Vampire Killers 21
ヴィルトールという名前には、無論覚えがある――リッチー・ブラックモアやライル・エルウッドの出身教室名が、ヴィルトール教室。アルカードがシスター舞に見せたのと同じ、荊の絡みついた剣の徽章を教室章とする、聖堂騎士団最古参の教師が受け持つ教室だ。
フィオレンティーナが聖堂騎士団に入って以降は開催されていなかったために、実際にヴィルトール教師を見たことは無かったのだが。
そしてシスター舞の反応や本人の言葉を正しいとするならば、アルカードがヴィルトール教師だということになる。そしてエルウッドの口ぶりから察するに、ヴィルトールというのは教師としての通名ではなくアルカードの本名の様に聞こえる。
アルカードの本名が――ヴィルトール? 彼がワラキアの生まれなのは確かなのだろう――そこを疑っても仕方が無い。
彼女は先日、女の吸血鬼の殺戮の現場を夢の形で目の当たりにした。あの女は金髪だったから、カーミラ本人ではなくその『剣』であるカトリオーヌ・ラヴィンの意識が、共通の吸血者であるカーミラを介して流れ込んできたのだろう。
吸血鬼の血を体内に入れることでその吸血鬼と記憶を共有する様な現象が起こりうるのならば、先日飲まされたアルカードの血も同じ様な効果を発揮するのかもしれない。
だとすれば、あの夢。
どこかの広い屋敷の中で、雲霞のごとく群れをなして襲い来る
アルカードの顔をした『彼』――彼がアルカード本人であるとするならば、彼は自分の身の回りの人々をドラキュラに吸われて殺されたのだ。
あのときフィオレンティーナは『彼』の意識もまた、手に取る様に知覚していた。
あの恐怖も、悲嘆も、憤怒も、憎悪も、殺意も。
彼がラルカと呼んだ少女を自ら手にかけたときに感じた、世界が崩れていく様な絶望も。
あれらの炎の様な感情すべてがドラキュラによってもたらされたものであるのならば、アルカードが自ら進んでドラキュラに血を捧げるなどありえない。
だとすれば、アルカードはやはり
だが、アルカードが
フィオレンティーナの思考は、幼い少女の歓声によって途切れた。
「パパ!」
視線を向けると、法衣を身に纏った背の高い黒髪の女性――彼女に抱かれていた彼女とパーツのよく似た女の子が、アルカードの腕の中に飛び込んだところだった。
「……あれ?」
アルカードの前方で少女を抱き止める姿勢を作っていたエルウッド――父親――が、自分の脇をすり抜けてアルカードに飛びついていった愛娘を見遣って所在無さげな顔をしている。
アルカードは少女の小さな体を、膝をかがめて抱き止めている。彼は少女と視線の高さを合わせて、明らかに穏やかな愛情の感じられる声音で話しかけた。
「久しぶりだね、アルマ。元気にしてたか?」
「うんっ!」 アルマと呼ばれた少女が、その言葉に元気よくうなずく。
「そう、よかった――元気な姿でまた会えてうれしいよ。ところで――そろそろパパのところに行ってやりな。そっちで拗ねてるから」
柱のそばで小さくなっているエルウッドを指差して、アルカードが少女にそう告げる。明らかにそうなることを期待してアルカードに先に飛びついたのだろう、少女は面白そうにくすくす笑いながら、
「うん。そうする」 そう言ってアルカードの頬にキスをしてから、父親のほうに近づいていった。
立ち上がったアルカードのそばに、彼女の母親――アイリス・エルウッドが近づいていく。
アイリスも修道服ではあったが、ほっそりとした姿態を包む修道服は一般聖職者用のものではなく、聖堂騎士団標準装備の戦闘服を兼ねた修道衣だった――現役を退いたアイリスもそれを着ているのは、ここが危険地帯だと判断したからだろう。
教師であるアイリスは右襟に自分の主催する教室を表す、荊の絡みついた鎖を意匠にした徽章をつけている。出身教室を表す左襟の徽章は聖堂騎士団の上級幹部や高位の聖堂騎士によくみられるもので、目をモチーフにした装飾を施された、荊の絡みついた曲刀の意匠――アルカードの霊体武装を目にした今ならわかる。あの徽章のモチーフは、この吸血鬼の持つ霊体武装
アイリス・エルウッドは吸血鬼のかたわらに歩み寄ると、かすかに微笑んだ。彼女は細身の体をアルカードの腕の中にうずめて、
