Vampire Killers 18

 

   *

 

 『主の御言葉』――日本の教会は、教会名になにかしら気取った名前をつけたがるのが多いらしい。

 いわく聖ヨセフ、聖ペトロ・聖パウロ、アシジの聖フランシスコ、暁の星の聖母、王であるキリスト、日本二十六聖人殉教者、幼きイエスの聖テレジア、雪の聖母。とりあえず幼いのはイエスなのか、それともテレジアなのかどっちなのだろう。

 そういえば昔北海道にツーリングに行ったとき、恵庭と岩見沢、住ノ江と樺戸と真駒内にそれぞれ同じ名前の教会があったりもしたな。

 それが悪いとは言わないが、逆にわかりにくくはないのだろうか――そんなことを考えながら、アルカードは赤信号が青に変わったのを確認してクラッチをつないだ。

 アコースティックアレンジされたNickelbackのSomeday――ギターに合わせた穏やかな曲調が耳に心地いい。

 もっとも、かたわらの少女にはそんな余裕は無さそうだったが。

 助手席のフィオレンティーナは膝の上に仔犬を抱いて、ソバがこちらにじゃれつこうとするのを止めるのに苦労している様だった――アンの友人の判断が正しければまだ生後一ヶ月と経過していない犬たちは棄て犬だったからか長時間飼い主が家を空けると不安になる様だったので、動物を連れて行けば幼いアルマが喜んでくれるのではないかという目算もあって一緒に連れてきたのだ。

 怖いのは、彼女たちが車の中で粗相をすることだけだ――そのために変な時間に散歩に連れ出したんだから、頼むから車の中では我慢してくれよ。

 胸中でつぶやいたとき、先行しているエルウッドの駆るドゥカティ・ムルティストラーダのウィンカーが点滅し、少しばかり古くさ――いやいやクラシカルな煉瓦造りの教会の駐車場へと入っていった。

 ライル・エルウッドの赤い大型バイクが、都心からはずれているために閑静な雰囲気の保たれた住宅地の中に建ったクラシカルな教会の駐車場へと入っていく。

「ちょっと、待ちなさい!」

 それに続いて駐車場へと車を入れようとするアルカードを、フィオレンティーナがあわてて押しとどめた――なんでだよ、路駐は近所迷惑じゃないか。ハザードランプを出しながら非難の視線を向けるアルカードの鼻先にフィオレンティーナはびしっと指を突きつけて、

「いいですか、貴方は自分の立場がわかってるんですか!? 貴方は吸血鬼なんですよ――わたしのこともそうですけど、そもそも吸血鬼が教会に立ち入ろうなんて考えるのが、」

「そう言われてもな――ライルの結婚式はヴァチカンの大聖堂でやったじゃないか。俺普通に入ってたぞ」

 心底困った表情で頬を掻きながら、アルカードはそう答えた。

「それより、ライルから聞いたが、君この教会に投宿してたんだろう? 財布とかもこっちに置きっぱなしなんだし、荷物があるんだったら取ってきたらどうだ」

 フィオレンティーナはその言葉に一瞬口ごもってから、

「……吸血鬼に噛まれてるわたしが、教会の宿舎に入れるわけないじゃないですか。教会の人たちに見つかったら、ここしばらくどこにいたのかとか、事情を説明しないといけないんですから。噛まれて吸血鬼になりかけてる今のわたしの事情なんて説明したら、どんなことになるか――」

「ふーん、まあそうだな。でも――」 そう主張するフィオレンティーナから視線をはずして歩道に面した運転席側のバックミラーを見ながら、アルカードは嘆息した。

「――でも、もう無駄だと思うぞ?」

 それはどういう――フィオレンティーナがそう尋ね返そうと口を開くよりも早く、こんこんと音を立ててジープのサイドウィンドウが軽く叩かれる。アルカードがパワーウィンドウを操作して窓を開けると、窓からこちらを覗き込んでいた穏やかな美貌の修道女が声をかけてきた。

