Vampire Killers 19

 

   *

 

「お疲れ様、しばらく休憩してきていいわよ」

 老婦人のその言葉に、アンとフィオレンティーナは彼女のほうを見遣った――じゃあ失礼します、と言い残して、アンがフィオレンティーナを促して歩き出す。

「あの、アンさん」

「ん? なあに?」 先を歩いているアンが、そんな返事をしながら肩越しに振り返る――ちょっとうつむきながら、フィオレンティーナはさっきからずっと考えていたことを口にした。

「アルカードは、犬を飼ったことがあるんですか?」

「――はい?」

 心底意味がわからなかったのだろう、アンが完全にこちらに向き直った――その視線を捉えて、

「だから、その。彼は犬を飼って面倒を見たこととかあるのかなって」

 その言葉に、ふたりは同時に沈黙した――仔犬三匹が管理人部屋の中を所狭しと駆け回り、アルカードがそれにキレて暴れ出すという光景を想像したからだ。たぶんアンも似た様なものに違い無い――視線だけで合意に達し、ふたりは裏口のほうへと歩き出した。

 事務室の扉の前を通り過ぎて、裏口から外に出る。

 裏庭は芝生と土で出来ているが、塀の扉に向かってコンクリート製の側溝の蓋が飛び石の様に埋め込まれていて靴に泥をつけずに移動することが出来る。

 すでに水溜りの出来た小ぢんまりとした裏庭を抜けて、アンがアパートとの間を仕切る塀の扉を開けた。そうするとすぐに、アパートの裏側――アルカードの住む管理人部屋の大きなキッチン横に設けられた掃き出し窓が視界に入ってくる。

 わずかに開かれた窓にはカーテンはかかっておらず、覗き込むとアルカードが駆けずり回っているのが見えた。窓が数センチほど開けられているので、声も聞こえてくる。

「こらっ……ちょっと待ちなさい、それは駄目だ、それは食べ物じゃない!」

 アルカードが部屋の隅に置いてあった蚊取り線香のコードを喰いちぎろうとしている茶色い仔犬を引き離し、それがひと段落する間も無く今度は黒い体毛の仔犬が絨毯の上にかがんで息み始める。お尻の位置が高い――ということは排尿ではない。

「駄目――っ!」

 悲鳴の様な声をあげながら、アルカードが手にした新聞紙を仔犬のお尻と絨毯の間に差し込む。黒い仔犬の排泄物が首尾よく新聞紙の上に落ちたことに安堵するのも束の間、白い毛の仔犬が絨毯の上で放尿しているのを目にして、アルカードは悲鳴をあげた。

「きゃ――!?」

「……」

「……」

 全然犬とか飼った経験は無いみたいね――アンの表情が如実にそう語っている。フィオレンティーナは無言のままで同意を示してうなずいた。

 アルカードが本気であわてているのは間違い無い――だって庇の下にビニール傘を差して立っている、自分たちふたりにも気づいていないのだから。

 こちらにはやはり気づいていないのか背を向けたまま、金髪の吸血鬼は――滅多に無いことだが――ぜえはあと荒い息を吐きながら、白い仔犬の作った世界地図の上に新聞紙をかぶせ始めた。

 新聞が子犬のおしっこを吸ってしまったところで黒い子犬の排泄物と一緒にゴミ袋に放り込み、続いてリビングから出て行くと、新聞の枚数が足りなかったのか縛着された古新聞の束と水をためたバケツ、雑巾を持ってきて戻ってきた。

 彼はそこでフィオレンティーナたちに気づいたのかバツの悪そうな苦笑いを浮かべてから、仔犬の作った世界地図の吸い残しに新しい新聞をかぶせてその上に重しの様に新聞の束を放り出した。

 蘭と凛という名のあのふたりの女の子は、ダイニングテーブルの椅子に腰を降ろしてテーブルの上に置かれた皿と、アルカードの様子を見比べている。

「休憩か? 犬の様子が気になるんなら入ってきなよ」

 手は止めないまま、アルカードがこちらに声をかけてくる。庇の下にも雨が吹き込んでいるので、フィオレンティーナたちは玄関に回って部屋に上がり込んだ。

「なかなか苦戦してるみたいね」

「ああ、手強いよこいつら」 アンの言葉を首肯して、アルカードはバケツの水ですすいだ雑巾を絞った。

「犬を飼うのははじめてですか?」

「ん?」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードが雑巾をたたみ直しながらこちらに視線を向ける。