「師匠、お久しぶりね」
「本当にな、アイリス」 アイリスの腰を左手で抱き寄せ、髪を指で梳く様にして、アルカードがそう返事をする。
「リッチーのことは、残念だった」 アイリスの体を抱きしめたまま、アルカードがそんなことを口にする。
「ええ」
最後に彼女の背中を軽く二度叩いてから体を離し、アルカードは彼女の背後に控えていたふたりの少女に視線を向けた。
パオラとリディアのベレッタ姉妹は、ともに地中海系の特徴を持つ少女だ。
双生児で、顔だけだとぱっと見にはまったく見分けがつかない――本人たちには言えないが姉妹で発育に差があるので、首から下を見ると簡単に見分けがつくのだが。
いずれもフィオレンティーナと同じく、左襟にブラックモア教室出身者であることを示す荊の絡みついた折れた翼の徽章をつけている。ふたりはフィオレンティーナと同様、祝福儀礼を施した聖書を一冊手にしていた――聖典使いにはそれで十分だ。
リディアはパオラよりも若干細身で、意志の強さを示す様に強い眼差しでアルカードを捉えている。長い髪を大きな三つ編みにして、右肩から垂らしていた。
パオラはリディアに比べるとプロポーションがよくて、目元が優しげで穏やかな感じに見える――ちょっとあこがれの体型であることは、本人には言えないが。こちらは癖のある髪を背中まで伸ばしている。
パオラがこちらに視線を向けて、安心した様に微笑んだ。
「久しぶりね、フィオ。話は聞いてるわ、ずいぶんと苦労したみたいね。ちょっと待ってて、今はこの話をしないと」
パオラがそう言ってからリディアを促し、アルカードのそばに歩み寄る。聖堂騎士たちはアルカードの前にふたり並んで立つと、一瞬視線を交わしてからそろってお辞儀をした。
「はじめまして、吸血鬼アルカード――わたしは聖堂騎士団第二十六位、リディア・ベレッタと申します。こちらは姉の聖堂騎士団第二十七位パオラ・ベレッタ。まずはわたしたちの友人であるフィオレンティーナの危急を救ってくださったことに、感謝を」
そう言って再びお辞儀をするリディアとパオラ。アルカードは頬を引っ掻いてから、
「ご丁寧にどうも、お嬢さんがた。吸血鬼アルカード――ヴィルトール教師だ。君たちは聖堂騎士団と俺の関係をすべて知らされた上でここに派遣された――そう判断していいのかな?」
「はい。それで結構です」 アルカードの言葉にうなずいて、パオラがそんな返事を返す。
「貴方とエルウッド家の関係は上層部には秘匿されてますが、教皇庁上層部はドラキュラ討伐のためにヴァチカンと吸血鬼アルカードの間で休戦・同盟協定を締結するという、かねてより聖堂騎士団上層部が提出していた案に合意しました。これよりわたしたちふたりは聖堂騎士エルウッド、ならびに聖堂騎士フィオレンティーナとともに、貴方に協力してドラキュラ討伐の任に当たることになります。これは教皇直筆の親書です、ご確認ください」
リディアが手にした鞄の中を探り、そこから取り出した小箱をアルカードに差し出す。彼女が蓋を取り除くと、アルカードは手を伸ばして中に入っていた封蝋の施された封筒を取り出した。
封筒の裏側には、現教皇ベネディクト十六世と聖堂騎士団長レイル・エルウッドの連名の署名が記され、まるでそれが贈り物だという様に祝福儀礼を施された強烈な聖性を帯びた銀十字架の鎖が封筒に絡みついている。
それを見てふっと笑い、アルカードは封筒の書名を確認してからリディアの手にした小箱に封筒を戻した。彼女が蓋を閉めるのを待って精緻な装飾の施された小箱を受け取り、
「親書は確かに受け取った――内容については落ち着いたら目を通すことにしよう。どのみち今までの関係が教皇公認になるというだけの話だしな。まずは場所を変えようか――どのみちこんなところで読む内容でもないだろう。日本における聖堂騎士の拠点になっている教会に、顔を出さなくてはいけないからな」
いぶかしげな顔をする少女たちに、アルカードはかすかに笑いかけた。
「フィオレンティーナの状況を知らない教会関係者に事情を説明すると約束したんでね。ここは人が多すぎて落ち着かないしな」