「あの、ごめんなさい。教会にいらっしゃったお客様ですか? でしたらここではほかの方の通行のご迷惑になりますから、教会の駐車場に――あら?」

 シスターの視線がアルカードからフィオレンティーナに移り――対照的に血の気が引いた表情でフィオレンティーナが硬直している。

「聖堂騎士フィオレンティーナ……? ご無事だったんですね!」 いきなり表情を明るくして、若いシスターがフィオレンティーナにそう声をかける。

 彼女がいきなり窓から右手を車内に突っ込んできたので、アルカードはシートごと体を後退させてその動きを躱した。ヴェールの下からこぼれ落ちた黒髪が揺れ、甘い体臭が鼻腔をくすぐる。

 彼女はそのまま手を伸ばしてもフィオレンティーナには触れられないからだろう、彼女はいったん体を引っ込めて助手席側に廻り込み、ドアを勝手に開けて少女の肩やら腕やらをぺたぺた触りながら、

「よかった、吸血鬼討伐で東京湾埠頭に行かれてから、連絡がまったく無いから心配してたんです。教会の子供たちもずいぶん心配してたんですよ――立花警視は行方不明だし、現場までお連れした警察官は殺されたと聞きましたし、本当にご無事でよかったですわ」

 その光景を横目に眺めながら、耳の後ろをポリポリと軽く掻く。こちら側と対向車線、両方から3ナンバーの乗用車がやってきたのに気づいて、アルカードは彼女に声をかけた。

「すまん、お嬢さん――車が来たから、ドアを閉めたほうがいい」

「あら」 アルカードの言葉にシスターが左右を見回し、ドアを閉めて再び歩道側に廻り込んだ。

 彼女はそのまま再び運転席の窓から、

「ところで聖堂騎士フィオレンティーナ、そちらの男性は?」 なんとかごまかそうと考え込むフィオレンティーナを見遣ってから、アルカードは口を開いた。

「どうも」 アルカードはにこやかに片手を挙げてから、

「ああ、思い出した――君、この間こっちの彼女と一緒にいたね」 遮ろうと口をはさみかけたフィオレンティーナを無視して、アルカードはそう返事をした。

「? どこかでお目にかかってましたかしら」

「たしか、この間隣町のショッピングセンターで――」 厭な顔をしているフィオレンティーナは無視して、そう返事をしておく。

「まあ」 若干驚いた様に口元に手を当ててから、シスターは彼女よりもさらに驚いた顔をしているフィオレンティーナとアルカードを交互に見比べる。たしか彼女はアルカードがショッピングセンター二階のスポーツ用品店から出たときに、吹き抜けをはさんだ向かい側のブティックの前でフィオレンティーナと一緒にいた女性だ。

 当然、アルカードと接触したフィオレンティーナから、アルカードに遭遇したことも聞いているだろう――そこまで言われれば彼女のほうも気づいたらしく、

「ああ――騎士フィオレンティーナが見つけたという吸血鬼の」

 先日と違って今日は気持ち良い快晴の空の下で平然と車の窓から腕を出しているアルカードに、

「それは、それは――晴天の昼間に行動してらっしゃるし、見たところお強い吸血鬼の様ですけど、どうして貴方が騎士様とご一緒に?」

「正確にはライルと、だけどね――俺はヴィルトールだよ」 どうごまかしたものか考えているらしいフィオレンティーナに視線を向けて苦笑しながら、アルカードは羽織ったレザージャケットの右襟をめくり返してみせた。

 右襟に本来とは逆、襟の裏に隠れる様にしてバッジがつけてあるのだが、それを目にしてフィオレンティーナが目を目を見開く。

 まあ当たり前だろう――彼女には見慣れたもののはずだ。ついでに言うと、アルカードが口にした名前にも心当たりがあるだろう――目をモチーフにした装飾の施された、荊が絡みついた剣の意匠。彼女の師であるリッチー・ブラックモアが左襟につけていた、彼の出身教室を表す徽章だ。そして、聖堂騎士団では右襟につけた徽章はその本人が開催している教室の紋章でもある。