「犬を飼うのははじめてですか?」

「ああ――俺の養父が猟犬を飼ってたが、こんな仔犬の世話ははじめてだ」 フィオレンティーナが繰り返すと、アルカードは苦笑しながらそう答えた。

「さて、問題は餌だな――こいつら、固形物を喰えるのか?」 茶色い仔犬を抱き上げて、アルカードはそんなことをつぶやいた。

「なあ、アン。こいつら生後何ヶ月くらいに見える?」

「わかんない。でも友達に柴犬を赤ちゃんのときから飼ってる子がいるから、電話して聞いてみようか――写真送るからちょっと撮っていい?」

「ああ、頼む」 アルカードはそう答えて、携帯電話を取り出すアンの前に三匹の子犬を全員集めた。

「こら、ちょっと、おとなしくしなさい」

 アルカードにじゃれつく黒い仔犬を叱っているアルカードごと、アンが犬の姿を写真に収める。次いでもう少し接写をしたいのか、アンはかがみこんで一番おとなしくしている白い仔犬の写真を撮った。

 それから電話をかけて、

「あ、もしもし? ユリ? アンだけど――今時間ある? ちょっとわたしの友達のことで相談に乗ってほしいの――うん。え? 大丈夫、そんな深刻な相談じゃないから。わたしの友達が犬を拾ってきたんだけど――うん、そう。柴の仔犬。ユリさ、柴犬を赤ちゃんから面倒見たって言ってたでしょ? そうそう、ユリの家の――イチゴちゃんだっけ? その経験を貸してほしいの。犬を拾ってきたけど、授乳が済んでるのかどうかとかなにもわかんなくて――写真送っていい? じゃあ切るね」

 電話を切ったアンが、メールを送る準備をしているのだろう、キーボードをせわしなく押し始める。

「どうだ?」

「とにかく写真を見せてほしいって」

 写真を添付したメールを送ってから待つこと数分、メールの着信を示す着信音が鳴った。

「どれどれ――たぶん二ヶ月くらいだって。餌は缶詰を食べる様なら、それで大丈夫だって言ってた。カリカリの固い餌は、まだしばらく控えた方がいいかもだって」

「わかった、ありがとう」 アルカードはうなずいて、硝子テーブルの上に置いてあった携帯電話を取り出した。そのまま誰かに電話をかける。

「――あ、もしもし、ジョーディ? 俺、アルカードだけど。今日何時ごろに帰ってくる? ――あ、そうなんだ。悪いけど、ちょっと買い物頼んでいいか? ああ、ちょっとな。柴の仔犬の躾け方とか、そういうの書いた本を買ってきてくれないか? ああ、ちょっと事情があって管理人部屋で飼うことになったんだ。ほら、ショッピングセンターに大型書店と一緒にペットショップがあったろう? 出来れば缶詰の柔らかいドッグフードも頼めないかな。うん、ひとつかふたつでいい、明日買いに行くから。俺は今犬に係りきりで手が離せなくてね。一応離乳はすんでそうだから、うん、ドッグフードで大丈夫だと思う。頼むよ――え? そいつはちょっと高くないか? ――わかった、今度晩飯奢る。それで手を打ってくれ。よし、交渉成立だな。じゃ、よろしく」

 それで会話が終わったのか微妙に満足げな表情で電話を切ってから、アルカードは仔犬を抱き上げて立ち上がった。

「さて、俺はちょっとこいつらを風呂に入れてくるよ――泥だらけだったしな。ま、暴れるかもしれないけど」

 そう言ってから、吸血鬼が冷蔵庫を視線で示す。

「休憩中なんだろう? しばらくゆっくりしていくといい――飲みたいものがあったら飲んでいいから」

 その言葉を残して、アルカードは早足でリビングから出て行った。

 

   *

 