そう言って、アルカードはアルマに声をかけた。
「行こうか、アルマ――たしか、犬が好きだったね? 俺がこの間犬を飼い始めたんでね、連れてきたんだ。仲良くしてくれるといいんだけどな――」
*
アパートの裏手には小さな駐車場がある――これはもともとアパートの敷地ではなく、アルカードが自分で使うために近所の老人から買った土地なのだそうだが。
駐車されているのはワインレッドのシェルビー・コブラGT500――アルカードが言うにはフォードのマスタングというスポーツカーの公式チューン版らしいが――と、ソリッドブラックのジープ・ラングラー。共通の特徴として、二台とも車体を前後に貫く二本線のライン状のデカールと、左側のフェンダーに炎をモチーフにしたらしいカッティングシートが貼りつけられている。
マスタングの装飾は黒、ラングラーの装飾は赤だった。車体形状に合わせたアレンジはされているのだろうが、カッティングシートのデザインはほぼ共通しており、同じ意匠であることは明らかだった。
二台のアメリカ車のほかには、それに一台ぶんの空きスペースをはさんでシャッターつきの小さな倉庫――本来はオートバイを留めておくスペースなのか、手前に設けられたスロープが今は跳ね上げられて、倉庫前面にくっつける様にして固定されている。反対側の端のスペースには、カバーをかけられているために車種はわからないが二台のオートバイが駐車されている――二台ともアスファルトの上に敷いた鉄板の上に転がされたコンクリートの塊とフレームをチェーンで縛着されており、それが盗難防止措置であるらしい。
「本当に運転が出来るんでしょうね」 数歩先を歩く吸血鬼の背中に向かって、フィオレンティーナはそう声をかけた――疑いを隠そうともせずに。
「本っ当に疑り深いな、君は――ちゃんと免許証は見せただろう? ゴールド免許を」
肩越しに振り返りながらそう言ってくるアルカードに、フィオレンティーナはあからさまに疑わしげな視線を向けた――その視線にかすかな苦笑を浮かべ、アルカードが適当に肩をすくめる。
「いくらでも偽造出来るでしょう」
彼はジープの運転席のドアを開け、アルカードが運転席に体を滑り込ませながら、
「失礼な。俺が偽造なんかする男に見えるのか?」
いかにも俺は今猛烈に傷ついてますという口調で――わざとらしく――言ってくるアルカードに、フィオレンティーナは氷点下の視線を向けた。銃刀法を完全に無視して日本国内に銃を持ち込んでいるくせに、そんな寝言を吐くのはどの口だ。
その視線に苦笑して、アルカードはかぶりを振った。彼はメインスイッチを回してエンジンを始動しながら、
「大丈夫だ、心配するな――免許は本物だし、こう見えてもT型フォードのころから無事故無検挙だ」 そんなことを言ってくる。エンジンが温まるのを待つつもりなのか、アルカードがリラックスした様子でシートのバックレストに体重を預ける。
No WarningのScratch the Skinが、前回停止したときからのレジューム再生なのだろう、途中から再生し始めた。アルカードがカーナビのボタンを操作して、いったん巻き戻して曲の頭から再生を始める。
助手席に乗り込むや否や不信感を示すためにシートベルトを締めると、アルカードはそれを確認して自分もシートベルトを締めた。
「さっきのことですけど」
話しかけると、アルカードが視線をこちらに向けるのがわかった。
「ああ」
「……無違反とは言いませんでしたね?」 と続けるが、アルカードは返事をしなかった――視線を向けると、彼は思いきりあさっての方向に視線をそらしていた。
「それで、どこに行くんですか?」
「こないだのショッピングセンターでいいだろ――着替えやらなんやらと、自炊するんなら、なにかしら調理器具とか家電品もあったほうがいいし。ほかに心当たりがあるのか? だったらそっちに行くが」 シフトレバーを操作して駐車ブレーキを解除しながら、アルカードがそう返事をしてくる。フィオレンティーナはかぶりを振って、
「いえ、別に心当たり無いですから、そこに」
「わかった」 アルカードがそう返事をして、シフトレバーを操作する。駐車ブレーキを解除して軽くアクセルを吹かすと、ゆっくりと車体が動き始めた。