 ヴィルトール教室。

 内部の人間であれば、その意味は一目瞭然だった。なにしろ聖堂騎士団に所属していれば、上級幹部の大半がこの徽章を出身教室の徽章として左襟につけているのを毎日の様に目にするのだ。

「ライル以外にこの教会のメンバーに会うのははじめてかな――ヴィルトールだ」

 あらためてそう名乗ると、シスターは軽く小首をかしげて、

「つまり、騎士エルウッドの――」

 アルカードはその言葉にうなずいて、フィオレンティーナに視線を向けた。

「ああ、あいつも俺が教えたよ――本当は彼女とも、ライルの仲介で引き合わされるはずだったんだがね」

 この間君たちと出くわしたのは、本当に予定外のアクシデントだったんだ――そう続けて、アルカードは軽く首をすくめた。

「まあ、この前の時点じゃ君らも彼女も俺と面識が無かったから、仕方無いと言えば仕方無いが」

 アルカードはそう返事をして、

「とりあえずここだと往来の迷惑になるし、車を駐車場にやってもいいかな?」

「あ、はい、どうぞ」 駐車場の入り口を手で示すシスターにうなずいて、アルカードはハザードランプを消したラングラーを丁寧に発進させた。

 

   †

 

 ずいぶん来るのが遅いな――胸中でつぶやきながら、ライル・エルウッドは乗り慣れた赤いムルティストラーダを教会の駐輪場に止めた。

 先日転倒したときに路面にこすって傷だらけになったAraiのヘルメットを脱いでミラーに引っ掛けたとき、アルカードのジープ・ラングラーがだいぶ遅れて駐車場に入ってくる――それに続いて歩いて入ってきた修道服姿の女性の姿を目にして、エルウッドは納得した。

 シスター高木舞――彼女に見つかったのだろう。

 もっともアルカードは彼女に顔を見られたことは無いはずだし、そもそもほかのカトリック教会の武装聖職者エクソシストたちもそうだが、ヴァチカンは現状吸血鬼アルカードを抹殺対象とは看做していない。

 アルカードの聖堂騎士としての正しい名前はヴィルトール・ドラゴス――役職は教師、位階は教師長であり、非公式ながらも聖堂騎士団第零位。本人はあまり顔を出さないが、本来はすべての教師を統括し監督する立場にある。

 つまり聖堂騎士団の戦力の一翼であると同時に、上級幹部クラスの聖堂騎士を多数輩出している最古参の教師でもあるのだ。ついでに言うと、一九二〇年代にカルカッタでライル・エルウッドの祖父であるセイル・エルウッドと出会って以降、聖堂騎士団に参画し主にフィジカルな戦闘技術の面において黎明期にあった聖堂騎士団の基礎を築いた主要メンバーのひとりでもある。

 ライル・エルウッドとその父親であり聖堂騎士団の現団長でもあるレイル・エルウッドの様に親子二代三代、あるいは兄弟同士がともに彼の教示を受けたことも珍しくない。実際現在在東京ローマ法王庁大使館に勤務する渉外局員セバスティアン神田とその父親で渉外局長の神田忠泰も、親子二代にわたって彼の教練を受けた同期同士の間柄だ。

 そういった事情から、聖堂騎士団は表向き適当な理由をでっちあげて吸血鬼アルカードとの敵対を避けてきた。

 その表向きの理由が彼が吸血の経験を持たないなりかけヴェドゴニヤであり、自身が人間に戻るために上位個体であるドラキュラを殺そうとしてつけ狙っているというものだ――そのため彼と敵対する理由は無い、少なくとも利用価値があるというのが、聖堂騎士団が表向き吸血鬼アルカードと敵対しない理由になっている。

 実際にはアルカードに吸血の経験が無いのは事実だが、彼はなりかけヴェドゴニヤでもなければドラキュラの『剣』でもない。ドラキュラに噛まれたのは事実だが、彼は今更ドラキュラを殺しても人間に戻れなどしないのだ。