 空港に向かう途中の幹線道路はどうも行き先で渋滞しているのか、かなりの込み具合だった――ゲレンデヴァーゲンの後方でジープを停車させ、アルカードが厭そうに顔を顰める。

 少し向こうに『とまれ』という看板が見える――普段見かけるものではないから、工事中か警察が非常線でも布いているのだろう。

「なにかあったんでしょうか」

「さてな、君を保護した直後なら、あの女――立花深冬の身柄確保のための非常線ってことで納得出来るがな」

 苛立たしげにハンドルを指で小突きながら、吸血鬼がそう答えてくる。彼は気を落ち着けるためか小さく息を吐いてから、

「いずれにせよ、あの看板はもうちょっと愛想よく出来ないのかね――なんで命令口調なんだかな」

 命令されると逆らいたくなる、吸血鬼はそんなことを言ってから、

「まったく、時間無いってのに」

「はいはい、苛々するのはわかりますけどソバちゃん抱っこして落ち着いてください」

 膝の上のソバをアルカードの腕の中に放り込んでやると、彼は麻呂眉の仔犬の喉元をくすぐりながら帰りにしてくれればいいのにと愚痴を零し、それで怒りを収めてカーオーディオのコントロールパネルに手を伸ばした。

 それまで流れていたSUM41のNo Reasonが、別な曲に切り替わる――曲名はわからない。

 そのときゲレンデヴァーゲンが一台分進んだので、アルカードもクラッチを軽くつないでジープを数メートル進ませた。ガソリンが惜しいと思ったのか、そこでいったんエンジンを止めてしまう。

 いったんメインスイッチをオフにしたあとで再び電源オンにしたのか、いったん途切れた音楽が再開された――エンジンが止まっているからなのかエアコンのルーバーから生暖かい風が吹き出し始めたので、アルカードが手を伸ばしてエアコンのスイッチをオフにする。

 カーナビの液晶画面に表示された曲目からすると、Dark TranquillityのThe Wonders At Your Feet。スウェーデンのバンドが演奏するデスメタルだったはずだ。

「……こういう曲ばっかり聴かせるのは、この仔たちの教育によくないと思うんですけど」

「胎教じゃねーんだから」

 君は母親か、と控えめに突っ込んだところでようやく自分の番が回ってきたので、アルカードはソバをフィオレンティーナに返してエンジンを始動させ、警察官の前までジープを進ませた。運転席側のウィンドウを開けると、まだ若い交通課の警察官が、

「こんにちは、運転免許証を拝見してもよろしいですか――って、また外人さんか。おい、誰か英語しゃべれたっけ。いない? あー――まいったな。日本語話せますか?」

「大丈夫ですよ」

 さっきまでの苛々した態度が嘘の様に愛想のいい口調で、アルカードがそう答える。彼は日本の運転免許証と外国人登録証明書を提示しながら、

「俺は日本語を話せます。平気ですよ。ずいぶん物々しいですね、なにかあったんですか? 飲酒運転の取締りってわけじゃなさそうですけど」

 相手が流暢な日本語を話していることに安堵した表情を見せて、警察官も若干柔らかい口調でこう言った。

「それならまだいいんですけどね。ちょっとおかしな殺人事件がありまして――」

「おかしな殺人事件?」

「ええ、最近体の血を完全に抜き取られて失血死した被害者が大勢出てましてね。ほら、こないだも秋葉原であったでしょう、十六人も一度にやられた殺人事件とか」

 その言葉に、背筋が凍る――車の中で殺されたというのは、おそらく例の夢のあれだ。

「ああ、新聞に載ってたあれですか。現代の吸血鬼とかって、週刊誌で大騒ぎしてますね。あれ本当なんですか?」

「ええ、体内の血液の大部分が抜き出されて殺されたのは確かです――明らかに周りの血痕と出血量が見合ってなかったりね」

 若い警察官はそこで言葉を切ってからちょっと考え込んで、

「今回の件は別件なんです――東京の話じゃなくて。昨日の夕刊に載ってたの、ご存じないですか?」

「ああ、茨城の日立の?」 アルカードがそう返事をする。新聞は知らないが、ニュースにはなっていたので一応知っている。

 イバラギ県ヒタチ市というところで、猟奇殺人事件が起こったらしい。アナウンサーたちの難しい言い回しは理解出来なかったので、細かい内容までは知らないのだが。

「ええ、そうです。おかしいのは――新聞にも載ってるんで言っちゃいますが、収容された被害者の遺体の頸に、牙の跡みたいのがあったんですよ。しかも遺体のいくつかが、警察病院から盗み出されているんです」