駐車場から右側に向かって車を走らせると、左側にコンビニエンスストアと道路を挟んで黄色い看板の有料駐車場が視界に入ってきた――丁字路の交差点になっていて、手前がコンビニエンスストア、向こう側は機械化された有料駐車場。右側は白漆喰の塀に黒い瓦葺きの塀を備えた、周りの民家の規模からすればかなり大きな平屋建ての屋敷になっている。
「本条さんといって、ここらの地主だった人の屋敷だよ――爺さんの家屋敷も、アパートも彼の持ち物だった」 俺の駐車場もな――アルカードがそう説明してくる。
しばらくすると視界を左右に分断する高速道路の高架が見え、その手前の信号でアルカードは車を止めた――あまり余裕の無い、急ブレーキとまでは言わないが乗客に負担のかかる強いブレーキングだ。
前に止まった軽トラックを睨みつける様にして、アルカードが小さく舌打ちを漏らす――左右対称に配置されたブレーキの作動状態を示すものらしい赤いランプが、両方とも点燈しなかったのだ。
彼はハンドルを叩いてクラクションを二度鳴らすと窓から顔を出し、こちらも軽トラックの窓から顔を出した髪の毛を金髪に染めた三十歳くらいの男に、
「ブレーキランプが左右とも切れてるぞ」
あまり気にしていない様子で、軽トラックの運転手が片手をあげて頭を引っ込める。
「ハイマウントの無い軽トラで、追突されたいのか――そのうち事故るぞ、あいつ」 苛立たしげにそう毒づいてから、とりあえずそれで整備不良車のことは意識から締め出すことにしたらしく、アルカードはシートに座り直した。
高架の向こう側に、先日のショッピングセンターが見える。
「ここまではまっすぐだから、なにも考えずに歩いてればいい」 道案内のつもりなのか、アルカードはそう言ってきた。
「もうひとつ向こうの交差点があるだろう? その交差点の向こう側の右手が例のショッピングセンターだ。交差点を左折した先に、ライルの入院してる病院がある。向こう側の左手は、JRの駅になってる」 アルカードはそう言ってから、歩道を指差した。
「歩道と車道を完全に分離するために、この交差点には横断歩道が無い――代わりにこの連絡通路を使って、交差点の角のどの場所にでも行ける」
屋根と硝子張りの壁で完全に風雨から保護された渡り廊下の様なものが、頭上を通って左右の歩道をつないでいる――否、高架道路の下をくぐる様にして向こう側にも伸びており、さらにそれとは別の連絡橋がちょうど交差点の中央付近でX字に交叉していて、歩行者は交差点の四偶のどこにでも直接行ける様になっている。その代わりにか、横断歩道と呼ばれる路面の表示も歩行者用の信号も無い――歩行者と自動車の事故を防ぐには、歩行者を車道に入らせなければいいということか。ただ、体力的に問題のある老人はどうするのだろう――そう思ってよく見ると、いずれも連絡橋の下に四角いエレベーター坑があった。
「左側にずっとまっすぐ行くと、ライルの住んでる教会のある街に出る。つまり、君も泊まってる教会ってことだが――ただ、歩きで行くのはあきらめたほうがいいだろうな。地図上の直線距離は短いが、途中に峠もあるし」
「……ええ」 疲れきった顔をしているフィオレンティーナを不思議そうに見ながら、アルカードは首をかしげた。
「なにか嫌なことでもあったのか?」
「いえ、別に。気にしないでください」
「? ……そうか」
アルカードはそれで納得することにしたらしく、信号が青に変わったので前を走る軽トラックに続いて車を発進させた。
四つ角すべてを連絡通路で接続した前方の大型交差点を右折すると、左側にショッピングセンターの立体駐車場への入り口が見えた。
アルカードが左折のウィンカーを出すと、それに気づいた交通誘導の警備員が歩道の歩行者を確認し始めた――問題無しと判断したか、駐車場の入り口を手で示す。
アルカードは駐車場が空いているフロアを示す電光掲示板を確認して、九十九折りになった駐車場の入口に車を進めた。
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