「まあ、聖堂騎士エルウッド。ようやく退院なさいましたね、おめでとうございます」

 少し離れたところからにこやかな声をかけてくるシスター舞。怒らせたときの彼女の怖さを知っているエルウッドは、ちょっとだけ退いたままうなずいた。

「ああ、ありがとう」

「本当に――わたしたちが子供たちの世話やほかの仕事で大忙しのときに、ひとりだけ入院して格闘ゲームとかなさってて、本当にお疲れ様でした」

 

   †

 

「本当に――わたしたちが子供たちの世話やほかの仕事で大忙しのときに、ひとりだけ入院して格闘ゲームとかなさってて、本当にお疲れ様でした」

 エルウッドに微妙に怖い内容の言葉をかけるシスター舞。その背中を見ながら、アルカードがかたわらのフィオレンティーナにそっと耳打ちしてきた。

「あの女の子、怒ってるのか?」

「いえ――でも、わたしたちがはじめて会ったときに入院先の病院に行ったら、ちくちく皮肉ってましたけど」

 だとしたら俺が原因かも知れんな――足元にじゃれついてくる仔犬たちを撫でてやりながら謎の独り言をつぶやくアルカードにいぶかしげな視線を向けたとき、エルウッドにお説教をしていたシスター舞が振り返った。

「ええと、お嬢さん? 俺さ、これからそいつを羽田まで連れてかなくちゃいけないから、そのへんにしてやってくれないか? 帰ってきてからなら、説教でも石抱きでも駿河問いでも三角木馬でも鉄の処女アイアンメイデンでも好きにしてくれていいから」 アスファルトに正座させられたエルウッドに視線を向けながら、アルカードがそう声をかける。

「ええ――仕方ありませんね」 否折檻は止めろよ、というエルウッドの抗議を無視してそう返事をする――石抱きとか駿河問いというのがなんなのかはフィオレンティーナにはよくわからなかったが、聞くのが怖かったので止めておく。エルウッドを責めるのは終わりにしたらしいシスター舞が、ふとラングラーのホイールに目を留めて、

「あら」

「ん? どうかした?」

 前後のホイールのスポークの隙間からタイヤの内側を覗き込んでいるシスター舞にアルカードがそう声をかけると、

「納車時からだいぶいじっていらっしゃる様ですわね――ブレーキングのときの加重移動も素晴らしいものでしたし。ひょっとして、前後でブレーキパッドの銘柄を変えていらっしゃいません?」

 その言葉に、アルカードが駐車場に止めてある数台の車に視線を投げた。シスター舞のスープラ、その隣のふっくらとした大きな車体の屋根が取りはずせる赤いオープンカー。

 その隣に洗車されたばかりのメルセデス・ベンツのゲレンデヴァーゲンが止めてある。

 アルカードがいきなり、シスター舞に向かって歩き出す。彼はシスター舞の正面に立つと、お世辞にもエレガントとはいえない挙動で彼女の手をとり、不躾な視線でその手をしげしげと観察してから、

「イケる口だね、お嬢さん」 その言葉に、シスター舞がうれしそうに笑う。

「お察しのとおりだ。パッドは前後で変えてある――実はキャリパーもディスクも別物だ。自分の好みを追求していったらこうなった」

「まあ。でも、ほかにも車をお持ちですか? なんというかこう、もっと車高と重心の低い車に乗り慣れてらっしゃる様な感じがしたのですけど」

「ああ、ムスタングのGT500に――つい最近買ったんだけどね、前に乗ってた別の車が、居眠り運転のトラックに突っ込まれておじゃんになったから」

「あら、前のお車のことは残念ですけれど、素敵ですねそれ」

 そう言ってから、ふたりはスープラに歩み寄り――彼らはタイヤの銘柄だのステアリングだのシートだの、果てはサスペンションセッティングだのについて、フィオレンティーナには入り込めない世界を展開し始めた。