 その言葉に背筋を汗が伝うのを感じながら、フィオレンティーナはアルカードの背中を見遣った。それは間違い無く、吸血鬼にやられた跡だ。

 そして無くなった死体というのは盗み出されたのではない。彼らは噛まれ者ダンパイアになって、自分の足で警察病院から出ていったのだ――もしも喰屍鬼グールになったのならば、警察病院から脱出する様な知能の持ち合わせはありえない。警察病院から脱出しようなどとは考えずに、病院内で手当たり次第に人間を襲っているはずだ。

「目下我々も捜査に全力を挙げてはいるんですが、なかなか尻尾が掴めなくて――っと、こんなこと民間の人に話すべきじゃないですね、余計な心配をかけちゃいますか。ところで免許証貸していただけます?」

「否、正直に状況を教えてくれるほうが助かりますよ、脅威がどんなものかがわかってれば自衛の手段も考えられますからね。第二次世界大戦中の日本やフォークランド紛争中のアルゼンチンの大本営みたいに、大嘘の情報流されると脅威の度合いがわかりませんから、そっちのほうが困ります――と、どうぞ」

 アルカードが従うと、警察官は手にしたクリップボードと免許証を見比べてから免許証を返した。

「はい結構ですよ。それにしても日本語お上手ですね、何年くらいになるんですか?」

「そろそろ十年ちょっとになりますかね」

「十年ですか、そりゃお上手だ――と、すみません、ありがとうございました。どうぞお通りください、お気をつけて」

「おまわりさんたちこそ、くれぐれもご注意を――決してひとりでは犯人探しをしない様に」

 そう答えてから、アルカードは前方に視線を戻した。運転に集中するからということか、ソバをフィオレンティーナの膝の上に戻してからクラッチをつないでアクセルを踏み込む。

「アルカード、今の話――」

「ああ、間違い無く吸血鬼の仕業だな――誰の仕業なのかが問題だが。変わりたてヴェドゴニヤ吸血鬼馬鹿か――死体が発見されて警察病院に収容されたということは、攫ってから吸血するっていうセオリーもわかってない様な新米吸血鬼の可能性が高いな。もしそうでなければ、死体を始末する余裕も無かったのかもな」

 ほかの吸血鬼との縄張り争いや魔殺しの追跡で、そういう状況に追い込まれてる状況は珍しくないからな――少し厳しい口調で、アルカードがそんな言葉を口にする。

「そう、それで思い出しましたけど」 フィオレンティーナが声をかけると、アルカードはちらりとこちらに視線を向けた。

「ん?」

「秋葉原の事件の吸血鬼ですけど――貴方に先を越された廃工場の。結局わたしは直接戦ってないんですけど、あの吸血鬼の上位個体って、どうなったんですか?」

「小泉純一のか? あのガキが蘇生する前に殺したよ」 前方に視線を戻して、アルカードがそう答えてくる。

「あれこそ死体を片づける余裕も無く、手当たりしだいに喰い散らかした一例だがな。その場は逃げ延びて、次の日の晩にまた獲物を漁ろうと歓楽街に潜んでたところを捕捉して背後から心臓を一突きシアーハートアタック――蘇生前に上位個体が死んだから、あのガキは主持たずヴァンパイヤントになって蘇生したんだけどな。上位個体に関しては始末する前の晩に一度戦ったときに取り逃がしてな――ライルがいなかったから、ひとりだとやっぱり追跡の手が足りなかった」

 という言葉から察するに、騎士ライル・エルウッドはアルカードと二名一組ツーマンセルで行動していたのだろう――彼らはただ家族ぐるみの交際があるというだけではない。戦闘任務においても共に行動しているのだ。

