎の中は管理をしている柳田司祭やシスター舞の性格なのか、余計な調度は一切無く綺麗に片づけられていた――アルカードは案内された応接室でソファーに腰を下ろし、ほかの者たちがそれぞれ着席するのを待って口を開いた。
「さて、と――貴方がこの教会の管理者なんだよな、司祭さん? まずは自己紹介をさせてもらうが、吸血鬼アルカードだ。聖堂騎士団での役職名は、ヴィルトール教師――どっちでも呼びやすいほうで呼んでくれ。ヴァチカンから連絡は受けていると思うが、カトリック教皇――否教皇庁は、ドラキュラ討伐に関して俺と共闘することに合意した。もっとも、俺にとっては非公式に行ってきたことが公式になった、ただそれだけの話だが」
そう言ってから、彼は聖堂騎士リディア・ベレッタが手渡した教皇の親書入りの小箱を取り出した――取り出した封筒を翳して、柳田司祭にも見える様に示してみせる。
ローマ教皇ベネディクト、PP、XVI――教皇が行う正式の署名だ。PPはPapa、ラテン語における教皇の称号の略称で、その後ろのXVIは彼が十六代目のベネディクト教皇であることを示している。
アルカードはティーカップとポットを手に入ってきたシスター舞を視線で示し、
「そちらの走り屋シスターさんから、少しだけ話を聞いた――貴方たちはフィオレンティーナの状況についてほとんど把握していないそうだな」
「はい」 柳田司祭の言葉にうなずいて、アルカードはソファーに腰を下ろしたまま長い脚を組んだ。
「ならまずはそこから説明しよう――先日フィオレンティーナは東京湾埠頭の倉庫に吸血鬼が潜伏しているという警視庁の情報を元に、穀類倉庫に斬り込んだ。これは知っているな」
「ええ。取り次いだのは私ですから」 という柳田司祭の返答に、アルカードが小さくうなずく。
「だが相手が悪かった――潜伏していたのは真祖カーミラだったんだ」
その言葉に、お茶を配り終えて着席したシスター舞が息を呑む。
「十六世紀初頭に、俺がシテ島のノートルダム大聖堂で殺したはずの相手だ――どうやって生き延びていたのかは俺にもわからん。フィオレンティーナが言うにはドラキュラに血を吸われた結果らしいが、本人から直接聞いたわけじゃないからなんとも言えない。フィオレンティーナに同行していたカトリオーヌ・ラヴィンはカーミラの『剣』だ――戦闘中に不意を衝かれたんだろう、フィオレンティーナは敗北し、カーミラの吸血を受けた」
今度反応したのはパオラとリディアのベレッタ姉妹だった――立ち上がったときにがたんと椅子が音を立てる。アルカードはそれにはかまわずに、
「俺はライルからの連絡を受けて、現場に向かった――フィオレンティーナの携帯電話の番号はわかっていたから、彼女の携帯の位置特定発信をマークすれば現場もわかる。残念ながら彼女はもう吸血を受けたあとだったがな――強力な魔力を帯びたフィオレンティーナの血を吸ったことで、あの女狐は完全ではないにしろ、かなりの力を取り戻した。正直、今の俺では勝てるかどうかわからない――セイルにやられた後遺症が残っている、今の俺では」
その言葉に合わせる様に、悲痛な悲鳴をあげながら
「そんなわけだ、今の俺では単独ではカーミラに勝てない――カトリオーヌ・ラヴィンだけならどうとでもなるだろうが、カーミラに勝てないのでは意味が無い。フィオレンティーナは自身の異能と俺の血の影響で吸血鬼化を押しとどめているが、それだけだ――カーミラが死なない限り、彼女の吸血鬼化は解けない。ほかの君たちの実力はわからないが、カーミラを殺るにはライルの協力が絶対に必要だ。正直なところ、あの女の『剣』ふたり――カトリオーヌとカール・マリア・フォン・ウェイバーそれにカーミラを一度に相手にするにはちときついがな」
「わたしたちでは戦力不足、ということでしょうか?」 わずかに視線をきつくして、リディアが口を開く。
「そうは言ってない――が、君たちは実戦の経験は?」
アルカードの言葉に、リディアとパオラが視線を交わす。
「
「そうだろうな――つまり君たちは、知能のある相手との戦闘に熟練してないってことだ。俺が論じてるのは、腕力や反射神経の話じゃない――ただ突っ込んで噛みついてくるだけじゃなく、作戦や、個体によっては術理も使う、そういう相手に対応する能力の話だよ」
アルカードのその言葉に、ふたりの少女たちは小さくうなずいた。
「そういう意味なら、わたしたちは確かに未熟ですね――わたしたちは
「そうだな。まあ、それについては熟練していくしかないな」
アルカードはそう言って立ち上がると、
「さて、せっかくだ――ふたりとも表に出ろ。お嬢さん、君もだ――三人とも力量がどの程度かわからないからな。ちょっと腕前を見せてくれ」
「おいおい、なにする気だよ」 エルウッドの言葉に、アルカードはそちらに視線を向けた。
「吸血鬼相手の実戦経験が無いんじゃ、ものになるかどうかわからない――
その言葉に、リディアとパオラがムッとするのが伝わってきた――無論わざと挑発しているのだろうが、その発言にふたりの少女たちが席を立つ。
「わかりました。胸をお借りします」 そう答えて、ふたりの少女たちがさっさと宿舎から出ていく――それを見送って、エルウッドがアルカードに声をかけた。
「どういうつもりだ?」
「なに、レイルが送り込んできたんだから実力は疑ってない――彼女たちが挑むことになる相手が何者かくらいわかっているはずだからな。ただ、言った通り吸血鬼相手の実戦経験が無いなら、知性のある相手に挑むにはある程度の熟練が必要になる。これだってその経験になるだろうし、何度かは経験を積ませないといけないだろう――そのときにフォローに回るのは俺だろうし、見込みがあるかどうかくらいは見ておきたい」
アルカードはそう言って、フィオレンティーナを促して立ち上がった。
「ふーん、まあ頑張れ」
ひとごとの口調でそう告げるエルウッド――アルカードは手を伸ばして彼の襟首をむんずと掴み、
「なに言ってやがる。おまえも来るんだよ、おまえも」
「ちょっと待て、なんでだよ」 首根っこ掴んで引きずられながらも抗議の声をあげるエルウッドに、
「ここしばらく入院してて体が鈍ってるだろ? ちょっと鍛え直してやろう」 と言いつつ、アルカードは宿舎の居間から廊下に出て行った。
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