 その会話がやがてターボのついていない彼女のスープラに他車種用の機械式スーパーチャージャーを流用して取りつける段にいたったところで、いい加減ディープすぎる内容に堪りかねてフィオレンティーナは口を挟んだ。

「あの、楽しくお話してるところを失礼ですけど。もうそろそろ、わたしにも参加出来る内容にしてもらえませんか?」

 その言葉に顔を見合わせる吸血鬼と聖職者。

 彼らは小さく笑ってから、

「そうだな――じゃあ話の続きは峠で語り合おう。そのときはコブラでエスコートするよ」

「ええ、楽しみにしてますわ。いつでも誘ってくださいな」

 微妙に物騒な笑みを含んだ会話を終えて、ふたりがこちらに向き直る。

「というか――シスター舞、どうしてアルカードよりも車に反応してるんですか」

「と、おっしゃいますと?」 あきれた口調のフィオレンティーナの言葉に、シスター舞が首をかしげる。フィオレンティーナはアルカードを不躾に指差して、

「ヴィルトール教師ですよ? 聖堂騎士団最古参の教師が、吸血鬼だったんですよ」

「そうおっしゃられましても――わたしたちは聖堂騎士エルウッドからそのへんの諸事情をすべて聞いておりますから。直接お目にかかるのははじめてですけれど、吸血鬼アルカードとヴィルトール教師が同一人物であることも知っておりますし、彼についてはおそらくかなり知悉しているはずですわ」

 意見を求める様にアルカードを見遣るが、彼はただ肩をすくめただけであった。

 彼からは役に立つ話を聞けそうにないと判断してエルウッドに視線を向けたときには、エルウッドはすでに駐車場から出て行きかけたところだった。

「あ、騎士エルウッド――」

「車のキーを取ってくるからここで待っててくれ」 そう言い残して、第一位の聖堂騎士が駐車場から出て行く。それを見送ってから、フィオレンティーナは開け放していたジープのドアからちょろちょろと外に出てきていた仔犬たちが足元にじゃれつくのを見下ろした。

「あの、お名前はなんとお呼びすればよろしいのでしょう?」 シスター舞が、アルカードにそんな言葉をかけている。

「ヴィルトール教師? それともアルカードさんが正しいお名前なんですか?」

「どっちでも呼びやすいほうでどうぞ」 アルカードがそう返事をすると、

「それじゃ、アルカードさん――もしよろしければどういったご事情なのか、説明していただけませんか? わたしたちは、ここ数日の聖堂騎士フィオレンティーナの状況について、まるで知らないんです――出来れば、神父様も交えて説明していただけるとありがたいのですけれど」

 シスター舞の発したその言葉に、アルカードは若干考え込んだ。

「わかった――が、今は時間が無い。知ってると思うけど、じきにライルの嫁さんと子供、それに聖堂騎士ふたりが羽田に到着する。それを迎えに行くのに、昼過ぎまでには羽田空港に着いてないといけないんだよ――そのあとでよければ、もう一度ここに立ち寄ろう。それでいいかな」

「わかりました。それで結構ですわ」 納得してシスター舞がうなずき、アルカードに深々と一礼する。

 シスター舞が貴方の歩む道程に主の祝福を、と言い残して教会のほうへと歩いていく。それを見送って、フィオレンティーナはアルカードを見遣った。

「わたしにも事情を説明してくれませんか、アルカード――いったいどういうことなのか。この教会の人たちは、貴方が隣街に住んでることを知ってて看過してたということですか?」

 アルカードはフィオレンティーナを見下ろして嫌そうな顔をすると、

「だからそのおっかない顔やめろって――聞きたいならちゃんと説明してやるからさ」

 そんな返事を返しながら、アルカードが少女の物騒な視線から逃れる様に煉瓦の花壇に腰掛ける――彼はフィオレンティーナがテンプラを抱いたまま隣に腰掛けるのを見守っていたが、やがて、