「その上位個体が秋葉原に移動して、そこで小泉純一を含む十七人の被害者の血を吸うだけ吸ってその場を離れたんだろう。犠牲者をどこかに拉致したり、死体や血痕を隠す様な余裕は無かったんだろうな――で、さっきも言ったとおり、上位個体は翌日の夜に俺に殺された。どこまで聞いてるかわからないが、秋葉原で実際に死体が発見されたのは俺が上位個体を殺したあとだ。秋葉原の路地で昼間っから戯れようとしてた露出狂の変態カップルが、小泉純一が蘇生して死体がひとつ減ったあとの死体の山を発見した」

 アルカードはそこでいったん言葉を切り――エルウッドの運転するゲレンデヴァーゲンが信号が赤に変わったためトラックの後ろで停車したので、その後方でジープを停車させる。フィオレンティーナの膝の上で自分のほうに伸ばしたソバの前肢を軽く握り、アルカードは先を続けた。

「蘇生前に上位個体がすでに死んでいたから、小泉純一は主持たずヴァンパイヤントになったわけだが――時系列としては上位個体が小泉純一以下十七人を殺害、翌日に俺が上位個体殺害、それに前後して小泉純一が蘇生してその場を立ち去る、死体発見の流れだな。だから発見されたときに現場に遭ったのは、すでに傷み始めた遺体ばかりだったと聞いてる」

 彼はそう言ってから、

「今回のケースだが――ある程度場数を踏み、自分の能力がどういったものかを理解し始めれば、被害者の死体を放置し続けることは無くなるはずだ。マスメディアによる情報伝播の速度がどれだけ速いか、現代人であれば容易に想像がつく。人間側の警戒を招くことになるから、死体の放置にはほとんど意味が無い。にもかかわらず死体を警察に回収されるへまをやったんだとしたら、小泉純一の上位個体の様にその吸血鬼に死体を片づける余裕も無かったか、あるいは――」 彼はジープのハンドルを軽く切って交差点の右折レーンに入り、横断歩道を確認するために身を乗り出して言葉を切った。

「あるいは?」

 右折を終えた彼に続きを促すと、

「もしくはあれだ、蘇生したときに蘇生した個体が暴れやすい様に、わざと現場に死体をそのまま放置した場合。吸血鬼化した被害者が人間の血を吸えば吸うぶんだけ、加害者の吸血鬼の自己強化も早くなるからな」

 フィオレンティーナはその言葉にうなずいてみせた――吸血鬼化した被害者を自分の下位個体として回収するつもりが無い場合、死体を人の多い場所に放り出して蘇生直後から周囲の人間を襲わせることで手っ取り早く多くの血を吸わせることが出来る。噛まれ者ダンパイアにせよ喰屍鬼グールにせよ、蘇生する遺体は日光の当たる場所に置いておくと蘇生しないので、野外にほったらかしていても蘇生と同時に即消滅という事態にはならない。

 下位個体が血を吸えば吸うほど上位個体に回収出来る力も多くなるから、棄て駒として考えるなら悪い手でもないだろう――問題はそれによって、人間側が警戒を強めてしまうことだ。

「まあ、それが吸血鬼の意図だとしたら、意図ははずれたことになるな――騒ぎになるのを避けるために、病院内での食事を控えるだけの知恵もある。間違い無く知能を持った噛まれ者ダンパイアだ――自分の状況も理解してると見える」 さも厭そうにこめかみのあたりを掻いてから、アルカードは溜め息をついた。

「でも、誰の仕業なんでしょうか」

「さぁね――誰であってもおかしくないよ、どのパターンであってもな」

 投げ遣りな口調でそう言ってから、アルカードは胸元で揺れる銀製の十字架に手を這わせた――単なるアクセサリーかと思っていたが、それがキリストの磔刑像を象った、宗教的意味を持つものだとふと気づく。

 だがその疑問を口にするよりも早く、

「少しばかり余計な時間を喰ったな、ちょっと急ぐか」 つぶやいて、アルカードがゲレンデヴァーゲンを追ってアクセルを開く。それとほぼ同時に、音楽がDeep PurpleのBurnに切り替わった。

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