「さっきの話通りだよ――リッチー・ブラックモアのことなら、よく知ってる」

 唐突に口に出された殉職した教師の名前に、フィオレンティーナはアルカードの横顔を見遣った。

「ライル・エルウッド、アイリス・アトカーシャ、リーラ・シャルンホスト、アンソニー・ベルルスコーニ、レイル・エルウッドにブレンダン・バーンズ、渉外局長の神田忠泰――上位の聖堂騎士や上級幹部たちの大半は、直接知ってる。みんな俺が教えた」

 そう言って、アルカードは足元に寄ってきて爪先に前肢を乗せているウドンとソバを抱き上げた。

「君がさっき言ったとおりだよ、俺は聖堂騎士団最古参のだ――聖堂騎士団が俺を敵視してないのは、俺が彼らの身内だからだ。君が知ってるであろう聖堂騎士団が俺を敵視しない理由は、事情を知らない君たち下位の聖堂騎士連中や教会上層部に対する建前だ」

 アルカードは両手で抱いた仔犬たちが顎の下に鼻面を近づけて匂いを嗅いでいるのにくすぐったそうに眼を細めながら、

「八十年前、俺はセイル・エルウッド――ライルの祖父と戦って、それ以来あいつの実家と親交がある。それは君に話したとおりだ――今の聖堂騎士団の団長はレイル・エルウッド、セイルの息子でライルの父親だ。レイルもライルも俺が教えた――不定期に開催してる俺のでな。君の救出に行った様に、たがいに取り決めや依頼に基づいて行動したり、戦力の提供を行うこともある。ありていに言ってしまえば、俺と聖堂騎士団は部外には秘匿されてるが、つるんでる」

 結託してつるんでる――その言葉に、フィオレンティーナは今度こそ驚愕に目を見開いた。

 つまり、聖堂騎士団は最初からアルカードを敵視していないのだ――ドラキュラと潰し合わせるとか、利用出来るから手を出さないとか、そういった情報はすべて欺瞞だった。だからアルカードはあの倉庫にやってきてカーミラと戦ったあと、フィオレンティーナを殺さずにその場から連れ出したのだ――否、それどころか今の口ぶりだとフィオレンティーナの救出こそが第一目的だったかの様にさえとれる。

 つまり、アルカードはカーミラを殺すためにあそこに来たのではなく、フィオレンティーナを助けに来たのだ――最初から彼女を味方だと看做していたから。

 アルカードが先ほど挙げた名前――現団長であるレイル・エルウッドと副団長ブレンダン・バーンズ、渉外局長のタダヤス・カンダ、現第一位のライル・エルウッドにその妻アイリス・エルウッド(旧姓アトカーシャ)、リッチー・ブラックモア、アンソニー・ベルルスコーニ、リーラ・シャルンホスト――世代グレードこそ違うものの、全員同じ教室の出身者だ。アルカードの言う通りなら、聖堂騎士団の主要幹部の半分以上がアルカードの教え子だということになる。

 教会君らを敵とは看做していない――あのときアルカードはそう言った、あれはそういう意味だったのか。

「じゃあ、あのときのシスター舞も――」 あのショッピングモールの駐車場でアルカードと遭遇したと、そう話したときのシスター舞の表情を思い出して、フィオレンティーナは顔を顰めた。

 どう切り出したものか迷う様な、もの言いたげなあの表情。

「ん? なんかあったの?」

「ええ」

「まあ、あのお嬢さんなら俺のことを――少なくとも君よりは詳しく知ってただろうからな。君に余計なことを話していいものか迷ってたんだろう。彼女に情報開示の決定権は無いから」

 アルカードはそう言ってから、リッチー・ブラックモア教師のことを考えているのか少し視線を鋭くした。

「リッチーのことは残念だよ――今までに何十人か送り出したが、俺の弟子の中で最初の戦死者になっちまった。病気や事故で先に逝った奴は何人かいるが――原因にかかわりなく、弟子に先立たれるってのはつらいもんだな」

 アルカードはそう言ってから、犬を抱っこしたまま花壇から立ち上がった。その視線を追うと、ライル・エルウッドが教会に通じる階段を降りてきたところだった。

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